♯15 再会
一章のサブタイトルを変えてみました! よろしくお願いします!
窓から差し込む日差しが部屋の中を照らす。
そよ風が白いカーテンを微かに揺らす。
飾り気の無い、白を基調とした質素な休憩室ーーヒロが先程目を覚ました部屋にて、ヒロと少女は予想外の対面を果たしていた。
ヒロはベッドに、少女は木製の椅子に腰掛けている。
どうにも鳴海の体調を確認しに来たらしいこの人は、よもやヒロがもう元気になって鳴海のところに居るとは露知らず…………向こうからしても予想外の再会だったそうな。
自然と二人で会話せざるをえない空気になり、場所を写そうとこの部屋へと戻ってきたわけだが。
「…………………………」
「…………………………」
この部屋に入って以降、お互い目を逸らしたまま、口を噤んだまま。口を開くタイミングを測りかねていた。
鳴海から、ヒロ達を治したのはこの人だと教えてもらったため、あの日ヒロが死ななかった理由は十中八九この人の能力にあると考えている。
いや、十中八九なんて曖昧な確率ではなく、もはや九割九分九厘この人だと、ほぼ確信している。
故に、あの日以降ずっと言えずじまいだった感謝の句は、今この人に言うべきだと理屈的には分かっているのだ。これまでに幾度となく言葉を練ってきたため、頭にはしっかりと言うべき台詞は幾つも思い浮かぶのに。
しかし、いざ対面した緊張やこの場の空気のせいあって、口をなかなか開けずにいる。
そんな状況がかれこれ五分。
焦れったさはそのまま腹の底からのむず痒さに。
いい加減、この状況を打破しようか。
緊張でどこか落ち着かない身体をどうにか深呼吸で制す。
「あの!」
「あの!」
互いに同時に口を開き、同時に紡いだ。
日常でもよくあるやつだ。対して親交の深くない奴との沈黙を破ろうと口を開けば相手と被り、つい口つぐんじゃう奴。その後は大抵「あ、お先にどうぞ」「あ、いえいえ! そちらから……」ってなって、結果的に気まずさにまた押し黙ってしまう、なかなかに地獄のようなパターンだ。コミュ力がさほど高くない人間は、このパターンを切り抜けるのは意外と難しかったりする。
そして現実に、今そのパターンが再現されているのだから厄介この上ない。
「あ、先にどうぞ……」
「いえいえ、そちらこそお先に……」
押し黙る。
より一層、口を開き難い空気が場を支配する。
さて、どうしたものか。
よくよく考えれば、この人の名前を知らない。話しかけるのなら、名前を知ってる方が格段にハードルを下がるのだが。
金髪の少女をチラッと見る。
おそらく生まれつきのものであろう肩まで伸びた金色の髪は、日差しや電灯の光を受けて日本人にはない一種の美を輝かせている。瞳は澄んだ青。それでいて、顔付きは日本人寄り。
「…………顔になんか付いてる?」
「あ、いえ。何もついてないですはい!」
ついジッと見過ぎてたか。ちょっとしたやらかした感。
「ただ、その、前見かけた時と長さが違ったんで」
どうにか誤魔化す。概ね初の会話にて、「見惚れてました」なんて言えるわけがない。
「あ~もうすぐ夏なので、涼しくしようと思って切っちゃいました」
「そーなんですね。えーと、似合ってますよ」
「あ、ありがとうございます」
ぎこちないものの、とりあえず会話がスタートした。この機を上手く利用してなんとか感謝の句まで派生しなくては。
「あの………………えぇと?」
話しかけようとして、口籠る。そうだった、名前知らないんだった。
頭を抱えて捻るも、もちろんこの少女の名前が思い浮かぶわけがない。こちらの気分としては、カードゲーム中に相手を待たせて慌ててルールブックを確認しているような、無知の焦燥やら恥ずかしさやら。
「ーー茜」
「え?」
「ーー煌上茜。六花女学校一年生、O型ですはい」
顔を上げると、照れたように頬を掻きながら、ぷいっとそっぽを向く少女の姿が。
