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Overwrite~普遍世界の改編者~  作者: アルマ
一章 Seven Days : Overwriting
3/43

♯2 炎の猪

第二話、戦闘回です。

よろしくお願いします


 陽光を目一杯浴びながら自転車を漕ぎ進める。


 もう六月中旬で気温が上がりつつあるからか、額に汗が滲む。リュックを背負う背中が制服のシャツと張り付いて非常に不快な気分だ。


 現在、ヒロは帰宅中。突然の放送で早帰りになったので、普段より数時間早く帰路についている。


 自宅から高校までの距離は自転車で片道二十分程。電車通学は金がかかるし電車の時刻表に様々な行動が制限されてしまうので自転車通学できる高校に入りたかったのだ。そのせいで、身の丈に合わない高偏差値の進学校を選ばざるをえない羽目になったのだが。


 ここ、降谷市は田舎と都会の性質を兼ね備え、山と海に囲われた街だ。兼ね揃えた、と言うのは田舎と都会の中間くらいの街と言うわけではなく、田舎サイドと都会サイドでこの街が二分化されているのだ。いつからこの街がそんな極端な特徴を持っているのかは知らないが、ヒロが物心つく頃から二分化されている。市の中心を横断する二級河川、降谷川を境に北側が田畑と古風が合わさった田舎サイド、南側が高層ビルと近代風な都会サイド。その特異な特徴からニュースや観光番組でも話題に取り上げられることの多い街だったりする。


 最も、この街には数年前に歴史に残る大事故があった事でも話題性十分なのだが。


 ヒロの高校は都会サイドの降谷川沿いにあり、ヒロの家は田舎サイドの降谷川沿いにある。二分化されている、といっても降谷川付近はそこまで極端に風景に差があるわけではないので、自宅周辺は田舎と言うよりかは準田舎に区分しても良いだろう。


 自転車で坂道を超え、迷路のような細道をクネクネと進んでいく。人気がないルートばかりを選んでいるのは、それが一番の近道だからだ。夜通るのはちょっと躊躇ってしまう道だが、日の出ている昼間ならどうということはない。


 川沿いに並ぶ廃工場の横を抜けたときのことだった。


「…………?」


 突然遠くから聞こえてくる轟音。気になって、音のする方向へふり向く。ここは廃工場なので、もう工場の機械が使われることなど無いはずだが。


 大した違和感ではなかったが、なんとなく確認しようと自転車から下りる。どうせ暇だから、と言う非常に緩い動機だ。自転車にロックをかけた瞬間、周りが煙で囲われ、視界が白く遮られる。


「うわっ、ゲホッ……け、煙!?ちょ、なん……ゲホッ…………急に……」


 目を細め、周りを見回す。何処を見ても白煙の靄がかかっている。煙は煙でも、火災のときに出る煙のように一酸化中毒を起こす類では無いらしい。効能としては、ただ視界を塞ぐだけのもののようだ。あと多少咽る。


 グルグルと辺りを見回していると、ある一点からだけ強い光が見て取れた。光は徐々に大きく見え、次第にあれが轟音の主だと気づく。音が近づいているように感じた時点で、あの光が大きくなっているのではなく、接近していることに気がついた。


 靄の中、輪郭も朧気な赤い光が迫ってきている。悪い予感がして、少し右へと動く。


 高速で移動している大きめな光が左側を通過する瞬間、僕は見た。


 それが、猪のような風貌を象った、炎の塊であることを。そしてそれが、まるで昨日見たかのような、記憶に新しいものである事にも気がついた。文字通り、昨晩に一度見た猪だ。


 猪は、躱された後もそのまま直進していき、煙の外へと消えていってしまった。


「なんでこんな所にこの猪が……?」


「こ~んにちはっ」


 煙の向こうから響く低い声。ドスンドスンと、重い音を立てて歩いてくる人影が一つ。煙のせいでよくわからないが、大柄な男性だろうか。先程の猪と組み合わせて記憶の本棚を網羅すると、一瞬で気がついた。この男は、昨晩の暴徒だと。


