♯14 目を覚ませば
今回は、前回までのエグい描写ありません。クリーンです。物凄くクリーンですので安心してくださいね。
よろしくお願いします!
「知らない天井だ………」
ひどく長くて恐ろしい夢を見ていた心地と共に目が覚めた。目の前には、白タイルの天井。自室のそれとは材質が異なる為、ここが自宅でないことは簡単に察する。あとは枕の心地が少し、固い。
布団をどかして起き上がる。周りを見回せば、どうやら広めな個室らしい。白を貴重とした清潔感溢れるその部屋は、調度品なども踏まえて保健室や入院用個室を想起させる。
(はて、なんでこんな所に…………?)
ここに居る経緯を必死に探るも、頭の中にはそれに該当する記憶は一切ない。とりあえず、誰か居ないものかと考えるも、少なからず部屋の中には誰一人として居ない。
ヒロの記憶で最も新しいのは、たしかーー。
ーー絡みつく鎖、消し飛ばされる蒼鉄、舞う血飛沫。
不意に胸中に疼痛を覚えて、身を丸める。あの時感じた激痛や絶望やらを思い出して、吐き気が催す。そうだ、たしか僕は鳴海を助けに行って返り討ちにされて…………。
鳴海は?
ヒロが助けようとした、幼馴染は、一体どうなったのだろう。どこに居るのか、そもそも生きているのか。
ヒロの力では助けられなかった筈だ。灰崎に完膚なきにまで叩きのめされたヒロが、しかし今生きている。と言うことは誰かが助けれてくれた筈だ。その時鳴海も助けられた筈だ。
守り切れなかった自分の不甲斐なさと、鳴海の無事を祈る気持ちが合わさって、居ても立っても居られない。部屋を出ようと、ベッドから飛び出そうとした時だった。
ガラガラっと部屋の扉が開いた。
「目が覚めたようだな」
「あなたは………」
扉の向こうから現れたのは、大柄な体格に厳つい顔面を飾った、知っている男だった。
「ノブナガさんが僕を此処へ?」
「……ああ、かなり手負いだったからな。取り敢えず安全な場所へと運んだ」
信永の後ろからゾロゾロと男女が部屋に入ってくる。その誰もが全く見知らぬ人で、つい警戒してしまう。
「あぁ、大丈夫だ。こいつらは別にお前に危害を加える気はない。うちのコミュニティのメンバーの一部だ」
「は、はぁ………?」
(ひー、ふー、みー………ノブナガさんを含めて男が三人、女が一人)
「こいつが倉田ヒロか………冴えねぇ面してやがるっすよ」と嘲る、感じの悪いチャラ男は後藤裕二というらしい。染め上げた髪はキッチリセットされていて、服装も少々派手な今風。
そんな後藤さんを「感じ悪いぞ」と宥める、眼鏡のインテリ系男は神谷当麻。このコミュニティのリーダーらしい。一見穏やかそうな気風を感じるも、その実妙な息苦しさを感じる。もっとも、それは神谷さんの後ろにいる少女が原因かもしれないが。
神谷さんから数歩下がって後ろに居る、白い装束に身を包んだ黒髪ポニテの少女は霧島紅葉。腰に下げた太刀と、鋭いツリ目が放つ冷静な眼差しとが相まって、如何にも剣士ガールと言った風貌だ。常に太刀の柄に右手を添えているせいか、いつ斬りかかってくるのかと内心危惧してしまう。
「ともあれ、無事で何よりーーいや、丸一日寝たきりの状態にまで陥っているのだから、無事ではないか…………? まぁ、目を覚ましてよかった」
「………………え? 丸一日?」
「ああ、丸一日だ」
「…………今日、何曜日ですか?」
「日曜だ」
「マジ、ですか……………」
なんてこったい。貴重な土曜日を寝て過ごしてしまったのか…………じゃなくて、一日意識取り戻せない程ひどい傷だったのか。まぁあんだけ一方的にボコボコにされたんだから、仕方ないんだけど。
「あの、鳴海ーー倉庫にもう一人少女が居たはずなんですけど…………」
正直言って、ヒロが一番気がかりだったのはそこだ。助けに行って、しかし助けることの叶わなかったから。守り切れなかった幼馴染の安否を聞かないと、どうにも生き延びた実感なんて沸きかねない。
問いに、信永は、
「ついてこい」
そう一言、短く切って身を切り返し、部屋を出て行った。他の三人も信永の後に続いて部屋を出ていく。ヒロは言葉のままに、ベッドから下りて部屋から出た。
