Side♯1 信永の苦悩
前回はちょっとしたイチャイチャ回でしたが、今回はサイドストーリーです。
よろしくお願いします
陽はもう落ちて、光源はそこら辺に点在する街灯のみ。今はもう夜。
大して人通りの無い路地裏にて、巨大なシャベルを担ぐ男の姿がそこにはあった。先程まで、自身と同種の存在に区分される少年と長く語らっていた彼、尾田信永は、ある場所へと向かっていた。
ある場所、とは、彼がよく寄る集合場所のような物だ。ある意味で、行きつけの店とも呼んでいい。降谷市都会サイドの中でもかなり人通りの無い地点、儲かるにはあまりにハズレなこの場所にこの店を設けた理由は唯一つ。普通の客よりも、特別な客の方が多いからだ。
暗い細道を歩いていくと、見えてくるのは怪しげな基調の電飾看板が付けられた小さなバー。信永はドアにかけられた『closed』と言う札を、無視して中に入る。
「お客さーん。今日は休みっすよ」
気だるげな声が店内に響く。
信永の視界に映るのはまず部屋の内装。基本的には机もカウンターも壁も木でできており、部屋の中をローパーテーションが仕切っている。BGMはジャズ。
そして、カウンターに頬杖をついて、如何にも怠そうに座る青年だった。
長身でスリムで明るく染め上がった茶髪、整った目鼻立ち。髪を左目上で大きく分けられているせいか見た目からしてチャラい。やる気ないオーラを見て見ぬふりすれば、モテモテのイケメン大学生に見えなくも無い。
「…………俺だ。ノブナガだ」
「ノブナガってどこのノブナガさんですかーー?」
茶髪の青年ーー後藤裕二は、これまたやる気なく信永の言葉に応じるのであった。
面倒くさい奴だと思いつつも、信永はしっかり大人の対応してやる。
「…………尾田、尾田信永だ」
「え!? 織田って……あの織田信長ですか!? マジっすか本物っすか!? サインくださいよ!」
そういって後藤が色紙とマーカーを信永の方に差し出す。ニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべ、心底愉快そうな後藤に、呆れるを通り越して憐れみの粋に達している。
信永は後藤を無視して席に座る。シャベルその他いくつかの荷物を下ろし、大きく息を吐く。
「ちょ、織田信長さん、席座んないでくださいよ。座るんならサインもしくは諭吉ください。諭吉、特に諭吉の方を」
椅子に座っても、なお詰め寄る後藤に対し、今度は憐れみを通り越して怒りの域に達しかけ、平静を装うのが難しくなり始めた信永。どうこの目障りな蝿を潰してやろうか、そう脳内で策し始めたところで、救世主が奥の部屋から現れた。
「まぁまぁユウジ。ノブも疲れてるからさ、休ませてあげようよ」
奥の部屋から現れた男は、少し身長の低めな、眼鏡の似合うインテリ系男子。黒髪は自然な髪型に整えられ、ワックスやジェルでガッチリ髪を固めている後藤とは対照的だ。
「あ、店長。…………そうっすね、このままだと殴られかねないですし、おちょくるのはやめてあげましょうかね。ね、織田信長さん?」
「…………殴られたいならそう言え、後藤」
やれやれと首を振る、団長と言われた男。彼の名は神谷当麻。このバー、『Trashy Rebellios』の店長だ。ちなみに、後藤はこのバーのバイトである。
「信永さんは、人の冗談を真に受け過ぎなんすよ。どこのノブナガと聞かれて、わざわざフルネーム名乗るとか真面目っすか」
そういって腹を抱えて笑い出す後藤。彼は明るく、誰隔て無く接すが、その大半が嫌味やからかい、口説きなど碌なことがない。
ネタが尽きない愉快な奴と称するならまだしも、悪く言うならウザい奴。ただ単にウザイだけの奴。見た目の美形が宝の持ち腐れな、残念なイケメンというやつである。
「ユウジは放っとくとして、で、ノブ?注文は?」
「…………オレンジジュースで」
「うひゃひゃ、信永さんここバーなんですがぁ。車運転するわけでもないのになんでオレンジジュースw」
後藤が腹を抱えて笑いながら、オレンジジュースを用意する。コップ探すのもダルいからと、手身近にあったワイングラスに注ぎだした。
「…………他の奴らは?」
信永の問いに対し、答えたのは神谷だった。
