♯36 信者奇襲
ヒロは絶体絶命のピンチに追い込まれていた。
黒いマントを来た集団に囲まれ、今もなおジリジリと、包囲の輪が縮んでいく。
「…………逃がしてはくれそうにないな……」
ヒロは頭を掻くと、溜め息をつく。
敵は残り十人程。
正直、単騎でどうにかできるレベルではない。
黒マント達が一斉に襲い掛かってきた。
炎を拳に纏うもの、巨大な鎌を持っているもの、一歩地面を踏むだけで地響きが起こるもの……各々が能力を発動している。
もちろん、これらを一人で相手する技量も力もヒロにはない。
故に、ヒロは真っ向から立ち向かうことを放棄した。
ヒロは空高く跳躍し、黒マントの攻撃を回避する。
真下に黒マントが集まったのを確認すると、ヒロは指を鳴らす。
瞬間、地面から蒼鉄が剣山のように生えた。避ける間もなく、何人かの黒マントは傷を負った。
重傷は与えられていないが、それでも痛みに呻いているのが見える。
三人ほどは全くのノーダメージのようで、地上からヒロへの遠距離攻撃を開始した。
飛来する炎弾をヒロは蒼鉄の盾で防ぐ。だが、炎弾は相当の威力を込められており、衝撃で吹き飛ばされた。
「くっそ、やっぱこいつらの相手は無茶だろ……」
バランスを崩しながらもどうにか着地するも、黒マント達はヒロに休む間も与えず接近してくる。
ヒロは後ろに跳躍しつつ再度指を鳴らすと、ヒロと黒マントとの間に巨大な蒼鉄の壁が生み出される。
たった一瞬、黒マント達の視界から外れた隙に、ヒロは大量の蒼鉄の柱や壁をそこら中に生成する。
十人同時に相手をすることはできないが、障害物を用いて一対一に持ち込めばどうにかなるのではという寸法だ。
黒マント達が、大量の生成物に驚いている間にも、休まず障害物を作る。
瞬く間に景観は変わり、ヒロにとって有利な場となった。
「さて、やれるだけのことはやってみますかね!」
ヒロは蒼鉄で両腕を纏うと、蒼鉄の林の中に飛び込んでいった。
✕ ✕ ✕
その頃、霧島はヒロの倍近くの黒マントに囲まれていた。
霧島は腰を落として刀の柄に手を添えている。
両手にナイフを握った黒マントの一人が、霧島に近接戦を挑んでくるも、
「…………甘い」
横に凪いだ一閃が、黒マントの手からナイフを弾き飛ばす。
「剣筋が、全く見えな…………むぐぉ!?」
黒マントが言い終わる前に、霧島は剣の柄をぶつけた。黒マントの鼻からは血が噴き出し、歯は折れている。
「こうなりたくない奴は、とっとと失せろ」
霧島の一睨みに、黒マント達の多くは思わず後ずさる。
何人かの勇猛果敢な者が霧島に立ち向かう。しかし、それは蛮勇以外の何物でもなかった。
能力など使わずとも、霧島の刀は他のそれに匹敵━━むしろ凌駕する。
幼い頃から歩んできた剣の道は、アンノウンの驚異的な身体能力を以って大成したのだ。
物体の速度が音速を超えると、衝撃波が発生する。ちょうど音速であれば、その衝撃波は車五メートル程ふっとばす威力に至るらしい。コンクリートも砕けてしまう威力が出るという。
華奢な少女がただ剣を振るうだけで、地面の灰が大量に舞い、副作用的にブラインドも引き起こせるのだ。
たとえ能力を使わずとも大抵の敵ならどうとでもなる実力を兼ね揃えている。
であれば、霧島に対し接近戦を挑むのは愚行以外の何でもない。
それを依然として悟れず、接近する黒マント達。彼らの未来は目に見て取ることができよう。
霧島はフンと鼻を鳴らすと、刀を空打ちする。
風切り音と共に前方に放たれた衝撃波は、灰とともに黒マント数人を吹き飛ばす。
背後から襲い掛かってきた黒マントの、赤く輝いた右腕を躱す。
黒マントの右腕が、霧島の目の前を通過してそのまま地面に触れた途端、地面が小さな爆発を引き起こした。
「…………躱して正解だったか」
本当に小さな爆発だったので、刀で受けても致命傷にはならなかっただろう。だが、いくら人智を超えた硬度を誇る刀とはいえ、まともに受けては刃こぼれ━━下手すれば砕けていた可能性はある。
霧島は、胸を撫で下ろしつつ、爆発能力の黒マントを蹴り飛ばす。
周囲は爆風で舞い上がった灰のせいで見渡しが悪くなっている。
「…………邪魔だな」
霧島は刀を高く掲げると、風を収束させる。
霧島の基本的な戦闘スタイルは、メインはあくまで剣技である。だが、相手の能力によっては剣では対処できない場面は少なくない。故に、″風″の能力はそういった場面での対策としての、いわばサブウェポンとした用いているのだ。
灰とともに刀の切っ先に集った風。周囲の灰の目眩ましは晴れている。
「私らの邪魔に入ったことを、後悔しろ」
刀を地面に突き立てる。
切っ先の風と灰の塊もまた、地面に突き立てられる。
警戒しつつも迫ってくる黒マントの包囲。
霧島は慌てる様子もなく、刀に力を加えていく。
「まとめて吹っ飛べ」