向こうから自己紹介してくれたのは好都合だった。何故血液型まで言ったのかは分かんないけれど。
ヒロも流れに乗じて、
「倉田ヒロ。降谷高校の二年生、一応言っとくとB型です」
「え、二年生…………? ってことは先輩!?」
「あーそうなるね」
「てっきり同学年かと…………」
まぁ別段身長高いわけでもないしな。童顔では無いが老け顔でもないし、見た目だけでは正しい判断も得られないだろう。
「えっと、じゃあ…………倉田……先輩? 倉田先輩!」
「はいなんでしょう」
神妙な面持ちで、身体を僕に向けて。
少女は立ち上がった。
「すいませんでした!」
突然腰を折って頭を下げた。
「え?」
何がなんだか分からない。煌上さんは何だって一体謝罪なんか。
「いやいやいや、可笑しいでしょう」
頑なに、頭を下げ続ける煌上。
「いや、何、急に謝られてんの僕」
理解が追いついていない。この子が何故、ヒロに謝るのだろう。むしろ、ヒロとしてはこの少女に感謝したいくらいなのに。
「すいません、でした…………」
「あの、どういう事か説明してくださいよ。重ねて謝られてもいまいち何とも反応できないんで…………」
少女の顔は前髪に隠れて見えない。
「とりあえず、何に対して謝ってるの? あとその、頭上げてくれ」
数秒遅れて、少女は顔をゆっくり上げた。
「煌上さん、僕は君に感謝こそすれ、謝罪されるような事なんてとても思いつかないんだが……」
「…………倉田先輩は、アンノウンってどういう経緯で生まれるか知ってますか?」
首を横に振る。
「アンノウンは、大まかに二種類に分けられます。"生まれつきアンノウン"か"生後に何らかの要因でアンノウンとなった"。殆ど、と言うより九割方が後者なんです。私も、倉田先輩も」
生まれつきというものも居るのか。
「アンノウンと言うのは、その全員が自然の法則を捻じ曲げた存在です。生命の構造上、あり得ない身体能力、思考速度。おまけに科学の説明が全くつかない"異能力"」
「まぁたしかに人智超えてるよな」
「世界に敷かれた法則は絶対で、事実世の中の殆どの事象は科学者達が理屈と検証を持って説明できるんです。そこに法則性があるのなら、それを手探りで探し当て、人間の理解できる形に置き換えることが彼らの仕事ですから。未知を理解する行為だと私は解釈しています。けれど、私達アンノウンが世の中で起こす事象はどれも説明ができない。科学者の観点において、それらは全て法則も構造も読み取れない。例えばそう、倉田先輩が作り出す鉱物。あれをどう研究しても、原子の構造を理解できない筈です。倉田先輩の意識と同調して自在に生成され、変形するあの鉱物を担当した研究者は、きっと皆匙を投げ出すでしょう」
「そんなに僕のこれ、謎な物質なの?」
「何もないところから生み出しているんですから。その鉱物の質量がどうやって生み出されたか説明できないです。今まで科学者が膨大な時間と労力を費やして確立してきた法則を全て裏切ってるんですよ。『1+1=ロックンロール』みたいな感じです」
「何故ロックンロール?」
「今日の朝食がホットドッグだったからです」
「…………と言いますと?」
「科学者が解明できるのはこの世の法則のみ、法則の呪縛から逃れた私達はイレギュラーなんです」
ヒロの問いはあっさりと無視された。ホットドッグとロックンロール、どうやって結びつけたんだよ。まぁ、別にいいけど。
「世界は、世界の法則によって過不足なく回ってます。すべての物体は循環して常に増減を繰り返し、繁栄と絶滅を繰り返してなお、あるべき姿を維持し続ける。法則に縛られているからこそ、世界は正しく回ってる」
「"世界"とまで話を出されると、壮大としか言えないな……」
「そうですね、私も同じような説明を過去にされていますが、その時は唖然とするしかありませんでした」
