♯10 絶望の渦中に
最初にちゃんと言っておきますが、少々エグい内容になってるかとw
よろしくお願いします
金曜日。
結局、昨晩も鳴海は家に帰ってこなかったらしい。鳴海家は勿論、捜索願いを出すなどして鳴海の行方を探っているが、未だ有益な情報は得られず。
ヒロも鳴海が非常に気掛かりで、夜ぐっすり眠れず。起きる頃には鳴海が発見されるだろうと楽観視していた自分の馬鹿さに呆れ果てていた。。
昨日のように、いや昨日以上に、授業は頭に入ってこない。かといって、教師の言葉は子守唄にもならず、ただただ何もできない自分へのじれったさを促進させるお薬となっただけだった。
せめて生存確認さえとれれば、どれだけ気が楽か。不審者の中には、拉致した人間を臓器売買関係に利用したり、自分の愛玩具として調教・監禁に用いたり、奴隷として労働力にしたり、単に趣味だ、性癖だと、快楽の為に殺すようなクレイジーな奴が居るからだ。
頼むから、無事でいてくれーー。
そう願うほか何もできない。
優等生の鳴海花音が、二日間も連続で休むともなれば、自然と教室内では根拠のない憶測が立てられる。
体調不良じゃないかと疑う意見が圧倒的に高く、一部の意見としてサボりが挙げられたが、行方不明と考える生徒はまず居ない。大事を避けるため、生徒には行方不明だと教えられていないからだ。クラスメイトの何人かに、鳴海の休む理由を聞かれたが、ヒロは曖昧に誤魔化す事しかできなかった。
昼休みが始まれば、自然と教室内は楽しげな声で満たされる。
しかし次第に食堂や購買などに人は流れて行き、教室に残った生徒は数えるほどしかいない。友也達は案の定、教室に残って馬鹿騒ぎしている。ヒロは友人三人の中に混ざって弁当を広げる。
「なぁヒロ、鳴海ちゃん最近どうしたんだ?」
昨日今日で嫌というほど聞かれた質問。ヒロはやはり、さっきまでと同じように曖昧に答えることしかできない。「さあな。何してんだろ……」と呟いて、惣菜パンを頬張る。
「にしても鳴海ちゃんが居ないともなると、クラスの男子共のテンション低めだな~」
野田がボヤけば、福田が「俺もテンション低いわーもう授業受ける気ねーわー」と便乗し、友也が「いつもの事だろー」とツッコミ。
「普段ワックスで髪キメてる山田すら、今日はナチュラルな髪型になっちゃって。露骨過ぎだろう」
山田とは、クラス一のイケメンでチャラ男だ。その昔、鳴海に告ったものの、呆気なく振られていた。
✕ ✕ ✕
『ねぇ、鳴海さん。君に見合う男子って、この学校でもなかなか居ないと思わないか?(キラッ☆)』
『そ、そうかなぁ…………そんなことないと思うけど』
『いや謙虚だね、君は。そういう所が実に素晴らしい。けど俺の前では、堂々といてもいいんだよ(キラッ☆)』
『は、はぁ………どうも、です?』
『俺と君とで二人並んで歩けば、我が降谷高校の誉れ高く美しい華となる、そうだろう?(キラッ☆)』
『私よりも山田君の隣に相応しい子なんて沢山いると思うよ?ほら、智子ちゃんとか凄く可愛いじゃん?(唇に指を置かれる)』
『俺はもう、君しか愛せない。共に生きてくれないか(キラッキラッ☆)』
『好きな人が居るので無理ですごめんなさい』
『あ、はい…………』
✕ ✕ ✕
その振られザマが余りにも滑稽だったので、ヒロ達の中で共通のネタとして使われている。というか、痛すぎるぞ山田。今時そんな痛い告白は無いだろう。
あれ以来、山田の学校でのワックス使用量は急増し、香水付けまくりーので臭いのなんの。残念イケメンどころか、歩く公害とまで風刺されてしまった男子生徒こそ、山田である。
