♯0 プロローグ
初投稿です。
なんかもういきなりわけわかんないことになっていますが、温かい目で見てやってくださいw
誰でも夢を見る。
このどうあっても普遍な世界の中で。
日常はどうあろうとも、大抵は変わらない日々の繰り返し。突飛な出来事とはそう舞い込んでくるものではない。
漫画の主人公のように、身体がゴムになったり、巨人に変身できるようになったり、時間停止能力を得るなんて突飛は起こりえない。起こるわけがない。
理由はただ一つ。
それは、この世界が縛られているからだ。
この世界は縛られている。誰が作ったのかも分からない法則に。生物も物質も事象も一つとして、その枷から逃れることはできない。
法則だけではない。人が人を律するために生んだ法律もまた、人の行動を縛った。世間体という概念も同様。
知ってか知らずか、しかし人は他人をも縛っている。
縛られ続け、極端に制限された"世界"とやらで見覚えのある日々を過ごしていくしかない。きっと、生まれ落ちる前から、僕らはその手足に枷を付けられている。
だからこそ夢を見る。確率や法則、世間体なんてものを度外視した、ぶっとんだ夢を。空想の世界の中で、創作の世界の中で、虚構の世界の中で。
ただ一つ、枷のない頭が、心が、枷の外れた世界に手を伸ばす。
きっとそうする事で、どうにもならない現実の非情さからひとときの間逃れることができるから。
✕ ✕ ✕
「待ちやがれこのガキィィィ!! 逃げたら殺すぞ」
「逃げなくても殺されるでしょう!?」
場所は高層ビルの屋上。通りすがりの暴漢に、少年はかれこれ十分ほど、追い掛け回されていた。
少年を追いかけ回している暴漢は、チェーンソーを振り回している。
「ちょこまか逃げるなぁぁぁぁぁ!!」
「理由も無しに襲ってくるなぁぁぁぁぁぁ!!」
少年は、思いっきり踏み切った。
踏み切ったのは、ビル屋上の縁。
横幅十メートル程の道路を挟んだビル二つ、その屋上から屋上へと飛び移ろうとする間抜けな人影がそこにはあった。
膝を曲げて、着地の衝撃を緩和する。
たしか、走り幅跳びの世界記録はだいたい九メートルくらいだ。つまり、少年は今あっさりと世界記録を超えてしまったわけだ。首には煌々と輝く金メダルが飾られる筈で。
「待てっつってんだろうが! 死にてぇのか」
「死にたくないから逃げてるんでしょうが!」
「だ! か! ら! 殺さねぇ言ってんだろうが!!」
「ならその右手のチェーンソー捨ててくださいよ!?」
チェーンソーの重量をものともせず、少年と同じようにビル間を飛び越えてきた暴漢。追われている理由は非常に理不尽なものだったが、まさかここまで追いかけてくるとは。
少年ーー倉田ヒロは一般的な、男子高校生だ。
普通に暮らしていたならば、暴漢に襲われることなんてなかなか無いし、何よりビル間を飛び回ってることに関しては人間業じゃない。
だが現にそういったことが起きてしまっている以上、これらは特異と称せざるを得ない。もはや異常のようなもの。
このせいかどうかは知らないが、今のように突然逃げなくてはならない状況に遭う頻度が急上昇した。
厄介事を増やしている元凶こそがこの忌々しいバグであり、そして、ヒロがチェーンソーの連撃を今躱せ続けているのもまたこのバグのお陰なのだ。
例えば、ヒロが一般人の十倍の身体能力があったなら、周りのものはきっと普段の十分の一程の速度で動いて見えるのだろう。時速六十キロで走る車も、時速六キローー自転車をのんびり漕いでいるのと変わらないような速度に見えるのだろう。それが見かけの速さであれど、たしかに速度差は体感的なスローモーションとして反映されるはずだ。
だからこそ、今ヒロが見ている風景は非常にゆっくりとして見える。間延びしたような違和感もありながらも。
だが一点、暴漢の振るう凶器だけはたしかに速かった。彼もまた、一般人を遥かに凌駕する身体能力を持っているからだ。
体感的、という曖昧な基準での話ならば、二人の攻防は一般人が一般人の攻撃を躱しているのと大きくは変わらない。
「いい、加減! 喰らいやがれ、よっ」
血眼。
当たらないことへの苛つきか、スタミナ面での焦燥か。
「生憎とまだ、死にたくないんです、よ!」
暴漢が振るう電動回転刃の軌道をしっかりと読みながら、身体を揺らして躱し続ける。
相手の死角へと身を動かし、慌てて放たれる追撃をまた躱し。
そうして、徐々に生まれるタイムロスを溜めて溜めて。
「こん、のッ!!」
