♯20 歓迎会 Ⅴ
よろしくお願いします!
「…………痛ぅ……」
「先輩、ちょっとジッとしててください」
戦闘で負傷したヒロは、煌上の治療を受けていた。
「…………あーあんだけやって負けるとか、なんだか悔しいな」
「相手は霧島先輩です。どう足掻いても先輩じゃ勝てないですよ。一矢報いただけ、上等ってもんです。じゃ、直しますよ」
ここは保健室、以前ヒロが灰崎戦で負傷を負ったときに寝かさせて貰った部屋だ。
白を基調とした一室は、窓から差し込める陽光を受けて、仄かに明るい。
バチッバチッ
静かな一室に響き渡る、スパークの音。
煌上の右の手の平を、黒い電撃が迸る。
「え、ちょ、何をなさるつもりなんです煌上さん!?」
「見ての通り、治療ですけど」
これの何処が治療なんだ! と思わず叫びたくなってしまう。目の前で音を立てているコレを、ヒロは治療の一環とは、とても思えない。
「あぁ、まだ言ってませんでしたね。コレが私の能力なんですよ」
「…………?」
「物質の″崩壊″と″再生″、この二つの概念を″電撃″として現実で引き起こす。この黒い電撃は、″再生″という概念そのものです」
そう言って、ヒロの頭に手を置く煌上。煌上の手の平から、ヒロの全身を伝う黒いスパーク。
懐かしい。
そう感じた。ヒロの身体全身が、いつか体感したことのある、心地よい温かさに包まれる。
刀傷を受けた胴、幾度となく刀に打たれた両腕ーー負傷した部位から痛みは瞬く間に遠退き、傷が塞がっていく。
「…………本当だ、治ってる」
制服の破れた箇所は元通りになっていて、服を捲り上げてみれば、ヒロの身体からも傷が綺麗サッパリなくなっている。
「正確には、欠損した部位を私の電撃が代替わりとして、欠損箇所を埋めてるんです。要は詰め物です。勿論、数分もすれば、完全に先輩と同化しますが」
「同化とな。なんか怖い響き」
「特に副作用も何もないですよ。そんなビビらなくても大丈夫です。それよりも、あの鉱石の破片、わざと撒き散らしてたんですか?」
「うん。即興にしては上手くいってたでしょ。ま、結局霧島さん風で空飛んで避けちゃったけど」
仕留めた、そう確信していたのだが。悲しいことに、突風を発したかと思えば突如飛行してこっち側に突進。そのまま決着をつけられてしまった。
「霧島先輩なかなか驚いてましたよ。あんな器用な真似ができるのか、って。同感です、先輩っててっきりもっと不器用な人かと思ってましたよ。ほら、ビニール袋がなかなか開けられない、みたいな」
「それは肌がカサカサな人じゃないの?」
「ああ、そうですかね。とにかく、ちょっと見直しましたよ。いろいろと見下してたので」
「あ、見下されてたんだ僕……」
淡々と告げられた、そのあまりの内容に、ヒロは軽く凹む。
見直されたのなら、いい結果なのだろう。なにせヒロはまだ、新人も新人なのだから。評価が上がって損はない。
「……先輩の鉱石、思ったより細く動かせるもんなんですね」
「なんか、さっき凄く調子よかったんだよな。いや僕も、まさかあそこまで自在に操れるとは」
グッと力を込めたのとほぼ同時に、右腕が青暗い結晶に覆われた。今までのヒロと比べ、圧倒的に生成速度が違う。
しかし、この蒼鉄。何か違和感が……。
「先輩、どうしました?」
怪訝な顔で煌上が問うてくる。
「いや、なんかいつもと違う気がする。…………色が少し、紫っぽくなってる…………?」
ヒロの生成する蒼鉄は、青がかった鈍色の結晶だ。しかし、今ヒロの腕を覆っている蒼鉄はどちらかというと瑠璃色……?透明感もかなり増している。
「……私は、先輩の結晶は動画でしか見たことないので何とも言えませんが。なんかパワーアップしたとかじゃないんですか?」
「そんなパワーアップするような転機なんて、最近あったっけなぁ……」
思い返すも、そこまで大きな出来事は無かったはずだとヒロは思う。ヒロの記憶にある、最近あった大きなことといったら、せいぜい灰崎にボコられて死線を彷徨ったぐらいだ。
ヒロが頭を捻っている隣で、「まさか……」と煌上が呟いている。視線で問うと、煌上は首を振りながら、
「いえ、ちょっとばかし検討がついただけです。それよりも、そろそろ戻りましょうか。先輩の可愛い可愛い幼馴染が、戦い始めている頃合いです」
「あー、そだな。鳴海アンノウンになったばかりだけど、大丈夫かな……」
鳴海は、数日前にアンノウンになったばかりなのだ。とても戦闘なんてできるとは思えない。
幼馴染が無事であることを祈りながら、ヒロは煌上の後ろを付いていった。
✕ ✕ ✕
金属の打ち付け合う音が、地下の体育館の中で響き渡る。
槍の穂先と鎖とが衝突しあう度に火花が舞う。
「やるね、鳴海。意外と戦闘の素質あるんじゃない?」
「闇雲に鎖振り回してるだけですよ! ビギナーズラックって奴です!」
