♯12 鎖
今回も前回に引き続きバトル回です。
よろしくお願いします
そこは広い倉庫の中。
場に居るのは、たった三人だけ。ヒロと、眼前の外道ーー灰崎。そして、壁際にて気絶している鳴海。
「武器一つ持ったところで、勝てると思うなよなぁ」
三人の中の一人、外道が篭った声を漏らす。
胸元にできた浅い切り傷から、血雫が漏れ溢れている。一滴と一滴と、垂れる感覚は徐々に長くなっていき、次第に血が止まっていく。何という回復力か。
「そもそも、それ程デカイ剣をお前は使いこなせるのか? 剣ってのは素人が振っても大した武器になんねぇんだよ。そこんとこ、ちゃんと理解してたかぁ?」
「そんなこと言って、しっかり斬られてるじゃないです、か!」
灰崎の体勢が整う前に、果敢に接近する。息をつく猶予すら与える気はない。
アンノウンの腕力なら、たとえ一般人に扱い難いような巨大で鈍重な武器であっても振り回せる。手負いのアンノウン相手くらいできる程の剣撃は放てる筈だ。
回復しきる前に、ただその一心。
身体を反り返らせて、大上段に剣を構える。縮む背筋、伸びる腹筋。この二つの伸縮関係を一気に反転させ、胸筋腕筋を酷使、勢いに負けぬよう足腰を踏ん張って、放つは振り下ろし。兜割り。
音速の域にまで達した大剣の一振りを、よろけながらも後退して躱す灰崎。剣が起こした圧倒的風圧は、赤めの茶髪をたなびかせる。
剣は地面に衝突し、硬質な床に小さなヒビを生み出した。砂煙が舞い、瓦礫の破片が宙を放物線上にゆく。
第二撃。
一歩足を踏み出し、前進しつつの横切り払い。脇腹の筋肉を唸らせながら、回転力を破壊力に変換して放つ一撃。腹を薙ぐはずだったその斬撃は、しかしまたも空を斬る。灰崎の回避速度が異常に高いためだ。
第三撃、第四撃ーー素人の拙い斬撃ながらも、ここまで振って当たらないとは。灰崎の身体能力には脱帽ものだ。
ヒロが放つの剣速では到底捉えきれない。
「その顔から察するに、なんで当たらないかを考えて、きっと俺の身体能力が高いからだと結びつけたな?」
避けながらも、平然と言葉を放つ灰崎。既に傷の痛みも引いたらしく、その余裕そうな口ぶりに焦燥心を煽られ、続く第五撃ーー突き。
重槍の如き突きは、しかし灰崎の軽やかなステップに呆気なく躱される。
「そりゃあ結びつけるでしょうが。現にお前は僕の攻撃を俊敏な動きで回避しているんだから」
「ああとも。たしかにテメェの剣撃を躱すことを可能にしているのは、この身体能力だ。このとんでもなく俊敏な身のこなしからだ。…………だがな? この身体能力が俺に備わっていたものだとは限らんとは思わんか?」
空を薙ぐ一閃。
ヒロの大剣は幾度となく振りかざされ、その度に風切り音を豪快に響かせる。
「どういうこと、だ…………?」
「分かんねぇか? この身体能力は俺のものじゃねぇんだよ。この身体能力は、鳴海花音のこの体のものなんだよぉ!」
「………………は?」
灰崎の言葉に首を傾げる。
鳴海は普通の人間だ。人間の身体能力で、アンノウンの剣撃を避け続ける事など不可能だ。だって、人間の数倍以上のパワーとスピードを持っているアンノウンの攻撃は、ヒロの剣術ですら音速をも超えている。。これを普通の人間が避けれるわけがない。