廊下は思ってた以上に長かった。と、いうのも、てっきり此処を民家だと考えていたため、通常の民家の数倍はあろう廊下の長さに驚嘆した。
此処が一体どういう所なのか、どれだけ歩かされるのか、小さな疑問が幾つも湧くが、目の前の剣士ガール・霧島が怖過ぎるので聞けるわけなく。
(声かけたら斬られるんじゃね? っていうくらいに剣呑とした空気を漏らしてるんですもん)
結果、ひどく重苦しい空気の中、廊下を歩き続け。
「この部屋だ」
ある扉の前で、一行は立ち止まる。
目の前には、廊下の白色に合わせた色合いの引き戸。廊下を歩いているときも思ったことだが、どこか病院や役所などの施設を想起させるデザインをしており、もちろん眼前の扉もそういった風である。
(この先に、鳴海が?)
たとえ、ドアの向こうの鳴海がどんな姿であろうとーー健康体であろうと、そうでなかろうと、ヒロは面としてその事実に向かい合わなければならない。鳴海が危険な目に遭った事の発端は、間違いなく、灰崎に目をつけられてしまった僕なのだから。
心の中でいくら分別つけようと、さりとて罪悪感や責任感やらが収まることは無い。"鳴海が扉の先に居る"という事実を前にして、より一層、心の重石はヒロを自由にはさせてくれない。
扉を開けて、ヒロの招いた結果を見れば、それで自由になれるのか。いや、きっとそれはないのだろう。
だが、鳴海と会うことは避けられない。見たくない現実を避けたいという弱い心以上に、無事かどうかを確認したいという気持ちが強いのだから。たとえどれだけ腕が重かろうと、目の前の扉を開かざるをえない。
「あ、ヒーくんおはよ~」
唖然。
自分の顎ってここまで下に落とせるのかと感心してしまうほどに、口を広げながら、目の前の幼馴染を直視することしかできない。
目の前には、ショートケーキを美味しそうに頬張る鳴海の姿があった。
「………………え、何、え?」
拍子抜けと言うやつだ。まさしく、拍子抜け。
さっきまでの葛藤やらなんやらがあまりに無駄だったと、ヒロは今痛感した。
「ヒーくん、このケーキ美味しいよ~」
頭の中には、瞬時にある可能性を考慮していた。それ即ち、この少女が灰崎である可能性。信永達が、本物と偽物を間違えて匿った可能性でもある。
その危惧を解くように、ヒロの肩をノブナガさんは叩きながら述べる弁は、
「…………大丈夫だ、灰崎はもう対処済みだ。ここにいるのは間違いなく、正真正銘君の幼馴染だ」
ヒロはその言葉を聞いて、ホッと息をつく。
目の前の少女が鳴海であるというのなら、つまり鳴海は無事だったということ。それはいいことだ。とてもいいことだ。
けど、僕は考えてしまう。鳴海は僕の事をどう思っているんだろう。朗らかな笑顔の裏に、一体どれほど僕への恨み怒りが渦巻いているのだろうか。
「ヒーくん、もう一個あるけど食べる~?」
満面の笑顔をしているように見えて、その裏に一体どれだけの翳りを含んでいるのだろうか。
「じゃあ、俺達は部屋出るか」
「そっすね~二人のイチャイチャ邪魔しちゃ悪いっすから」
ゾロゾロと、部屋を出ていく信永達。
すれ違いざまに、後藤が一言、
「女子は心と行動切り離して、取り繕うの上手いから気を付けろよ?」
それはつまり、いくら鳴海が笑っていようと、ヒロに対し思う所がないという証明にはならないということ。心がより重くなったのがしっかり感じて取れた。
靄巣食う心持ちのまま、部屋にはヒロと鳴海の二人だけ。
あいもかわらず、美味しそうにケーキを頬張る鳴海。甘党である僕としては、きっと平時なら矢の如き機敏さでケーキにありついた事だろう。けど、その一歩を踏み出せるだけの気持ちを起こせないほど、ヒロは臆病になっていた。
「ヒーくんどうしたの? ………………食べないの?」
「え、あ………………いや」
のぞき込んでくる幼げな顔には、純粋な疑問符が貼り付けられている。けど、それが本当に純粋なものなのかを測りかねてしまう。先程の後藤の言葉に臆病にさせられていたのだ。
