♯28 地下体育館で
『Trashy Rebellios』地下体育館。
ヒロが数日前に霧島と立ち合いをした場所だ。
その壁際に運び込まれている、三人の黒マント達。三人は一様に、苦悶の表情を浮かべながら気絶している。
それもその筈である。彼らの脚や腕、身体の各所には、骨折等とは比べ物にならないほどの重傷が刻まれているのだから。
皮膚も肉も骨も区別が付かないほどに焼け爛れ、あるいは腐食している。負傷箇所の血管は爛れ閉じているため、出血はない。
火傷ではない。生気を失ったかのようなその傷は、火傷ではない。火傷のような、症状の一端は、あくまでこの傷の本質の表面なのだ。
これらは全て、煌上の白い電撃を受けた傷だ。
物質から生気等を奪い取り朽ちさせる、煌上の能力によってもたらされた傷なのだ。
一瞬、白い電撃が掠めた程度でこの負傷具合。先端医療だろうと治せないほどの末期的な負傷。
治せるとすれば、アンノウンが得た異能力くらいのもの。いや、そんな奇跡を以てしても、治すのは困難なのかもしれない。
なにせ、これらの傷は″破壊の概念″に触発した故ものなのだから。局所的に″破壊″という事象を受けた後なのだから。
生半可な治癒能力では、再生することはできない。
「…………起きろ」
バケツ一杯の冷水が、黒マント達にかけられる。
びしょ濡れになった黒マント達は、最悪の目覚めだと言いたげな顔で、目を開く。
「俺は信永、こっちは煌上。コミュニティ『Trashy Rebellios』の一員だ。こっちの少女には見覚えがあるだろう?」
まだ状況を把握できていないのか、黒マント達はキョロキョロと辺りを見回す。そして自分が縄で拘束されていることに気づく。
「縄を解け。愚民めが」
真ん中の黒マントが、信永を睨む。
「それはただの縄だ。やろうと思えば自力で千切れると思うが?」
「…………力が入らない。薬か何かを入れたのか、我らの身体に」
「まさか。ただ、身体のあっちこっちが使い物にならなくなっただけだ。こっちの少女によってな」
「どもです」と煌上は会釈する。
煌上を見て、黒マント達は「ああ」と声を漏らす。
「…………そうだった、その女にやられたのだったな。我らカリバーンの徒に手を上げるとは、王の下で裁かれよ」
「あんたらみたいな奴らにやられるくらいなら、私は潔く自殺しますが」
「なんとまぁ、王の存在がどれほど偉大かも分からぬとは。また、王に使える我らの勤勉さ従順さを理解できないとは。くたばりなさい」
煌上はフンと鼻を鳴らす。
「…………それで、何故我らを生け捕りにした。何故殺さぬ? 敵である我らを生かしたところで、貴様らに得があるとは思えないが」
右の黒マントが続けて、
「まさか、手心を加えた、などと言うのではあるまいな? 異端者共の分際で」
びゅう。
突風と共に、鋭い煌上の蹴りが、黒マントの頬を掠める。スラリと伸びた、色白い魅惑的な足が、今では狂器の類だ。
「…………手心? ざけんな。私は今、あんたらみたいなクソ共を殺したくて仕方がないんですが」
「なら殺ればいいだろう。我々は個であり集団。我が潰れたところで、同士達が潰えない限り、我が魂は不滅なのだから」
「落ち着け、煌上」と、信永が声をかける。
「あんたらのせいで、一体どれだけの人が犠牲になったと思ってるんですか。どれだけの人がこれから犠牲になると思ってるんですか」
「犠牲ではない、生贄だ。王の為の供物なのだ」
「ふざけるな!」
煌上の右手の中に現れた、一振りの斧。
「煌上、落ち着くんだ!」
「大体、貴様が憤るのは、そんな正義ぶった動機からではないだろう? もっと自己中心的な、クソのようなものだろうに」
「ッ…………!」
「そうやって、″個″が各々の欲を持つから、″集団″は瓦解するのだ! 憐れな者共め! 王に仕える我々を見習いたまグゥッ!?」
黒マントの一人の首を片手で締め、それでも煌上の怒りは冷めやらない。
斧を握る手にさらに力が込められる。今にも黒マントを斬りつけてしまいそうなほどの、怒りの形相。
しかし黒マントは臆することなく嘲笑う。
「そのように怒り狂うのは、図星ということなのだろう。悲しいことだ、王に仕える我々と違い、情に流されてしまうのが。ああ、実に嘆かわし…………」
