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Overwrite~普遍世界の改編者~  作者: アルマ
一章 Seven Days : Overwriting
13/43

♯11 狂宴の始まり

あけましておめでとうございます

今年ともよろしくお願いします!


 暗く閉ざされた倉庫、その天井に光る赤く小さな二つの点。


 翼を折りたたみ、天井に逆さに立っている赤毛の蝙蝠。


 眼科にて繰り広げられるあまりにも残虐この上ない行いを、真下にて繰り広げられる些事を、蝙蝠はただただ静観していた。



   ✕ ✕ ✕




「ヒーくん!」


 聞き覚えのある声に、僕の視線は引き付けられる。


 倉庫内はたくさんの機械や積み荷が置かれていた物陰が多い。そのため、辺りを見回してもどこに鳴海が居るのか分からない。声がした方を重点的に眺めてはいるが、全く見つからない。


 十分に周りを警戒しながら、慎重に倉庫内へと歩を進める。何も物音は聴こえず、暗がりのせいで視界の光量も確保できてはいない。それでも、全神経を鳴海索敵に集中する。


「何処だ、花音!」


 声を張り上げ、幼馴染の名前を呼ぶ。広い倉庫内をヒロの声だけが木霊して、何重にも渡って響きわたっている。


 暫く待つも、返事はない。


 焦燥感から、背中は冷や汗がダラダラで、やや冷静さを失いつつあったヒロは、何度も続けて繰り返す。必死の呼びかけを。


「くそ…………どこに居るんだよ」


 自然と悪態の言葉が呟かれる。こうモタモタしてる間にも、鳴海がどんな目に遭っているのか分からない。


 慎重に、非常にゆっくりと倉庫内を散策。


 どうやら主に小麦粉や穀物などを貯めておく倉庫だったようで、その類を詰めた茶袋が幾つも並べられている。この倉庫が今も使われているかは知らないが、倉庫内の埃っぽさからして、かなりの間、人の手が加えられていないようだ。


 設置された機械なども、各所が錆びれていて、中にはどう見ても壊れているものもいくつか。


 不意に足音がして、即座に振り向く。見れば、積み荷の陰から幼馴染の姿が。


「花音…………?」


「うん、私だよ。ヒロくん」


 見慣れた赤っぽい茶髪をサイドアップにくくり上げ、稚気な顔は微笑を讃えている。


 物陰から出てきた少女は、そのままヒロの元へと恥じらうように歩み寄り、小声でぼそっと耳元で、「心配してくれてたの?」と問うてくる。


 短く、ヒロは「ああ」と答える。すると、赤面しながら、顔を両手で覆いながら、「もう、照れちゃうよぉ。ヒロくん」と身悶えしている。


 ヒロはとりあえず、いくつかの疑問を解消しようと思い、少女に問いを投げかける。


「こんな所で何してたんだ?」


「………あまり気分のいい話じゃないよ?」


「うん」


「………………私拉致られてたんだよね。さっきまで。ヒロくんが来た瞬間に犯人目の前から姿消しちゃった」


「…………その辺で隠れてるかも知れないな。早くここを出よう」


「そう…………だね。とりあえず、来てくれてありがとう」


 「えへへ」と作り笑いで誤魔化しながら、眼前で髪を弄っている。その手首や首には何かが巻かれていた跡が薄っすらと見える。彼女が身にまとう制服の所々が破れていたり、汚れていたり。彼女自身の身体にも痣のようなものがいくつか。


「あ、心配しないで? そりゃあ結構殴られたりはしたけど、でも全然平気。ヒロくんが来てくれたから嬉しくて痛み忘れちゃった!」


 そう言って、その場でクルッと回転してみせる少女。その動作は少しふらついていたけれど、無事であると証明したかったのだろう。だからヒロは、そうなんだ、と無理やり飲み込んで合わせることにした。