「甘い物、もしかして気分じゃない? それともお腹いっぱい?」
どれも違っているが、それを正す気にはなれない。結局、曖昧にうんとかすんとか呻るだけ。
「顔暗いよ? 体調悪いの? 何かあったの?」
幾つもの投げかけられた気遣いに、寧ろ俯いてしまう。けれど、そうやって目を逸らす行為こそが悪業に思えて、唐突にこれでは駄目だと強く思った。
「鳴海、その、ごめん」
「ん? 何が?」
ケロッと返された。
本当に、平生と返された。
「…………鳴海を危険な目に遭わせたこととか」
「あ~、そっちか」
「そっち? ……………………何だと思ったの?」
幾度と思考を重ねようと、しかしヒロには分からなかった。てっきり、鳴海はヒロに対して"危険な目に遭った"という点についてでお怒りだと考えていた。なにせ灰崎が鳴海を襲ったのは、ヒロを誘い出すための餌代わり。能力や容姿をパクったのは、たまたま鳴海のアンノウンとしての能力が高かったからだ。
「逆に、ヒーくんは私が危険な目に遭っちゃったことに対してでどんな非があると思っているの?」
「…………助けに行くのが遅くなったこととか?」
「気にしてないよ」
「…………結局しっかり守ってあげられなかったこととか?」
「それも気にしてない」
「…………私情で鳴海を一人にしちゃったこととか?」
「あ、それはかなり怒ってるかも。襲われる襲われないを度外視するにしても、外暗い中女子を一人にするとか、男としてどうなの!」
「すまんマジで……」
「しかも後で戻ってきてくれると思ったらいつまで経っても来ないし!」
「それもすまん…………」
突然噛み付くようにベラベラと正論を並べられた。そう、正論である。ヒロの耳が、その一言一言を聞く度に痛むほどに、ただただ正論だった。
生憎と弁明の手段は持ち合わせてはいない。ので、ただ謝るしかない。最も、そんな事で許される問題ではないのは分かっているが。
「むぅ、折角心立て直し始めた所だったのに、なんだか今度は苛立ってきた………! この際だから全部言わせてもらうけどね、ヒーくんに対して指摘したい点はいくつもあるんだよ!?」
「え、ちょ………!?」
「まず第一。私になんで"アンノウン"ってこと教えてくれなかったの! さっき……………ノブナガさん? に説明して貰ってビックリしたよ! ヒーくんもう随分前から人間やめちゃってたんでしょ?」
「ああ、まあ…………事故に遭ってから、かな?」
「その事故についても、私聞いてなかったんだけど?」
「…………え、あ~」
と言われても、それは故意的なことなのだ。なにせ、「今日死にかけた~でもなんか目覚ましたら怪我治ってた~w」とか言っても頭おかしい発言でしかないのだから。。
ふと、ヒロは記憶の奔流の中から、弁論の糸口を発見する。
「そう、月曜日! ゲーム中に『言いたくないなら言わなくていい』とかなんとか…………」
この弁論は悪手であった。
苦し紛れに放ったこの言葉は、ただただ鳴海の不可侵に甘えるだけでなく、責任すら追求する、あまりにも横暴かつ非人道なものであると気付く。
「それはそう言わざるを得ないじゃん。私が何処までもヒーくんの事情に踏み込めるわけでもないし。その時はてっきり『あ、彼女できたのかなぁ』とか『こっそりバイト始めたのかなぁ』程度の考えで、まさか人やめてると思わないじゃん!」
ヒロの愚言を発端に、より一層強まる正論という名の愚痴。
ひとまず項垂れてうわ言のように「すみません」と呟くことしか手がない。いや、それすらもきっと最適手でないのは分かっているが、下手に口出して癇癪買う可能性を考えると、どうにも口篭ってしまう。
「いやね? 彼女ができたとは思ってなかったけど、というかそうそうできるとも思ってなかったけど、「おい」バイトに関しては結構疑ったかな。ほら、身体に変な傷できてたでしょ。何か怪しいバイトに引っかかってんじゃないかって疑ったよ~」
(怪我見て、真っ先に思いついたのが″怪しいバイトに入った″っていうのがなぁ……。普通はイジメとか想像するもんじゃねぇの?)