詰まるところ、山田とは、およそ実在するのか疑ってしまう程の自意識過剰を孕んだ迷惑男子高校生である。
その山田も、鳴海が居ないので身嗜みを整えることはなく。つまりは自分のイケメン(笑)スタイルを鳴海以外に見せびらかす必要はないと。鳴海以外の女子クラスメイトに失礼過ぎる扱いに、男女問わず、多くのアンチも抱えている。
とにかく、鳴海が居ない教室は普段より物寂しい。クラスでも中心の人物だったために、一人抜けるだけでクラスの雰囲気は大きく変わる。
「鳴海ちゃんどうしたんだろうな……ホント」
「男できたんじゃね?」
「それは無いだろ。鳴海ちゃん超一途だし」
三人の会話が、耳を通るだけ。一切意味も理解していない。詰め物で頭が満たされているような気分で、ひたすら呆然としたたま。
「まぁ、真面目な鳴海ちゃんのことだし、月曜日にでも復帰するでしょ」
「そだな~」
ヒロの頭の中では、一つの大き過ぎる後悔があった。それは、あの子を探すために、昨日鳴海を置いて行ってしまったこと。
ヒロが最後に鳴海を見たのは、後にも先にもあれが最後。真昼間ならともかく、日も暮れかけた時間帯に一人にしたのはまずかったろう。女子高生、しかも見た目が整っている少女など、変質者を最も引きつける対象だろう。
あの時、目の前に降って湧いた邂逅(人違いだったけど)に意識を奪われて、鳴海を思いやることができなかった。今、彼女がどんな目に遭っているかは知らないけれど、そうなった原因の元の元は、きっとヒロだ。
その事が、毎秒毎秒キツく僕の首を絞めていく。今幼馴染がどんな責め苦に遭っているかは分からないとなると、尚更僕の心は罪悪感に塞がってしまう。
ブーッブーッ。
ヒロのスマホが震える。取り出して画面を見れば、メールが一通。友也達に断って、メールを開く。差出人はーー。
「!?」
『ーーfrom 鳴海花音』
身体の全身が急速に冷え、即座に火照る感覚。首から手が出るほど欲しかった鳴海の連絡が、何の脈絡もなく突如届いた。これに驚愕せずして何を思おうか。
友人三人が周囲から軽い詮索の声を上げるも、気にする余裕がない。それほどまでに、目の前の電子に構成された文に目が釘付けだからだ。
目を走らせて本文を読む。
『ヒロくん、栗山橋前倉庫に来て。
誰にも言わず、ヒロくん一人で』
たった数行の短い文だった。呼び出しの場所と注意書きが添えられただけの、ひどく短い文だった。邪推なく読めば、ただただ生存確認ができた事を喜ぶべきなんだろう。が、しかし。
胡散臭い。
この少ない文ですら、様々な悪い状況を想像することは可能だ。例えば、鳴海が実は拉致されていて、その拉致犯が何かしらの事情で僕を呼び出そうとしている……とか、このメールは何らかの方法で差出人やらを偽造された悪戯メールである……とか。
とにかく、怪しい。まずヒロを呼び出す理由。まさか告白なんてことはないだろう。昨日一日行方をくらました事と何ら関わりないし、告白イベント起こすまでのフラグ建築した覚えがない。せいぜい建てたとすれば、養ってもらうヒモENDのフラグくらいなもの。
ロケーションも、怪しい。栗山橋とは、田舎サイドと都会サイドを分かつ降谷川に架かったいくつかの橋の中の一つ。降谷市最大の橋、降谷橋より南に数キロメートル離れたところにある、かなり小さめな橋だ。