「無事で、よかった。ホントに」


「心配してくれてありがとう、ね。ヒロくん」


 そう言うや否や、カクンと崩れ落ちる少女の身体。反射的に彼女のか細い身体を支える。抱き抱えるような形で。


 ヒロの身体に押し付けられた少女の体躯、そこからヒロの身体へとたしかな温かさが伝わってくる。柔らかく軽い身体をガッシリと支えていると、耳元で囁く声一つ。


「ーー辛かったよ、怖かったよ、痛かったよ」


「…………うん」


「でも私、必死に耐えたんだよ? 我慢して、我慢して。苦しかったけど、助けを信じて頑張ったよ?」


「うん、よく頑張った」


 次第に泣きじゃくった弱々しい声へと変わっていた。ヒロはとりあえず、少女の小さな背中を擦る。


「よく頑張ったよ、お前は」


「…………う、うぐ……わたし、がん……ばっだよ?」


「ああ、だからもうーー」


 泣きじゃくり、体重を預けてきた少女をあやすように。努めてそう心がけながらヒロは一言。


「ーー楽になっていいんだ」


 血飛沫が舞う。赤い雫はポタポタと地面に垂れ、小さな水溜りのようなものができていく。周りの積み荷や機械は赤い斑点に彩られ、奇妙な柄へと装いを改める。


 ヒロの右腕を覆うようにコーティングされた蒼鉄の、指先の部分の蒼鉄が変形して伸ばされ、鉤爪のようなものが三本生えている。三本の爪は少女の腹を深々と穿き、制服に赤い染みを作り出す。


「ヒロ、くん…………? なん、で………………」


 か細い問いにヒロは何も応じず、無表情のまま少女を蹴飛ばす。その際、クロー部分を僕の指から分離させた。


 少女は腹に蒼鉄の爪が刺さったまま数メートル飛んで行った。


「お前が灰崎であってるんだよな?」


 ヒロは至って冷静に問いかける。目の前の、鳴海花音()の少女に対して。


「……何の事、かなぁ? なんで、そんな酷いこと、を………するの?」


 ムクリと少し身体を起こし、苦痛に堪えるかのような目でこちらを見つめる少女。おおよそ鳴海が苦悶の表情を浮かべているように見えて、ひどくヒロの心に罪悪感が過る。


 少女の問いに対して、ヒロはあくまで平然と応じる。


「僕がお前を花音じゃないと判断したのはまず第一に、僕の事を『ヒロくん』と呼んでいる点。花音は僕のことを、『倉田くん』か『ヒーくん』かのどちらかでしか呼ばない。」


 少女は黙って、ヒロの解説の続きを促す。


「第二に、メールでも僕に対する呼称の仕方が違った。一つ目の根拠っていうのは判断が曖昧で、別に二人きりじゃなくても『ヒーくん』呼びする時もあるし、二人きりだけど『倉田くん』呼びすることはある。けれど、メールだけは絶対に僕の事を『ヒーくん』って書くんだよ、昔から。だからあのメールを打ったのは花音以外の誰かって事だ」


 そう言ってヒロはスマホを見せる。画面には、数日前のメール。勉強会する旨を綴られたそのメールには、きちんと『ヒーくん』という、昔ながらの照れくさい呼び名が書き込まれている。


 もちろん、こんなのはただ長年連れ添った幼馴染だから分かる規則性から導き出したもの。


 その規則性だって、こんな窮地では瓦解しているかもしれない。この二つの根拠は曖昧すぎて信用に足らない。


当然、これだけの理由で決めつけるのはあまりに浅慮だ。だが、この二つの違和感をより明瞭なものに仕上げた証拠がある。


 画面をスクロールして、違うメールを開く。これは昨日の夕刻にスマホに届いたメールだ。


「このメールを昨日見たときは、まさか、この件と関係してるなんて思ってなかった」


 差し出し人は信永。内容は、あるアンノウンの持つ能力と性格などが簡素にまとめられているものだった。


「ーー灰崎という嗜虐趣味のクレイジー野郎は、他人をコピーして自分のものにできるって。アンノウンや一般人の少女を片っ端から拉致しては、コピーしたり嗜虐を嗜んだりするとも、このメールに書いてあるんだが。これお前だろ」


「………………」


 今思えば。


 帰り際路上に転がっていたレジ袋や食品類は鳴海のものだったのかもしれない。


 様々な違和感が重なって、やや強引にでも繋げていけば、きっとそれは筋の通った一つの可能性が浮かび上がる。だからこの目の前にいる鳴海は鳴海じゃない、灰崎が自身の能力によって身を装っているだけだ。


 ヒロの矢継ぎ早でチグハグな証明は的を射ていたのだろうか。


 「くっくっく………」と掠れた含み笑いを浮かべながら、灰崎は僕の方を前髪の隙間から睨んでいる。それは、さっきまでの花音らしい表情ではなく、狂気と殺意に満ちた外道のそれだった。