霧島の言葉通りとなった。
圧縮された膨大な空気と灰とが、灰の地面を盛大に破壊し、霧島の周囲を吹き飛ばす巨大な渦を作り上げたのだ。
渦に巻き込まれた黒マント達は、まとめて空中に打ち上げられた。
かなりの高度まで上昇していった黒マント達。次第に落ちていく。
降ってくる黒マント達を一人一人、峰打ちしていく。
尻もち落下中のため、黒マント達は抵抗することができない。故に、峰打ちを打ち込むことは霧島にとって至極容易なことだった。
二十人ほどの、気絶した黒マントの達が地面に倒れている。
「…………この襲撃、神谷は予想できていたのか……?」
霧島は納刀しつつ、戦場の方へ視線をやる。
先程、とんでもない爆音が響いたかとおもえば、今は何の音も聞こえない。
連絡が無い為、戦闘終了したとも思えない。
現状をあまり把握できてはいないが、霧島はその事に対して何ら焦りは感じていない。
神谷は霧島に″見張り″を命じたのだ。
団員は団長に従うものであり、もともと霧島は神谷の判断力に何の疑いも抱いていない。
神谷の料理の腕と団長としての指揮力には全幅の信頼を寄せているのだ。
霧島は見張りに徹することにした。
✕ ✕ ✕
時を同じくして。
霧島と同様に敵の対処を終えた信永は、気絶させなかった一人の黒マントを問い質していた。
「何故、この場所がわかった。この日時がわかった。何処から情報が漏れた? ……答えてもらおうか」
「ひぃ!?」
首筋にシャベルを突きつけられ、ボロボロの男は小さく悲鳴を上げた。
だが、すぐに虚勢を張り始めた。
「…………お、″王″を信仰しないゴミ共に答えてやる義務はな……ひぃ!?」
シャベルの先端が、僅かに男の首に食い込んだ。
「……無駄口を叩くな。時間の無駄だ。言われたとおり答えろ、…………分かったな?」
「だ、だから…………ゴミに教えてやるつもりはな…………ぎゃあああああ痛い痛い痛い痛い痛い痛い!! 血出てる血出て出て出てるってばぁー!」
「無駄口を叩く度に、傷が増える。言葉をしっかり選べ。…………もう一度聞こうか。何故この場所、日時が分かった。情報のソースは何だ」
「…………こ、この……ゴミ……ガァァァ!?」
信永の大きな足が、男の右膝の骨を踏みつける。ミシミシと、乾いた音がする。
「…………教えろ。答えろ」
「ふー、ふー…………だ、誰がお前なんか………カァァォ!?」
ベキッ。
音が響いた。
「痛いか? 痛いだろ、辛いだろ、苦しいだろ。答えれば、もうこんな目には遭わん」
「ふー、は、はは、ははは……とんだ悪者だぜ、お前のしていること……ァァァアアアアア!?」
ベキッ。
今度は、男の左膝からいけない音が響いた。
「…………ここまでやって口を開かないとは。マウルのやつ、一体どれほど強い洗脳を施したんだ……」
「…………なに、言ってやがる……俺は洗脳なんかされちゃいねぇ。心から、魂から、まだ見ぬ″王″に服従しているのだぁぁぁぁ!! お前らのような、心から従おうと思える王を持たぬ愚民には、到底理解出来んことだろうがなあぁぁぁ!!」
「……到底、理解したくないことだ、俺にはな。…………こいつは末期だな、どう救うこともできん。かといって、他の伸びている奴も同じ洗脳がかかっているだろうからな……」
信永は男を見て、思わず眉間を揉みほぐす。
男は独りで自身の信仰心の高さ自慢を繰り広げている。
その余りの煩さに、信永はつい男を蹴飛ばしてしまう。
男は数メートル転がると、そのまま気絶した。
信永は自身の短気さに辟易する。
周囲を見回して、信永はあることに気が付いた。
「…………大教徒が来ていない……?」
信永は、周りに倒れ込む黒マントたちを見て、目を見開く。
「ただの教徒たちだけで来るとは思えない……リーダー格━━大教徒が居ない筈が……まさか!」
信永は急いでスマホを取り出し、鳴海に電話をかける。
数分かけ続けるも、出る気配はない。
「最悪…………だ」
信永は歯噛みする。
✕ ✕ ✕
「はぁ、はぁ……鎖が、当たらない……!?」
額の汗を拭う鳴海。
鳴海の周りには、幾名かの黒マント達が気絶している。
鳴海が睨むその先には、一人の男が立っていた。
「…………悪いが、そんな攻撃じゃ俺には通用しねぇよ」
ポリポリと頭を掻く、金髪の男。
「まったく、マウルの奴……こんな面倒事を押しつけやがって」
「あなたは、誰…………?」
鳴海は鎖を構えながら、問う。
男は暫し考え込むと、「まぁいいか」と一人納得したように頷き、鳴海の方を向く。
「俺は大放逐レオル・ヴァンフォーレ。可愛そうだが、今からあんたらには俺に喰われてもらう」
読んでいただきありがとうございした!
長らく更新遅れてしまい、すみませんでした!
受験生になるので、更新頻度落ちます……(泣)
これからもよろしくお願いします!




