♯4 我が家に巣食う幼馴染
イチャイチャ成分補給回とでも言いましょうか、この章の中では数少ないラブコメ回です。
よろしくお願いします
時刻は六時半。
諸々の騒動もあって、予定より数時間も遅い帰りとなってしまった。
ヒロの家はただの一軒家。特別広いわけではない、質素な庭に自転車を駐めて、家のドアの鍵穴に鍵を刺し込む。
(ん? この匂い…………)
窓から漂う、食欲を唆る匂い。今日は両親が仕事でいないはず。証拠に、自家用車が駐車スペースに置かれていない。
なのに食べ物の、更に言うなら香味料の匂いがするということは。
「おかえり、ヒーくん!遅かったね!」
ドアを開けてすぐ、目の前に映るのは制服エプロン姿の幼馴染。陽だまりのような笑顔で出迎えてくれた。
「何故居る…………」
「おじさんは泊まり、おばさんは遅帰り。一人じゃヒーくん、寂しいかな~って」
「…………鳴海「家では花音っ!」……花音、気づいているか」
「何を?」
可愛らしく小首を傾げる鳴海。ヒロは、無自覚かよ……と額に手を当て溜息。
「気づいているか。この一ヶ月、二日に一回は僕の家に入り浸りだということに」
「あ、なんだ、そんなこと。うん、知ってるよ?それで?」
「自覚してんなら自重しろ…………」
ここ一ヶ月、こいつはほぼ毎日ヒロの家に上がり込んでは夕食を作り、後はダラダラと夜遅くまで居座っている。結構前からたまにそういうことはあったが、ここまで連続して続くことは無かったんですがね。
(何より問題なのは、こいつ、うちの合鍵を親公認で貰ってるって事なんだよなぁ…………小学校の頃から)
僕だって男子高校生ですよ? 女子が自宅を頻繁に出入りして、エプロンつけてるとか、ほら、ねぇ? 結構来るもんがあるんですよ。…………こう、何度も説明しても、鳴海は毎回「もう~照れなくてもいいよぅ! ヒーくんは可愛いなぁ」なんて笑うだけで、状況の改善には至らない。
「最近おばさん達仕事忙しいんでしょ?」
ヒロのの懊悩を知ってか知らずか、鳴海はニコニコ笑顔を浮かべている。
「…………なんか大規模なプロジェクトに配属されたんだとさ。だから毎日のように残業残業、残業地獄」
残業させる癖に、残業手当大して出してくれない、両親の務める会社。おまけに有給は使わせてもらえない。まじブラック企業。早く労働基準法にでも罰せられませんかね、というのがヒロの思う所だ。
「だから、落ち着くまではこの家の家事は私が受け持つから。ヒーくんは安心して寝てていいよ!」
鳴海に押し急かされてリビングへ。徐々に美味しそうな匂いが強まっていく。
「今日の夕食はカレーです!ヒーくんが食べれるよう、甘口にしといたよ」
「高校生にもなって甘口かよ……」
「じゃあ、中辛に挑戦してみる?」
「甘口でお願いします」
悲しいかな、超甘党であるヒロは中辛ですら水をガブ飲みしてしまう。カレーを食べている時に水を飲むと余計辛くなるって言う話があるけれど、辛さに耐えれずコップに手が伸びるのだ。外食先で間違えて辛口頼んだ時は死ぬかと思ったのだ。
リュックを下ろし、手を洗いに行こうとすると鳴海が「ひゃあ!」と素っ頓狂な声を上げる。
「ど、どどど、どしたの!?その服の焦げ跡。え、こことか穴空いてるじゃん!帰り遅かったのと何か関係が」
見るからに慌て出す鳴海。あぁそうだった、と頭を掻く。ヒロの制服は猪によって焦げてるんだった。自身の身体にダメージ無いせいで、あまりヒロには掠めた実感がなかったのだ。
「あ~……あ、自転車でコケ………………た?」
見るからに下手くそな誤魔化し方過ぎるだろう。アンノウン関連の話は勿論口外していないので鳴海が知る由もない。だから本当の事を言えないまでも、何かもっと本当っぽい事を言うべきだった。