遠心力で加速する鎖を、冷静に神谷が槍で弾く。あるいは極めて小さな動作で躱していく。
鎖の軌道に規則性なんてものはなく、滅茶苦茶なリズムで宙を踊っている。
「……そうだね、戦闘の資質というより、狂戦士かなぁ。見た目と違って過激なんだね」
「むしろ、なんでこんなに鞭打ってて、一発も当たんないんですかぁ!」
悲痛の叫びと共に荒ぶる鎖に、体育館の床や壁は砕けて抉れて。しかし、舞う破片にすら、神谷は接触していない。
神谷は槍で、鎖を地面に叩きつける。地に落ちた鎖が引き戻される前に踏みつけると、神谷は悠然とした態度で、
「それで、こうされたらどうする?」
グイッと鳴海が引っ張るも、強く踏みつけられた鎖はただ張るだけで、抜き取れる様子ではない。
「…………こうします!」
鎖は鳴海の右腕に顕現した腕輪から伸びている。鎖と腕輪を繋いでいる小さな輪っか、突如それを起点に、鎖と腕輪は分断した。
腕輪から外れた鎖は、力なく地に伏す。対照的に、身軽となった鳴海は神谷へと突進。
「あ、その鎖外せる仕様なのか。そして、腕輪から外れても消失しないところを見ると、拘束に使えるって感じなのかな?」
一瞬の光と共に、鳴海の腕輪から銀の鎖が生成される。「やぁぁぁぁ!!」と叫びながら、思いっきり鎖を振り回す。
「お、複数鎖出せるのか。鎖の性質も踏まえて考えると、なかなかにチート能力だな……」
「これだけ躱す神谷さんの方がチートですよぅ!!」
「いやいや、結構避けるの大変だよ。ウッカリしたらモロ食らっちまうね」
そう言いながら、神谷は軽く首を傾けて鎖を躱す。
「ならそろそろ当たってくださぁい!!」
✕ ✕ ✕
「おぉ、結構音聞こえてくるな」
「ですね、この壁一応防音設計なんですけどね」
観戦席までの廊下を歩いているヒロ達は、観戦席入り口の扉から漏れ出る音を聞いて、呟く。
「この風切り音、多分鳴海先輩ですよ。頑張ってるっぽいですね」
「即敗北、とかじゃないっぽくて安心だわ。まぁさすがに、団長が模擬戦に本気なんて出さないか」
「団長本気出したら先輩なんて瞬殺ですよ、瞬殺。喉元掻っ切られて即死です」
「こわー」と悲鳴を上げながら、扉を開く。観戦席にいる人達は、チラッとこちらを見ると、すぐに試合観戦に戻った。
すく傍のベンチに腰掛けると、煌上も同じベンチに座った。二人分程の距離を空けて。
「…………これは故意です?」
「誰も先輩に恋なんてしませんよ。自惚れないでください」
顔色変えず、サラッと鋭い一言を放たれ、ウッと詰まる。同音異義だと言うのに、これではあんまりだ……とヒロは思う。
「あぁ、結構頑張ってますね。先輩の可愛い幼馴染」
「その言い方、ホント悪意あるよね……」
窓から体育館を見る。無茶苦茶に振り回す鳴海、飛来する鎖を軽々と避ける神谷。
ーー鎖。
以前自分を死の縁まで追い込んだもの。
何度も何度も打ち付けられ、刺さったものだ。
ヒロでは到底太刀打ち出来なかったもの。
照明の光を反射し、銀色に輝く鎖。
それを目で追うことは、どうにかして忘れ去りたい苦痛を思い出す鍵となるのなら。
きっと、今のヒロにとっては責苦であろう。地獄など、生温いほどの。
「…………ぁあ、ああぁぁあ…………」
「どうしました?先輩」
皮膚を裂かれ、肉を穿たれ、骨を砕かれ、臓物を潰された。
「あぁぁ…………あぁうぁあぁぁぁ? ……ぁあああぁあ」
「え、ちょ、先輩!?」
「どうしたどうした、ヒロっち!」
蛇のように身体に巻き付いた。どれだけ叫ぼうと、身体から軋む音が止むことはなかった。じっくり嬲り殺されていた。
「……嫌だ、嫌だいやだぃやだぁいひゃだぃやたぁああぁあ……!!」
「先輩落ち着いてください! ああもう! 一体何が何やら!」
「うわ、こりゃやばいでしょ。ヒロっち落ち着けって。うお、暴れるな! 信永さん霧島、抑えるの手伝って!」
嬲り殺されて、行き着いた先は血塗れた教室だった。花瓶が置かれた机が立ち並んで、幼馴染の肉片が散らばってて、きっと廊下には。
『俺を解放しろ……僕』
「くるなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
叫び狂い荒れ狂い、しかして、ヒロが意識を手放すのは実に、呆気のないことだった。
読んでいただきありがとうございました!
はい、最後ヒロは発狂してますね。そういうお年頃なんです、そっとしてあげてくださいw
一章大改稿、まだあんまり進んでませんが気長に待ってくださると助かります。誤字脱字誤用がありすぎて、修正するのが大変なんですよw
次回はおそらく水曜日になると思います。
よろしくお願いします!
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