第8話 夏フェス行ったら異世界の村に辿り着いた
その後、スコップを使いアロエを採集すると、クロエに先導されながら山を下りた。
およそ二時間で山を下り終え、村が見えて来た。畑に囲まれる形で、木造の小さな家がいくつも集まって集落となっている。
鉄筋コンクリート造りの家などはなさそうだ。文明レベルはどれくらいなのだろう?クロエのスコップは鉄製だったから鉄製品はありそうだが、村の雰囲気からしてやはり俺のいた世界よりは遅れている気がする。スマホとか見せたら驚かれるだろう。どうせ電波も届かないし、電池の節約のため電源はOFFにしてある。
「着きました。ここです!」
初めての異世界の村に緊張していると、すぐにクロエの先生の診療所までたどり着いた。
「ただいまー!」
「お、おじゃまします……」
クロエの後に続いて、玄関をくぐる。
俺はクロエに案内された部屋で椅子に座ると、着替えてくるから待っててと言って出ていったクロエを待った。
「おや?お客さんですか?」
そう言って、茶色い長い髪の女性が部屋に入って来た。
少し痩せていて、クロエと違って落ち着いた雰囲気の人だ。女性の年齢は見た目では分からないのだが、俺よりも年上だろう。だがクロエのお母さんと言うにはまだ若い。
おそらくこの人がクロエの言う先生だろう。
「お邪魔してます。イタミ・カイと言います。龍神山で道に迷ってたらクロエと会って、クロエの薬草を採るのを手伝ってきました」
俺は席を立って礼をする。
「そうでしたか、クロエがお世話になりました。ここで診療所をしていますファランです。何かご迷惑をおかけしませんでしたか?」
ファラン先生はそう言って頭を下げる。なんだかとても丁寧な人だ。
そんな話をしていると、着替え終わったクロエが戻ってきた。
「せんせー!ただいま!」
クロエは部屋に入るなり、そう言ってファランさんに後ろから抱きついた。
「あらあら、お客さんの前で」
ファランさんはクロエの頭を撫でると、クロエにも椅子に座るよう促した。
「おかえりクロエ。カイさんにどんなご迷惑をかけたのか聞かせてくれる?」
クロエは、ファランさんにどんなことがあったのか説明をした。相変わらず分かりにくいクロエの説明に、俺がところどころ補足説明を加えて手助けをした。
「魔物がでたんですね。それは危ないところでした。クロエ、まだ一人で山に入っちゃいけないって言ったでしょ?」
「でも、先生のために何か新しい薬草を見つけてきてあげたいって思ったの!」
「もう……。ありがとう」
「そうだ、ファランさん、巨大蜂から出てきたこの魔力宝石ってやつはどうすればいいですか?」
俺はリュックのポケットから、暗い紫色をした宝石を取り出す。
美しい形の結晶だ。
ファランさんは、それを見て目を丸くする。
「大きいですね!それに曇りがない。これは魔力が均一に籠っているわ。カイさん、これはちゃんとしたところに持って行けばとても高価で売れるものです。大切にしてください」
「ええっ?」
「カイさんお金持ちですね!」
「いやいや、これはクロエが取り出したのだから、クロエのものだろ?」
「蜂を倒したのはカイさんですよー」
クロエは、この魔力宝石が高価なものだと分かっても、所有者は俺だと言ってくる。なんて欲がない子なんだ。
「カイさん、クロエもこういってますし、どうか引き取って持っていてください。それを売れば当分遊んで暮らせますよ」
「そんな高価なものをいいんですか?」
「はい」
ファランさんもクロエと同じで欲の無い人なのだろう。俺はその厚意をありがたく受け取っておくことにした。
「分かりました。ありがとうございます。でもどこに売りに行けばいいのか分からないので、後で教えてくださいね」
「ええ、もちろん」
その後もう少し話を聞くと、どうやらクロエは度々ファランさんと一緒に山に薬草を採りに行った事があり、二人とも持っている鑑定のスキルで、時々新しい薬草を見つけているらしい。
この国の王女の病気の治療のために、こんな小さな村の診療所のファランさんのところにも昨日召集がかかったらしい。クロエは少しでも役に立とうと、忙しいファランさんの代わりに一人で新しい薬草を探しに山に登ったのだそうだ。
「それでね先生、これがアロエだよ」
クロエは異次元収納ナイロンリュックから、今回採取してきたアロエを取り出す。
ファランさんはアロエを鑑定し、万能薬であることを確認すると、とても嬉しそうな顔でクロエにお礼を言った。
「すごい薬草を見つけたのね。クロエ、ありがとう」
そう言ってまた頭を撫でられると、クロエは目を細めながら嬉しそうな顔をする。
「カイさんもありがとうございました」
「いえ、俺は大したことはしてませんよ」
「ところでそのバッグはどうしたの?どうやってこんなに大きいアロエを入れてたの?」
ファランさんに聞かれ、異次元収納ナイロンリュックの事を説明する。いったいどれだけの収納力があるのか分からないが、リュックのサイズよりも大きなものがじゃんじゃん入る異次元収納機能があること。巨大蜂にボロボロにされたバッグの代わりに俺がクロエにあげた事を話した。
「異次元収納のバッグですか。噂では聞いた事がありましたが、私も見るのは初めてです。カイさん、こんな高価なものをそんなに簡単にいただくわけにはいきません」
「うーん……、でもほとんど同じデザインのリュックを持ってるんですよ、ほらこれ。こっちの方が高かったんですよね」
「え……?」
ファランさんは、俺が何を言ってる事が理解できないような表情をする。
高いっていうけど、そもそも日本円に直すといくらくらいするのか実感わかないんだよね。
日本に持って帰っても売れない気がするし、クロエも喜んでるし。
「カイさん……、本当にありがたいのですが、私はあまりお金を持っていないので、それに見合うお礼ができないのですが……」
「いえいえ、お礼とかいらないので!」
「先生、カイさんは優しいんだよ」
「もう……。すいません本当に」
それから俺は、デイリーガチャのスキルの事や、道に迷って異世界からここにやってきたみたいだという話を告げる。
異世界からやってきたことは話すべきか迷ったのだが、この人なら話しても大丈夫だと感じた。裏表のないクロエがこれだけ懐いているのだから良い人に違いないし、実際に会った雰囲気でそう直感したのだ。
俺が異世界から来たという話を聞いたファランさんは、顔を青くしてビックリしていた。
「カイさん……、その話はあまり他の人には話さない方がいいと思います」
「やっぱりそうですか?」
「異世界からやって来たというなら、カイさんの国籍はこの世界にはないのですよね?だとしたら不法入国で捕まる可能性もあります。こんな村ならそんなことを調べられるような事はないでしょうが、噂が知られたら役人が調べに来るかもしれません」
「結構法律とかしっかりしてるんですね……」
「ええ。カイさんはこれからどうされるおつもりですか?」
「元の世界に帰る方法を探したいのですが、どうすればいいのか分からなくて……」
「もし急いでいないのでしたら、元の世界に戻る方法が分かるまでここでゆっくりしていってください。クロエがお世話になりましたし、少しでもお礼になれば」
「それはとても助かるんですが、良いんですか?」
「はい」
ファランさんは笑顔で頷いた。
「ありがとうございます」
俺はその厚意に甘えることにした。