一秒前の愚かな自分を叱責する。これだけ大きな焦げ跡をつけて、身体が無傷なわけがない、普通は。
「なんで疑問符付いてるの……。そっか、どこか怪我とかした?」
「え?あ、いや…………特には」
「そっか。なら良かった!」
あっさりと、ごく自然に。
ヒロの浅はかな嘘を疑念なく飲み干し、ひどく安堵の笑みを浮かべる幼馴染。ここまで嘘を信じ込まれると、逆に良心が痛む。
本当のことを曝け出せないことに申し訳なさすら感じる。
「でもこの制服はもうお釈迦だね。替えの制服いくつかちゃんと買ってあるよね?」
鳴海はご飯を皿に盛り、その上からカレーをかける。具材は人参、じゃがいも、鶏肉のオードソックスなチキンカレーだ。食欲を刺激する美味そうな匂いに堪らず涎が垂れる。食卓にどんどん並べられていくサラダや汁物、カレー。どれも美味そうだ。
「じゃ、いただきます」
互いに机を挟んで椅子に座り、鳴海の作った夕食を食べる。見た目通り美味。カレーを掬うスプーンを持つ手が止まらない。
「どう、美味しい?」
「うん、これは美味い。さすが花音」
えヘヘっと照れる鳴海。こういう子供らしい面は、人前では絶対に見せない。
鳴海は、基本的には真面目で優秀で、誰にでも隔て無く優しい、まさしく人に好かれる性質だ。これらは決して上辺だけのものでなく、彼女の本質の一つであるわけだが、自宅やヒロの家の中ではさらに『子供らしい』がより濃く現れる。自宅などある一定の環境下では性格がいつもと違う奴って結構居るが、鳴海もその部類だ。
学校ではさすがに人目を気にしてか『倉田くん』とヒロを呼称する。逆に、人目がなければ基本的には『ヒーくん』という幼稚園来変わることの無い呼び名が使われる。
その辺の使い分けが、より一層鳴海の二面性を強調させる。
「そういえば腕の傷、大丈夫なの?」
「あ~まぁ大丈夫大丈夫。コケただけだし」
「よく考えたらヒーくん、その傷も制服も両方共自転車でコケたんでしょ?」
「まぁ、そうだけど」
本当は両方共、あの男の猪のせいです。
「自転車の乗り方、大丈夫?小学生でも二日連続コケたりはしないよ」
わりとマジで心配そうな顔をする鳴海。なるほど、確かに高校生が二日連続でコケるなんて滑稽だ。小学生が自転車でコケるコケないはともかくとして、高校生にもなってそれだと心配ものだろう。
「自転車の練習、手伝おうか? 一からきっちり教え込むよ?」
「高校生にもなってそれはどうかと思うぞ…………」
(過保護過ぎるだろ、鳴海さんや。というか何でやりたそうにウズウズしてるんですかね、鳴海さんや)
「身体にきっちり、教え込んであげる!」
どことなく、絶妙に、いやらしい方面の発言かとも勘違いされるような言葉の選択。無意識に選んだのだとしたら、恐ろしい子である。もっとも、当の本人は自身の発言に特に何も感じていないらしく、どう教えようかと楽しそうに独り言しているが。
「ヒーくん、そういえば明日全国模試の結果返ってくるけどどう?できたの?」
「あー?…………あ、返ってくるの明日だっけか。どうだったかな」
高二ともなると、そろそろ進路について考え始める時期だ。とくに進学校は面談や模試で少しずつ進学先を絞っていかなくてはならない。故に、模試は学生にとって重要だ。
もっとも、普段は全く勉強せず、テスト期間も提出課題を適当にやって後は遊ぶという怠惰の限りを尽くしている僕が、模試で良い点採れるわけないのだが。
「まぁ、それなりにはできてるでしょ。多分、きっと」
「曖昧な言い方だなぁ」
「ま、明日返ってくるテストに対してグダグダ言ったところで、結果は変わらんし。ごちそうさま」
「それもそうか。どうせ隣の席だからこっそりヒーくんの模試の結果も覗けるし。お粗末さまでした」
