#19 歓迎会 Ⅳ
よろしくお願いします
ヒロの首元目掛けて放たれた、霧島の居合斬り。
十メートルあった距離が、一秒と経たずに詰められた。
「ぬぉっ……!?」
反射的に右腕を上げ、刀を防ぐ。完璧ではないとはいえ、ある程度は蒼鉄で覆っていたため、ヒロの右腕が斬られることも無かった。
だが。
「わ、割れ……!」
斬撃の重さのせいだろう。蒼鉄の篭手に亀裂が入り、破片が飛び散る。さらに右腕のガードはふっ飛ばされ、ヒロの体勢が崩れてしまう。
(なんなんだ今のはーー!? 本当に、コレが刀一振りの威力なのか?)
霧島は流れる動きで斬撃を繰り出し、ヒロは咄嗟に左手で防ぐも、やはり先と同じように蒼鉄に亀裂が走る。
そんなこと意にも介せず、放たれる第三撃ーー。
蒼鉄をどんどん生成し、篭手を修復しつつ、霧島の斬撃をどうにか耐え続ける。
「守りだけは、得意のようで?」
「攻める余裕ないですもん!」
ヒロのリソースはほぼ全て守りに向いており、とても攻撃に転じれる余裕はないのだ。少しでも守りを緩めれば、一瞬で斬撃がねじ込まれてしまうだろう。
問題は、予備動作の小ささ。一撃一撃がかなり大振りなのに、その間隔が殆ど無いせいで、とんでもない密度の連撃となっているのだ。さらに、刃の軌道が、あまりに速すぎて捉えられない。
放たれた突き。
右腕を穿たんと、刃で突かれ、その衝撃で大きく、後方へ吹き飛ばされる。蒼鉄の篭手の、一点だけが大きく削られ、あと僅かでも削られていたら、ヒロの右腕に刃が到達していたであろう。
「くそっ……全く避けられない!」
ふき飛ばされたのに乗じ、ヒロは自らバックステップで距離を置く。
ーーしかし、霧島は一瞬で距離を詰める。
いきなり目前にまで接近され、ヒロは思わずたじろぐ。対して、霧島は、あくまで毅然とした様子で、刃を振るわんと構えている。
ヒロは両腕でガッチリガードを固め、次の連撃に備える。一応、頭部や胴体、脚にも、最低限の蒼鉄を覆った。
「防御が、甘い!」
両腕の隙間に切っ先をねじ込まれ、ヒロの右腕は弾き飛ばされる。
ガラ空きとなった右半分の胴目掛けて、放たれた一閃。
胸元の蒼鉄が大きく刳れる。あと一歩、前に居たなら、肉に達していた。先程までの斬撃よりも遥かに重く鋭い一撃。
「なる、ほど……さっきまでは準備運動だった、と」
「……まだ準備運動中ですが。生憎と」
繰り出される連撃。脊髄反射と言わんばかりの反応速度で、ヒロは防ぎ続ける。
(なんか今日、凄く蒼鉄の制御が楽だ。おかげで、なんとか食らいつけているわけなんだけども、そろそろキツくなってきた……)
いくら手慣れた、自身へのコーティングとはいえ、蒼鉄の生成には集中力を要する。少しでも脆い構造にしてしまえば、篭手はあっさり砕け散るだろう。
ヒロは、限界まで思考を加速させ、刃の嵐を必死に防ぎ続けていた。
「ここまで粘るとは、かなり頑丈のようだな」
「……そう、思う、……なら、そろそろ、終わり、に、しま…ッウォ!? ……しませんか?」
「まだ度肝を抜かされていないんだが。君をただサンドバッグにしてるだけなんだが。これでは、合格とは言えないな」
もう息も絶え絶えなヒロとは違い、霧島の呼吸は全く乱れていない。
なおも続く刀の連打に、蒼鉄の破片が舞う。
(腕が痺れてきた…………!!)
