♯24 アンノウンの世界 Ⅱ
「アンノウンっていうのは、基本的には総称なんだ。ある一つの集団を大まかに、他集団と区別するための記号。それが、アンノウンという言葉なんだ」
「ある一つの集団っていうのは、何なんですか?」
「大雑把に言うなら、″普通じゃない奴ら″。この普通っていうのは、頭がおかしいとか才能ありすぎるとか、そういう方面のことじゃない。およそ人間の領域に居ないもののことね」
「僕らみたいなのってことですよね」
「そういうこと。では何処が、俺らと一般人とで違うのか、わかるか?」
ヒロは迷わず即答する。
「身体能力と、あと異能力…………ですかね?」
「大体そう、その通り。この二つは、世界の法則から著しく乖離した末に得たものだ」
「なんか、煌上も″世界の法則″がなんとか言ってたな……」
やけに、″世界″というワイドな単語が登場したのは覚えている。
神谷はうんうんと頷きながら、
「そこが結構重要なんだよ。と言うのも、アンノウンが人を超えるには、必ずこの世での″人間の在り方″を損なわなきゃいけない。この在り方っていうのはつまり、『人間は銃弾を受けたら致命傷を負う』『走る車と並走できるだけの脚力はない』…………なんて感じで、人間なら当然のこと。生命は常に、『ここからここまでのことができる』という行動に範囲が制限されてる。これはもう、物理法則云々に影響され、縛られた結果だから仕方がない」
「…………?」
「あーつまり、倉田が普通の人間だった頃を思い浮かべて? あの頃の倉田は、別にデコピンされても死なないだろう?」
「まぁ多分死なないでしょうね。デコピンなら」
「でも、銃弾ぶち込まれたら?」
「…………当たりどころによっては即死ですね」
これは当たり前のことだ。対人用の武器として設計された銃をモロに喰らえば、軟弱な人の身体ではひとたまりもない。
「デコピンは耐えれても、銃弾は耐えられない。人間の耐久度にはこうやって範囲があるわけだ。筋力や柔軟さ、視力なんていう身体能力もまた然り」
「……………えーと、人間のステータスには限界があるってことですかね?」
「うん、もうだいたいそんな感じでいいや。人間の身体構造的に、できることは限られているってこと。この限られた範囲の中の事象だけで、日々の生活を営んでる。その在り方が正しい″人間としての在り方″なんだ」
「えっと、つまり普通の人間はこうあるべきだ、っていうことですか?」
神谷の言い回しは小難しい。正直、そろそろヒロの頭はパンクしてしまいそうだ。
「そうそう。その在り方から乖離したものこそ、アンノウン。俺らは軽々と、十メートル以上跳べるけど、一般人はどう鍛錬を積もうとその域には達することはできない。人間の限界を跳び越えているんだよ、俺らは」
「そうなると、僕達の身体って人間の構造じゃない気がするんですけど」
「いや、どんな医学的検査を以てしても、俺らの身体は一般人となんら変わらない。この身体能力は、マジックプロパティみたいなもんなんだ」
神谷の淹れてくれた珈琲は、なかなかに絶品だった。ヒロの行きつけの喫茶店とも、ヒケを取らない。
「身体能力が人より高い、ってだけならまだ一般人だってアンノウンを打ち負かすことができる。それ相応の装備と作戦、人材があればの話だけど」
「たしかに、ロケラン食らって生きていられる自身はないですね」
「ハンドガンの銃弾ですら、避けきることはできない。食らっても致命傷には至らないとはいえ、そう何十発も耐えられるわけではない。機械や兵器を相手には、身体能力だけでは太刀打ちできない」
それはそうだろう。人間を遥かに超える身体能力を持つアンノウンも、プレス機を喰らえば呆気なく潰れる。機械によっては、かかる圧力は数トンはくだらないのだから。
「だけど、俺らには人間にも機械にも太刀打ちできない力がある」
「″異能力″、ですか?」
「たしかに、異能力という表現に落ち着くのかな、普通は。だけど、俺らのコレは、そんなショボいものじゃない。漫画や小説に出てくるようなソレとは、比べ物にならない巨大なものだ」
「巨大…………?」
「ああ。及ぶ規模も、世界に及ぼされる負荷も、人の世からの乖離性も、その何もかもが巨大だ。なにせ、俺らの存在も、身体能力も……特に、その異能は、世界を書き換えているんだから」
「…………今、なんと?」
かなり壮大なことを、神谷は口にしていたような気がする。だが、あまりに壮大過ぎて、冗談にも聞こえてしまう。なにせ、スケールがスケールなだけに。
だから、問い返す。
「世界を書き換えているんだ、俺らは」
ヒロは唖然とした。
ヒロにとって、この異能の行使は、凄まじく常軌を逸しているとは思っていた。だが、それほど壮大なものだとは、全く思っていなかったのだ。
「世界をゲームに置き換えよう。ゲームの中には世界があって、その世界は何千何万何億何兆、大量のプログラムによって構成されている。ゲームの中の世界のあらゆる事象は、ゲームのシステムを損なわないために、プログラムによっていくつもの制限がかかっている。ここまではいいか?」
「あ、はい。大丈夫です」
「俺らアンノウンは、そのゲームの中においてバグやチートに近い。本来起こりえないと、プログラムによって設定されている事象を引き起こす。そうなるには、プログラムの欠陥や偶発的なバグ、あとは改変なんかが起こらなければならない」