「人の点数勝手に覗くとか悪質すぎるでしょ…………」
テキパキと、皿を片し始める。油の付いた皿は軽くティッシュで拭き取り、少しでも洗う時の負担を軽くする。油が拭いてあるのとベッタリ付いてるのでは全然必要な洗剤の量が変わる。小さい頃テレビで見て以来、ヒロの習慣となっている。
台所前にいる鳴海に皿をパス。鳴海は泡立てたスポンジで高速で皿を洗っていく。食洗機はあるにはあるが、洗った感が無いからと鳴海はあまり使いたがらない。
鳴海が猛スピードで皿を洗っている間、ヒロはダラ~っとソファに深く腰を下ろす。鳴海とヒロとでは家事スキルに差がありすぎるので、下手に手を出すと逆に作業が滞ってしまうのだ。任せ切りで悪いが、いつものように鳴海の厚意に甘えさせてもらうことにする。
ふと、今日あったことを思い出す。
アンノウン…………それが、異能力者の呼称。アンノウンは確か、未知だとかそんな意味だった気がする。つまりは未知の存在、と言うことか。もしかしたら、ヒロよりずっと前からアンノウンでさえ、アンノウンという存在を把握できていないのかもしれない。
ヒロはあの日確かに車に轢かれて、死んだと思った。しかし、今ヒロは生きている。
それはこの、もう治りかけた左腕の傷に触れた時の痛みこそが証明している。そして、生きていることが原因なのかヒロは人間ではなくなっている。もしかしたら、もっと前からそうだったのかもしれない。気付いていなかっただけで、生まれ落ちた時からアンノウンだったのかもしれない。
蒼鉄。ヒロがそう呼んでいるこの結晶体は恐らくこの世には存在していなかった鉱物。明らかに鉄を上回る硬度を持っていて、熱に強く電気を通さず、ヒロの意志のままに自在に生成・操作・崩壊させられる。もっとも、まだ熟練度が低い故、全然使いこなせてはいないが。
そんな性質をもった物質はこの世にあるわけがない。しかし、ヒロの能力はそのこの世に存在しない物質を生み出す。
存在しない物質を、存在する物質に変えてしまったわけだ。そう考えると、なんかヒロの能力って物理法則とか概念だとかを書き換えてるって感じでとんでもないことをしてるっぽいな。え、やばくね、マジやばくね。
うっかり白いドラゴンの幼女並に『やばくね』を連呼してしまうほどに自身の異能を賞賛してしまう。今時の学生ってメールで困ったら『やばくね』とか『それな』、『www』使えばどうにかなるからな。適当、というか失礼な反応じゃね? っていう人、実際会話ログ遡ると意外と使ってたりするものだ(多分)。特に『www』とか草生やしてるだけで会話成立してるからね、現代人の適当さや如何に。
「どしたの、考え事?」
「考え事してると思うなら話しかけちゃ駄目でしょうが。ま、今のはボーッとしてただけだけど」
皿を洗い終えた鳴海は、エプロンを脱ぐとヒロのすぐ隣に腰掛ける。あぁ、制服エプロンが解除されてしまった。エプロンに最も合う服は制服だと信じて疑わないヒロとしては、ほんの少し勿体ない気分になる。
「お風呂掃除してあるからいつでもお風呂どうぞ」
「すまんな。わざわざ」
「いえいえ~家事全般任せなさい!あ、そうだ。小学生の時みたいに二人で入る?」
「ッ!? …………な、なな、何言ってんの!? 入るわけないだろう」
「あはは、何その反応。マジなわけないじゃんもう。あ、でもどうしてもって言うなら、考えてあげても…………」
「風呂入ってきまーす。一人で」
ソファから立ち上がり、着替えなどを用意して風呂へ。全く、少しは自分がもう子供じゃないって自覚してほしいもんだな、まじで。全国の女子、思春期の男子に勘違いさせるような発言はいけません! 真に受けちゃうから!
