第9話 夏フェス行ったら異世界のお姫様のピンチを知る
ファラン先生の診療所兼住宅で暫くお世話になることになった俺は、ファランさん、クロエと一緒に昼食をごちそうになった。
出てきたのは丸いパンと角切りの野菜や肉を煮込んだスープで、とても美味しくいただいた。虫とか食べる文化じゃなくてよかった。
「ところでファランさん。ファランさんも猫に変身できるんですか?」
「えっ?!あっ、クロエが変身するのをご覧になったんですね?」
「はい。最初猫が喋っていたもので、クロエが人間だと信じられませんでした」
「そうですよね。実はこの子は、猫人族という稀少民族の子なんです。鑑定スキルを持っているので、猫人族の村を出て私の所に修行に来てるんですよ。クロエ、人前で変身しちゃだめっていったでしょ」
「あっ、そうだった……」
「もう、この子ったら。カイさん、驚かせてすいませんね。この子にとっては変身できることが普通なんです」
「じゃあ、ファランさんも、この村の人も、猫には変身できないんですね?」
「ええ」
この世界の人はいろいろな生き物に変身できるのかと思ったが、クロエだけ特別ってことか。でも他にもいろんな特殊な人がいそうだなあ。
「先生~。いらっしゃいますか?診察は終わりましたか?」
食事を終え、クロエと一緒にアロエを植木鉢に移していると、診療所に来客があった。
王都から遣わされて来ていたマトンさんというおじさんだった。
王女の治療のために、本当はすぐにでもファランさんに王都に来てもらいたいという要求だったが、そうすると村の医者がいなくなるため少し待ってもらい、今日の午前中までに村の少しでも体調の悪い人たちを集めて、慌てて薬を処方していたのだそうだ。それもなんとか午前中で終わったらしい。
「マトンさん、待たせてすいません。今から荷物の準備をしますね」
そう言ってファランさんは奥に消える。
待っている間、俺はマトンさんに気になることを聞いてみた。
「呼びに来てすぐに来てほしいだなんて、そんなに急いでいるんですか?ご病気なのは、この国の王女様って言いましたね。そんなに急患なんですか?」
「ええ。実は王女殿下がご病気になられたのは三年も前のことなんですよ。それから国中の医療士、まじない師、薬剤師などが治療に当たっているんですが、なかなか良くならないそうなんです。それであまり大きな声では言えないのですが、今は他の新しい治療法を探していて、少しでも腕が立つという噂のある人を国中から探して呼んでいるんですよ」
「へえ……。あの……、もしファランさんにもお姫様の病気を治せなかったらどうなりますか?何か罰を与えられたりはしませんか?」
「いくらなんでも罰まではないでしょう。そんなことをしてたら、この国の医療に関わる人間がいなくなってしまいます。もしファラン先生の治療のせいで王女殿下のご病気が悪化するような事があれば、重い罰が与えられる可能性はありますがねえ」
国の最高の医療を受けていても治らない病気を、ファランさんが治せるとは限らない。それでもし罰が有ったらそれは無茶な話だ。だがそんな最悪の予想は杞憂だったようだ。
そんな話をしていると、ファランさんは四角いトランクケースと大きめのリュックを持ってやって来た。トランクケースの中身は医療道具一式が、リュックには着替えなどの荷物が入っているらしい。
「私がいない間、カイさんはここで好きに過ごしていてください。診療所のお薬は触らないように気を付けてくださいね」
クロエが心配そうにファランさんを見つめる。
ファランさんは「心配させてごめんね、大丈夫よ」と、クロエの頭を撫でる。
「それにクロエが見つけて来てくれたアロエもあるしね。これも王都まで持って行ってみるわ」
俺たちに心配を掛けさせまいと、笑顔を見せるファランさん。
「ファランさん、俺も一緒に連れて行ってもらえませんか?」
「え?」
突然俺は、病気のお姫様の治療に王都へ向かう予定のファランさんに、一緒に連れて行ってくれと頼みこむ。
急にそんなことを言って迷惑を掛けるかもしれないけれど、何か役に立てそうな気がしたからだ。
「アロエの事も俺のいた国では有名ですし、レベル1ですが俺も鑑定のスキルを持っています。もしかしたらこの国で知られていない病気でも、俺の国で聞いた事があり何か役に立つ知識があるかもしれません。できることがなければ大人しくしてるんで、お願いします!」
こんなこと言っても迷惑を掛けるだけだよなあと思いながら、それでも無理を承知で頼んでみた。
実は俺は、山で鑑定したらエリクサーと判明した俺の持っているスポーツドリンクが、もしかしたら役に立つのではと考えていた。
鑑定結果には状態異常完全回復と書いてあったし、どんな病気にも効くだろう。
だけどアロエで治るかもしれないし、さっきファランさんから異世界の事は話さないよう注意されたばかりだ。
経過を見ながら、もしどうしても必要になった時にだけ差し出そうと思っている。
俺はファランさんの顔色をうかがっていると、返事が返って来た。
「分かりました。カイさん。カイさんのステータスだけ見せてもらえますか?」
「え?俺のステータスですか?」
クロエに教わったやり方で、俺は自分のステータス画面を出すと、ファランさんに見てもらう。
一通り見た後、ファランさんは安心した顔つきで言った。
「良いでしょう。カイさん、一緒に王都まで来てください」
なんだか分からないがOKなようだ。
「えー!カイさんだけずるいー!私も行きたいー」
俺が無理を言ったせいで、クロエも留守番が嫌だとごね出した。その結果、クロエも一緒に王都に行くことになった。
マトンさんも俺たちの同行も快く受け入れてくれた。
そうして俺たちは荷物を馬車に詰め込み、初めての馬車移動となった。
「すいませんが、少しでも早く来いと言われてますんで、徹夜で走ります。寝づらいとは思いますが、今夜は馬車の中で睡眠を取ってください」
そうして夜間も走り続けた馬車は、翌朝王都へと辿り着くのだった。