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Overwrite~普遍世界の改編者~  作者: アルマ
二章 Patchy Parental Love : Overwriting
33/43

♯30 夕凪相談室 Ⅱ

 

 ドロップキックが直撃し、ヒロは背後の壁に叩きつけられた。


「痛ッ…………」


「遅いんだよ新人! 初っ端から先輩を待たせるなんて、どういう了見だ!」


 ポテチを食べながら立ちそびえる、黒髪の眼鏡少女。


 全身を青い学校のジャージで纏い、長い黒髪を乱雑にシュシュで束ね、隈だらけの大きな瞳も合わさって死んだ顔の少女。


 話に聞いていた、夕凪由香その人である。


「すいません、ちょっと戸惑いまして……」


 大学生くらいであろう人の、燃え盛る憤怒をとりあえずは収めようとするも、


「そんな言い訳に興味はないんだよ! ウチがしっかり立てておいたプランが半壊なんだぞ!」


「プラン…………?」


「ボスの再湧出(リポップ)時間だよ。調節したんだからな! 君との会話を三十分程と仮定して」


「そうなんすね」


 プランと聞いて、大層な予定でもあったのかと思えば、ゲームだった。


(ゲーマーにとっては、ゲームが再優先事項なのは理解していますがね)


「分かるか? ボスの再湧出がちょうどいいタイミングーー君との対面を終えて、ゲームにログインし、近場のワープ地点からボス巡回エリアへ移動するまでの時間を緻密に計算したウチの労力が!」


「は、はぁ…………」


「今ウチのギルドのランキングは十一位。あと一押し登るには、どうしてもボスの落とすレア素材で作る装備が必要なんだ!」


「は、はぁ…………」


「それをなんだ、戸惑った? なんだそんな理由。君のそのよく分からない優柔不断さが、ウチのオンのフレを傷つけるんだ! 優柔不断な男子はモテないんだぞ!」


「は、はぁ…………」


「優柔不断な男子はモテないんだぞ!」


「それ繰り返す必要あったんですか!?」


「大事なことなので二回言ってやったぜ」


「余計なお世話だ!」


 ドッと疲れた。


 信永の言っていたとおり、とにかく面倒な御方だった。


 とりあえず、招かれるがまま部屋の中へ。


「な」


 唖然とした。


 その、部屋の散らかり具合にである。


 幾本もの配線の類が絡まり合って床を占め、その上に横たわる、本やお菓子のゴミなどは整理整頓の『せ』の字もない。


 服はかろうじてハンガーにかけられているも、今にもハンガーから外れてしまいそうな雑なかけ方。


 また、本棚やタンスの類も酷かった。床に散らばる本達同様、整理整頓など何のことやら。本棚の中は、まさしく書物の大雪崩。


 一番困ったのは、床に堂々と散らけた本の一部が、薄い本であったこと。おそらくは、本屋の黒いカーテンの向こう側に並んでいるであろう類のもので、これには目のやり場に困った。


 部屋には椅子が一つしかなく、その一つを夕凪が座ったため、乃ちヒロの腰掛けるものがない。


「そこら辺で適当にくつろぎ給え。そこらに散らばったウチの秘宝達の位置をズラしたら殺すけどネ」


 ちょうど、本の類をどかそうとしていたヒロの手が止まる。


(つまり、立って話を聞けということなんですね!)


「さて、じゃあ軽いカウンセリング等を始めようか。手っ取り早くね」


「カウンセリング?」


 ヒロが首を傾げると、


「そそ、君の面倒くさいトラウマとやらを和らげるために、ね」


「…………」


「多少自覚症状はあったようだね。鎖が接近してくる度に意識を飛ばすのは、さすがに不便だろう? だからまぁ、ほんの少しでも楽にしてあげようというね、そういう気遣いなわけですよ」


「なるほど」


「ま、ぶっちゃけ生活費を人質に押し付けられた雑事なんだがね」


「…………なるほど」


 金絡みの気遣いとは、気遣いと言えるのだろうか。


 どうやら顔に出ていたようで、


「そう怪訝な表情をするもんじゃあないよ。少なからず、トラウマってのはデリケートなもんだから、やるからには多少配慮はするさ。悪いようにはしない」


「…………正直、トラウマってそう簡単に治るもんじゃないですよね?」


「そりゃあ勿論。抉られれば抉られるほど根深くなっていくし、何分精神的なものだから、ふとした拍子に擦れてしまう。しかも、患者が間違った治し方に手を出せば、余計治りにくくなる」

 

「間違った治し方、とは?」


「あくまで個人差もある話だけど。症状を無闇に抑え込もうとするのは大抵ナンセンス。抑えようとすることは、嫌な思い出を意識しちゃうことだから、まぁ逆効果だよね」


「物欲みたいなもんだすかね?」


「ん~まぁそんな感じ? 物欲センサーを警戒して無心になろうと必死になる事自体が、もう物欲の表れ……みたいな。一体そのせいで、何枚分の魔法のカードが消し飛んだことか」