暫し経って。
ダラダラとシャワーを浴び、お風呂を出る。置いておいたジャージに着替えリビングに出ると、鳴海がゲーム機をテレビに繋げてスタンバっていた。
「さぁ、ヒーくん。今日は負けないよ」
「…………お前宿題とか大丈夫なの?」
仮にも優等生ですよね? と目で問うも、
「まぁ学校ついてからやれば良いかなって、答え写し」
「さいですか。答え写すの前提なんですね…………」
今日の宿題はやや多めで、ヒロの手際だと答えを写しても三十分はかかってしまいそうだというのに。
コントローラーを手渡され、画面を見れば、レースゲームだ。某赤い帽子の配管工やその仲間たちが、アイテムで妨害しつつスピードを競う大人気ゲーム。むしろレースに自信の無い人や嫌がらせが趣味の人にとっては、高速移動しているプレイヤーをアイテムで狙撃するゲーム、なまである。
ヒロは適当にゴリラを選ぶと、鳴海はお姫様を選ぶ。
ステージは比較的シンプルなコース。下手にカーブやトラップが無い分、ゲットしたアイテムの種類は結構勝敗に関わる。ヒロも鳴海も操縦センスは同じくらいなので、どちらがより小汚くアイテムを使えるかが重要だ。
スタート地点のランプが点滅し、カウントを取る。特別何か賭けているわけでもない、ただの娯楽ではあるが、しかしカウントが進むごとに高まる緊張感。
カウントがゼロになった途端にバッと走り出すキャラクター達。このゲーム、CPUキャラがかなり遅いので、必然的にヒロと花音がトップを独占する。腹正しいことに、鳴海が一位だ。
レースは進み、一位と二位の差は僅かのまま。接近することも離れることもないまま、一周目を回り終える。
「これはこのままヒーくんに勝てるんじゃない!?」
「…………僕のアイテムスロットを見てからそういう事は言おうな」
「へ?………え」
鳴海の顔が一瞬で青ざめる。きっと、彼女はこれまでのヒロとの戦いの経験則から、最悪の未来を想定しているのだろう。
ヒロ側のアイテムスロットには甲羅が描かれている。これはつまり、目の前に思いっ切り甲羅をぶん投げる事ができると言うことだ。甲羅を食らった相手は、悲痛に顔を歪ませることとなる。
鳴海は左右にクネクネと動くことで、甲羅を避けようとしている。
「ね、ねぇヒーくん?もしかしてそれを私に当てる気じゃないよね?ほら、アイテムなんかで勝っても嬉しくなんか、ないでしょう?」
「あ、それはたしかに」
「さすがヒーくん!わかってくれた。じゃあ、正々堂々……「甲羅発射」うわああああああああ○ーチーーーーー!!」
不規則に左右に動くピンク色のお姫様に寸分違わず直撃する甲羅。今まで一位を独走していた姫のバイクはその場で強制的に回転させられ、コケさせられ。ヒロだけでなくCPUキャラにまでどんどんと抜かされていく。
ヒロの操縦センスは高くない。近所のちょっとマリ○カート得意な奴とやり合ったら勝てる気がしないし、複雑なコースでは壁にガンガン当たりまくったりする。しかし、昔から甲羅を当てることだけは得意だったのだ。
それだけが、倉田ヒロに許されたマリカーだった。
「勝てばよかろうなのだアアアアッ!!」
どこぞの香ばしいポーズをとる究極生命体様を思い浮かばながら、ドヤ顔をこれでもかと鳴海に向ける。
「うぬぬ…………でもまだレースは終わってないし!」
加速アイテムを用いて何とか追いついてきたようで、ゴリラの真後ろにまで接近してきたお姫様。そのまままた均衡状況は続き、ゴリラと攫われ姫の距離は縮まらない。そのままレースは進み、最終ラップ。この周を逃げ切ればヒロの、いやゴリラの勝ちである。