ドスッ
黒マントの顔スレスレを通り、壁に斧が突き刺さる。
「…………それ以上余計なことを喋らないでくれませんか。そろそろ抑えきれそうにないです」
左手で右腕を押さえ込んでいる。そうでもしなければ、その抑えきれないほどの衝動なのだ。
「一旦下がってろ、煌上」
見かねた信永が、煌上と黒マントの間に割って入る。
「…………すいません、取り乱してしまいました」
「いい。仕方がないことだからな」
煌上は体育館から一旦退室する。
「それで信永、我らを生け捕りにして何の用だ」
「聞きたいことがある」
「……教団の情報は何一つ、口を割らんぞ」
信永は黒マント達から黒マントを奪い取る。
黒マント達もとい狂信者達は、信永の行動に疑問符を浮かべる。
「やはりあったか」
マントで隠れて見えなかったが、狂信者達の首には細い首輪のようなものが巻かれていた。
紫の光沢を帯びた、銀の首輪。信永はそれに焦点を合わせる。
スパッ、スパッ、スパッ
三人の狂信者達の首輪を、信永はシャベルで切り裂く。首から外れた首輪は地に落ちると、紫紺の光粒となって霧散していった。
「これで、洗脳は解かれた筈だが」
「洗脳? 一体貴様は何を言って……ウグゥ、ヴォェアアアアァ!?」
「ああ、あ、あああああ、ああたたまががじゃける……しゃけるじゃけるさけさけるるるるるとろとろどろとろぉ…………」
頭を激しく振り回し、狂信者達はただひたすらに悶えている。
信永はただその姿から目を逸らし、黙っていた。
暫し時が過ぎ。
三人の縄を、信永は解く。
「お、俺達は一体何を……。てか、ここ何処ぉ!?」
「え、ちょ、今何時? 遅刻すると店長に怒られるんすけども!」
「うわなんだこの怪我!? 一体いつ……」
各々が素の顔で驚き騒いでいる。
「どうやら、元に戻ったようだな」
信永は三人に、洗脳されていたことを伝える。
説明を聞いた三人は、当然のことながら唖然とし、困惑し、驚愕した。
「そうか、俺ら拉致られて首輪嵌められて、洗脳されてたのか……」
「もう一ヶ月以上も職場に行けてないなんて……クビ確定じゃん」
「この怪我、もう感覚ないやんけ。治るんですかい?」
「どうやら、完全に記憶がすっぽ抜けているようだな。…………マウルの奴、さらに洗脳が強力になっているようだな」
マウルの能力を大雑場に説明するならば、″洗脳″だ。以前は洗脳を解除した後も、洗脳中の記憶は多少残っていたが、この三人には一切残っていない。
つまり、手駒を使うだけ使って、しかも痕跡を残さず処分できるわけだ。
(しかし、この三人から情報が得られないとなると、かなり厳しいな……)
信永は顎に手をやり、ついつい呻く。少しでも、カリバーン教の動向を知っておきたかったのだ。
今考えこんでも仕方がないか、信永はそう割り切ると、煌上を呼ぶ。
不機嫌そうな煌上に事情を説明し、ついでに三人の治療を頼み込む。
眩い黒い光が地下体育館を満たすと、三人の酷い傷は治っていた。傷の痕跡は一切残っていない。
「……情報、手に入りませんでしたね」
「ああ」
あまり感情を外に出さない信永も、僅かばかり声のトーンが下がっている。
神出鬼没、何をしでかすかも分からないカリバーン教の出鼻をくじくべく、より多くの情報が欲しかったのだ。
捕えた三人は、もう洗脳が解除されたため普通の生活に戻れるだろう。もっとも、アンノウンとしての、という限定はあるが。
「なんとしてでも、早くあの教団を止めなくてはな…………君の為にも」
煌上は俯き、拳を握りしめる。色がさらに白くなるほど、血の気が失せるほどに強く。
「そしてあの人の為にも」
煌上とは対象的に、信永は天井を見上げる。
信永のその瞳は、何を捉えているのだろう。何を見ているのだろう。
「頑張らなくちゃ、ですね」
「ああ、気を引き締めなくてはな」
信永達は、地下体育館を後にした。
読んでいただきありがとうございました!
もうそろそろテスト期間なので、投稿頻度遅れるかもです。次回は土曜か日曜に投稿します。新キャラ(幼女)登場しますよー
これからもよろしくお願いします!