そんな栗山橋の周りには、廃工場やそれに関与した倉庫がいくつか並んでいる。その規模は、降谷橋沿いの廃工場エリア(僕が猪男と戦った場所)よりも大きく、また入り組んでいる。僕や鳴海の家からもかなり離れた位置にあるその場所にわざわざ呼び出す理由がわからない。
他にも、この文に違和感があったことも否めない。だからこそ、ヒロはこのメールの本文を読み終えた後、どう対処すべきか悩むしかなかった。
これが本当に鳴海からのメールなのか、否か。
それをどんだけ考えても、仮定の仕方によって幾らでも答えは、解釈は変えられる。圧倒的な情報不足のせいで、正しい判断など出来るはずがない。
何か返信するのも手だと思う。が、下手に動いて鳴海に危害が加えられるのではと、つい悪い未来を想定してしまう。
『悪い未来を想定している時に限って、意外と大丈夫な時はある。』と、経験論が語り、そして『こういう甘い考えを持ち出して油断すると、大抵酷い目に合う』とまた別の経験論。そこに重ねて『だから、大抵酷い目に合うとかいう大袈裟にビビってるときは大丈夫なんだって!』という経験論が現れて、『そんな甘い考えしてるときに限ってヤバイ事起こるんだよ!』『悲観的に物捉えてるときは意外と大丈夫なんだって!』『んなもん知るかぁ!楽観視は危険だ!』『いやいやいや!』『いやいやいやいやいやいや!』………。
ただの滑稽なイタチごっこ。単なる経験論では判断しかねない。
結局、このメールに従うべきなのだろうか。警察にも鳴海家の方々にも何も言わず、先生や友也達にも相談せず、倉庫に行くべきなのか。
これが、鳴海以外の手による呼び出しなら、鳴海は人質の可能性もある。つまり敵の手中の中、いつどんな目に遭わされるかわからない。
早急に対処しなくてはならない。逆に、本当に鳴海が、なんの邪な考えもなく呼び出したのなら、それも早急に向かわなければならない。遅すぎると拗ねられ、またカフェで爆食いされかねない。
鳴海以外からの呼び出しなら、ヒロにも危険が及ぶ可能性がある。わざわざヒロを呼び出したのは、きっと金銭目的ではない。金銭目当てなら、ヒロみたいな高校生を揺するよりも、大人を呼び出すべきだからだ。だから、何かしらの意図があってヒロを呼び出す。
その意図が恨みによるものなら、勿論ヒロに危害が及ぶ。一般人からの暴力で死ぬほど軟な身体ではないので、ある程度自身へのリスクは考えなくてもいい。が、下手に激昂させて鳴海に危害が及ぶ可能性もある。
どうする、べきなのだろう。
ヒロには正しい答えなんて、きっと分かっちゃいなかった。
✕ ✕ ✕
「なかなか来ないねぇ…………?」
意地悪いような声が周囲に響いて、朧気だった意識が叩き起こされる。
重い瞼を開けば、視界に映るのはボロボロのだだっ広い倉庫内の光景。元々は小麦粉を貯蔵する倉庫だったのだろうか、小麦粉の袋が大量に、そこら辺に積まれている。他にも何なのかよく分からない錆びた機械が並べられている。
「なぁ、来ないじゃねえか」
頭を鷲掴みにされて、強く揺すられる。視界がグワングワンとブラされ、体中の傷の痛みが再発する。「ぅあ………」と嗚咽が漏れ、それがなお一層、相手の嗜虐趣味を加速させる。
「あぁッ!?」
頭を壁に叩きつけられ、意識が一瞬飛ぶ。視界が真っ白になって、かと思えば熱い痛みが無理やり気絶を中断させて、私を取り巻く不幸災難と向き合わせる。
目頭から無意識に涙が溢れる。頭が割れそう、頭が割れそう。
既に折られている手足は、痛覚が酷すぎてむしろもう何も感じられない。動かせない。手足や首に付けられた枷など無くても、逃げられない程にボロボロの身体。自転車から飛ばされ、不時着した際に既に右腕を折っていたらしいけれど、他の部位はコイツの嗜虐趣味のせいだ。