「……まさか昨日の夜のチェーンソー男ですか」


「昨日? あ、あぁお前か。如何にも。今はチェーンソーを持ってはいないが、その通りだ」


 男は両の手を見せ、武器が無いことをアピールする。


 煙の微かに晴れた隙間から、彼が昨晩の男と容姿が全く同じだと確信。白いタンクトップの中にははち切れんばかりの筋肉。マジでボディービルダーの方かしらん? と思ってしまうほど。


「ーーったく、ようやく良い物件を見つけたって言うのにいきなりか。毎々自分の運の無さに驚かされるね。何なら侵入者が麗しい少女じゃないということも持ち前の不運さかねぇ?」


 昨日はなんらかの理由で終始キれていて、その八つ当たりに通りすがりのヒロが襲われた。そのため、ヒロが見た男は非常に攻撃的で、話し合いが通じない猪突猛進な性格だとヒロは思っていた。だからこそ、多少まともな口ぶりに少し驚かされる。いや最後になんか変なこと言ってるけど。


 よほど昨日がヒートアップしていたのか。人の話聞かなくなるレベルに。


「なんで、突然攻撃してきたんです?まだ昼、どこに人の目があるかも分からないっていうのに」


 異能力者は、異能を持つが故に衆前で能力を行使するわけにはいかない(的な暗黙の了解があるようだ)。異端であることが発覚すれば、どんな目に遭うのか分からないからだ。監禁されるのか、即殺されるのか、研究対象にされるのか。どれも悲惨な目に遭うのは目に見えている。だから人が外を出歩いている昼間に能力を使うなど愚行に等しい。


 なのにこの男は。


「なんでかって? 決まってんだろ。今俺が新しい物件を見つけたばっかってのにお前が現れたからだよ。邪魔だからだよ。それによぅ、よく周りを見てみな。人の目なんてどこにあるってんだぁ?」


 なるほど。周りを見てみれば人は誰も居ない。廃工場が立ち並ぶだけの一角に用がある人など中々いないだろう。加えて、煙のせいで外からパッと見たくらいではヒロ達がここにいることすら気づかれない。


「できれば争いごとはゴメンなんだが、状況が状況だ。そしてお前が俺と同類である以上は避けては通れんからな…………死ねッ」


「相変わらず突然襲ってくるんですね!」


 男の右手から放たれた猪をヒラリと躱す。


「ふむ。やはりまだ慣れんな…………だがお前を屠るには十分な火力はある!」


「…………昨日の戦いで学習しろよな。そんな猪じゃ僕に傷一つつけれない……あ、怪我したんだったっけ」


 腕の怪我を軽く擦る。ちょっとした計算ミスで、昨晩生じた傷だ。


 しかし、昨晩の戦いを考えれば、猪はヒロには相性が悪いことに気づきそうなものだが。


 馬鹿正直に相手をしてやる義理も気力ないので自転車目掛けて走る。しかし先に予測していたのか、男はヒロと自転車との間に割って入る。異常な身体能力による圧倒的なスピードは、男の軌道上に盛大な砂埃をまきあげた。


「逃がすとでも思ったのか?お前はここで死ぬんだよ」


「…………街中で宗教勧誘してる人並にうっとおしいんですが」


「あぁ、あいつらはウザいだけじゃなくしつこいからなぁ。くれぐれも気をつけないと、なァ!!」


「僕の友達は残念ながら、宗教団体に捕まって長話食らってましたがね!」


 宗教勧誘といえば、その昔友也が怪しい宗教団体に呼び止められ、塾に行けなかったとか。至極どうでもいい話である。


 男が両の腕で連打を放つ。風を切る音から一発一発の威力の凄まじさが分かる。


 一般人が喰らえば、一撃で骨どころか内蔵も粉砕だろう。一般人を遥かに上回る身体能力を持つヒロですら、喰らえばかなりのダメージを喰らう筈だ。


 どうにかこの連打の打開策は無いかと考えるも、思いついたのは『友也が昔、宗教勧誘を喰らったときの話』という至極どうでもいい話だった。至極、どうでもいい。ちなみにその時友也は三十分程、長々と説明を聞かされ、塾に遅刻して赤っ恥をかいたらしい。うん、すごくどうでもいいですね!