過去を思い出したのだろうか、控えめに笑みを浮かべる。
「でも、私達はその法則を無視できる。人それぞれ、どういう風に、どのような法則を無視できるのかは別ですが、でも法則を無視しているんです。"正しい姿"を維持している法則に縛られない。法則に準じないアンノウンの存在は、端的に言えば"正しい姿"を乱しかねないんですよ」
「…………?」
「例えば先輩の能力。ありもしない鉱石を幾らでも生み出せるんですから、地球の質量云々のバランス崩壊待ったなしですよ」
たしかにそうだ。質量保存の法則なんてものを堂々と無視しているのだから、蒼鉄を作りまくれば地球の質量を無限に増加させることが可能な筈だ。
少なからず、鉱石とは一般的に限りあるものなのに対し、ヒロの蒼鉄は恐らく限りがない。
「漫画とかである、一瞬で腕一本再生しちゃうような能力だってそうです。無いはずの腕一本分の質量をどっから持ってきたんですか。巨大化みたいな能力だって同じく、どっから増加した分の質量持ってきたんですか」
勿論質量の問題だけでもありませんが。煌上はふぅ、と一息ついて、
「世界にとって、私達は"正しい姿"を乱しかねない障害で、法則の制限なんてものを軽々と突破する不条理で。世界の運営にとってはただのバグみたいなもんなんですよ」
「バグ、か…………」
「はい、バグです。世界の法則ではどうにも律せないので。できることといえば、せいぜい"世界の修正力"が、アンノウンの起こした歪みを元通りにしようとするだけです」
「"世界の修正力"?」
「それに関しては、話すと長くなるので。ゲームでバグ修正してる運営みたいなものと考えてください」
「あ、了解」
とりあえず、アンノウンは世界にとっては不具合のようなものらしい。ゲームで見立てるならバグ、つまりはプログラムの一部の何かしらの"誤"。掛け違いや微々たる誤差から生じた不祥事のようなものだろうか。
だが、アンノウンの世界的な観点での意義が分かったところで、ヒロの内情には何の解決にも至らない。
「それで」
今の説明だけだと、ヒロの問いの核心から大きくズレている。
「今の説明がどう繋がって、僕への謝罪になるんだ?」
「…………すみません、前置きが長くなりました」
たしかに長かったな、ヒロは心の中で笑う。
「アンノウンになるには、それ相応のきっかけが必要です。世界の法則に縛られた生命の一つである人間が、その束縛から解放されるんですから」
「…………僕の場合、そのきっかけは事故に遭ったことなのか?」
アンノウンになったのはあの日以降なのだから、きっとあの日にそのきっかけがあったはずだ。あの日あったことといえば、せいぜい事故に遭ったことくらいのものだ。
「違います。事故に遭ったこと自体ではないんです。あれはあくまで、きっかけのきっかけ。重要なのは死にかけたことと私の能力で復活したことなんです」
「………………………………」
「私の能力で、と言うよりかはアンノウンの能力ーー世界の法則に則さない方法で蘇った、ってことです」
煌上の言葉が少しずつ、か細くなっていく。
「日常で起こり得る全ての事象では、アンノウン化の要因にはなりません。法則から解き放たれた存在になるのなら、法則に逸脱するような出来事に巻き込まれるしかない。知らない世界を知りたければ、その世界に足を突っ込むしかない」
煌上は指を三本立てて、
「私は既に三回、倉田先輩に能力を行使しています。その一回目…………一ヶ月前のあの事件の日に倉田先輩はアンノウン化しました。私の能力に、ありえない法則に触れたがために、倉田先輩の存在は、世界の法則から逸脱しました。こちら側の世界に引き込まれてしまったんです」
「九死に一生を得る代わりに、僕はアンノウンになったのか…………」