プログラムによって運営するゲームの世界は、プログラムが正しく完璧であるうちは、絶対にバグは起こらない。そのプログラムがどこかで瓦解するからこそ、ゲーム内で異次元に飛んでいったり、急にキャラの動きが止まったり、仕様にない形での無敵になったりするのだ。
「俺らがアンノウンになった、これを偶発的なバグだとするのなら、俺らが能力を発動することは、きっと改変によるバグに分類できる。能力を行使するということは、本来起こりえない特異を、故意的に引き起こす。つまりは世界を自分の意思で改変していることと同一なんだ。誤ったコードに上書きし、あるいは世界に刷り込んでいることなんだ」
神谷の話はつまり、能力は世界を改変する行為である、ということだ。
ヒロは、この異能を、漫画やアニメなんかでいう特殊能力、もしくは一種の魔法か何かのように考えていた。同じく特異的なことではあるけれど、しかし世界を書き換えた末に引き起こされた事象であるとまでは考えていなかった。
「それって、あんまり世界に良くないんじゃない…………ですか?」
ゲームのプログラムに多くの改変が加えられれば、いずれシステムは完全に砕け散り、正常に作用しなくなる。ゲームの動作が重くなったり、データに致命的な損傷が入ったり、最悪の場合ゲームがまともに起動しない。
世界を改変する行為こそがアンノウンの異能なら、過度の能力行使は、世界を崩壊させてしまうのではないだろうか。
「たしかに、改変されたまま、上書きされたままなら、世界はあっさり瓦解してしまうだろう。けれど、世界には″修正力″というものがあるんだ。世界を正しい形に維持しようとする機能」
「それ、たしか煌上も言っていたような……。意味は知らないですけど」
「たとえば、自然の中で何か有害物が出回ったとしても、それはいずれ循環の中で、長い時間をかけて消去されていくだろう。あれは目に見えて分かる修正力。でも、世界の維持機能はそんなものだけじゃない。例えに擬えれば、世界の破損したプログラムすら修復していく」
ゲームの中でだってそうだ。不具合が検出されれば、運営はメンテナンスを以て、それらを修正していく。
「破損したプログラムが修復していくということは、そのプログラムが引き起こした特異も消えていく。見たことあるだろ、アンノウンが発動した異能が、時間経過によって消えていくのを」
ふむ、と思考を巡らせて暫し。
一つ、ヒロは思い当たった。
炎の猪、それが煙となって霧散していく様を。あれも、世界の修正力とやらの影響なのだろうか。
「アンノウンの撒き散らした特異は、すぐさま世界の修正力に影響され、かき消されていく。アンノウンの能力には、時間制限や使用制限、数的制限……数々の制限があるけれど、それらは大抵、修正力の影響を受けているからなんだ」
「修正力があるから、世界は瓦解しない…………能力をいくら行使しても、世界には大した悪影響はないってことですか?」
「それは違う。この世界には、一切修正力が届かない部分があるからね。そこは、能力が使われる度に、どんどん負荷が募っていく」
「どこなんです、そこは」
ヒロの問いに対して、神谷は自身の左胸をトントンと叩く。
「ここだ、ここ。いや、ここであっているかどうかはわからないけれど」
「…………魂とか心とか、そういう類ですか?」
「そそ。そういう内的な、概念的なものには修正力が働かない。もしも働いていたなら、一瞬でアンノウンはアンノウンとしての特異性を失って、人間に戻るから」
世界の修正力が届いていないから、ヒロ達の身体は人間を超越し続けている。超越し続けてしまっている。
「…………魂とかに悪影響が積もり過ぎると、何が起きるんですか」
神谷は席を立つと、グラスと水の入ったピッチャーを持ってきた。
「能力を行使する度に、こんな風に水が溜まっていくとしよう」
グラスに少し、水が加えられる。
「一回、二回、三回………どんどん身体にはバグか溜まっていく」
ピッチャーからどんどん水は注がれていき、次第にグラスは満たんになった。
「このいっぱいいっぱいな状況で、さらに能力を行使すればどうなるか。聞かなくても分かるよな?」
グラスから水がドバッと溢れ出た。テーブルに小さな水溜りが生まれる。
次第に、水はテーブルからすら溢れ、床すらも濡らしていく。
「制御ができなくなるんだ。行き場のない負荷は、外部に漏れ出ていく。制御が効かないから、もちろん抑えることも止めることもできず、ダダ漏れになる。ストレスみたいなもんさ」
その例えはわかる気がする、ヒロはそう思った。
「この状態のことを、俺らは″暴走″って呼んでいる」
「暴、走………」
危険な響きを孕んだその単語を、ヒロは思わず呟き、脳内で反芻する。
「一旦、説明を置いといて、倉田に頼みたいことがあるんだ」
「はい、僕にできることなら」
ヒロの答えに、神谷は「いい返事いい返事」と笑う。
「実は今、暴走直前のメンバーがうちのコミュニティに居るんだ。本当に、次能力使ったら即暴走ってくらいギリギリな状態」
「それ、やばくないですか?」
「そう、かなりやばい。だから倉田にお願いがある」
神谷はヒロの手を取る。
そして、真剣な表情で、無茶な一言を述べた。
「その子を、どうか助けてあげてほしいんだ」
読んでいただきありがとうございました!
今回はかなり説明多めでしたねwこれからもこういうダルい説明回、たくさん挟むと思います(ゲス顔)
前に言っていた異世界ものを書くとかなんとかですが、もう少しOverwrite~普遍世界の改編者~進めてから書くかどうか考えます。
次回は日曜日です。よろしくお願いします!