「なぁ、鳴海花音ちゃん。君の王子様は助けに来ないねぇ、なかなか」
「ッ………………!」
暗い倉庫の中では、相手の表情が分からない。そもそも痛みと恐怖とで朦朧としている意識、視界では、もうまともに何も見て取れない。
あるのはただ、死にたくなるような苦しさだけ。
「メール送ってもう三十分。返信も来ねぇしな…………来る気ねぇのかね」
「………………」
「……黙ってねぇで相槌くらいうてよ!」
「ぐあっ!?」
理不尽な理由で激昂し、頬を殴られる。痛いという感覚は、いつまで立っても、何度直面しても慣れないものなのか。熱を孕んだそれは、私の心を何度も恐怖として蝕んでいく。
「いいか? 俺は君が気に入ったんだよ。だからこうして骨を折って、枷を付けて、逃げられないようにしてんの。大切なものが逃げてしまうのが怖い……そんな気持ちが君には分かるかい?分かるよね?」
私の顔間近にまで相手は顔を寄らせ、それこそ唇同士が触れそうなほどにまで。その距離間に、唐突に嫌悪感と寒気を覚え、身動ぐも、枷が邪魔して逃げられない。
相手は私の耳元に口を寄せると、甘い声でこう囁いた。
「君は前の出来損ないとは違う。優秀なんだよ、非常に」
何のことだか分からない。何が、どういった面で優秀なのか分からない。"前の出来損ない"が一体誰なのかも分からない。
「君は見た目も経歴も差し支えない。外貌に関して言えば完璧だ、ここまで整った顔立ちはなかなか無いだろう。加えて体も中々に…………ねぇ?」
相手の発言一つ一つが鳥肌を立たせる。
私に喋りかけないで、目の前から消えて。痛みで今ひとつ回転しない脳は、ただひたすらにそんなことを懇願する。しかしそれは叶わない。
「枷を付け、ボロボロの制服に身を包んだ君は凄く可愛いけれど、そうでない君も見てみたい。何、彼を無事殺したらその枷は解くし、最高級の服も買ってあげよう」
「…………ころ、す…………………?」
眼前の人影は、甲高い声を倉庫内に響かせる。私の呟きに対しても同様に、いまいちボリュームが合ってない大声で笑いながら答えた。
「そう! 殺す。奴には火炎は効かなかったけれど、今度の能力は違う。出来損ないとは違うんだよ!」
あぁ、嫌。
なんでこんな目に遭ってるんだろう。水曜日に、あの道を通った自分を恨む。ヒーくんに強引に付いていかなかった自分を恨む。強く、恨む。過去をどんだけ呪っても、きっと今のこの状況は何ら解決されないと頭では分かっていても、後悔は潰えない。むしろ、後悔で気を紛らわせている。
人間ってこんなにも弱かったんだ。
あの日、コイツは自転車ですれ違う私を、軽く叩いただけだった。それこそ、日頃私が友達と肩を叩きあったりするくらいの気持ちで、自然なモーションで、ポンッと一回横腹を叩かれただけ。その至って弱々しいモーションからは想像できないほどの圧倒的な衝撃で、吹き飛ばされ、コロッと意識が飛ばされてしまった。
それ以後、何度も与えられた苦痛は全く癒えない。骨を砕かれ、何度も殴られ、流れた血が周りを赤く染め上げる。貧血気味な身体は何度も吐き気を催すし。十回は本当に死んだんじゃないかと錯覚してしまう程だった。
時間が経って傷が塞ぎ、僅かにでも意識が明瞭になれば、また拷問紛いの嗜虐の繰り返し。否、これはもう拷問だ。
「あー、いつまでたっても来ねぇじゃねえか、遅え」
不満をグチグチ述べ続ける眼前の人影。煩い、煩い。もう声も聞きたくない。
