第4話 夏フェス行ったら巨大蜂に襲われた
クロエが蜂に襲われて荷物を落としたという場所に着いた俺たちが見たのは、とても信じられないものだった。
それは、これまで見た事もない巨大な大きさの蜂だった。
猫と同じくらいの大きさだろうか。体長40~50センチほどの大きさの蜂が、地面に張り付いてゴソゴソと動いていた。
「何だ、あれ?!」
思わず驚きの声を上げてしまう。
クロエから大きな蜂と聞かされてはいたが、あれは蜂というレベルのものじゃない。てっきりスズメバチの事だろうと思っていたが、目の前にいるそれはバケモノだ!
俺は、背筋が凍り付くような恐怖感を感じた。
「やだー!まだいるー!」
クロエも怯えながら、俺の服を掴んで俺の後ろに隠れる。
これは俺が盾になる形だ。怖い!
だが女の子の前で、俺がビビっているわけにはいかない。
とりあえず状況を確認するため、その巨大な蜂を観察する。
巨大蜂の下には、クロエと初めて会った時に持っていたズタ袋があった。
巨大蜂はズタ袋の上でもぞもぞと動いている。
おそらく中の物を食べようとしているのだろう。
鋭い牙でズタ袋をかじっていた。
「あー、私の荷物がぁ……。お昼ご飯も入ってたのにぃ……」
クロエが悲しみの悲鳴を上げる。
こんなデカい蜂に襲われて怪我一つなく済んだんだ。昼飯くらい諦めてもらおう。
しかし、これは明らかにヤバいやつだ。襲われたとしたら、勝てる気がしない。
鋭い牙と、おそらく腹の下にあるであろう凶悪な毒針。それらを同時に避ける術はない。
「逃げよう」
どう考えてもそれが最善だ。てか、ここに来るべきじゃなかった。スコップを諦めて、いくら手が痛くても手で土を掘った方がまだましだ。それか一度クロエの村?に、別のスコップを取りに戻るのも良い。とにかくこの巨大蜂だけはヤバい。
クロエに逃げようと言ったものの、俺は足がすくんで動けなかった。今まで生きてきて、これほど怖いと思った体験はしたことがない。
俺の服の裾を掴む後ろのクロエも、震えているのが伝わってくる。
俺がしっかりしなきゃだめだ。
俺は手を後ろに回し、クロエの手を掴むと言った。
「まだあいつは俺たちに気付いてない。なるべく足音を立てず、ゆっくりと逃げよう」
「……はい」
そう言って、俺が一歩足を後ろに下げた時だった。
パキッ!
俺が乾いた木の枝を踏む音が、良い感じで響いた。何でこんな時に限って!
すると、巨大蜂はズタ袋を噛むのを止めてこちらに振り向く。
「ヒイイイイイイィイイ!」
巨大蜂は俺たちに気付くと、突然羽をはばたかせる。
ブウウウウン!という恐怖を感じさせる羽音と共に空中に浮かび上がると、方向を変え俺たちの方に向き直る。
直後、俺たち目がけて直線的に飛んできた。
「ギャアアアアア!」
俺とクロエは同時に悲鳴を上げる。
クロエは突然猫に変身し後ろに駆け出す。早い。とても人間には出せないスピードで足早に逃げてゆく。
取り残された俺に向けて、巨大蜂が襲い掛かって来た。
「ヒイイイイイ!」
どうしていいか分からず、なぜか俺は、とっさに手に持っていた虫よけスプレーを正面に向かって吹き付けた。
シュウウウ!
何してんだ俺?!そんなの効くわけないじゃん!
という心の中のセルフツッコミに反し、巨大蜂は空中で急停止する。
「あれ?」
巨大蜂は8の字に飛びながら(※ハチだけに)、再び俺を襲うタイミングを伺う。
さっきはどうしたのだろう?蜂もこのスプレーの匂いが苦手なのだろうか?
そんなことを考えている隙に、再び巨大蜂は俺に襲い掛かった!