「ハッタリはいらねぇ、よ!」
剣を振り下ろす。
地面との衝突の衝撃が刀身から腕へとビリビリと伝わり、掠めた手応えすら微塵もなし。踊っているかのように、ひらりと回って躱され、その回転そのまま回転蹴りを繰り出される。蹴りを避けることができなかったヒロは、大剣の腹でガード。後ろに少し押し出されながらも、どうにか体勢を崩さず耐え切る。
「あの猪男…………亥田の姿の俺の時とで、身体能力が違うとは思わないか?」
「!」
月曜日の戦いを思い出す。ヒロと亥田の格闘戦は多少僕が押されつつも、かなり拮抗していた。
逆に今、ヒロの攻撃は全く当たっていない。
ヒロの攻撃の合間合間に放たれる灰崎の攻撃すら完全にガードできちゃいない。身体能力的に、圧倒的に負けているのだ、ヒロは。
「亥田の姿をしている時と、鳴海花音の姿をしている時とで、身体能力に大きな差があることに気づけたか?」
ヒロは大剣による連撃を敢行する。
一撃一撃の威力がどれだけ高くとも、当たらなければどうということはない。ならば、現在のヒロの攻撃は全て無意味だ。
空を薙いで、風切り音を轟かせ。地を踏みしめて、床ひび割れようとも。なお、灰崎の傷数は増えることはない。
「俺の能力は別に見た目を真似るだけじゃねぇ。そいつの身体能力や能力も真似ることができる。そいつの身体をコピーして、それを俺の魂を包む外装の一層にする。これが俺の能力の大雑把なプロセスなんだぜぇ!」
「見た目だけじゃない…………? だけど、鳴海は普通の人間だ! そんな速く動けるわけがない! まるでアンノウンみたいな動きじゃあないか」
ヒロの言い分にうんうんと相槌を打ちながら、外道はニヤケ顔を崩さない。言い終えると、灰崎は初めこそ平然とした面持ちだったが、次第に含み笑いを浮かべ始め、
「今、自分で言ったじゃない、かぁ。そうだよ、鳴海ちゃんの身体でした動きはまるでアンノウンのようだった? じゃあ鳴海ちゃんをアンノウンと判断すべきじゃあないか? もっとも、鳴海ちゃん本人は自分が人間じゃなくなってることに気づいてない筈だがね」
「なーー」
言葉が詰まる。
今なんと言った。今なんと言った?
人間じゃなくなってる? アンノウンと判断すべき?
誰が?
鳴海が?
何で?
脳内を自問自答が埋め尽くし、剣の連打が止まる。
その隙を、灰崎が逃す筈がない。
放たれた蹴りはヒロの顔面を強く捉え、そのまま大きく後方へと飛ばす。脳天から地面に着地し、しかしなお後転は止まらず。結果背後の壁に衝突するまで、ヒロの身体は転がされ続けた。
「っが…………ぁあ!?」
蹴りを浴びた顔面が死ぬ程熱い。鼻からは赤い流線が垂れ、拭えど拭えど止めどなく溢れる血雫。動こうとするも、地面に打ち付けた身体の各所が悲鳴を上げてヒロの動きを阻害する。
視界がブレる。歪む。色褪せる。耳が機能しない。
必死に立ち上がろうとも、腕も脚もその駆動を空回らせるだけで、藻掻く事すら叶わない。
「効くだろ、顔面への打撃。知ってるかもしれないが、鼻ってのは神経がたくさん詰まってる。そこへの一撃ってのは予想以上にキツイんだぜ?」
ゆっくりと、灰崎はヒロへと歩み寄ってくる。まるでもう勝利を確信したかのように、一切の警戒がないようにも思えるほどに軽やかな歩み。