「それだけじゃないです。倉田先輩の身体は、私が助けに駆けつけた時点で九割方死んでました。普通ならあのまま死んでるんです。そういうものなんです、人間の身体の構造的に。あのまま死ぬのが当たり前。けど、私の能力によって、死ぬ筈だった運命を裏切った。これもまた、世界の法則から逸脱する行為です。この二つの要因が、"アンノウン化"と言うハズレくじを引く確率を上げたんです」
「その言い方だと、必ずしもアンノウン化するわけではないって風にも聞き取れるな」
「その通りです。あくまで、法則から逸脱する行為は"アンノウン化"する確率を、本来のゼロパーセントから数パーセントに引き上げるだけなんです。死にかけて、幽体離脱までした人だって、必ずしもアンノウンになるわけじゃない。殆どは普通の一般人として生活してます」
穏やかな風が、煌上の髪を撫でていく。
日差しが、部屋の中を静かに照らしていく。
「…………私があの時能力で助けなければ、倉田先輩は今こんな目に合わなかった。幼馴染まで酷い目にあって、アンノウンになってしまった」
少女はまた、視線を落とす。
「でも、煌上さんが僕を治してくれたから、僕は今生きてる
さぁ、ようやく感謝の句を言うときが来た。
「だからさ、ありが」
「違うんです。違うんですよ。そもそも。そもそも、倉田先輩をあの車が轢き逃げしたのは私の不手際なんです」
「……………………?」
「私はあの日、あるアンノウンを追っていたんです。一般人への危険行為が目立ったから、注意喚起のために。あと一歩の所で虚をつかれて、車で逃走されました」
煌上はスッと椅子から立ち上がる。
端正な顔、その目尻が薄っすらと輝いて見えた。
「私があの時、逃さなければ。倉田先輩は今頃、普通の高校生活を送れていた筈、なんですよ…………」
握りしめられた手は、血の気が抜けて不健康に白い。
「私が逃さなければ、倉田先輩は、事故に遭うことはなかった。私が、一瞬、躊躇ったせいで…………」
少女の薄く紅がかった頬に雫が伝う。
眉間に皺が寄るほどに強く閉ざされた瞼。
どれほどの後悔に悩んできたのだろう。
どれほどの後悔に苦しんできたのだろう。
どれほどの後悔を恨んできたのだろう。
きっと到底、他人が理解できるものじゃない。
たとえヒロが関わっている懊悩であろうと、当人にしか理解し得ない。
けど、そんなことはどうでもいい。少なくとも、ヒロにとっては。
「…………煌上さん」
事故に遭った原因が、たとえこの子が生んだものだったとして。
じゃあ、ヒロはこの子を恨めるのか。
どんな罵詈雑言も受け止めるといった心持ちなのか、少女の赤く腫れた、濡れた瞳は、なおヒロの目を捉え続ける。
「ありがとう」
恨めるわけがないじゃないか。
ヒロは命を助けてもらった。
なら、湧き上がる情は感謝以外に何があるって言うんだ。
というか、馬鹿なヒロの頭は、眼前の少女の長ったらしい前置きのせいで既にパンク。そんな状態で次から次へと言われたところで、ちゃんとそれをしっかり飲み干す余裕があるわけもなく。
詰まるところ、もう難しい話無視して、言いたいこと言ってやりたいのだ。
「なん、で…………」
少女の身体がグラッとよろける。
「なんで。なんでありがとう、なんですか…………」
両手で顔を覆いながら、絞り出すように発した少女の咽び。
「可笑しいです。可笑しすぎます。なんだって一体、そんな結論に行くんですか。私のミスで、倉田先輩は酷い目にあったんですよ? 私の能力不足が、倉田先輩に不幸な境遇を押し付けんですよ? いつも通り私がやらかして、その結果アンノウンとは何の関係がなかった倉田先輩が人生狂わされた!」
「そうかもな」
「だったら!」
涙混じりの大声。
「だったら、だったらなんで…………」
「なんで、じゃないよ。当たり前のことだろ。僕はずっとありがとうって言いたかった。んで、ようやくご対面叶った。じゃあありがとうって言うでしょ普通」