「まぁこの件はいいや、第二。なんでいっつも靴下脱ぎっぱなしにするの!」
「…………あれ、ちょ?」
「洗濯するときに『あれ? 靴下は?』ってなって、毎回ヒーくんの部屋やリビングまで回収してるんだからね?」
「ちょっと話題逸れてませんかね鳴海さん?」
「私、ヒーくんに指摘したいことって言ったよね? じゃあ別に話題逸れてないよ! とにかく、これからは脱ぎ捨てるの禁止ね!」
「…………善処します」
「第三。もう要らなくなったプリント、名前の部分消すかシュレッダーかけて! 世の中どんな人居るかわかんないんだから、もしかしたらゴミ捨て場で個人情報漁ろうとしてる人だって居るかもでしょ!」
それは杞憂過ぎませんかね? と言う文句はひとまず押し殺しといた。今の"日頃の鬱憤を発散中の奥さん"状態の鳴海には、何言っても火に油を注ぐようなものだから。奥さんと言うのは唯の比喩である。
それからも幾つも僕の悪い習慣を指摘され続け、その度に謝る。それはまるで、"口煩い上司にペコペコ頭を下げる新人"のような構図ができあがっていた。
頬を膨らませて、顔を真っ赤にして怒る鳴海の姿は、その幼げな顔立ちからかどこか可愛らしくもある…………なんてやや不純なことを考えちゃうくらいには、ヒロの気も抜けてきたところで、
「最後に」
鳴海はふ~っと息を吐き出す。一瞬の冷却時間。
さっきまでの怒り顔とは違う、ひどく真剣な眼差しを向けられた、少したじろいでしまう。
「なんで助けに来たの」
「え?」
「なんで、学校抜け出して、どう考えても危険な場所に来たの? それも一人で」
「それは、心配で………」
「私だって心配だったよ! アイツが私のスマホでメール送ってたから、ホントに来たらどうしよう……………って」
「それは、ごめん。余計な心配かけちゃって。でも行かなきゃってなんかこう。思っちゃったんだよね、僅かにあった正義感ってやつが」
あの時、助けに行く決断の前にはたしかに幾度となく葛藤はあった。しかし、その葛藤の根幹はそもそも、『どうやって助けに行こうか』という方向性に尽きた。一人で助けに行くべき? 警察に一応連絡すべき? 何を持ってく? どう侵入する? どうやって倉庫まで行く? …………などなど。
しかしきっとそれは正義感ではあっても、純粋な正義感ではなかったようにも思える。鳴海への心配が積もりに積もった結果、居ても立っても居られなかった節があるからだ。鳴海以外の人間が拉致監禁の目に遭っていたとして、助けるために必死になれるとは思えないから。ほぼ常に一緒、家族のように育ってきた大切な存在だからこそ、必死になれたのだから。
鳴海は視線を落とすと、暫し口をつぐんで、その後に、
「ごめん、これに関しては怒るのお門違いだった。忘れて。…………ううん、違う。そうじゃなくて」
鳴海は視線を上げると、真っ直ぐにヒロの目を見据えーーその目が薄く濡れて見えた。
「助けに来てくれて、守ろうとしてくれて、文字通り命賭けてくれて、ありがとう」
感謝の意を告げたその顔は、どこまでも穏やかで、言われたヒロの心が安らぐようで。
しかし、それがまた痛烈にも思われた。その眼差しを受ける資格はヒロなんかにはない。結果として守り切れなかった、そもそも鳴海が襲われる原因を作ってしまった、そんな人間なんかは恨まれこそすれ、感謝など。