「なんで来ないか知ってるか?」
不意に声をかけられたけど、私は返答しない。ただ黙って、睨みつける。その事が何が面白かったのかは分からないけれど、「くっくっく…………」と押し殺した笑いが倉庫に響く。
「分かんないか。そりゃそうだよなぁ、まず分かりたくないことだからなぁ。………………いいぜ、教えてやる」
また耳元に顔を寄せられ、コソコソと囁かれる。
「鳴海ちゃんはぁ、大事に思われてないんだよ」
「……………………っ!!」
その言葉は、ひどく脳を揺さぶった。思考が乱れ、動悸が乱れ、息が止まる。
一瞬、自分が石の塊になったかのように、手足指先までが動かない。頭の中は真っ白なのに、心は絶望の煤で色黒く塗り潰される。
「可哀想だねぇ、泣きちゃいそうだねぇ! 好きだった人に尽くしてきたのに、大切に思われてなかったんだから。泣いてもいいよ、叫んでもいいよ? 壊れちゃっても、いいよ? 人間は壊れた時こそ真に美しいんだから! 辛みを逃れようと暴れて、燃え尽きた跡のもぬけの殻な鳴海ちゃんは、ちゃ~んと頂いてあげるから!」
塊の私は、何を言っているのか分からなかった。分かりたくなかった。分かろうとしなかった。そして、きっと分かってた。
私は、彼に都合のいい奴だと思われてるんじゃないか、女の子として見て貰えてないんじゃないか。ずっとずっと考えていたこと。悩んでいたこと。まるで、その答えを見せつけられてるみたいで、直視するのが苦しい。
恋心は、決して甘いものじゃない。恋心を持つ限りは、常にきっと苦しい。好意を抱くことは、きっとその大きさの分の苦しさをも抱くことだから。
その頂を味わっているみたいで、心臓が張り裂けそうで。
目頭が熱くなる。
「助けに来てもらいたかっただろう? 自分は大切に思われてるって確認したかっただろう? 都合のいい女じゃないって証明したいだろ?」
「…………私、は………」
「慰めてほしいかい? もうその恋心を捨ててしまいたい?」
「私、っは……………!」
声が震える。吐露のように、本心が止められない。
だから、ありったけの本心を、目の前でニヤニヤと笑うクソ野郎に叩きつけてやる。
「ひ、ヒーくんが無事なら、それで、い、いい………………!!」
してやったり。
予想外の言葉に、苦虫を食ったかのような顔をしている嗜虐趣味野郎を思い浮かべて、さらに続ける。
「私を助けに来てくれなくても、別に、いい……………!!」
言った。言い切った。
たった二つの文を言っただけで、こんなに疲れるなんて。苦しいなんて。でも、言ってやった。
目の前の人影は、暫し黙り込んでいた。
が、突然私の頭は壁に叩きつけられた。
「ゔぁっ!?」
口の中で血の味がする。頭の中がグワングワン揺れる。ミシミシと、耳の奥で乾いた音がする。
「健気だねぇ……純情だね……………青春だねぇ…………ウゼェんだよそういうの!」
何度も蹴られ、殴られ、掴まれ。その度に、意識は深い闇に沈んでいく。ああ、ああ、ああーー。
私、死んじゃうだろうな。
「そういうの腹立つんだよなぁ! キラキラしてぇ、チャラチャラしてぇ!! 俺が俺が俺が僕が私がぁぁ手に入れなかった純情をォォォォォ目の前で見せびらかしやがって! 俺に何の恨みがあるってんだァァァ!? よくもよくもよくもーーーーっ!!…………………もういいや、死ね。死体で楽しむからいいや、殺そ。あぁでも殺すのは勿体無い!? いや、いやいやいや、殺そう! 殺しちゃって殺しちゃって殺しちゃおうよ!