「紅葉は道場で夜稽古、夕凪は自室でゲーム。うさちゃんはまぁ、来れないし、他のメンバーもまぁ今日は来てないな。あ、一人だけ店の地下に居るけど」
「そうか。集まり悪いな」
「仕方ないっすよ、今日集会の日でも何でもないし。わざわざここでオレンジジュース飲みに来るような人しかこんな店に来ませんよ」
「仮にも俺店長なのに、俺の目の前でこんな店扱いって……」
あくまで茶々を入れてくる後藤のせいで、店長の心は傷ついた。壁に手を付いて見るからに落ち込んでいる。
「…………例の彼にあった」
信永の一言で、二人の顔が真剣なものに切り替わる。先程までのおちゃらけた顔、落ち込んだ顔は一切が払拭され、今は両者の目が信永を捉えている。
「彼、はどうだった? やはりもう……」
「あぁ、案の定アンノウンだった」
「やはりか…………そうだろうとは思っていたけど」
信永は午後に出会ったある少年の事を思い浮かべる。アンノウンになってからまだ一ヶ月しか経っていないと言うのに、あれだけの力を持っていた。アンノウンとしてかなりの期間存在していた男を下す程の力が。最も、敵の男もわけありなもので、全力とは程遠いものだったが。
「気性荒かったりしました? その彼は」
後藤の問いに信永は首を横に振る。
「………………至って普通に日常を謳歌していた。今日の午後、灰崎に襲われていたが、その時も必要最低限のダメージだけ与えてトドメは刺さなかった。挙句、殴った事に罪悪感を感じていた。恐らく、元が温厚なのだろうな」
「灰崎っすか……。厄介な奴に襲われたっすね。どんだけボコっても半殺しにしても、全く懲りないっすね。というか、その彼も彼っす。気弱すぎ、反吐が出る」
「ノブは彼の能力を見たのか?」
信永は首を振ると、スマホを取り出してある動画を見せる。液晶パネルに映っているのは、廃工場の映像だ。煙が蔓延していて、あまり綺麗には映っていない。
「あ、煙が吹っ飛んだ」
突如煙が掻き消され、中にいた二人の男が姿を表す。片方は青黒い巨大な板を振り回しており、もう片方は突如煙が晴れたことに驚いているようだ。
両者の殴り合いが流れる。その最中、片方が青黒い結晶を足元の地面に張り巡らせてもう片方の足を絡めとっているのが見えた。バランスを崩す男に対し、思いっ切り拳を叩き込む少年。間違いない、彼だ。
「彼の能力は、この硬そうな結晶を創り出すこと、なのか」
「この動画からではそれくらいしか分からないっすね。見た感じ今のところは物を覆って硬度アップに使っている感じっす。どうみても近接」
「…………彼の異能の全貌はまだ分からない。なにせまだ一ヶ月、能力のその全てを使いこなせているわけではない」
「夕凪が居てくれればある程度は分かるんだけどね。特にノブは一度彼に直接会ったわけだ。夕凪の異能条件はある程度満たしているんだけどなぁ」
「夕凪っち、今自宅でゲーム中っすからね……多分、ネトゲがイベント云々らしいんでそれっすよ。電話しても繋がんないし。間が悪いというか」
「…………お前は人が悪い」
信永の言葉に、後藤が「俺のどこが悪いんすか。善人じゃないっすかぁ」と項垂れる。その顔は全く落ち込んでおらず、むしろ爛々と笑ってはいるが。
「彼の戦闘能力、この動画だけで判断するなら中の下ってとこだね。勿論、これだけじゃ判断も何もないけど」
「俺、コイツ一歩も動かずに殺せる気がするんすけど。何なら片手だけで」
「あの結晶の硬さ次第ではユウジの攻撃防がれるんじゃない? まぁユウジが負けることはないだろうけど」
「…………むしろ俺は後藤に負けてほしいが。この阿呆は一度死んだ方がいい」
「だねぇ。ユウジの面倒な性格も矯正されるかもだし」
「酷いなこの人達!」
三人しかいないというのに、店内はひどく活気づいていた。夜はまだ始まったばかりだが、これ以上騒げば近所迷惑になるだろう。信永が二人を制すると、少し真剣な表情に戻って尋ねる。
「そういえば、何故今日は店休みなんだ? 定休日でもないだろう」
「ちょっとしたタレコミがあってね。その確認をするために休みにしたのさ」
「……タレコミ?」
「っす。例のあの件についてっす。まぁ大した情報じゃなかったですけど………………」
