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Overwrite~普遍世界の改編者~  作者: アルマ
二章 Patchy Parental Love : Overwriting
34/43

♯31 夕凪相談室 Ⅲ


「さて、まず君が強くなるにはだな……」


「はい」


 夕凪はポテチを噛み砕きながら、


「まずその下手クソな能力操作をどうにかしなきゃいけない」


「そんな下手クソなんすか? 僕」


 ヒロとしては、正直一ヶ月地道に特訓していたつもりであった。もっとも、時折面倒くさくてサボることもあったが。


 自分の身体を覆うことに関してなら、それなりの技量だと、そう考えていたのだ。


「あぁ、クソだとも」


 だから、この一言には少々納得がいかなかった。自惚れが尾引いたのだ。


「…………具体的にお願いします」


「ウチとて間近で見たわけじゃないけど、にしてはやっぱり不器用過ぎるんだよ君は。毎度同じことしてる癖して、その実大した質も速度もない」


「うぐ…………」


「君はさ、多分自分の能力は″自由自在″がウリだと思ってんだろ。パッと作れないから、足止めやら何やらで時間を強引に稼いで、攻撃する」


「………………」


「時には結構ギリギリまで引き付けて、危険を冒して時間稼ぎして、けどその方法で成功したことあるか? 君」


「…………最近は割とないですね」


 足止めが功を成したのは、最近では猪男の姿をした灰崎戦だけだ。


 鳴海の姿をした灰崎にも、霧島にも、いともたやすくあしらわれてしまった。


「時間稼ぎが悪いわけじゃないけどさ、元々があまりにもトロい生成速度じゃ、簡単に防げちゃうんだよ」


 たとえ虚を突いたつもりでも、鈍い攻撃なら意味がない。


 夕凪の言いたいことは、つまりそういう事だった。


「じゃあ、どうすりゃいいんですか」


「簡単なことさ、もっと速く操れるようになればいい。君みたいな、そういう能力にはいくつも出会ってきたし、アドバイスもしてきた。けど、大体このアドバイスでメキメキ腕を上げたもんさ」


「アドバイスをしてきたって……夕凪さんってどういう人なんですか」


「ただのアンノウン研究者さ。もっとも、趣味程度のものだけど」


 夕凪はパソコンのキーボードを何度か叩き、


「ちょっとコレを作って貰える?」


「え?」


 画面に映っていたものは、ある人気オンラインゲームのマイページ。おそらく夕凪のものであろうアバターが表示されている。


「この装備、再現してくれる?」


「…………はい?」


 そのアバターが纏っている防具は、いかにも近未来的なもの。黒い機械チックなアーマー、血脈のように青白い光が迸っている。


 右腕は巨大な漆黒の重槍と一体化しており、左腕の篭手は独特な形状の盾と接続されている。


 造形がかなり細かく、エフェクトが派手なところを見れば、相当レアなものらしい。


「これをですか?」


「そう、これをです」


「無茶じゃないっすか! どんだけ細かいと思って…………」


「だから練習になるんだろう? 君は強くなんなきゃいけないんだから」


 ヒロは押し黙る。 


 ぐぅの音も出ない。


 しかし、強くなる理由はトラウマの克服のためなのか、それとも自衛のためなのか。


 下手に力をつければ、平穏な生活が遠ざかるような気がする。


 これは、これまで続けてきた自主トレーニングを否定する考えではあるが、一度身近に死を感じたーー平穏とはおよそ真逆の境遇に身を置いたヒロとしては、もう二度とあんな目には遭いたくない。