路上に並べられたアイテムボックスに衝突し、アイテムスロットの絵がルーレット状に回転し始める。
「おい、花音さんや」
「なんじゃい、ヒロさんや」
「勝ったわ。勝ちましたわ」
アイテムスロットに表示されたアイテムはバナナの皮。後方に投げ捨てることで、後続の相手をスリップさせる嫌がらせアイテム。つまりはヒロの独擅場。
タイミングを見計らい、鳴海が射線上に入るのを待つ。そして、
「勝ったッ! 死ねいッ!」
放たれた黄色の悪魔が解き放たれる。ゴールはもう少し、ここで転ばせられれば追いつかれることはないだろう。つまりこれはもう、圧倒的勝利なわけだ。
計画通り、鳴海はバナナを避けきれず、そのままバナナに直撃しーー。
「甘いよヒーくん! 私のアイテムスロットを見なさい!」
突如軽快なBGMと共に虹色の輝きを放ちだす、美貌の攫われ姫。バナナの皮のスリップ効果を無視して猛然と加速する。
「す、スターだと……!? 嘘だドンドコドーン!」
「このままヒーくんを、抜かして、やる!」
「やらせる、かぁッ!!」
二つの機体が横並びになり、そのまま大カーブに差し掛かる。そして、最後の一直線へと駆けていくーー。
「「うおおおおおおおおおおおおお」」
✕ ✕ ✕
「結局、ヒーくんの勝ちかぁ。残念」
「あのタイミングのスターには驚かされたけどな」
ふぅ、と溜め息をつく。まぁ、勝ててよかった。元より競争心の薄いヒロであるが、しかし多少の勝利への固執はある。
テレビ画面には『もう一かい!』というコマンドが表示されていた。
「もう一回、やるか?」
「うん!」
曇りのない笑顔を咲かせ、心底嬉しそうな幼馴染に、頬が緩む。その後は何度も甲羅をぶつけ合い、醜いゴールの奪い合いをし、ソフトを変えて格ゲーやFPS、パーティーゲームなど様々なジャンルを遊び尽くした。気づけばもう十時。鳴海を帰す時間だろう。ぼちぼち、切り上げるとするか。
「じゃあ花音、これラストゲームな」
「え?あ、もう十時か。早いなぁ」
今やっているのは日本中を電車で駆け抜けて、各地の物件を買い占めたり貧乏神に金を搾り取られる、あの有名なゲームだ。このゲーム、設定によっては一ゲームで数時間かかることもあるが、今回はゲーム内年数三年分に設定しているのですぐ終わる。
「あ~また目的地先行かれた」
「ヒーくん今日サイコロ運無いよね。連続赤マス」
「貧乏神、その物件を売るんじゃあ無いッ!!」
「はい、また目的地~」
「貧乏神が王になりやがった!死んだ」
笑い合い、小馬鹿にし合い、哀れみ合い。ゲームは進行していく。残り一年。この年が終われば、収益で順位づけされる。
「…………ねぇ、ヒーくん?」
「ん?」
不意に鳴海が真剣な面持ちでヒロを見る。画面では、貧乏の神がヒロの鉄道会社の財布に追い打ちをかけていた。
「今日、心配したんだよ?帰り遅いの」
「あ~ちょっと用事があってさ。お、特急カードゲット」
相変わらず貧乏神を連れながらも、着々と進んでいく。先に目的地に着けば、後ろのこの害悪も消しされる。
「殺人事件がここら辺であったからさ、何かあったのかと思った」
「心配性だな、花音は。うへぇ、また赤マス」
そして貧乏神がどんどんとヒロの金や物件を削っていく。元々大して金を持っていなかった上に、さっきまで貧乏神が王になっていたので借金が嵩む。寧ろヒロの借金と鳴海の金を絶対値で比べれば、ヒロの勝ちなまである。
挽回しようと数カ月進め、残り一ヶ月まで進むも差は縮まらず。
(というか余計酷くなってますやん…………。これはもう、負け確定ですね!)
