♯35 暴れ熊
「じゃあ、ここの見張りをお願いできるかな」
降谷市にある巨大な荒野、隔離区域の一角。
神谷はヒロと鳴海、信永や霧島にそう告げた。
隔離区域はとにかく広く、そう滅多に人里にまで危害が及ぶことはない。また、薄気味悪がって人は寄ってこない。
信永の″人避け″を併用すれば、まず一般人はやって来ないのだ。
故に、見張りとは一般人ではない━━アンノウン、特に敵性アンノウンを警戒してのものだ。
ヒロ達四人は広くバラけて、持ち場につく。
主戦場からは三キロは離れている。とんでもない距離をおいているが、そうでもしないと巻き添えを喰らってしまうらしい。
「ここまでビーム届くのか……?」
ヒロの中ではそういう疑念が浮かび上がる。
三キロも射程があるとは到底思えなかったのだ。後に、この甘い考えが大きく覆されることとなる。
✕ ✕ ✕
「ぬいぐるみを撹乱するのは俺と後藤でやる。お前はどんどんぬいぐるみを破壊していけ」
「了解」
片手斧を手元でくるくる回転させながら、煌上は頷く。
物質に対してはとにかく強い煌上は、物質であるぬいぐるみに対しては特攻状態なのだ。
神谷は相良に微笑みかける。
「安心しろよ? すぐに終わらせるから」
「…………うん」
「どうした、浮かない顔して」
「…………ちょっと、怖い」
相良は少し俯く。
「初めての暴走、だもんな…………。たしかに怖いだろうけど、今のうちに発散させとかないと危険だから。我慢してくれ」
相良の頭を撫でて、神谷は宥める。
「…………頑張る」
相良の目が少し穏やかになった。
神谷は相良から数十メートル離れると、大きな声で叫んだ。
「相良、やれー!」
相良はコクリと頷き、抱きかかえていたぬいぐるみを宙に放り投げた。
放物線を描き、緩やかに落ちていくツギハギな熊。
一瞬目が赤く発光し、直後赤と黒のスパークがぬいぐるみを覆う。
大地が大きく揺れ、灰が吹き飛び、煌上達は吹き飛ばされないよう体勢を低くする。
これらはぬいぐるみ巨大化による膨大なエネルギーが巻き起こした副産物だ。
赤いフラッシュが空間を一瞬支配した。
フラッシュが消え、目を開けば、目の前にそびえ立つのは全長十メートルほどのサイズにまで巨大化した熊。
見た目は大きくはぬいぐるみ時と変わっていないものの、爪が長く鋭くなり、可愛らしかった目は獰猛な獣のそれになっている。
相良はその場から走って逃れる。
熊は轟くような雄叫びを上げた。
同時に、地面に亀裂が走る。
「やばい、回避!」
神谷が叫び、後藤と煌上がその場から飛び退ける。
瞬間、地面の亀裂から赤いビームが幾本も噴出した。
一本一本が、直撃すれば即死を免れないほどの威力である。
「いくぞ!」
神谷は両手槍を持って熊に突撃を敢行、振るわれた猛獣の爪を身を捻って躱しつつ、同時にぬいぐるみの腕に槍の斬撃を三発叩き込む。
熊は雄叫びを上げると、右の掌から極太のビームを神谷目掛けて放射する。
「店長突っ込み過ぎっす。速攻で死にたいんすか」
神谷の前に後藤が割って入る。
ビームは後藤に直撃した。
神谷が瞬時にその場から飛び退いた途端、後藤がいた場所に大爆発が起こる。砂の大地に半径五メートル程のクレーターが出来上がる。
「熊さん、俺にそんなの効かねえっすよ?」
後藤はクレーターの中心にて、無傷で笑っていた。ピンピンしている。
「俺がしたくて突撃してるんじゃないんだよ。とにかく、俺の能力がお前がビームを防いでくれる前提で動いてるから、頑張って守ってくれよ~」
「俺はどっちかっていうと可愛い女の子守ってあげたいっすけどね~」
熊が荒れ狂いビームを乱発するも、全て後藤が防いでいく。ビームはただそこらに巨大なクレーターを生み出しているだけだ。その間にも、神谷は槍の鋭い一撃を何発も重ねていく。
槍の穂先の刃に裂かれ、熊の切創から白い綿が曝け始める。
突然、神谷の一撃が弾き飛ばされた。熊の身体から放たれたドーム状の赤い波動が押し広がるように放たれたのだ。
「よし、バリア来たな。煌上!」
赤い波動は一瞬で霧散した。
瞬間、劈くような爆音と共に放たれた、白い巨大な奔流が熊を背後から襲う。
後藤達がタゲをとっている間、煌上はスパークを捻出して待機していたのだ。
「…………ダメージしょぼい。耐性あったのかこの熊さん」
熊の背中の表面が、焼け爛れたような状態になっている。しかし、致命傷とまではいかない。
熊は煌上の方を睨みつける。目が赤く発光したと思うと、煌上目掛けて目からビームを発射した。