それでも、鳴海の眼差しはその念すら溶かしてしまいそうなほどどこまでも優しい。つい自分の無力さ馬鹿さを許してしまいそうになるヒロは、その葛藤を切り上げようと、
「…………どういたしまして」
ありきたりな挨拶を持って応えることしかできなかった。
自然と伏せたヒロの顔を覗き込むように、鳴海は顔をグッと近づけてくる。
「泣いてるの?」
「…………!」
気付けば、嗚咽を洩らしていた。目頭が熱い。喉から唇にかけてーーいや、全身の奥底から震えているのを感じる。
鳴海に恨まれてるんじゃないか、嫌われたんじゃないか。それ以上に、無事じゃないんじゃないか。重体なんじゃないか、まだ目を覚ましてないんじゃないか、もしかしたらもう二度と目を覚ましてないんじゃないかーー。
自身の頭の中を取り巻いて、不安の種を撒き散らしていたその危惧達が取り除かれて、きっと安心したのだろう。きっと安心してしまったのだろう。
自分の無力さ馬鹿さをあれだけ頑なに恥じて、罪悪感を感じていたのに、しかし今ではそれらを飛び越えて、心の底から安心してしまったのだ。
なんとまぁ横暴なこと。なんとまぁ都合のよいこと。なんとまぁ人間らしいこと。
重枷の外れた心は、ただひたすらに安心し切っていた。
「ありがとね、ヒーくん」
鳴海は、突然咽び始めたヒロに怪訝な顔一つしなかった。
決壊したダムのように、垂れ流しになった安心を、ただひたすら黙って受け止めていてくれた。
✕ ✕ ✕
結局、数分間かけて落ち着きを取り戻したときには、恥ずかしさが先行して、ヒロとしては気まずい心持ちだった。
「………………あ、ケーキ食べる? ヒーくん」
紙皿に乗せられた小さめのショートケーキ一つ。
これは鳴海のささやかな気遣いだろう。気まずさに打ちひしがれたヒロへの。
「ありがと……いただきます」
フォークでケーキを一口分口に運ぶ。
ふんわりとしたスポンジに甘く蕩けそうな生クリームが絡まって、舌が幸福だ。かなりいい所のケーキだろうか。
どんどんと食べ進めていき、あっさり食べ終わった。小さめのケーキだったこともあるが、くどすぎない、ちょうどいい甘さ加減だった事もあるだろう。フォークが止まらなかった。
鳴海は食べている様子をジーッと見ていた。
「ヒーくんってさ」
「はい」
「物食べるとき結構美味しそうに食べるよね」
「そう?」
「うん。食べてる時、時々すっごーく幸せそうな顔するもん」
(そんなにだらしない顔してんの? 僕)
「いやいや、いい事だよ? 少なくとも料理作る側からしたら凄く嬉しいことなんだよ。作ってよかったぁって思えるもん」
とりあえずまたも気恥ずかしくなったので、話を切り替えとこう。
「身体、大丈夫なの?」
「うんまぁ、もう慣れたよ?」
そういってピョンピョンとその場を跳ねる鳴海。終いにはバク転まがいの事もやり始め、一介の女子高生離れした動きを見せる。
「アンノウンっていうのになってから身体すごく軽いし、耳も目もやけにクリアだし、なんか凄いねぇ。ちょっと得した感?」
「あぁ、そうじゃなくてだな」
「うん?」
「あんな拷問まがいのことされた後だから、身体とか大丈夫かなって。あと精神的にも…………」
「あ、えーと…………」
唇に人差し指を当てて、うーんと少し考える仕草をして。