「どーしたどーした! 反撃してこねぇのか!?」


 男の大振りの拳を、身を屈んで躱す。そのまま男の脇の下を潜り、背後に回る。一発ぶち込んで怯ませた方が逃げやすかろう。


 相手の背後から首への手刀を試みる。


 突然視界から消えた僕を探しているのか、男はあっちこっちを見回している。僕はその隙を逃さず手刀を振り抜くーー筈だった。


「甘いぞ」


 背後の煙の幕から、飛び出してくる炎の塊。不意打ちを躱すことができず、左脚を掠めてしまう。


「やばいやばい、ズボン燃えちゃう!」


 パンパンと、乱雑にズボンを叩いて消火する。なんとか火を消すことには成功し、焦げ跡も特には残っていない。


 一般人がもしこれを喰らったなら、身体の至るところから燃え始め、数分せずとも全身が燃えるだろう。無駄に頑丈なヒロでさえ、身体に直撃すれば致命的だ。


「やっぱり同類が簡単に燃えたりはしないか。何が起こったかわからないって、顔しているな? 教えてやろう。どうやらこの猪はターゲットが死ぬまで追尾する、ホーミング火炎弾らしくてな。一度躱されたからUターンして戻ってきたって寸法だ。煙を出しといて正解だった、おかげで直撃したもんなァ! 避けにくくて仕方ねぇもんなァ!!」


「くっそ……………煙が邪魔過ぎる…………!! ってか猪の癖にホーミングとかいろいろおかしいだろ……」


 猪を象った炎の塊なんだから、直進以外できちゃ駄目でしょ普通。


 しかし、どうやら煙は男だけでなく、猪を隠すためにも巻かれていたようで、しかと凝視しなければ、猪の炎の輝きさえ視認できない。さらに厄介なことに、煙の出処が分からないため原因をどうすることもできない。もしかしたら、この煙も男の能力か? と言う考えが頭を過る。


 そもそも昨晩は直線移動しか喰らわなかったので、ホーミング性があったとは予想だにしなかった。他にも何かを隠している可能性は多分にある。


 今度は右前方から猪が突進してくる。既の所で躱しきったが、至近距離を掠める熱気に心臓の鼓動がワンテンポ早まる。


 煙の中では男の位置も分かりづらい。しかしそれは男も同様のようで、自身は離れたところでヒロと猪の対決を観戦するつもりらしい。脈絡のない猪の突進に苦労しながらも避け続ける。何度も猪が身体を掠め、その度に迅速に消火活動に励む。


 猪が、かなり大回りにUターンしてくれるので消火はどうにかなっている。衣服にも身体にも未だ大したダメージは無い。だが何があるのか分からないーーつまりはホーミング性以外に何か別の特性があるかもしれないので、安全を取って回避という対処をしている。


 もし猪を攻撃できれば話は早いのだが、相手は火の塊。殴ればこちらの腕が炙られる。故に直接男を攻撃しなければならないわけだが、煙によって姿を眩ませているため攻撃ができない。


 不意に何かにぶつかる。手探りで触れるに、硬い質感。どうやら金属質。更に手で形状を探ると、どうやら何かしらの機械のようだ。先程までは廃工場の外ーー元はトラックなどが行き交っていたであろう広場に居た。が、逃げている内に工場内にまで動いていたようだ。工場内に蹄の音が響く。もちろん、本物の蹄の音ではなく、比喩の意味でだが。


 猪はヒロへ向かう道中に、工場内の機械を破壊しているらしく、大音響で破壊音。


 そこら中には砕けた金属片や歪んで外れたシャッター、可燃性の物は所々で煙を上げて燃え上がっている。これ以上猪の被害を出すわけにはいかない。


 どこから猪が来る?