暫くそのタレコミについての詳細や何やらを語り合っていると、気づけば十時。バーとしては本来営業真っ只中の時間であるが、今日は店を休みにしているので他に客はない。元々、立地的に客入りが悪いのだが。
「そういえば、彼を誘ったのかい? うちのコミュニティに」
そう問うた神谷。
コミュニティ。共同体。同士の集団。神谷らのそれは、言わばアンノウンのコミュニティ。丁度信永が少年に教えていたそれと同一の類である。
明かしてしまえば、この店に今いる面子は全員アンノウンである。
「喫茶店で一応な。彼が今後どんな目に遭うかも分からないし。彼をアンノウンにした責任はとらなければならない」と、信永は答える。
信永の発言に、そうだな、と二人は頷く。不慮の事故だったと言えば許されるのか。いや、それはないだろう。全てはこちらの計画のかけ違い。こんな筈じゃなかったとどんなに嘆こうと、過失はきっと我々にある。そう心の底から思っているのだ。
「彼の返事は? 入るって?」
「彼は…………」
✕ ✕ ✕
店にある奥の扉を開けば、そこは廊下になっている。一階は店の倉庫代わりの部屋を設けられ、二階は神谷の居住スペースとなっている。地上の階がありふれた使われ方をしているのに比べ、地下は少し珍しい使われ方をしている。
地上からは想像できないほどの広い規模を持つ地下の大部分はだだっ広い空間が広がっている。ある一室が無駄に広いせいであるが、それはさておき。
信永は一つのドアの前に立つと、ノックと共に「入っていいか」と問う。暫く間が空いて、「…………誰?」と声が帰ってくる。
「信永だ。話がある」
また間を開けて、ガチャリと音が鳴る。どうやら鍵を開けたらしい。わざわざ鍵を掛けていたのか、と信永は呆れる。
「…………どうぞ」
か細い声で返された答えに応じ、ドアノブを捻る。この部屋は資料室のようなもの。部屋いっぱいに所狭しと金属製の本棚が置かれ、大量の本やファイルが敷き詰められている。
「…………本当に尾田さんでしたか、相変わらず迫力ありますね」
「…………その一言は余計だろう」
本棚の影に隠れてこちらを見ている少女。
蛍光灯の光に照らされ、美しく輝く金髪のセミロングを下ろし、黒い大きなリボンのバレッタを後ろに留め。長い眉で、碧眼。美しい鼻梁、艷やかな桜色の唇やキメ細かく白い肌……と創作の世界の人物のような完璧な美少女っぷり。それが眼前の少女だ。
少女は、読んでいた本を本棚に入れると、溜め息をつきながら本棚の影から出てくる。その所作から滲み出ている圧倒的なまでの気怠さに、信永の眉がピクリと動く。少々、苛立ちを覚えてしまったらしい。
「…………私に話って、なんですか?今ちょっと疲れてるので、面倒事なら他の人へ。重大な話なら手短にお願いしますね」
「まず一つ。今日灰崎と遭遇した」
「灰崎…………あぁ、灰崎ですか。よかったじゃないですか、会えて。それで、どう懲らしめたんですか?」
「…………逃した。今の奴の能力の中に煙幕があってだな、一瞬の隙に戦闘離脱されてしまった」
信永は、日中の出来事を思い返す。
あの煙幕自体が大して厄介だったわけではないが、問題は場所だ。廃工場が連なるあの団地は入り組んでいて、アンノウンの敏捷力をもってすれば、数秒で隠れる事ができる。隠れられそうな場所も多いので、見つけ出すのは用意ではない。恐らくは探していたとしても見つけられず、そのまま逃げてしまっただろう。
「それはドンマイでしたね。で、話はそれだけですか? わざわざ私の所に来たってことは、他に何かあるんじゃ…………」
君の仰るとおりです、と首を振る。どうしてこうも鋭いのかという視線を向けると、意が伝わったのか「ふふん」というドヤ顔が返される。
そのドヤ顔をスルーすると、信永は話を続ける。
「……彼に会ってきた」
「彼ってもしかして…………」
「そう、倉田ヒロだ」
「っ!」
少女の大きな瞳が揺れる。激しい動揺が見て取れる。きっと予期せぬ話題だったのだろう。
「あの時の…………ですよね?」
少女の問いに「ああ」とだけ短く答え、信永は本棚から適当にファイルを取り出すと、文献を読み始める。アンノウン関連の事件についての切り抜きだ。
「あぁ、そうだ」
「………………」
