♯22 模擬戦の後で
ヒロが目を覚ましたのは、見慣れた自分の部屋だった。
「…………なんで、僕ここに?」
ひどく長い夢を見ていた気がするが、どうにも霧がかっていて、詳しくは思い出せない。
ヒロが覚えている中で最後の記憶は、たしか鳴海が神谷さんと戦っている一幕を覗いた所まで。そこから先の記憶が、プツンと消えている。
「……おぉ、ようやく起きたな」
ドスのきいた声が聞こえてくる。見れば、ヒロの寝ているベッドの傍には信永が居た。
(なんでここにこの人がいるんだーー!?)
「昨晩、突然気を失ったんだ。だからここに運ばせてもらった」
「突然気を失った…………? なんかよくわからないけど、お手数をおかけして申し訳ありません……」
全く、何があったかはわからないが、一応ヒロは礼を言っておく。
「礼なら、鳴海に言え。ずっと寝ずに看病していたのはあの子だ」
「は、はぁ…………え、寝ずに?」
思わず問い返してしまう。
そんなにヒロの症状が悪かったのか、という疑問と、付きっきりで看病してくれてたのか、という驚嘆の二つの意味を込めて。
「あ。…………倉田くん」
声のした方を見れば、鳴海がドアを開けて入ってきていた。
何かに怯えているような、そんな表情の鳴海。何故そんな顔をしているのかと、ヒロは首を傾げる。
「……安心しろ、鳴海。倉田はお前自身には嫌悪感など抱いていない」
「…………? 嫌悪感って何のことです?」
やはり、ヒロは話が全く読めない。なんで鳴海に嫌悪感など抱くことがあるのだろう、抱くわけがない。
鳴海は、心の中で踏ん切りがついたようで、次第に表情を晴れさせていった。
ヒロのベッドの傍にしゃがみこむと、頭の上に濡れたタオルを乗せてくれた。
「起きてくれてよかったよ。でも今日は学校休んだほうがいいかもね。…………結構、ヤバい状態だったし」
「そんなに? 今別にダルくもなんともないぞ?」
少々、寝たりない気分はあるけれど、あとは特になにもない。些か、ヒドイ状態だったとは想定できない。
「アンノウンは通常、並の人間の十倍以上の身体能力がある。身体の抵抗力もまた然りだ。人間より体調を崩しづらいアンノウンが、四十度まで体温上がった時点で、相当に容態はよくないんだ」
「よ、四十……!?」
四十度とは、インフルエンザにでもかかったかのような高熱だ。そう、出るもんではない。
「じゃあ、俺は帰るからな。鳴海、後は任せていいか?」
「はい。倉田くんのことはお任せあれ!」
信永は部屋を出ていく。
残されたのはヒロと鳴海をの二人だけだ。
「おばさん達は仕事で居なかったから、勝手に上がらせてもらったよ」
「あぁ、うん。わざわざごめん」
相変わらず、ヒロの両親は仕事に明け暮れている。聞いた話だと、母親の方はなんだか海外に出張行く話もあるそうな。
「まぁ今日はホント、休んだほうがいいと思うよ? 私も一緒に居てあげるから」
「いや鳴海は健康体なんだろ? 僕も健康体だけどさ。だから鳴海は学校行けよ。出席日数減るぞ? ただでさえ先週二回休んじゃってるんだから」
「残念、もう休む連絡入れちゃってます! それに、多少の欠席はテストで挽回できるんですよね」
「僕にはそれができないんだよなぁ……」
毎回、平均点を超えることすら危ういのだ。赤点すら、結構な頻度で取ってしまうというのに。
「なぁ鳴海。僕って一体、どんな感じだったの?」
ヒロが問いかけると、何故だか鳴海は少し、何かを堪えるかのような表情を見せる。
「…………別に。ただ、急に気を失ったんだよ。多分、戦闘の疲れだってさ」
「そっかぁ。そうだろうな、霧島さんめっちゃ強くってさ、すっごく大変だったもん」
「だよね。あんな硬そうな鎧を簡単に刀で砕いちゃうんだから。よく、あんなにも戦えたよね……ヒーくん」
全くだと、ヒロは苦笑する。
おそらくは相当修練されたであろう剣技を、実に五分ほど防ぎきったのだから。もっとも、刀の威力を受け止め続けた両腕は、篭手を付けていたにも関わらずボロボロだったが。
「そういえば、神谷さんとの模擬戦、どうなったんだ? 殆ど記憶に残ってなくてさ」
どれだけ記憶を漁ろうと、瞬き一つ分程しか、模擬戦の光景が浮かばない。それほど疲れていたのだろうと、ヒロは割り切るも、結果くらいは知っておきたかったのだ。
「あぁ…………あれね、途中で中断したよ。『とりあえず、自衛できるくらいの力はあるよ』って言われた」
「そっか。んじゃ鳴海、相当強かったんだな」
「無茶苦茶しただけだけどね~。もう、『狂戦士の素質がある』なんて言われちゃったし」