頭は真っ白なままで、いますべき最善など到底分かりかねなかったけれど。しかし一つ、たしかに確定していること。このままいけば、ヒロはあっさり殺される。
(接近されたら僕が死ぬ。僕が死ねば、鳴海も死ぬ)
そこまで考えが回ったところで、思考にぼんやりと輪郭が浮かび上がる。考える事に頭を回している場合じゃない。今は眼前の敵への対処が先だと。
脳が焼け切るかのように高速で回転し始めた思考は、その想像力を持ってお目当てのものを脳内で象り始める。
「ご、ごれ、ならぁ!!」
血で鼻が詰まり、あまりに不明瞭な怒号。血飛沫と共に吐いた咆哮をトリガーに、広い倉庫の床のあっちこっちが白光を放ち始める。
「!? 何だこれは…………」
床に点在する白い光達は、徐々にその塊の体積を増やし、地面を覆ってゆく。そのまま灰崎のスラリとした美脚へと光は進み、遂にその足を絡みとる。
「これは…………あの時と同じ!」
咄嗟に灰崎は足を光から引き抜こうとするも、それを許さない。引き抜け切る寸前、光の塊は発光を止め、青黒い蒼鉄へと姿を変える。
月曜日の戦いでも使った、蒼鉄による拘束。戦闘中、倉庫の床各所に蒼鉄を覆っておいて、何時でも発動できるよう手筈を整えていたのだ。つまりはトラップ。
灰崎についた足枷は、蒼鉄でできている。蒼鉄の硬度はアンノウンの怪力を持ってしても破壊するのは困難で、相手の能力如何によっては半永久的に縛ることも可能だ。
ヒロは足を抜こうと藻掻く灰崎を睨み付ける。即解除していない辺り、蒼鉄を破壊し得るパワーも能力も持ち合わせていないのだろう。未だグラつく身体に鞭打って、無理やり立ち上がる。一気に形勢逆転。いくら身体能力が高くとも、俊敏性を失えばただの的。リーチも剣を使うヒロの方が高いのだから、あとは滅多打ち。
突然の優勢に、一種の残虐性が発露する。
こいつは鳴海を傷付けたゴミだと、どれだけ痛めつけようともそのツケは払いきれないほどの悪だと。能力の条件だと事つけて、人を殺めた外道だと。ならせめて、出来る限りの苦痛をもってその罪を贖うべきだと。
いくら鮮明になろうと、激痛のせいでやや翳るヒロの思考は、それをきっと正義感だと感じていたのだろう。断罪だと、然るべき罰だと、きっと本気で狂的にまで信じ込んでいて、それを疑ってはいない。それが正義感ではなく、ただの腹いせだとは、憤怒の感情が邪魔して気づかない。
つまりはこの時のヒロは、本気で灰崎を斬ろうとしていたのだ。
灰崎の目の前に歩み寄ると、大剣を上に高く掲げ。一気に真下へと振り下ろす。
「………………………阿呆」
「!?」
ポツリと呟かれた一言は、剣を振り下ろす真中の僕の耳に、やけに鮮明に届いた。一瞬の疑念を抱くも、その問答を頭の中で起こす間もなく、断罪の剣は地へと下ろされた。
剣速は恐らく音速超え。大剣の重量は、鉄製のそれよりかなり重く、切れ味も高い。
普通に考えれば、アンノウンですら即死の一撃。頭から股までを両断。
結果。
「は…………………!?」
ヒロの握る大剣は、その刀身の半ばから先が消えている。綺麗な斜断面から末端までは、宙を舞った後に地に落ちた。。
何が起きた、どうして剣が折れた。どうやって? 何で、何で。何で何で何で?