「お見事お見事、まさか倉田ヒロの傍に居る女の子を利用しようとしたことが、看破のきっかけになるとは。伊達に幼馴染じゃないみたいだねぇ?」


 ケタケタと笑いながら、灰崎は乱暴に三本の蒼鉄の爪を引き抜く。抜かれた爪からつーと赤い雫が垂れ落ち、しかしそこに苦痛はないかのように、灰崎はヒロを睨みつける。


「にしても、ノブナガが人にアンノウンの情報を教えるたぁな。アイツは基本、自分のコミュニティでしか情報交換しないタチの筈だが?」


「なら、そういうことだろ。お前の言うとおり、コミュニティの中だからこそ僕に教えてくれたんだろ」


 ヒロの言葉に、灰崎は形のいい眉をひそめる。


「お前、あのコミュニティに所属したのか?」


「仮だがな。お試し期間みたいなもんさ。向こうが一方的に情報をくれる」



   ✕ ✕ ✕



『ーーすいません。極力、普通に生きていたいんです』


 月曜日、喫茶店の帰り際。


『……………』


『勧誘はありがたいですけど、その…………コミュニティに入ることは、より多くのアンノウンと関わるわけで。そこから厄介事に巻き込まれるのは嫌なので…………』


『ーーそうか。では、これならどうだ。君はコミュニティに入らなくていい。だがせめて、俺から君へ一方的に、可能な限りの情報提供をさせてくれ』


『え?』


『君が平和的に生きたいのなら、最低限の情報は必要だ。少なくとも、危険を避けれるくらいには。先程も言った通り情報の持ちすぎはむしろマズイが。今の君はあまりにアンノウンに対して無知なんだ』


『………………』


『俺は君の情報を、俺のコミュニティ外に漏れ出ないようどうにか工面する。もちろん、こんな口約束なんて信頼に値しないのは分かっている。分かってはいるが、だがどうか信用してほしい』


『……………………一つ。一つ聞いていいですか』


『…………なんだ』


『なんでそんなに僕に気をかけてくれるんですか? ボランティアだとしたら、ちょっと度が過ぎた充実のサポート内容過ぎません?』


『…………頼まれてるんだ、ある少女から"倉田ヒロを頼む"と』



   ✕ ✕ ✕



「ーーあぁ、お前の言う通りだ。俺は鳴海花音じゃあねぇ、灰崎っつうもんだ」


 鳴海の顔であんな表情を出来るなんて知らなかった。


 普段陽だまりのような優しい笑みを浮かべていた彼女が、あんな腸が煮えくり返るような衝動を掻き立てる表情をできるなんて、本当に思わなかった。


 だがいくら鳴海の外貌を持っていようと、中に詰められた魂はまるで別。腐りきった嗜虐拉致監禁その他諸々を孕んだ外道の魂こそ、目前の鳴海もどきに詰め込まれた魂。


「いやしかし、本当によく看破した。あれだな、俺は人の功績をちゃんと褒めたくなる人間でな? お前にも何かしてやんねーといけねぇと思うわけだ。…………で、どうだろう?俺からのプレゼントは、"死にたくなるほどの苦痛"ってのは?」


「…………いらない。花音は何処だ」


 あくまで平静を装ってはいるが、その実内面は怒りが抑えきれないでいた。当たり前だ、ヒロの目の前にいるこの外道は、きっと鳴海に酷いことをしたに違わないから。ヒロの大切な幼馴染を、きっと泣かしたに違いないから。


「鳴海ちゃん? あ~あの子どこに居るのかなぁ? この倉庫の中に居るかもしんねぇし、別の場所に居るかもしんねぇし、既にお空の上にでも召されてるかもしんねぇなぁ!」


「…………」


「おっと怖い怖い。そんなにも睨むなよ、冗談だぜ? ほんの灰崎ジョークだよん。ちゃ~んとこの倉庫に生きたまま居るからよ、安心して死んでくれていいぜ?」


 沸点に達したと感じた。


「その顔で、その声で、喋るなぁーーーっ!!」


 右腕を瞬時に覆う蒼鉄。所々にスパイク状の突起が生えている、殺傷力をアップさせた拳を、思いっきり突き出す。灰崎の顔面を目掛けて放たれたそのパンチは、身体を右に傾けて回避行動に入った灰崎の頬を掠める。