「精神的にはまだ完全には踏ん切りつかないよねそりゃ。あんな酷い目に遭った事なんてまぁまず無いし、本当に死にそうになったし。さすがに何度か思い出して泣いちゃった」
それはそうだ。
いきなり拉致られ、監禁され、拷問まがいをされれば、普通は精神的に狂うだろう。ヒロだって、そんな事されたら人間不信くらい普通になってしまいそうだ。
おまけに、灰崎は鳴海の姿を模して居たのだから、鳴海からしたら自分が自分を殺そうとしているのだ。それがどれだけ不気味で恐ろしいことか。とても想像できない。
「でも、ちょっとマシになった。ヒーくん助けに来てくれて、その、心の底から嬉しかったから。同時に、危険な所に来ちゃ駄目! なんて思ったけど!」
「そっか…………身体は?」
見たところ、鳴海は本当にピンピンしているようだが。
「あ、それはもう大丈夫。なんか目覚ましたときには治ってた」
「アンノウンの異常な回復力だからか? そういえば僕の身体もなんか治ってるな」
ヒロもたしか、かなりの重傷だった筈だ。あれだけ鎖で鞭打たれ、蹴られ殴られ…………思い出すだけで気分が害するレベルには、それはそれはひどいやられようだった。
「それもあるかもだけど、違うかな。人の傷を治せる人が居たんだよ。その人に治してもらったの」
「ヒーラー的な感じか? その人にお礼、言っとかないとな。その人、今どこにいるか分かる?」
もしもそのヒーラーさんがこのコミュニティの人なら、この施設(?)の中にまだ居るかもしれない。
「あ~探しに行かなくてもいいと思うよ」
「どゆこと?」
「ほら、そこに居るから」
鳴海が指差す方へと視線をやる。
部屋の扉が半分ほど開かれていて、そこから顔を覗かせている人影が一つ。
ノブナガさんでも、他三人でもない人影は、しかしヒロが見知った顔だった。いや、見知っているというほど、細かくは覚えていないけれど。
黒リボンのバレッタを留め、肩ほどまで伸ばした金髪。黒を基調としたパーカーに身を包んだ少女。
半分ほど覗かせている顔は、見つかった事に焦ったような風で、口角が妙につり上がった苦笑いをしていた。
「あ、どうも…………」
耳に届いた声に聞き覚えがある。遠い世界の出来事のように、朧気に響いていたという曖昧な記憶がたしかにある。
加えてその風貌。あの日以来、ヒロの頭の中にしかと焼き付いたものと重ね合わせても、きっと微々たりとも違いはない。
「君は」
喉奥から無意識に掠れた声が出る。きっとヒロの顔は驚愕一色だろう。鏡を見ずとも確信できる。
「あの時の…………」
あの日以来ずっと探し続けていた少女は、全く考えもしなかったタイミングで都合よく、目の前に現れたのだ。
読んでいただきありがとうございます!
Twitterでの宣伝も手伝ってか、最近はかなりの人に読んでもらえるようになりました。感想を付けてくださる方も居て、読むたびに嬉しい気分になります。ブクマ数増えるたびに心躍っております。(ついでに評価・レビューも来ないかなぁ…………(/ω・\)チラッ)
あと二話で一章は終わります。
二章からは、文字数少なめ(半減くらい?)にすることで更新頻度の激落ちを防ごうと考えています。毎日投稿は無理でも、期間を極力空けすぎないようにするつもりです!
次回も深夜0時に投稿ですので、よろしくお願いします!
長文失礼しました。
…………宿題が全く進まねぇっす