蒼鉄で防いではいても、衝撃は腕に伝わる。徐々に、それが溜まってきたようだ。一撃防ぐ度に、ヒロは苦悶の表情を浮かべる。
しかしまだ、一度もヒロは攻撃に転じることができてはいない。字の如く、防戦一方である。
(あと少し、まだ、まだ耐えろ…………)
✕ ✕ ✕
「……一方的、だな。やはり」
「そっすね。まぁ分かってたことっすけど」
観戦しながら、信永と後藤はポソリと呟く。それを聞いた鳴海は、ついムッとなる。
「倉田くん、まだ負けてないですから!」
「ああ、すまない。貶すつもりではないんだ。むしろこういう展開になって当然なんだ」
鳴海を信永は宥めながら、
「霧島は、言わば刀の達人だ。近接での、能力無しの戦闘なら、まず負けない。倉田はまだアンノウンとなって一ヶ月。その一ヶ月も、決して修練に明け暮れていたわけではない。故に近接で勝ち目がないのは当たり前なんだ」
事実、ヒロは霧島の斬撃をギリギリ防いでいるだけで、一切の余裕もない。
「じゃあ、なんでこんな模擬戦を……」
「それはっすね、痛めつけるためっすよ」
「なっ!?」
鳴海は、思わず立ち上がった。眉間に皺を寄せ、後藤を、Trashy Rebelliosのメンバーを睨みつける。
「もちろん、鳴海っちも団長にボコられてもらうっすよ?その後どんな扱いを受けるかは、あとのお楽しみ……」
ジャラン。
鳴海の右手首にはいつの間にか鉄輪が嵌められ、そこから銀色の鎖が伸びている。
「ここで、やるっすか?鳴海っち。生憎、俺強いっすよ」
「……私達を騙したってことですよね?」
後藤も、鳴海に合わせて立ち上がる。
両者睨み合い、不穏な空気が流れる。
「……いい加減にしろ、後藤」
「ふぁい」
信永が、後藤を制する。
「すまない、鳴海。コイツの言ったことは、九割方冗談だ」
「そっすよ~後藤ジョークっす」
「…………え、冗談?」
鳴海は、ポカンとする。
「……たしかに、負け試合は設定した。だが、それは新人を追い込むためなんだ」
「それじゃあ、痛めつけるのと大差ないじゃないですか」
「そうじゃないんだよ。俺らが新人を追い込むのにはちゃんと理由があるんだ」
再び剣呑な空気を漂わせ始めた鳴海に、団長が話しかける。
「理由は三つ。一つ目、実力の確認。二つ目、追い詰めることで能力を包み隠さず発動させる。三つ目、これは……煌上のちょっとした検証」
「一つ目二つ目はまだわかりますけど、三つ目は…………?」
鳴海は煌上に問う。煌上は暫し考え込んだ後、
「…………詳しくは後で話しますが、先輩の危険度を把握したいんですよ」
「倉田くんの、危険度………?」
「はい」
「俺は、ヒロっちがそんな危険な存在には見えないんだけど、ねぇ?どうしてもって煌上が言うからさ」
後藤はそう言って笑うと、
「ま、まだ戦闘は終わってないし、見守ってやりましょ」
促されるまま、鳴海は座る。彼女の視線の先には、今戦っている幼馴染の姿。
どうか、無事でありますように。
何度だって、鳴海は幼馴染の身を案じるのだ。
✕ ✕ ✕
両腕が軋む。
次第に、胴体にまでダメージは溜まっていく。
しかし、霧島の斬撃はまだ全力では無いらしく、今もなお、徐々に威力が上がっている。
もう、何度目かも分からない蒼鉄の生成で、ヒロの集中力も途切れ始めている。
「動きがだいぶ鈍くなった。どうした、それが限界なのか」
「……まだ、やれます……っよ!!」