 だからこそ、隠れ蓑にするためにもコミュニティに入った。だけど、コミュニティに入った後も戦闘は続き、一週間後にも何やら不穏な予定が立て込んでいる。


 正直、もう戦闘など、乗り気ではない。


「強くなって、僕の生活は平穏を取り戻しますかね?」


 ヒロとしては、ただの確認だった。


 「もちろんだよ」と肯定されたかったのだ。


「平穏なんて、帰ってくるわけ無いでしょう。ハッキリ言って」


 だから、夕凪の言葉にヒロは目を見開いた。


「平穏ってのはさ、アンノウンになった時点で、もう二度と帰ってこない。アンノウンになった時点で、人間の平穏な生活なんてもう送れないんだよ」


「…………帰って、来ないんですか?」


「うん。いやもちろん、それに近しい境遇にまでは簡単に持ち込める。多少の差異を気にしないのなら、″平穏な生活″らしいものを送ることはできる」


「!? ………………一体、どうすれば」


「一つ、アンノウンであることを死ぬ気で隠し通し、アンノウンと出会っても白を切る」


「…………もう僕結構バレてるような気が」


「アウトだね」


「アウトです、か……」


 思わず項垂れる。


 ヒロとしても、必死に隠し通そうとはしてたのだ。結局隠し通せてはいないのだが。


「一つ、アンノウンやアンノウンを敵視する人達全員皆殺し」


「無茶でしょ、それは」


「一つ、信永みたいな能力で自身を隠蔽する」


「僕の能力じゃ無理ですね」


「一つ、アンノウン用の牢獄に閉じこもる」


「嫌です」


「あそこ、結構安全だぞ? 快適ではないし暇だけど」


「なおさら、嫌です!」


 立ち寄ることすら、極力回避したい気分である。


「一つ、誰の恨みも買わないように立ち回ること」


「もう結構戦ってますよ僕」


「正直、これが一番簡単だったんだけど。でもまぁ、それじゃ無理だねぇ」


「戦いたくて戦ったんじゃないんですけど」


「一つ、誰も敵対しようなんて思えないくらい強くなること」


「…………これが、一番現実的なんですか? 夕凪さんにとって」


「まぁぶっちゃけ、これも安全ではないんだけどね。戦いに飢えてるアンノウンが挑戦者として襲ってくるから」


 ポテチを砕く音。


「それに、この域まで達したような奴が、戦闘を避けようなんて、本当に思えなくなるとは思うんだよなぁ。ウチとしては」


「そういうもんなんですか?」


「さぁ? ウチはか弱いから、強いやつの心情なんて分かりようもないんだけど、サ。ああでも、この域に達しておきながら、それでも人助けやら何やらに明け暮れた男も居たっけか」


「人助け……?」


「そ、人助け。困ってる人を見捨てられない性分なのか、助けを呼ぶ声が聞こえたら、人前でアンノウンの力を使うことに躊躇わないくらいの正義漢」


正義の味方(ヒーロー)ですね」


「そそ、愚者(ヒーロー)だったよ」


 夕凪は鼻で小さく笑う。


「まぁどうあれ、アレに挑戦しようなんて、馬鹿らしいって思えるくらいには最強だったよ」


「そのレベルまで強くならなきゃ駄目ですか?」


 ヒロの言葉に、夕凪は笑いながら、


「無理無理、そんな強くなれるわけ無いじゃん。それに、そんな強くなる必要もないよ。本気の霧島といい勝負できるレベルまで強くなれば十分さ」


「それ、結構難易度高くないですか」


「だからこその特訓ってわけさ。ほら、始めるぞー?」


 夕凪は画面のアバアーキャラをアップで映すと、


「マウス動かせば視点変えれるから。しっかり作ってくれよ?」


「一つ、いいですか?」


「何かね?」


「なんでコレ(・・)なんですか? 作るの」


 「そんなことか」と夕凪は笑うと、


「この装備が、一番お気に入りだからだよ」


「そんなことですか!?」


「そんなこととはなんだ、そんなこととは! これ作るのにどれだけ苦労したと思ってんだ! レイドボスのドロップ率一%素材、各部位に何個も必要。さしてレアではないけどあまり貯まらない鉱石類や端子類が百個単位で必要だから、ずっと周回して集め、フル強化するためにも素材と金を集めまくって…………ギルメンと協力して必死に揃えたんだぞ! おかげでこの装備を手に入れてからの個人ランキングは急上昇、ギルドもかなり大きくなった。さらにカラーリングも細かく変更しているから、まさウチだけのための、ウチ達が作った、ウチ達の努力の結晶なんだよこれは! この装備のパッシブが強力で敵の体力を……」


 夕凪の装備自慢は約十分に渡って続けられた。


 その後、何度もーーいや、何十回何百回とダメ出しを受けながら、必死に蒼鉄で模造し続けた。


「ーーあのさ、君」


「………………なんですか」


「予定時間すっごぉくオーバーしてんですが」


「………………そっすか」


「ふざけんなよクソ新人ーー!!」


「アンタが長話してたからだろぉーーーー!!」


 ヒロは疲弊していた。


 そして、非常にストレスフルだった。


「もう帰れ!」


「言われなくても帰るわ!」


 温厚をウリにするヒロがここまで怒れる程に、夕凪は我儘過ぎたのだ。


 結局、信永の言う通りであった。


「帰れ帰れ!」


「あぁじゃあな!」


 ヒロは部屋を退出する。


 扉を閉めようとした時、最後に声をかけられる。


「次のカウンセリングは明日の夜九時な! ポテチとコーラ買ってこいよ!」


 最後の最後まで我儘だったと思う。


 ヒロは、まだ微妙に冷めない怒りを必死に押さえ込みながら、階段を降りた。


「どうだった、夕凪っちとの会話は」


 後藤が話しかけてくる。


「……面倒くさい人でした、正直」


「ハハッ、そうだろそうだろ。あの子はなかなか扱いが大変なんだよね。しかもお洒落しないし……しかし、俺の見立てでは髪整えるだけでだいぶ可愛くなる筈なんだが……」


「え、そういう話なんですか?」


「え、そういう話だろ?」


 思わず、ヒロは笑ってしまう。


 別れの言葉を述べ、毒気の抜けた顔でヒロは自転車に乗る。


 もう鳴海は先に帰ってしまったようだった。


 実は、夕凪との対談は一時間にも渡って続いていたのだ。


 自転車をグングン漕ぎ進め、細道をクネクネ曲がっていく。


「ん? …………あの子はたしか」


 道路脇に設置されている自販機。その前でピョコピョコ飛び跳ねている、白いパーカーの子供が目に映った。


 

読んでいただきありがとうございました!


かなり日は空いてしまいましたが、まだテスト期間は暫く続きます。次回の投稿もまた、1週間空けてのものになると思います。すみません……。


これからもよろしくお願いします!

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