「やっぱりだ、お前の攻撃は予想通りだぜ?」


「……の、割には避けきれてねぇじゃねぇかっ!!」


 左頬から垂れた赤い雫を、舌で舐めとりながら灰崎は嗤う。しかしヒロの怒りは納まることを知らず、次の猛撃を開始していた。


 蒼鉄を右腕と同じように覆った左腕。その両腕を用いての殴打の連打。オラオラ○ッシュ並みに力強く放たれた猛襲が、灰崎を襲う。青鈍の拳の残像が、ヒロと灰崎との間の空間を彩っていく。


 圧倒的なまでの攻撃の密度。だがしかし。


「知ってんだよ、読めてんだよ、単調なんだよ、冗長なんだよぉ!」


 吠えながら、ヒロの拳の尽くを躱していく灰崎。身を捩って躱すか、ヒロの拳を払うか、単純にガードで受け止めるか。


 未だ一撃も、まともなダメージソースになってはいない。


「ちょっと速いだけの連打じゃあ、殺せるのは三下程度。嬲りたけりゃあもっと鋭くて速い攻撃を見せにゃあ、な!」


 腹に強い衝撃。


 カハッと肺から強制的に空気を吐き出され、そのまま後方へ飛ばされる。どうやら蹴りを入れられたようだ。何とか足腰を踏ん張り、不時着を免れるも、腹に残った、逆流しかけた不快感は拭えない。息が詰まり、絶え絶えとなる呼吸をなんとか正し、ヒロは正面を睨む。不敵な笑いを顔に浮かべた灰崎。


「中途半端な連打じゃあ、今みたいに簡単に止められる。ガラ空きだぜ、腹」


「くそ…………速い」


 あの猪男よりも圧倒的に、速い。蹴りが放たれてからヒロの腹に届くまでの間、目が追いつかなかった。


「どう足掻こうとも、何発殴ろうと俺にダメージは与えれん。ちょっとガッカリだぜ倉田ヒロォォ!! せっかく場を整えたってのに労力に見合わねぇぞォォ!! 恨み晴らさせろよぉ!?」


「お前に恨まれるようなことした覚えないんだけど!」


「あぁ? 忘れたとは言わせねぇぞ………………いや、知んなくて当然だなぁ。だってあん時お前は相手が俺だと知らねぇんだからなぁ?」


「あの時? 一体いつの…………」


 ハッとなった。


 新たなる違和感が脳内で浮き彫りになり、そしてその意味を熟考するまでもなく、ヒロは気づいた。


「………まさか」


 脳裏に過る記憶。再生された心象は、きっと月曜日のものだ。煙漂う廃工場団地。駆ける炎の猪。


 ヒロはあの時、些細な違和感を感じていた。


 目前の敵が、あまりに前日の様子と違っていたことに。言動に多少のズレがあったことに。曖昧模糊な違和感は次第に鮮明に、新たな疑問と可能性を見出していく。


 あの日、信永はたしかこういった。『昨晩のあの男と、今日以降のあの男は切り離して考えろ』と。


 これはつまり、月曜日と、その前日である日曜日とで猪の男は別人と考えろということ。別人か、なるほど。たしかに見た目は一緒でも中身が違えばそれは別人だ。


「月曜日に僕が戦ったあの猪男はお前だったのか、灰崎」


 あの日打ちのめした男が、まさか偽物だったとは。


 しかし、あの日の猪男の言動の違和感の謎は解き明かされた。決して、日曜日は頭に血が上っていたから、月曜日とで人格言動に差があったわけではない。元々、別人だったのか。


「ようやく気づいたようだなぁ? ちなみにもう一つ、冥土の土産に教えといてやる。月曜日にニュースで殺人事件の報道があったろ? あれ起こしたのは俺だ。…………死んだのは、炎の猪使いのアンノウンだぜ?」


 ニヤッと口元を歪ませながら、さらに灰崎は語る。


「俺の能力は、発動する為に、身体や能力をコピーしたい相手をこの手で瀕死にするか殺すかしねぇといけねぇからなぁ? なかなかにイカれた発動条件のせいで、仕方なく殺っちまったんだぁ」


「仕方なく? 故意的にの間違いじゃなくて?」


 絶えず腹を抱え笑い続ける灰崎。しかし声、顔はあくまで鳴海のそれであり、つまり目の前で狂ったように笑い続けているのは鳴海なわけだ。汚い言葉遣い、狂った言動を、他ならぬ幼馴染の姿でやっていることに対し、幾らでも激情が滾る。


 怒りを目一杯込めて吐きすてた言葉は、しかし灰崎にとっては興冷める内容だったらしい。狂喜一転、真顔となった灰崎、その目はまるでつまらない物を見たとでも言わんかのような、渇いたそれだった。


