ニュクス湖に来たけれど、すぐにでもお家に帰りたい
準備が整った俺達はいよいよ出航する。
見送りにはアルザスの人達が港に大勢かけつけてくれた。これは嬉しい。
「お父様、いってきまーす!」
「雅、気をつけてなー!」
先行するのは俺達のクルーザー、その後に雅のプリプリ号がついてくる。
プリプリ号に乗っているのは、雅とミシェルと親衛隊。
全員女性だが、魔法士もいてかなり強い。
あとプリプリ号は、アルザスとの連絡用に、小舟を曳航している。
なにせ電話がないから、王国に戻って知らせるしかないのだ。
無線機は作っているが、完成までもうちょいかかりそうだ。
まずはニュクス湖への水路を目指す。道案内はシレーヌ。
やはり湖の地理に人魚は詳しい……まあ、男目当てに遠出するからね。
俺達は後続のアルザス軍のために、道標を立てておくことにする。
旗のついた漆浮子を水に浮かべ、ロープでつないだ錨を落として沈めておく。
波の少ない湖なら、流されることもないだろう。
間隔をおいて浮かべておいたので、航海の目印にはなる。
こうして時間をかけながら、俺達はニュクス湖に入った。
「うーむ、まさにジャングル」
「そうね」
そこら中から、鳥や獣の鳴き声が聞こえてきてやかましい。
どうやら縄張りに入ってきた者への威嚇のようだ。それが人間だろうがおかまいなし。
あたりは緑に覆われ、湖は綺麗だし、自然を見てるだけなら素晴らしいが……
「うん、南国と聞いてたからいるとは思ったよ。水族館じゃ水槽から見てたから良かったが、間近で見るとKOEEEEー!」
まず船の横をピラニアの大群が泳いでついてくる。
俺達がエサになるか物色しているのだろうか?
飛び跳ねた数匹が甲板におちると、アマラが喜んで拾っていた。
「これは美味いぞ!」
「……そうか、夕飯に食おう」
岸辺を見ればワニが大型獣を仕留めて、水の中に引きずりこむところだった。
全長が二メートルはありそうなワニたちが何匹もいて、こちらをジッと見ていた。
一気に襲われたら、やられるかもしれない。
さらにワニの天敵もいる。
死んだ魚が大量に浮かんでいて、魚を飲み込んでいる長ひょろい生物がいた。
三メートルはある電気ウナギだ。水の中の電撃は最強で、勝てるものはいないだろう。
極めつけが十五メートルありそうな巨大蛇……。
すぐに密林の奥に隠れたが、あれはアナコンダ……いやちがう、伝説の大蛇ティタノボアだ!
地球では大昔に絶滅したが、ヘスペリスにいてもおかしくはない。
人なんか軽く丸呑みにするだろう。神怪魚に匹敵するじゃねーか!
「俺達探検隊は人類未到の秘境にたどり着いた。そこには自然の驚異が待ち受けて、未知の生物がたくさん潜んでいる。このまま踏み込めば命の保証はなく、死ぬかもしれない。俺だけならいい、だが族長の娘や、王女を危険にさらすわけにはいかない。ここは勇気ある撤退をすべきなのだ。うんうん、さあ引き上げよう! 暖かいお家が待っている……もう帰りてえー!」
「まだ来たばっかりでしょうがー!」
ナレーションつきで、俺は泣き言をいう。
やらせの番組取材ではなく、マジで命の危険がある場所だ。
はい、ここは大アマゾンですね。どうもありがとうございます。
フローラ達は動じておらず、むしろ闘志を燃やしてウキウキしている。
俺と同じくげんなりしてるのは、ミシェルくらいだろう。
雅も巨大生物を珍しがって、目を輝かせている。恐い物知らずな姫さんだ。
「猛獣やゴブリンと大差ないでしょ? 狩りをするなら逆に襲われることもあるし。それでも負ける気はないわん」
「自然界は弱肉強食、負けたら食われるだけだわさ」
「そうか漁と同じか……」
少しだけ俺は自分を納得させ、心を落ちつかせる。
異界人をさがす目的もあり、何とか自分を震い立たせたのだが……そんなやせ我慢も、はかない勇気も、次の瞬間に俺のガラスのハートは打ち砕かれる。
「プオオオーン!」
鳴き声が遠くから聞こえてきた。
俺達がいる場所から、遠く離れた水面に巨大な何かが見える。それは背のコブと長い首。
俺は双眼鏡で、フローラ達は肉眼で見ると……そこには巨大生物がいた。
「あれが神怪魚、フタバサウルスだ」
「…………やっぱり帰っていい? うんがあああああー!」
俺は絶叫した。