無傷の灰崎を見ると、彼は頭を垂れていた。
柔らかそうな頬をプクーッと膨らませると、堪えかねたかのように突然噴き出す。
「……ぁ、アッヒャヒャヒャヒャヒャ!! 馬鹿だ馬鹿。マジで馬鹿の馬鹿。バァカバァカのバカバーカ!!」
腹を抱え爆笑へと転じる灰崎。最終的には床で笑い転げ始めた。見れば、足を縛っていた蒼鉄が消えている。
「なん、なんーー!?」
本当に分からなかった。何が起きたのか、何が起こったのか。
目下にて笑い転げ続ける灰崎は、ヒロの視線を感じたからか笑いを鎮め、ムクリと立ち上がる。そして、「馬鹿すぎるぜ倉田くぅん?」と嘲笑う。
「一度引っ掛かった罠を喰らうかよ。いいか? 俺は今鳴海花音というなりたてホヤホヤのアンノウンなんだぜ?要はれっきとしたアンノウン。身体能力は高いし、異能すら備わってるんだぜぇ!?」
そう言って、灰崎はゆらりと右腕を前へと突き出す。その細い右手に絡みつけられているのは鎖。どこから出したのかは知らないが、たしかにさっきまでは無かったものだ。
「鳴海花音の能力はこの鎖を生み出す。この鎖には面白い力が付いていてな?この鎖に触れた特異は掻き消されちまうんだわ。いや、削るというべきか? ともかく、お前のその珍妙な鉱石など簡単に消しされるわけだ。ほんの一部分だけ削り取れば、その大剣もこんなふうに使い物にならなくなるんだよ」
「なんだよ、それ…………」
ヒロはもう、途方に暮れるしかない。そんなの、どうしろと。
身体能力では勝てない。だからこそ能力で剣を作り上げ、しかしそれでもまだ足りず、罠を使って優位に立とうとした。その優位すら一瞬で払われてしまっては、打つ手などない。
諦観。
どうすることもできない打つ手の無さが、逆上の我武者羅へと繋がった。投げやりとも言えるか。気の抜けた足を無理やり動かし、想像力を総動員してまたも大剣を無から作り上げ。
「くそったれぇーー!!」
咆哮と共に放つ剣撃。同時に間近を掠める風切り音。そしてーー剣の刀身の大半が消える。
「考え無しに接近とか、愚策が過ぎるぜぇ進学校生! 糖分足りてっか?」
灰崎の周囲をヒュンと音を立てて乱舞する鎖。半径一メートル程の結界を作り上げたその鎖によって、ヒロの武器は破壊された。いや、抹消されたと表現するべきか。
ヒロは頭の中で必死に構想を築き上げ、三本目の大剣を創ろうとする。しかし灰崎はそんな間を与えてはくれなかった。
灰崎の周囲を乱舞していた鎖が突如ヒロへと飛来。鎖に付けられた楔が、右腕目掛けて突進。
「避けられるかなぁ、倉田くぅん?」
大剣製造は間に合わないと判断、右腕を掲げてガードに変更。右腕には蒼鉄が覆われているので、並大抵の攻撃は通さないーー。
この時のヒロは、狭窄し過ぎた意識のせいか、灰崎の鎖の性質など完全に頭から抜けていた。
「ぐあああぁぁああああぁあッ!?」
楔が右腕に直撃した途端、楔が触れた部位の蒼鉄が消え散った。そのまま楔はヒロの腕を貫いていく。筋肉を裂き、骨を砕いて向こうへと潜り抜けた楔。予想以上の貫通力、そして激痛。アンノウンの頑丈な身体をいとも容易く穿いたその鎖の威力に脱帽。
地面に転がって、右腕の負傷部を抑えながら激痛に藻掻く。何度呻こうと、どれほど強く右腕を押さえつけようと、痛みは引く事がない。
不意に、鎖が引かれた。鎖が刺さっている右腕も、もちろん引っ張られる事となる。
「捕まえたぜぇ? お前みたいに変な罠貼らずともなぁ! いやマジ当たり能力だわコレ! 鳴海ちゃんを瀕死までボコッてアンノウン化させて正解だわ~」
引っ張られる度に、傷を抉られているようで、傷口から血が溢れる。もちろん、その度に悲痛な絶叫が木霊する。
「ちょっとやってみたいことがあったんだよねぇ! ちょい実践させてもらおう、かなぁ!!」
突然灰崎は、まるで鉄球投げをするかのようにグルグルとその場で回転し始める。鎖に繋がれたヒロは鉄球の代用品か、僕はジャイアントスイングを喰らっているかのように振り回される。遠心力に身体が引っ張られ、猛烈な速度に方向感覚などが失われた。その間も鎖が刺さった右腕は灼熱の痛みに苛まれ続ける。
「ほぉら、よッ!!」
間の抜けた声と共に投げ飛ばされた。振り回された時の勢いそのまま、矢の如く投げ飛ばされたヒロの体躯は倉庫の壁に突き刺さる。
声にならない嗚咽。途方もない衝撃に意識が一瞬、完全に吹き飛ぶ。口から血と共に、無理やり押し出される空気。力無く壁の真下で倒れ込む。
(勝てない。このままだとマジで勝てない。痛い、痛すぎる。耐えれない耐えられない!)