ビームをギリギリで躱しながら、煌上は斧からスパークを発射。しかし全く溜めずに放った為、熊の毛皮が少し焦げた程度で済んでしまった。
「やっぱり、私の能力に耐性が付いてるなぁ。ダメージ入りにくい」
「どうする煌上」
「長期戦にはなりますが、倒せなくはないって感じです」
「了解」
赤いビームが連発され、その度に、荒野が更にボロボロになっていく。
神谷はビームの合間を縫って、熊の体の上を駆け、槍を振るって傷を増やしていく。そうやってタゲを集中させて、煌上のチャージ時間を作っている。
「これでも喰らえ!」
神谷の槍が、熊の右目に突き刺さった。熊は悲痛の叫びを上げる。
神谷を払い除けようと右手を振るう熊。神谷はその右手を躱しつつ槍で顔面に幾つも傷を刻み込む。
熊は雄叫びを上げると、頭上に巨大な赤い球体を作り出した。直径二十メートルはあろう巨大な球は、とんでもない熱を孕んでいる。
「な…………。これは、まさか」
神谷はすかさず熊の体から離れる。顔には焦りの表情が。
「一旦離れろ! デカイのくるぞ!」
三人は熊と大きく距離を置く。
熊は両腕を思いっ切り地面に叩きつけ、力強く吼えた。
巨大な赤い球から幾本もの赤いレーザーが放射される。
四方八方を、即死の極光が穿っていく。
灰の大地の上をレーザーが迸っていく。
レーザーが収まると、赤い球が突如膨張を始めた。
熊はニヤリと笑うと、目を赤く輝かせる。
赤い球が爆ぜ、巨大な大爆発を起こした。
圧倒的なまでの熱の波紋が、数キロさきにまで伝わるほどの、大爆発。
場を離れようと走っていた相良は、その爆風に吹き飛ばされた。
「…………うぐ……」
相良は痛みに呻くも、どうにか片膝で立ち上がる。
爆発の中心に居た三人がどうなったか、相良には分からなかった。だが、あの爆発の規模だ。無傷ではすまないだろう。
灰の煙が晴れ、爆発の跡地には火が燻っている。
巨大なクレーターが広がっていた。
✕ ✕ ✕
「なんだ、今の音……」
ヒロは特にやることも無いので、灰色の景色をボーッと見ていたのだ。
戦場との間に丁度小さな丘があるため、いまいちどんな戦況か把握できない。
ただ、聞こえてくる音から、激しい戦闘だと予測がつく。
「見張りっていったって、特にやることないしな…………」
信永の能力は″人払い″だ。能力のかかった物体は、他人から避けられるようになる。能力をより強めれば、その物体に関するワードすら思いつかなくなるらしい。
この一帯は信永が能力で人払い状態なので、近隣の一般人達は寄ってこられない。それどころか、存在を思い出すことすらできない。
機械かアンノウンでなければ、この地に近づけないそうだ。
「だからといって、こんな何にも無いところに人来るかな……」
かなりの範囲を誇る隔離区域の、そのど真ん中辺りで戦闘しているため、最寄りの民家からもかなり距離を置いている。
いくらアンノウンといえど、偶然ここに来るとは思えないのだ。
「━━だから、やってくるとしたらそいつらはここに用事があるってことだよなぁ」
ヒロは目を細める。
いつの間にか数十メートル先に、十人ほどの黒マントの集団が居た。
「あのマント。もしかして、カリバーンとかいう集団か…………」
ヒロは立ち上がると、前方を警戒しながら信永に電話をかける。
『……お前のところにも現れたか』
「信永さんの所も、ですか?」
『いや、他二人の所にも客は来ているようだ』
「どうします?」
「━━何、呑気に電話してんだゴラァ!!」
「!?」
目の前に肉薄してきた、一人の黒マント。ヒロに放たれた拳が、ヒロのスマホを粉々に破壊する。
「何すんだ! まだ買ったばっかなんだぞ!?」
「知るかテメェ! 俺らが今から遊んでやろうってのに、お前は電話ァ!? ざけんなよ!?」
吠える黒マントは、フードを取った。発言に似て、凶暴な顔立ちの坊主頭だった。
「殺すぞゴラァ!」
「何なんだマジで!」
坊主頭の放った拳を躱し、御見舞の肘鉄を坊主頭の腹に打ち込んだ。
「ぐはぁ!?」
「ちょっと、寝ててくれ」
アッパーを坊主頭の顎に入れる。
宙を舞った坊主頭は、そのまま放物線上に着地。気絶していた。
「ふぅ、どうにかなった……けど、あと何人居るんだコレ」
いつの間にか、ヒロを囲んでいた黒マント。
冷や汗が垂れる。
逃げ場は塞がれていた。
ヒロは、瞬く間に窮地に陥っていた。
読んでいただきありがとうございました!
今回は相良のぬいぐるみが暴れました。文章力が拙いためあんまり伝わってないかもですが、とにかくヤバイんです! めっちゃヤバイ設定なんですよw
次回の更新は土日です。
よろしくお願いします!