殺そう? そう、殺そう!」
甲高く狂気に満ちた声、が、激痛と絡まって脳を締め付ける。
暗闇に飛び散る赤い華。揺れる度に金属を立てる枷。全身の損傷から迸る熱。
そのどれもが、弱い私に絶望を染み込ませていく。
弱い私は、吸収性の高いスポンジのように、グングン穢れを吸っていく。負の感情に染まってく。
内側から針で刺し貫かれるような苦しみ。
助けてヒーくん、助けに来ないでヒーくん。私を大切に思っていて、大切に思わないで。私のことを放っとかないで、放っといて。
矛盾しているね、矛盾しかしてないね。
力無く、項垂れる。
もう何も見たくない、聞きたくない。心も思考も閉ざしてしまいたい。ただ自分の不運さ弱さを呪いながら、そのまま死のう。
私を取り巻く全ての苦痛から逃れられるなら、人間最大の苦痛だって、甘んじて享受できるだろうから。
最後に彼に会えたなら良かったのに、どうやらそれは無理なようで。心残りと行ったら、そこだけ。
舌を噛み切って死ぬのと、このまま嬲られて死ぬのも、もうそう大差は無いように思える。出血という、ひどく現実的な死へのカウントダウンがあるのだから、いつかきっと死ねるだろう。
そんな風に考えていると、過激な暴力も、いつしか別の世界の事象のように思えて。平静を取り戻し始める自分が居た。
「…………おとなしくなっちまったぞ急に。あ~つまんねぇよこれじゃあぁぁぁ。もう俺からアイツ殺しに行ってやろうかなそうしようかなよしそうしよう! さっさとこの子処理して、倉田ヒロ殺しに行こう!」
ケタケタと笑う声。その内容がうっすらと頭の中に浸透して、諦観の重鎖に縛られた身体と心は急速に焦燥を得る。
待って、彼は殺さないで、私だけにして、ヒーくんだけはやめて。
それは懇願だったろう。祈りだったろう。近い未来逝く少女が願った、最後の渇望だったろう。
ーーして、それは叶ったのか。
「…………誰か来たか?」
耳に届く足音。
どうやら倉庫の外からのようだ。何度も死ぬ思いをしているうちに、いつの間にか敏感になっていたらしい聴覚がその微かな音を聞き取った。
警察かな。ふとそう思った。私を殴ったり、罵倒したりしている時、かなりの音量が倉庫内に響いていた。だからたまたま通りかかった人が音を聞きとって警察を呼んだのか、あるいはパトロール中の警察官が様子を見に来たのか。
「…………倉庫から離れたか。残念、誰であろうと中に入れば殺してやったのに」
コイツが行ったとおり、離れていくような足音が聴こえた。
助けかと錯覚したけれど、違ったらしい。一瞬期待と希望とを見出したがために、それに裏切られた心情はより翳りを強める。もう、本当に駄目かもしれないーー。
ーーそう思ったときだった。
ガシャンッ!!
「花音ーーーーーっ!!」
強烈な破壊音。
硬く重く巨大な物が殴り飛ばされたような、乾いた音。壁際に居る私の視界前方、ちょうど眼前の屑野郎の数メートル背後を転がっていく鉄板。それがシャッターであることはすぐに気付いた。暗い倉庫に突如光が差し、舞う細かな埃が光に照らされて輝く。
「あーあ、三十分待たせやがったけど、やっと来たわ」
豪快に開け放たれた倉庫の壁、強烈な逆光の中。息を切らし、膝に手を置いているシルエット。伽羅色の髪が太陽の日差しを目一杯受けて輝く。
見覚えのある、見慣れているその姿。
なんで来たの。なにしに来たの。なんのために来たの。なんでこんな所に来てしまったの。誰も呼んでない、来てほしいなんて頼んでない。来てほしくなかった。ここは危ないから早く逃げて。私を見捨てて。
「ヒーくん!」
渦巻く心情とは真逆な、幸福感に満ちた歓喜を、いつの間にか無意識に、心から叫んでいた。
読んでいただきありがとうございました!
最後、ヒロが主人公っぽく登場しましたねw
次回では多分活躍しますよ、彼。
予想だにしなかった量のPVが、アクセス解析で出てきたのでビビりましたwありがとうございます!