「いやいやお前、違うだろ。反応が。注目ポイントはそこじゃねぇっつうの。俺が鳴海花音の姿形をコピーしているってことは、俺は俺の能力の発動条件を満たしているってことなんだぜ?」


「っ!?」


 瀕死もしくは殺害。それが灰崎の能力の発動条件言っていた。ということは、鳴海はそのどちらかを既にーー。


「さぁて、鳴海ちゃんは生きてるのかな? 死んでいるのかな? 死にかけているのかな? 死にたくなっているのかな? 心待ちにしていた感動の再会と、そろそろいこうか!?」


 灰崎は物陰の中へと隠れる。物陰の中でガキンッと渇いた音がして、その後数秒後に。


「うあっ!?」


 灰崎は何かを物陰から引き摺り出し、ヒロの方へと投げつけた。


 手首、足首に鎖付きの枷が付けられ、首には鎖の切れた枷が嵌められ。しかしたしかに生きてはいる、ボロボロの鳴海の倒れ込む姿が目に映る。普段はヘアゴムで二つにくくっている赤めの茶髪も、今はゴムが切れたのか、下ろした状態になっている。よほど酷い扱いを受けたのだろう、いつもしっかり手入れしている艷やかな髪も、今はボサボサだ。


「さっきも言った通り、ちゃんと生かしてあるよぉ? ちょっと、ヒヤッとしただろう」


「鳴海!」


 ヒロは即座に声を上げる。駆け寄って、その華奢な身体を抱き抱える。


 全身に痣や擦り傷切り傷が付けられ、制服は血が染み込んでいる。そんな、あまりにも無惨な姿に息が詰まる。


 彼女の息は絶え絶えで、傷が酷い。腕や脚がブランと垂れ下がっている辺り、骨が折れているのかもしれない。激痛からか浅く震えているその身体を、ヒロはただ強く抱きしめることしかできない。


「………………ヒーくん」


 顔を隠す前髪を払い、鳴海の表情を覗く。ヒロには到底想像し得ないが、余程の暴力を喰らったのだろう。虚ろな大きな目には涙が小さく浮かび上がっている。その涙が安心によるものか、苦痛によるものかは察し得ない。


 弱々しくヒロの名前を呼ぶ幼馴染。喉奥いや、腹の奥から何かが震えて、声を絞り出すことすら難しい。


 震えをどうにか抑えて抑えて、ヒロは懸命に何か声をかけようとするも。何を言うべきなのだろう。何と言うべきなのだろうか。


 気の利いた気休めの言葉を即座に思いつけるほどの語彙力がなかったヒロは、ただ自分の鳴海を置いていってしまった失態を謝ることしかなかった。


「…………あの時一人にして、ごめん」


 ヒロの言葉は、しかと耳に入ったようで、鳴海は目を見開く。しかしすぐに小さく微笑む。


「来てくれて、ありがとう…………」


 生きた心地というものが、久しく全身を迸った。


 ヒロという存在の奥の奥から込み上げてくる何か。心に刺さった後悔の楔はコトリと落ちた気がした。赦されたような気になってしまったから。


 たった一言に、拭われた気がしたから。


 ひどく都合のいい話に思える。ヒロが鳴海から離れなければこんなことにはならなかったのに。だからこそ、自然と罪悪感に埋もれてしまっていたのに。


 ヒロは、それら全ての懊悩を鳴海の笑顔一つで赦された気になってしまった。


「ふっは、感動の再会、美しい幼馴染愛だねぇ! もっとも、少なくとも片方は違う意味の愛でもあるようだがなぁ!!」


 鳴海の声と声質はまるで同じなのに、灰崎の言葉は全て腐ってるようにしか聞こえない。


 鳴海をそっと、倉庫の端に寝かせる。もう意識がだいぶ薄いのか、しかしまるでヒロの身を案じるかのように手を伸ばし、ヒロの右腕を掴む。


「ヒー、くん? この、腕……………は?」


 掠れる声で尋ねる鳴海。ヒロは少しの時間何と説明したものか迷った。


 しかしその迷いとは、決して自己保身の類はなく、ただ単に何と要約すれば伝わるのかという点だけ。自分がアンノウンという存在であることがバレることなど、まるで考慮していないしそんな余裕もない。