 音が無駄に響くために、おおよその位置すら測れない。どのタイミングで襲いかかってくるのかが分からない為、迂闊には動けない。


 突然背後の機械が揺れたーー次の瞬間、猪の突進がヒロの背中を襲う。機械の振動が伝わった瞬間に回避行動に出ていたが、躱しきれず背中を猪の牙が横に裂く。裂くといっても、猪はただの炎。背中を切り裂くことはできない。が、制服の背中が横一文字に焼ける。


「ッ! くそ、よくも制服を…………!!」


 火を消しても焦げ跡は消えず、焼け穴までも。制服っていう装備は往々にして高価なものなので、一着駄目にするだけで親に怒られるのよな。家に帰るのが憂鬱。


「おい、お前………………どういうことだ」


 不意に声がかかる。あまりに戦いが長引いていることに痺れを切らしているのかどうかは知らないが、焦りを多分に含んだ声だった。


「どうしてまだ一切燃えてねぇんだ。何回か掠めてるだろう」


「いや、燃えてますけども。服! 制服!」


 おかげさまで、本日母親の眉間の皺が無駄に深くなることが決定しちまった。少しでも平穏に過ごしたい願望を持つヒロからすれば、怒られる要因を増やすことが、非常に嫌で仕方がない。


「違う。そんな布キレのことじゃないことくらい、分かってんだろう!」


 男は声を荒らげる。


「なんでお前の身体(・・)が燃えてねぇんだ!」


「…………はい?」


 自然と呆れ声が漏れる。コイツは何故、ヒロ本体に猪が効かない(・・・・)ことを昨日学ばなかったのか。そういう意味での呆れだ。


 僕の身体本体は、一切傷を負っていない。それどころか、焦げ跡すらも存在しない。


「なぜ………いや、いい。分かったぞ。それがお前の(・・・)能力の恩恵ってわけか」


「ご明察。といっても、昨日にもちゃんと明かしたんですけど」


 あの男には炎の猪を作り出すと言う、一般人には到底真似出来ない能力がある。身体能力がバグっている人間には、何かしらの異能力が備わっていることはこの一ヶ月で身にしみて学んだ事だ。同じように、ヒロにも異能力が備わっている。


 僕が無傷な理由はそれだ。ヒロの持つ異能力が、猪の超熱による攻撃から身を守っているのだ。


 昨晩も一応炎の攻撃防いだんですけどね。


「ならそれ(・・)も、お前の能力なのか」


「…………昨日見せたんですがね」


 男の記憶力のショボさに何度呆れさせられることか。むしろ哀れに思えてくる。抱き締めたくなっちまうくらいに、とどこぞの一○通行さん風にぼやこうとして、止める。美少女相手に言うならともかく、男に言うのはちょっとアレだと。


 男が指すそれ(・・)とは、これのことだろう。煙たい空気の中、右腕を見る。色素が薄めなヒロ、右腕ももちろん肌は白く、ついでに貧弱だ。それがなんということでしょう。今ヒロの右腕は、いや身体の至る所が、青黒い鉱石と化している。荒削りの彫刻のように、しかし、元の身体に則した形状のそれは、ヒロの意思通りにちゃんと駆動する。


 この鉱石の圧倒的な強度と、耐熱性が猪の攻撃を無効化しているのだ。だから、服は燃えようとも身体は燃えないのだ。


「そんなにガチガチに守りを固められたらたまったもんじゃねぇな……炎が効かないのも頷ける」


「猪を消し去れない以上、あんた本体をボコらないといけないみたいなんですが。逃げるなら今のうちですよ」


 男は不敵に笑い、「やれるもんならやってみろよぉぉぉ!!」と猪をもう一体召喚する。二体の猪が、炎を上げて煙の空間に解き放たれる。普通なら発狂ものの状況だろう。視覚は制限され、致死性の業火を纏った猪が何処から襲ってくるかわからないのだから。


 しかし、ヒロにはその恐怖はない。もし、あの男の能力が他にもなにかあるのであれば、ともかく。ただ燃える猪を生み出すだけなら、もう対策できている。……制服が燃えると言う事には対処ができないけれど。