「ウッワアアアア!」
もう俺にできるのは、少しでも効果のありそうな虫よけスプレーを全力で吹き付けることだけだった。
俺の目の前まで飛んできた巨大蜂の鼻先で噴射したスプレーは、巨大蜂の顔を直撃する。
空中で姿勢を崩し地面に落ちる巨大蜂。するととても苦しそうに地面で暴れまわっている。
「そんなに効くのかこれ?」
俺は恐る恐る、暴れる巨大蜂に何度もスプレーを吹き付けた。
数分後、地面で暴れていた巨大蜂は、動かなくなっていた。
虫よけどころか、殺虫効果があったのだろうか?それとも異世界の蜂が苦手な成分が含まれていたのだろうか?ともかく俺は、この恐ろしい巨大蜂を駆除することに成功したのだった。
「やった……」
俺は恐怖による疲れからか、腰を下ろして座り込んでしまう。ほんの数分の出来事だったが、なんだかとても疲れた。
まもなくして、逃げてこない俺を心配したクロエが様子を見に戻って来た。
「もう大丈夫だよ!」
俺がそう声をかけると、クロエは俺の元に駆け寄ってくる。
「カイさん、先に逃げちゃってごめんなさい!さっきの蜂は?」
「あそこ」
そう言って俺が指差す場所を見ると、さっき倒したばかりの巨大蜂の身体はもう崩れ始めていた。
「カイさんが、やっつけたんですか?すごい!」
「いや、さっきの虫よけスプレーを吹き付けただけなんだけどね。なんだか苦手な成分が入ってたんじゃないかな?クロは何ともないか?」
「私は何ともないですよ。それにしてもすごいですね!」
そう言って猫形態のクロエに何度も褒められる。
もしかして日本の物は、ここ異世界では効果が違うかもしれない。さっきは気軽にクロエにも虫よけスプレーを吹き付けたが、もしかしたらクロエにとっては毒になるものがあるかもしれない。気を付けなくては。
「もう完全に死んでるんですよね?」
そう言ってクロエは巨大蜂の死体に近寄ってゆく。
「気を付けろよ?」
俺は一応忠告をするが、先程死んだばかりの巨大蜂の死体は、もうカサカサに乾燥して関節は崩れ落ちている。蘇生してまた襲ってくることはないだろう。
クロエが前足で死体をつつくと、蜂の中から何かを見つけ咥えてきた。紫色の石のようだ。
それを俺の足元まで持ってきて落とす。
「やっぱり……。ダークアメジストの魔力を取り込んで、蜂が大きくなったみたいですね」
「なんだそれは?」
「こういった魔力宝石に取り込まれた昆虫や動物が、魔物化して巨大化することがあるんですよ。だから魔物になった生き物を退治した時は、こうして魔力宝石を回収しておかないと、またこの魔力宝石が別の魔物を生み出すかもしれないんです」
「なるほど……」
俺が今いる場所は、俺の生きて来た日本とは常識が全く異なるようだ。受け入れられないようでは生きていくのは難しいだろう。なんで?って思う事も素直に受け入れるしかない。
「だとすると、この蜂は突然変異で巨大化したもので、この蜂の大きさの巣があったり仲間がいたりするわけじゃないんだな?」
「そうですね。魔力宝石がたくさんあったなら可能性はありますが、たぶん一匹だけでしょう」
よかった。これ以上こんな恐ろしい巨大昆虫に襲われたら恐怖しかない。
とりあえず猫に変身してしまったクロエの代わりに、俺がこのダークアメジストとか言う魔力宝石を預かっておくことにして、リュックのポケットに入れた。
それから俺たちは、巨大蜂にかじられ、ボロボロになってしまったクロエの荷物を確認することにした。
クロエの大切なお弁当は食い散らかされていた。水筒が壊れて穴が空いていて、びちょびちょになっている。
手ぬぐいもボロボロだ。
スコップとか、ナイフとかの金属製のものは無事なようだ。
「あー、お水が全部なくなっちゃったー!喉が渇いてたのに……」
「じゃあ俺のあげるよ。余分に二つ持って来てあるんだ」
「本当ですか?」
俺はリュックから、二本のペットボトルを取り出し、嬉しそうな顔のクロエに見せる。
「水でいい?」
「あっ!はい。ありがとうございます!」
俺は「霊峰富士の天然水」のペットボトルをクロエに手渡すと、クロエは嬉しそうに飲みだした。
俺はまだ喉がかわいていないので、もう一本のペットボトル、スポーツドリンクはリュックに戻す。
クロエは、ペットボトルの水を半分くらい飲んだところで、突然びっくりした声を上げる。
「んんんー?」
「どうした?変な味がした?」
「いえ、なんだかすごく元気になった気がします!」
「ただの水だぞ。感動に水を差すようで悪いけど。水だけに……」
「カイさん、これ鑑定してみてもいいですか?」
俺の会心のジョークをスルーして、びっくりするようなことを言われた。
「か……鑑定とは?値段を当てるやつ?」