ヒロは、なんとか斬撃の合間を縫って右パンチを繰り出す。
ヒロとて馬鹿ではないので、徐々に霧島の斬撃のリズムは掴んでいくのだ。
しかし、虚を突いたつもりの拳を、霧島は刀の柄で叩き、軽く逸らしてしまう。
ガラ空きになった右半身目掛けて放たれる、強烈な斬り上げ。
蒼鉄の鎧はついに、霧島の斬撃の前に砕け散る。ヒロの胴に、深さ一センチ程の縦傷が刻まれる。
噴き出す血飛沫。
「うぐ、ぁぁぁぁ!? あ、………あああぁぁ!!」
痛みに悶絶するヒロの腹に、遠慮なく放たれた蹴り。数メートルばかり転がされ、ヒロは血を吐き出す。
「倉田くん!」
鳴海の悲痛の叫びが遠くの方で上がるも、ヒロの耳には届かない。
「……勝負あったな。新人にしては、まぁ長く保った方だ。その頑丈さは評価しよう」
蹲るヒロへと、ゆっくりと歩を進めていく霧島。
「トドメはしっかりやる、これが私の流儀でな。悪いが寸止めで試合終了にさせてもらうぞ」
ゆっくりと狭まる、二人の距離。
ヒロはジッとタイミングを見計らう。
狙うは、刀のリーチに自分が入ったとき。目に見えない速さの一振りが放たれる、コンマ数秒前こそが、ヒロの狙い目だ。
「これにて試合終了……「今だ!」」
刀を掲げ、斬撃の準備を整えた霧島の、足元。
地面についたヒロの手から、地面を這うように覆っていく蒼鉄は、そのまま霧島の足をも巻き込んで覆おうとする。つまりは足を地面に固定しようとする、ヒロの捕縛攻撃だ。
しかし。
「…………私は、君と亥田・灰崎との戦いの動画を拝見している。もちろん、この技も想定済みだ」
「ッ!!」
蒼鉄が足を絡め取る寸前、霧島は跳躍することで拘束を躱した。
「絡め手一つで勝負に勝つのは無謀。技とは、組み合わせることで初めて意味を成す」
霧島の言葉に、ヒロはニヤリとほくそ笑む。
そんなことは、もう鳴海の姿をした灰崎のお陰で学習済みだ。
床が突如煌めく。
正確には、床に散らばった蒼鉄の破片達が発光しているのだ。破片は大小様々で、大きい物では手の平サイズのものもあった。
ヒロは、鳴海が割ったグラスの破片を見て、一つのアイデアが閃いていた。それは、わざと蒼鉄の破片を撒き散らす、というもの。
恐らく、白兵戦において相当の手練であろう霧島は、容易く蒼鉄の装甲を砕くだろう。また、足拘束なんてチンケな技、対策方法などいくつもあるので通じるとは思えない。かといって、大掛かりな罠を堂々と用意するわけにもいかない。
なら逆に、いっそ敵の攻撃力を利用させて貰おう。そう思いついたのである。
実際、ヒロの想像通り、霧島の火力は凄まじいものだった。蒼鉄装甲の厚さ調整を僅かにでも誤れば、腕が斬り落とされていたかもしれない。
だが、多大なリスクを背負って挑んだ罠設置は、こうして上手くことが運んだ。
破片達が膨張、変形する。宙の霧島目掛けて伸びる、槍となって。
「ようやく、かかった……!」
「足拘束は、このための布石ということか……」
空中では逃げ場が無いのだろう。四方八方から迫る蒼い槍達を刀一本で防ぐのにも無理がある。
故に。
「見事、だ。倉田ヒロ」
霧島は一言、そう呟いた。
読んでいただきありがとうございました。
一章大改稿、まだあまりできてませんが、極力早く終わらせたいと思います!誤字脱字誤用ありましたら、教えてくださると嬉しいです!
次回は日曜です!
これからもよろしくお願いします!