少女は無言のまま、少し俯く。
「言っていたぞ、彼は。君に会いたいと」
「…………そ、そうなんですね」
そう言って目を泳がせる少女。慌てているようなその姿を見て、信永は意外な反応だなという感想を抱く。いつもなら、「マジっすか。彼私に会いたいんですか、そうですか。なら仕方ありませんね~、会ってあげましょう! ついでに私に何か美味しい物奢らせてあげましょう! ステーキとか!」と、軽快に自分の利益に結び付けると踏んだのだが。
視線から、なんとなく信永の思うところを察したのか否か。少女は一言、小さく紡ぐ。
「…………分かんないんです」
「分からないって言うのは、何に対してだ」
信永の問いを受けて、少女の顔は陰りを強める。暫く、きゅっと結ばれていた唇を開くと、やはり恐る恐る本心を紡ぐ。
「…………どういう反応をしたらいいのか、というか。喜ぶべきなのか、嘆くべきなのか。…………嘆くべき、なんですか、ね?」
「いや聞かれてもな。君の本心のままにすればいいんじゃないのか」
彼女の吐露があまりに曖昧模糊な為に、それに対する答えも断定の意を込めれない。会話はキャッチボールとよく言われるが、まさにその通り。何より、普段とテンションが違いすぎる。信永が返答に困るのも仕方ない。
「…………本心がわかんないから、どう反応したいのかもわかんないんじゃないですか」
「……とにかく、彼に何か伝えたいことはあるか。それとも君直々に会いに行くか?」
フルフルと高速で、必死に首を横に振る少女の姿に溜息をつくと、信永は「伝言する事は無しで良いんだな」と部屋を立ち去ろうとする。
「全く、ハッキリしてほしいも………のォ!? …………おい、離すんだ」
部屋を出た瞬間に、背後から袖を引っ張られ、信永の大きな身体がよろける。見れば、少女の細い腕が必死に行かせまいと引っ張っていた。少女の華奢な身体からは想像のつかないほどの力が、信永を逃さない。
「な、何だ。何かあったのか」
「ひ、ヒロ君は……「君が名前呼びとは珍しいな」か、彼は! アンノウンに…………?」
言い違えに耳まで真っ赤に染め、俯きながらも、消え入る声で。少女の表情は金色の前髪に隠れて見えないが、おおよその表情は予測がつくので、信永は再度溜息。
「……神谷に動画は送っておいたから後で見せて貰え」
「………………そうですか、やっぱり、アンノウンに」
さらに深く俯く少女の、寄る辺ない姿を見て、信永は溜息を通り越して項垂れる。この少女はどうしてこうも悲観的なのかと呆れてしまう。
「彼は、まだ不慣れながらも、アンノウンとして戦っていた。そして灰崎を撃退した」
「!」
信永の頭の中には、灰崎の拳を避けながらも必死に自身の能力を展開し、見事顔面に殴打を叩き込んだ少年の姿が映る。
彼は、まだ能力を使いこなせてはいない。が、使いこなせればかなりの手練になるかもしれない……。
「彼の人生に、本来訪れることのなかったはずの"争い"が、既に彼の日常に在る。それも幾度も。彼の平穏を失ったのは我々の失態なのだから、相応の責任を負わねばならない」
「………………」
少女は、黙って俯く。
「彼はきっと、怒ってなんかいないだろう。少なくとも、君には」
「………………そんなの、わかんないじゃないですか」
「……一度、君が落ち着いてからでいいから、彼と面と向かって話してみてはどうだ」
「だから、私がどう反応すればいいのか、わかんないんですって」
信永の提案に、間をおいて小さく頷く少女。その姿を見て、また溜め息をつく信永。それにしても、一ヶ月経ってまだ落ち込んでいるとは。どうしたら立ち直れるのだろうか。倉田ヒロとこの少女がもし、再会を果たしたらどんな変化が訪れるのだろうか。
彼は怒るのか、それとも、喫茶店で言っていたようになるのか。どうにせよ、目前の少女が心変わりしなければ、会うことなど叶わないだろうが。
信永は、まだ遠くなりそうな未来を見やり、本日何度目かも分からぬ溜め息をついた。
読んでいただきありがとうございました
次回以降はほんの少し、ほんの少しずつシリアス方面に向かいます。ようやく物語が進みます。
ノブナガが活躍し始めるかもしれないです。個人的にノブナガ好きなので。
次回もまた明日の深夜に投稿します