「狂戦士、ねぇ……。まぁ、結構鳴海って猪突猛進なところあるからなぁ」
「何よぅ、ヒーくんまで! 結構ショックだったんだよ? 狂戦士って、響きがなんかヤバそうだったし」
「ありゃ、気にしてたの? いやすまん。僕だったら喜んじゃうもんだからさ、ついね」
「あ~ヒーくんはたしかに、狂戦士呼ばわりされても喜んでそうだよね。あと、ヒーくん気づいてないと思うけどさ、ヒーくんまだ落ち度あるよ?」
おん? とヒロは首を傾げる。
そんなヒロの顔を見て、鳴海はクスリと笑うと、
「いつも言ってるでしょ。二人のときは、花音だよ」
✕ ✕ ✕
ガチャリ、と音を立てて扉は開かれる。
「あぁ、おかえり。信永」
『Trashy Rebellios』一階。
まだ朝方であるため、まだ営業していない。にも関わらず、店内には既に三人集合していた。
「どうだったんです? 先輩の容態は」
「一時は高熱が続いたが、今はもう意識も取り戻している。本調子ではまだないだろうが、生活に支障はなさそうだ」
「そうですか。やっぱり、あの鎖を見るのは酷だったんですかね……」
煌上は顎に手を起き、考え込む。
使用者は違えど、あの鎖はたしかに、ヒロを死の淵にまで追い込んだものだ。見て平気なわけかない。
「トラウマになってるかもな。私と違って、倉田ヒロは元は一介の高校生。アンノウンになっていくら身体が強靭になろうと、精神の方はどうにもならんからな」
「まぁ、幼い頃から鍛えられてた霧島なら、ちょっとやそっとで取り乱したりはしないか」
霧島は、神谷の言葉に、「私だって人間だよ、動揺することくらいあるんだが?」と苦笑する。
「なんにせよ、今暫くは倉田の近くで鳴海の能力を使わせないほうがいいよな。今回は運良く気絶に留まったけど、もし暴れられたら厄介だ。それに……」
チラッと、神谷は煌上の方を見る。
「…………煌上が言ってたアレが来ると、ヤバそうだ」
「現状、アレに対抗できるのは、私と後藤先輩と、あと雪村さんだけですね。まぁ雪村さんは殆ど顔出さないので、基本的には私と後藤先輩だけです」
煌上の淡々と述べた言葉に対し、霧島は問いかける。
「私の刀では突破できないのか? 風ならどうだ、蒼い鎧を砕くくらいはどうにかなるぞ」
「無理だと思います。あんなのは、相手にしたところで多分キリがない。途中で霧島先輩の体力が尽きます。同様に、信永さんも厳しいかと」
「そうか」と信永は瞠目しつつ応じる。
「後藤先輩は、まぁノーダメージで突破できますし、雪村さんなら瞬殺も可能でしょう。もっとも、一番私が特攻なのは間違いありませんが」
「俺は無理そう?」
「団長は、避けることはできても攻撃までは行き着けないかも、です……」
「あ、そう…………」
神谷はガクリと項垂れる。暗に、この中で一番勝ち目ないと言われてしまったのだから。
「ウサはどうだ? あの熊なら大抵はどうにかなりそうなものだが」
「あ~あのよく分かんない奴なら、まぁ…………どうなるんでしょうね。とりあえず、今はウサちゃん戦わせるわけにはいきませんけど」
「そうなんだよそうなんだよ! 倉田の問題もあるけれど、ウサも結構ヤバめなんだよ。早めに対処しないと、思わぬ拍子に暴走されちまう!」
神谷はスマホのカレンダー機能を開くと、
「ので、独断ではあるが、七月の十日。土曜日に決行したいと思う!」
「今日が六月ニ十九日……来週の土曜か」
信永の呟きに、神谷は大きく首肯する。
「それまでに、一応倉田と鳴海はウサと接触させた方がいいな。あぁ、一応別々のタイミングで。そうだな、信永は倉田を、霧島は鳴海を頼んでいいか?」
了解、と二人は首を振る。
「私は何を?」
一切役を与えられなかった煌上は、若干不満そうに神谷に問い詰める。
「煌上は、そうだな…………学校に行きなさ「嫌です」…………倉田を修行しといて。鳴海の方は後藤にでもやらせるから」
「わっかりましたぁ!」
役割を与えられたことに対してか、あるいは学校サボることを咎められなかったことに対してか。
煌上は、満面の笑顔で敬礼すると、「じゃあ今日は帰りますね~」と颯爽と店を出て行った。
神谷と信永は、思わず大きく溜め息をつく。
「…………本当は、煌上の問題もどうにかしなきゃ、なんだけどね」
神谷は天井を仰ぎ見る。
その表情は、いつもの人の良さそうなものではなく、たくさんの問題に悩まされている、苦労人の顔だった。
読んでいただきありがとうございました!
書き溜めがあるので、明日次回投稿すると思います!
よろしくお願いします!
………………初めての英検、眠かった