「さっきまでの私の説明、聞いてたんで「それからごめん」……ッ!?」
少女の抗弁を、ヒロは無情にも遮った。けどその抗弁は、きっと自責だけを肯定するものだから。言わせてしまえば、きっと話が進まなくなってしまうから、言わせるわけにはいかない。
それはきっと、煌上が長らく苦しんだ後悔を無下にする行為なんだろう。だが、そもそも杞憂の類であった後悔を切り捨てることに、残念ながらヒロは一切の罪悪感など感じない。
だから次に吐く一言は、きっとありもしない罪への、形だけの免罪勧告だ。
「ごめん。一ヶ月も、苦しませちゃって」
「ッ………………!!」
「僕はその、なんだ。説明を聞いても、どうやら煌上さんを恨む気も起きないみたいだし。というか、年下の女の子にそんなネチネチと恨むほど器は小さくないつもりだし。もう気にしなくていいからさ」
「…………………………」
「助けてくれて、本当にありがとう」
両手で顔を覆ったまま、少女は暫く嗚咽を漏らし続けた。
少女の誠実さが生んだ架空の罪に、しっかりと向き合わなかったヒロは、ただ黙って窓の外へと視線を逸らしていた。
✕ ✕ ✕
「何、かっこつけてんですか」
窓から差し込む日差しが部屋の中を照らす。
そよ風が白いカーテンを微かに揺らす。
飾り気の無い、白を基調とした質素な休憩室ーーヒロがようやくよ謝罪を果たした部屋にて、ヒロとある少女は予想外の展開に出くわしている。
ヒロはベッドに、少女は木製の椅子に腰掛けている。
「傷心の少女には優しい台詞吐いとけば良いとでも思ってんですか。好感度でも稼ごうって魂胆ですか。さすがに引きますよ」
「仰る通りです」
「そんな甘い考えで女の子の好感度稼げるとでも思ってるんですか。夢見すぎですよ。恋愛小説の読みすぎですよ」
「…………仰る通りです」
まだ目は赤く腫れているも、ある程度は吹っ切れたようで。先程までのシュンとした大人しめな感じは何処へやら。
「…………私はですね」
「はい」
「今すっごーく釈然としない感じなんですよ。生温い気分と言いますか、なんと言いますか」
「はぁ」
「例えるならそうです、くしゃみが出かかって途中で引っ込んだ、みたいな感じです。要するに、中途半端過ぎて胸糞悪いんですよ」
「あ~あれ、嫌だよなぁ」
「自分の一ヶ月が杞憂に終わったんですよ? 私てっきりずっと恨まれてると思ってたんですからね!」
「いやいや、僕だって『?』だったんだけど。急に謝ってくるし。どう反応しろと」
「ほら、その感じ! 私が悩み続けた案件が、まさか当人は一切気にしてないっていう! 私の一ヶ月分空回りなんですよ!」
煌上は顔を真っ赤にして「返せ私の無駄にした時間分!」と吠える。
とはいえ、ヒロが少女に感謝の情を抱いているのに対し、少女がヒロに罪悪感を孕んでいるなどと、誰が予想できると。
「…………本当に何も思うところはなかったんですか?」
「全く無いね」
「私のせいでアンノウンになったんですよ?」
「ついさっきまで、アンノウンになった要因が君だなんて知らなかったからなぁ……」
「む……。私としては、なんだかただで許されたみたいで、すごくモヤモヤなんですが」
「と、言われましても…………ねぇ? 僕としてはどうしてあげることも…………あ」
パッと一つ。しょうもない事を思いつく。
「じゃあさ、お願い事一ついい?」
「…………そんなことで罪悪感晴れるとは思えませんが。かといって拒否できる立場ではありませんよね」
「そうだな、君の弁なら君は加害者側、僕は被害者だから」
少し意地悪な言い分に、少女は「う」と言葉を詰まらせて。
「…………不埒な願い事ですか。性欲の捌け口にされちゃうんですか私」
心外だ、心外である。
(いや言われて一瞬考えちゃいましたけども!)