「ッおぉ!?」
電動回転刃の横っ腹を裏拳で殴り飛ばし、暴漢の手から弾く。暴漢は、獲物を失い手持ち無沙汰なその掌を唖然とした様子で見つめる。
硬質な地の上で、チェーンソーはギリリと刃を回転させ続ける。
これで、もう逃させてもらえるかな。
後ろ歩きでとっとと距離を離し、退散しようとした矢先。
「…………やる」
「……………へ?」
「殺してやるぞ、このガキがァァァ!!」
裂帛の咆哮とともに放たれる猪。いや、猪を象った炎の塊か。暴徒の手から放たれたそれは、猛然とヒロの方へと駆けてくる。猪の軌道上がプスプスと煙と火を上げている。
『異能力』
この三文字だけで、男が突如炎を放射した事に説明付いてしまう。文系たるヒロに、この焔の猪の原理を解明する術は無い。
視界を隅々まで満たす、目も眩むほどの光。
硬い地面に焼き跡を残す程の熱量。
「ぐわっ!?」
身を翻して直撃を避けるも、猪の牙がヒロの左腕を透過していった。
炎の塊ゆえ、その牙は突き刺しはしない、だが触れたものを燃やす。
ヒロの横を通過していった猪は、そのまま数メートル進んだ後、フシュウ…………と気の抜けたような音を出しながら、煙になっていった。
左腕に出来た酷く巨大な傷は、十中八九あの牙の燃焼効果によるものだ。
「う、ぐ………ぅう…………ふー、ふー」
左腕からひしひしと伝わってくる激痛。
久しく受けた負傷に、舌打ちするしかない。ヒロの半袖黒パーカーには、半袖故に牙が掠めず、一切損傷が無いのが幸いだった。
「この距離でコイツ躱すたぁ、すばしっこい。んでもって、俺はーー」
男は右手を掲げた。
「ーーすばしっこい奴が嫌いでよぉ!!」
激痛で蹲るヒロに、容赦なく放たれた猪。
この男が手にした、この世の法則を超越した"異能"たるその炎塊が、猛然とヒロの元へ迫る。
「くそったれ!」
ヒロは右腕だけで防御態勢を取る。片膝立ちのまま。
ヒロも、眼前の男も、"異能"を持っている。"異能"とは即ち特異を生み出す行為。
なら、男が今炎の猪を放っているように、ヒロも何らかの特異を生み出すことができる。
目の前に迫る熱の塊を防ぐ術など弁えている。
身体全体に力を込めて、衝撃に備える。
直後、ヒロを飲み込むかのように、巨大な炎の獣が衝突。そのまま通り過ぎていく。
「ぬおおおおお…………危ねえ、死ぬかと思った」
衝突の衝撃で後ろにニメートルほど吹き飛ばされるも、身体に新たな焼き傷は無し。
「なっ!? ………………俺の渾身の一撃を防ぐか」
男は驚愕の色を浮かばせた。
ヒロは、ササッと逃走を開始する。
ここは屋上。逃走経路は限られている。
(とりあえず、隣のビルにでも飛び移りましょうかね)
男の方を警戒しつつ、左腕を抑えながらゆっくり後退。徐々に後退速度を上げて、跳躍の助走とする。
あと少しで屋上の端。
身体の向きを百八十度変え、視界には飛び移り先のビルの屋上が目に見える。視界下縁を彩る夜の光点達。
「…………逃がすかこのガキィィィ!!」
放たれた炎の塊は、先の二匹と比べてひとまわり大きい。
「やっべ…………死ぬ!」
後方から聴こえる火の音が、まるで蹄のように思われて。
焦りが足を縺れさせ、しかし何とか体勢を立て直す。明らかな低速。助走不足。
このまま跳んで、無事向こうの屋上に移れるのだろうか。
「あーくそったれ!」
なるようになれ、と半ばヤケクソで、ヒロは足を踏みしめ、夜空へと飛び立つ。
足すれすれの位置を通過していく猪に、ヒロは肝を冷やす。
視界下にはやはり幾つもの眩い光点達。自身の高度を再確認してしまう。
ヒロの体躯の降下に伴い、光の点は次第に直線へと化けていく。
身体が空を裂いて落下していく。
背筋の凍るような近さからの、紐無しバンジー敢行。トランポリンも何もない。
無謀極まった、バラエティ番組だってここまではやらないだろうという程の危険をその身で実感しながら、ただきっと、ヒロは祈るのだ。
ーー無事着地できますように、と。
✕ ✕ ✕
この世界は縛られている。万物を咎める呪縛によって。思い描いた夢は、呆気なく散らされる。誰もが平等に、現実を思い知らされる。
だが、もしもその呪縛から逃れた者がいたのだとしたら。
これは、僅かばかりの自由を与えられてしまった者達の酷く歪な物語である。
誤字脱字誤用があったら教えてくれると嬉しいです!
とりあえず一章分は書き溜めてあるので、しばらく毎日投稿しようかなと考えています。時間は夜の12時前後くらいですかね……