 二頭の猪の猛攻をヒロが躱すかガードするかして、いなしていく。早く男を攻撃したいところだが、煙のせいで方向が分からない。で、あるならば。


 近くにあったボロボロの、シャッターを持つ。人間を超えた怪力をもって、やや大きめのシャッター一枚を片手で軽々と持ち上げる。


 今現在、ヒロの一番の障害は猪ではない、煙だ。煙と言っても目くらまし用の物らしく、一酸化炭素中毒の危険はないものだが、視界を塞ぐものでしかない。


 しかし、それは相手側からしても同じ。男も恐らく煙のせいでヒロの位置を特定できてはいない。だからこそ、追尾性猪による遠隔攻撃だけに留まり、自身は何もしないのだ。と、いうヒロの勝手な予想。


 ヒロはシャッターを握る手、つまりは結晶化した右手に力を込める。


 力を込める、というのは違う。少し細い管を手からシャッターへ流し込むイメージ。右手を構成する結晶体が増幅し、少しずつシャッターを覆っていく。あるいは侵食していく。煤汚れ凹んだ金属が、青暗い結晶体へと姿を変えていく。


 巨大な結晶の板が出来上がった。ヒロはそれをうちわ代わりに力一杯扇ぐ。周囲のあらゆるものを吹き飛ばすかのように、身体をしならせ、勢いを乗せて。邪魔だった煙の、その一切をかき消すかのように。


 台風以上の突風が巻き起こり、周囲の軽い物が吹っ飛ぶ。ガラス片や金属片、小物類はどこまでも吹き飛ばされる。煙と共に。


 あれほど周囲に重くかかっていた煙が、ひと振りのうちに晴れる。


 男は突如解放された視界に、もしくは一瞬で煙を対処してのけたヒロに対して酷く驚き、分かりやすく動揺もしていた。


 そう、彼は煙によって守られていた。隠れ蓑としていた。故に、その煙幕を失い丸裸となった今、彼の安全は潰えたのだ。


 冷汗を垂らし、顔を青褪めさせた男だったが、大きく呼吸を数度すると、あの凶暴な顔付きへと戻った。


「…………お前の能力、朧気ながら分かってきた気がするぜ。そして今の煙への対処。賞賛に値する」


 そりゃどうも、と短く切ってヒロは男を睨みつける。男は静かに両の手をボクサーのように構え、臨戦態勢に入る。格闘戦をご所望の模様だ。


 ヒロの能力は自身や触れているものを結晶でコーティングする、と言うのが主な能力だ。青黒く、鉄を上回る硬度を持つこの結晶(僕は蒼鉄と読んでいる)はある程度自分の思い通りに操る事ができる。自身から離れれば離れるほど、操作性は悪くなるが、自身の身体をコーティングしてる蒼鉄は密着している為、身体の動作を制限しない程の操作パフォーマンスを誇る。


 他にもいろんなことができるのだが、如何せんまだ一ヶ月。修練は足りず未だに使いこなせていないオプションは多く、今ヒロにできることといったら物体をコーティングする程度。蒼鉄を物の形に合わせて覆うように形成する、と言う行為ですら、相当な集中力と想像力が必要なのだ。その為、戦闘スタイルは近接極振り。遠距離?なにそれ美味しいの?


 つまり、能力的には接近戦ならまず負けない。負けてはいけない。


 ヒロは右の方へと思いっきりシャッターを投げつける。ヒロ目掛けて猛然と突進していた炎の塊は、飛来した硬板と衝突して足止めを喰らう。煙無き今、二頭の猪の位置もよく分かる。猪の速度は速いことには速いが、ちゃんと視えているならば避けることは容易い。勿論、防ぐことも。


 もう一頭の猪は、遠くで大回りにUターンしている最中だったので、あと数秒は警戒しなくてもよかろう。それにどうせ、直撃しても被害を被るのは服だけなのだから。


 ヒロは異常な身体能力を全開にして、思いっきり地を駆け、男へと接近。計測してはいないが、恐らく高速道路を走る車の速度を遥かに超える速度は出ている筈。長距離用に体力温存しつつ走っても、車よりもスピードは出ているので、如何にヒロの身体がバグっているかが、よく分かるだろう。


 廃工場内にそんな広大なスペースがあるわけもないので、一秒もかからず男の目前にたどり着く。男はまるで、ヒロが接近するタイミングを見計らっていたのか、ドンピシャのタイミングで殴打を繰り出す。狙いはヒロの顔面か。