 バツの悪そうな顔を夕凪は浮かべる。


 ヒロも苦笑で返す。似た経験が、あるソシャゲであったからだ。魔法のカードにはまだ手が伸びていないが。


「大事なのは、むしろ吐き出すこと。あぁ、でも無闇にボンボン吐き出して、胃液まで吐き出してほしいわけじゃないよ? 心の傷をあえて剥き出しにして、少しずつ″怖くない思い出″だと思い込ませていく。上手いセラピストとかが居れば、結構コレでどうにかなるもんさ」


「して、セラピストは何処に?」


「居ないよそんなの」


「え」


(じゃあ、どうにもならないじゃないですか!)


 ヒロは唖然とする。


「どうしてもプロに癒やしてもらいたかったら、自分で探しなさい。もっとも、アンノウン関連の話に精通しているセラピストなんて、そうそう居ないけどネ」


「じゃあ僕のトラウマはどうなるんですか!」


 吠えるヒロを、夕凪は手で諌め、


「まぁまぁ落ち着け? 今君は、自分の症状をトラウマだと口にした。その時、脳裏には思い起こされた筈だ。君のトラウマの原因の情景が」


「…………」


「なのに発狂してない。実際に鎖が自分に襲いかかっているわけではないからだよ。つまり、ちょっと思い出す程度なら問題にならない程度ってことさ。その程度の、浅いトラウマなのさ、君のは」


「僕のこれが、浅い…………?」


 ヒロが吐き気を催し、意識を飛ばす時。


 あの、鎖が自身を蹂躙する感覚が鮮明に蘇ってくる。痛覚すら、再現されている気分になる。


 あれが、浅いとは。


「ま、トラウマなんて人それぞれだから、浅い深いなんて尺度は間違ってるんだけど。でもまぁ、君のソレは改善策が分かりやすい方だよ」


 夕凪はそう言って笑う。


「改善策が分かりやすいということは、君のトラウマを治しやすいということで。君のトラウマが治しやすいということは、ウチの生活費が守りやすいということで」


「生活費に必死過ぎません?」


「ウチヒキニートなんで。囓る脛なきゃ餓死よ餓死」


 なるほど、どうやら生活費は全て『Trashy Rebellios』が工面してくれているようだ。それも、趣味を楽しむ余裕が十分にあるほどの金のようで。


「それで、僕の改善策ってそんなに分かりやすいんですか?」


「多分ね。少なからず、軽く思い返す程度ではどうともならないくらいの進度なら、まぁ早く治せる目処があるよってことなんだけどサ」


 夕凪は、ヒロの左胸をポンポンと叩くと、


「ココが、負けを認めてんだよ君の場合。″飛来する鎖″が、そのまま″ボコボコに打ち負かされるイメージ″に直結してるのサ」


「そんな思考に陥ってんですか、僕」


「推測だけどね。でも、もしもそういうプロセスを辿っているのなら、やはり比較的楽な方なんだよ」


「どうするんですか?」


「簡単なことさ。超シンプルで、脳筋で、恐らく効果的な方法。あぁでも、見るからに無気力そうな君にとっては、少々向かないものかな」


「そんなに無気力そうですかね、僕」


「そのタレ目とか、もう無気力の証明でしょうが」


「とりあえず、全国のタレ目に謝りましょうね」


 パリッ。


 ポテチを豪快に噛み砕く音。


「この手段の重要なポイントは、あくまで向上心だからさ」


「向上心、ですか……」


「要は、『もうあんな鎖に負けることなんて無いっ!』って自然と思えるくらい強くなりゃいいのサ」


 ヒロの戦闘能力がそこまで高くないことは、最近の戦闘を踏まえれば自然と分かる。


 弱いからこそ、灰崎に完敗したのだから。


「プラスでカウンセリングもすれば、意外とアッサリ治るかもね。まぁ、君次第だけど」


 ヒロとしては、ありがたい申し出だった。


 自然と、表情が明るくなる。


 夕凪はニヤリとすると、


「ホントはお代でも何でも貰いたいとこだが、何分と家主が怖いもんで。お代は結構。代わりに、治るかどうかは保証できないし、下手したらより悪化する可能性だってある。なにせ、ウチはプロのセラピストでも、心理学者でもなんでもない、素人だからネ!」


 わざわざ、躊躇わせようとする言い方だった。


 意地悪く微笑む夕凪。


「さぁ、乗るかい?」


 ヒロは即座に返す。


 どの道、いずれは克服しなければいけないことなのだから。


 迷う余地など毛頭ない。


「よろしくお願いします」


読んでいただきありがとうございました!


体調崩しまして、日がだいぶ空いてしまいました……。さらに今テスト期間で提出課題が大量にあるので、頻度落ちます。次回は来週の土日ですかね……


よろしくお願いします!

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