 結局世の中に、万人に伝わるような神がかった説明など存在しない。ヒロはそうやって推敲を押し止めて、短く伝える。


「………特殊能力って奴かな、最近身につけた」


「……………………そっか」


 それがどういった意味の返答だったかは分からない。中二病かよと呆れているのか、凄いと感嘆しているのか、人智を超えてしまったことを憐れんでいるのだろうか。


 静かに目を閉じ、浅い眠りへとついてしまった鳴海に、それを聞き出すことはできない。浅い眠りというよりは、気絶に近かろう。余程のダメージを肉体的にも精神的にも受けているのだから、しっかり休んでほしい。そして、また元気に笑ってほしい。


 そう、柄にもなく素直に思った。


「あぁ、んじゃま、やりましょうかぁ?」


 待ちくたびれたとばかりに不平をこねる灰崎を、ヒロは睨みつける。


「ちょっとは冷静になったようじゃあねぇか。これならまだ楽しめそうだ。俺に、戦闘の高揚感を堪能させろよぉ!?」


 灰崎はそう言って、ヒロ目掛けて突進する。その走力はヒロとは比べ物にならないくらい高く、とてもかけっこでは勝てないだろう。格闘戦に置いても、こちらに分がないことは先程の殴り合いで分かり得た。


 だからわざわざ相手の優勢な分野で戦う必要はない。


 ヒロの能力において、重要なのはイメージ。持ちうる想像力が、いかに綿密に設計図を作り得るかが鍵となる。その綿密さが、作り上げるもののクオリティに繋がるのだから。


 焦ってはいけない。しっかりと、作り上げるものの全貌を脳に描け。内部まで想像で埋め尽くせ。


 ゆっくりと、突進してくる灰崎へと歩み寄りながら、ヒロは右手と左手を前に突き出す。両の掌の前が淡く青白く輝きだし、発光する蒼鉄が生成され始める。


 例えるなら、それは赤熱化した鉄を鍛えるように。


 白熱化した蒼鉄を、思考の金槌で何度も叩く。歪ませ、凹ませ、尖らせて、思い描いた通りの金属器を作り上げるような。


「死に晒せよ倉田くゥゥゥゥん!!」


 肉薄する灰崎を一瞥する。脇をしっかり締め、拳を胸の前で強く握り、コンパクトな構えでヒロに接近した灰崎。灰崎の右手が胸の前からズレ、引き絞るかのように後ろに引かれる。


 ーー来る、第一撃。


 目の前の白光の渦へ手を突っ込み、引き抜いた。


 硬質な悲鳴が響き渡る。ヒロと灰崎とが衝突した地点を中心に、周囲にかなりの風圧が飛び交う。それはお互いの攻撃力の高さを自然と表現しているのだろう。しかしその攻撃同士のぶつかり合いは、拮抗してせめぎ合う事なく、片側の圧勝にて終わる。


 宙へと舞い踊る灰崎の体躯。そのまま地面に不時着し、ゴロゴロと後方へと転がっていく。数回転したところで、灰崎は左手を思いっきり地面に叩きつけ、強制的に大ジャンプ。華麗に着地して、こちらを睨む。


「なんだよ、そんな事もできんのかよ…………」


 灰崎が纏う白い制服のブラウスに描かれた赤い横一文字。胸元を浅く斬ったヒロの攻撃は、致命傷にはならずとも、しかしダメージを与えることには成功したらしい。その証拠に、灰崎は片膝をついて苦悶の表情を漏らしている。


「お前の能力…………なるほど、覆うだけじゃないのか」


 ヒロの両手は、蒼鉄の柄を握っている。そこから靭やかに伸びた刀身は、実に一メートルと五十センチ。それは蒼鉄によって錬成された、ヒロの武器。作り上げたものは青黒い長剣。普通の人間には到底扱い難いスケールの剣も、アンノウンなら。


「僕は今、怒ってるんだよ」


 気づけば口から溢れていた一言。それはきっと独り言でなく、目の前の外道への忠告だろう。


 迸る灼熱の怒りは、きっと大事な幼馴染のため。彼女の受けた暴虐の数々を倍に返しても、まだまだ怒り足りないだろうから。


 冷静で、怒れる僕は、ただ一言ーー。


「殺されても後悔するなよ、外道!」


 灰崎は、ヒロの一言に、さらに顔を狂喜に歪ませ、笑う。


「おもしれぇ、来やがれよ」

読んでいただきありがとうございます。

めでたいお正月に、血生臭いバトル回を投稿するっていうね。

前回に引き続き、たくさんのPVありがとうございます!今年は受験の年ですが、頑張っていきたいと思います!

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