灰崎の鎖が厄介過ぎて、太刀打ちできない。こちらの攻撃は通らず、向こうの攻撃は防げない。
(何だアレ、何だよアレ!)
「弱い………月曜日に俺が負けたのは、真の意味で亥田が弱過ぎただけか」
ツカツカと、灰崎はヒロへと歩み寄ってくる。朧げな意識で、灰崎の右腕を見る。
あの鎖だ。あの鎖さえ対策を練れれば。
しかし、蒼鉄は触れるだけで消される。かといってヒロ本体が無闇に鎖に触れれば大きな負傷を負うこととなる。それはもう、この右腕の負傷が証明している。
せめてあと一撃、入れられれば。つまりはあの鎖の防御をなんとかできればーー。
残された方法は一つだけ、だ。
成功確率の異常に低い、本当の意味での賭け。
「なんか興ざめだわ、もう飽きた。だからさぁ、トドメと行こうか。せめて死の寸前で魅せろよ、倉田くぅん!」
もう動かない身体を、動かそうとは藻掻かない。地面に倒れ伏したまま、ヒロは灰崎を睨み続ける。
「鎖でトドメをさしてもいいが、どうせなら月曜日俺がやられたみたいに顔面グーパンで終わらせてもいいかもなぁ? よし、そうしちゃおうかなぁぁ!? どうせもう動けないみたいだし!」
ゆっくりと歩を進める灰崎。彼は圧倒的優位に立ち、きっとヒロにもう負けることはないと確信している。その証拠に、能力解除したのか、鎖が消えている。
その驕りは隙を生む。そこを突くことができれば。
灰崎との距離、十メートル。
「にしても、良かったぜ? 鳴海ちゃん。痛めつける度にいい声で鳴くんだわ。こちとら嗜虐欲唆られてよぉ…………」
「っ……………」
灰崎との距離、八メートル。
「そしてあの外見。上玉じゃあないか。美少女を敢えて襲うのではなく痛めつける……妙な邪道感が唆られてよぉ。それはそれは甘美な時間だった……」
鏡を見ずとも、分かる。きっとヒロの顔は青筋立っていて、怒りと傷とで歪んだ表情をしているだろうことを。
灰崎との距離、五メートル。
「お前を殺したら鳴海ちゃんを殺す。きっとお前の死体を見せたらいい顔するだろうからな、そん時に人思いに殺してやるさ。楽しいだろうなぁ…………」
(まだだ、まだ引き寄せるんだ。怒りに呑まれるな、冷静さを失うな)
灰崎との距離、一メートル。
「じゃあな。月曜日俺にトドメを刺さなかったことを後悔して死ね、倉田ヒロ」
引き絞るように、掲げられた灰崎の右拳。どうやらげんこつの要領でヒロの頭部を粉砕するつもりらしい。
無慈悲に振り下ろされた拳。ヒロへと高速で迫る、死の鉄槌。それを見て、確信した。
(勝ちだ)
地面から飛び出す錐状の蒼鉄。
灰崎の心臓めがけて直進するその槍は、完全に虚を突いた一撃ーー。
その筈だった。
突如現れた、ヒロと灰崎との空間を薙ぐ何か。銀色の弧を描きながら、たしかに眼前を通過したそれを見て、正体を把握した途端、ヒロはその先の未来を自然と予想し得た。
蒼鉄の錐は、その姿をあっさり掻き消されていた。塵一つ残らない、完全な消滅。
「ーーニ十点ってとこだな。虚を突くいい攻撃だったと認めよう。その実、殺気のダダ漏れが勿体無かったと批評しよう。速度も足りない。せめて、俺の死角から放つべきだったとも。惜しかったな」