徐々に開いていく所持金の差に、ヒロが絶望していると、突然鳴海がポツリと呟く。
「ねぇ、ヒーくんさ、私に隠してることあるでしょ」
「!」
思わずテレビ画面から目を離し、鳴海を見る。鳴海はやっぱり、と弱々しい笑みを浮かべる。いや、笑みでも無かったのかもしれない。
部屋はテレビ画面の光のみで明度を保たれているので、やや薄暗い。ホラゲーした時に部屋の証明を消したからだ。
鳴海の横顔はテレビの電光に照らされ、テレビの光の明滅毎にその色を変えていく。
「その左手の怪我も、制服の傷も、ただコケただけじゃ付かないでしょ」
「…………」
「左手にそんな深い怪我負ってるのに、他は怪我してないみたいだし。背中怪我してるのに、背負ってるはずのリュックには傷一つ無いし。怪我の具合的にリンチにあったとかでは無さそうだけど、ただ事ではないよね?」
「…………」
てっきり、誤魔化せたとばかり思っていたけれど。まぁあんな適当な嘘で騙されるわけがないか。どう誤魔化そうか、それとももう本当の事を言ってしまうか。無言のまま黙っていると、
「私に何も言わないのは、そういう、言えない事情、言いたくない事情があるんだよね?多分、言えない理由には若干、私に対しての配慮があるよね?」
鋭い、的確な推測であった。その通り、まさにその通り。アンノウン関係なんて言っても信じてもらえない、非現実的な話。仮に信じたとして、避けられるだけ。下手したら、どこかの施設に差し出されるかもしれない。それに、もしヒロがアンノウンだと花音が知った場合、鳴海の身に何かあるかもしれない。
だから、何があろうと言うことはできない。
そんなヒロの決意を、あるいは自己正当を知ってか知らずか。
「言いたくないなら言わなくていい。私も聞いたりしない。いつか、言ってくれる時まで待つよ。けど、もうこんな怪我しないでね?」
ヒロは自然と左手の傷を擦る。
傷はもうかなり塞がっていた。明日には見えなくなってることだろう。
ヒロの醜い自己正当ーー黙秘を赦すかのような、酷く優しい声音だった。先程までの甘えた声と打って変わって。
表情は穏やかで、しかしどこか寂しそうな。ただ、そんな様相を見せつつも、詮索もせず退いてくれた。
自然と、ごめんと口から溢れる。謝罪の意なのか、心配してくれたことに対する感謝なのか。詮索をしないと言ってくれた鳴海に対し、言わせてしまったヒロの罪悪感は思うよりも大きい。黙秘する時、黙秘された側よりも黙秘する側の方が、きっと精神的にキツいのだ。それが、大切な人に対してなら特に。
でも、大切な人だからこそ言えないこともある。
テレビ画面は、いつの間にか決算を終えてランキングが表示されていた。当たり前だが、勿論一位は鳴海。CPU二体を間に挟んでヒロが最下位。圧倒的に、鳴海の勝利だった。
「ごめん、湿っぽくなっちゃった。もういい時間だし帰るね」
「ああ、うん。送る」
僕の家から鳴海のマンションまでは、徒歩一分。街灯もあるし、送るほどではないのかもしれないが、しかし送った方が安心だ。
鳴海を連れて外に出れば、もう真っ暗。何だかんだで真夜中まで遊び呆けていたので当然といえば当然だが、これからはもっと早く帰らせるべきかもしれない。
というか、十一時過ぎに女子を外に出歩かせるとか僕ゴミだな。紳士失格。
少し歩けばもうマンションに到着する。八階建てのやや洒落たマンションの、三階奥が鳴海の部屋。ドアの前までついていく。
「わざわざ送ってくれてありがと。ヒーくん、おやすみ」
「おう。おやすみ」
次に会うのはまた明日。きっと朝、ヒロの家の前で待っているんだろう。その時の鳴海は、さっきと比べて随分と大人びた鳴海だ。
人は、互いに『本当』を隠し合っている。
それを晒して、幻滅されることが怖いから。それを滑らせて、軋轢を生むのが怖いから。伝聞の末に、自身に災が降り注ぐのが怖いから。ヒロ達は、その自分可愛さのために、自身の『本当』を『秘密』にして、『嘘』で固めて閉ざしている。言えるようになるその日まで。
いつか、僕もこの『本当』の事を、両親に、鳴海に、友也達に、言える日が来るのだろうか。来るといいな。
そんな願いの成就を、ヒロは求めることしかできない。
それまでは。
きっとヒロは口を閉ざし続けているのだろう。
読んでいただきありがとうございました!
書いてて結構楽しかった!ゲームしてる件とか、もうほぼほぼ暴走ですねw
ちなみに僕は甲羅をぶつけられるのは得意ですが、ぶつけるのは下手くそです。ゴミです。(エイム力ゼロの僕が高速移動してるカートを狙撃できるわけw)
次回もまた深夜に上げたいと思います。