 身体を傾け男の攻撃を躱し、先程のダッシュの勢いも乗せた掌底を男の腹目がけて放つ、が男は軽やかに躱し、ヒロの左へ回る。反射的に放つ左への裏拳をも躱され、逆に相手の連打もどうにか掠める程度に抑え、反撃に出れば避けられ、躱し、殴り、防ぎ、蹴り…………これが何度もループするも、お互いに大きな被弾は無し。


 しかし男は掠り傷一つ無いのに対して、ヒロには何度か男の攻撃が掠めている。結晶化させた部位には傷が付かないが、そうでない部位には小さな切り傷がいくつかできているのだ。


 男が戦闘に手慣れているのか、ヒロの格闘センスがゼロなのか。


 能力的には接近戦に利があるも、一般の男子高校生の技術ではまだまだ扱いきれないのだ。この有り余るほどの身体能力を。


 しかし、男の能力━━猪は無力化されたも同然なのに対し、ヒロ の能力は一切対策されてはいない。その証拠に、


「な、何ィ!?お前………………!!」


 二人の足元に半径五メートルほどに広がった蒼鉄が、男の靴すらも巻き込んでコンクリート床をコーティングしている。急な足枷に躓き、バランスを崩し無防備な男めがけて思いっ切り拳を叩き込む。右腕は結晶化させているので、人間の身体の硬度、異能力者の硬度を遥かに上回る。つまり、その分威力も異常なわけで。


 右拳が男の左腕の防御ごと左頬を殴りつけ、そのままふっとばす。


 ふっとぶタイミングで男の両足を縛る蒼鉄を解除したので思い切りよく飛んでいき、工場の壁に衝突、壁すらもぶち抜いていく。灼熱の工場の中へと。


 異能力者の身体ならまず死ぬ事は無いはずだが、脱出は難儀な筈だ。おまけにヒロの渾身の拳が決まった。暫くは激痛が邪魔して動けない。


 ヒロは、もう十分だろうと、身体中の蒼鉄コーティングを解除し、踵を返す。自転車の荷物は大丈夫かしらん?と見やれば、予想以上には酷い状態。


 自転車は倒れ、籠に入れておいた荷物は散々と飛び散っている。猪のせいかと疑うも、火に炙られた痕は特に見当たらない。暫し原因を考える。猪避けてる最中に自転車と衝突でもしたか? 男が嫌がらせに倒したのか? 戦闘中の風圧で飛ばされたか? ………………風圧?


「あ、ああ………………!」


 思い返せば、煙を晴らしたあの時。巨大な団扇を作り上げ、暴風を起こして煙を周囲ごと吹き飛ばした。かなり広範囲に渡っての風起こしだったから、勿論自転車もその範囲内…………。


「マジかよ…………恨むぞ、煙」


 飛び散った荷物を急いで掻き集める。男がまだ襲ってこれるとは思わないが、なんとなく急いてしまう。


 遠くまで飛んでいた小物類も拾い終わり、リュックに雑に詰め込む。自転車も荷物も特に損失は無いようだ。小さく、安堵の息を漏らす。


(あ、でも制服、背中に巨大な焼跡ついたけどね)


 長い寄り道も終え、さぁ帰るかとリュックを背負おうとした瞬間だった。


「ごろ……しゅ、こ、こごろころすず…………ころじでやるぞぉぉぉ」


 たどたどしい滑舌ながら、十分に怨嗟を孕んだその言葉。


 嫌な予感がして、工場の方を振り返る。


 本来視界に入るべきは殺風景な廃工場の背景な筈だが、真っ先にピントが合ったのは目前に迫る、拳。


 血と傷とでどこまでもボロボロでありながらも、十分に殺気を込められた、そんな拳だった。

読んでいただきありがとうございました!

本格的な戦闘シーンは初めて書いたので、結構四苦八苦しましたw

明日の深夜にまた投稿するので、よろしくお願いします。


自分の射撃センス(ゲームの話ね)の無さに絶望している今日この頃

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