「この、バケモノォ…………」
「バケモノ? 俺が? 違うだろう、鳴海花音のアンノウンとしての能力がバケモノなんだ。そこら辺を間違えちゃあ、駄目だろう?」
ヒロの一発逆転を賭けた一撃は、酷く呆気なく散った。一瞬の足止めにすらなりえない、掠り傷一つ与えられない。
「じゃ、最後の足掻きは終いだな。ボコって殺すわな?」
その後のヒロは、ただ殴られ、蹴られ、鞭打たれては投げられ、打たれれば殴られ、掴まれれば蹴飛ばされ、捻って引っ張って押されて潰されーー加えられる全ての力を、そのベクトルに従って踊り狂うしか無かった。
美しい放物線を描いて宙を舞わされ、華麗に赤い花を纏って回転、骨がギシギシと乾いた音を奏でていく。。
途中からは、空中に打ち上げられたヒロを、高速で鞭打って浮かせ続けるとっても楽しい遊戯の始まり。地面に落とさないように、嗜虐に続く嗜虐。聞けば気が狂いそうなほどの絶叫を、自然と出てしまう程の絶叫マシン。
(え? 痛くはないですよ? 痛みに悶える間もなく次が来ますから!)
どれだけ続けられていたのだろうか。
長かったようにも感じるし、その実ほんの僅かな時間のようにも思える。
感覚なんて狂いまくって、もはや正常さなどとは逸脱。かといって、正常に戻す気も起きない。そんなことしたら、もう本当に狂っちゃう。
痛覚聴覚視覚触覚嗅覚味覚痛覚聴覚視覚触覚嗅覚味覚痛覚聴覚視覚触覚嗅覚味覚痛覚聴覚視覚触覚嗅覚味覚痛覚聴覚視覚触覚嗅覚味覚痛覚ーーーー。
どれを損ない、どれが作用しているのか分からない。
どの感覚も失っているのかもしれないし、どれも健在なのかもしれない。
鎖が腹を打つ度に痛いのに、まるで遠い世界の痛みのようにも思える。じんわりと広がる鞭の痛みも、取るに足らないことに思えてしまう。
(そ、痛くはないんです。痛くないんですよ。)
(心残りと言えば、幼馴染を守れなかったことと、あの金髪の少女を探し当てれなかったことですね!)
(だから死にたくないだから怖くないだから痛くないないないない、ないんですよよよ?)
現実は。
「ぁああぁあああぁぁぁあいだぁああああああああぁぁぁぁああぁあぁああぁぁああああああああぁあああぁあああああぁぁああああああああぁあああああまあああああああああつあぁまあああああああああつあああああだああまああああああたあああああああああああまぁあああああるああやささあああああああがああああまあむぉああああああああああああああやあああああめあああたてやあたあああわあああうっうああああああ、あーーっ?」
ボリューム調節の効かない壊れたスピーカーのように、腹の底からノイズを叫んでいました。
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読んでいただきありがとうございました。
はい、ヒロとMr.外道灰崎の対決の結果はこうなってしまいました。
主人公ボロ負けしてますがどうなるんですかね、この小説…………。
次回も明日の0時頃に投稿しますのでよろしくお願いします!