「僕にそんな横暴な願い事言える度胸あると思うのかね?」
「知りませんよ、ほぼほぼ初会話ですし。倉田先輩の性質なんて全く持って無知ですよ無知」
「うんとりあえずその、"倉田先輩"って呼び方変えてくれないか?」
「…………はい?」
「いや、ほら。あー堅苦しいのが苦手っていうかさ、気恥ずかしい? 上下関係ををプライベートに持ち込みたくないというだけで」
「……なるほど、つまり先輩後輩という立場が気にならないくらい親密になりたいってことですか。もしかして、名前呼びとか期待してるんですか」
「え? …………いやなんか違」
「倉田先輩のそういう、ほぼ初対面の相手にすら堂々とフラグ建設に踏み込める度胸は凄いと思いますー」
「…………棒読みなのが嫌味っぽいな。いや、嫌味だからこそ棒読みなのか」
ほんとさっきまでのシュンとした、大人しめの性格どこ行ったんだよ。
「冗談です。些かよく分からないお願いですが、それが倉田先輩の趣味趣向性癖なら仕方ありません」
「おい」
なんとも酷い言われように、ムスッとして返す。
ヒロの睨眼を意に返さない煌上は、顎に手をあてて考え込む。
「となると、ですね……なんと呼びましょう」
「なんでもいいよ。ただ『名字+先輩』ってなんだか形式上の敬意って感じするだろ? 例外もあるけど」
「そんな考え方する人始めてみましたよ。いえ、別にいいんですよ? そういう変わった物の捉え方をする人が居てこその『みんな違ってみんないい!』ですから。私には到底理解できませんが」
「いちいち物言いがキビキビズバズバだね、君は」
「それが私だと自覚しているので。…………ふむ、こうしましょう。私はこれから倉田先輩のことを『先輩』と呼びます。先輩も私のことを、『煌上さん』なんて堅い呼び方でなく、一段階軽い呼び方ーー名字呼びでどうぞ。あ、名前呼びしたら斬りますのでご注意を」
煌上は小さく笑う。
「それだと、他の『先輩』達と混同しちゃわないか?」
「いえいえ、心配には及びません。他の先輩方には、先輩が忌避して止まない呼称『名字+先輩』で応対するので」
「そっすか」
煌上さんの台詞は、言い換えれば「僕を『唯一人、先輩呼ばわりされる人』に認定する」と言うこと。
だが、そこに妙な優位性や勘違いは生まれてはならない。
分かっていても、やはり少し照れてしまう。
照れを隠すよう、苦笑いを無理やり取り繕って、
「じゃあ煌上さ」
「堅い。堅いですよ、先輩。ささ、是非遠慮せずにもっと気軽に。『プライベートに上下関係はいらない』…………先輩の希望通りにするのなら、先輩も私をそう呼ばなくちゃ。さあ是非に」
なるほど、ぐうの音も出ない。言われて、その通りだと思う。言い返せない。
綻び緩む頬をパンと両手で叩いて喝を入れる。
「…………じゃあ煌上」
「はい、なんですか先輩」
「これから、とりあえずよろしく」
右手を差し出す。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
右手で握り返される。
満面にして満点、そんな笑顔。
右手から伝わる柔らかい温かさ。
むず痒い歓喜を胸中に押し込んで、精一杯の笑顔で返す。
どうかな、ぎこちなくて不細工な、そんな顔じゃなきゃいいけれど。
✕ ✕ ✕
一ヶ月の時を経て。
少年と少女は再会の機を得られた。
この再会が、後々の運命を大きく狂わせ、身を滅ぼす災いの種であるとは、まだ誰も気づいてはいなかった。
読んでいただきありがとうございます。
Twitterで小説へのアドバイスを募集したのですが、思ったよりもたくさん、ためになる意見を貰えたので感謝です。これからもアドバイスが貰えると嬉しいです!(少しずつでも改善できたらいいなぁ)
次の話で一章が終わります。二章からは書き溜めがまだあまり無いので、毎日更新は難しいです。一話一話の文字数を減らすことで、どうにかニ~五日に一回は更新できるようにしたいです(つまりは不定期更新)。
次の話はサイドストーリーです。更新は毎度毎度同じ、深夜0時です。
長文失礼しました!
これからもよろしくお願いしますm(_ _)m