最終話 それから……
王女の治療が終わりハーノルド村へと帰ると、待ち受けていたバ―ガンディ領の領兵に俺は不法入国の罪で捕えられてしまった。
不法入国については事実だが、国王の信頼の得ている今なら許してもらえる気がする。だがこの領土を治めているのはバーガンディ侯爵という人で、間にいろいろ挟まってくると国王に助けを求めるのが難しくなってきた。
まあ俺が捕まっている間に、ファラン先生が動いてくれるだろうからいいとして、問題は今日で俺がこの異世界に来てから三日目だという事だ。それはつまりジャパングレイテストロックフェスティバルは今日が最終日、ストーンクリーチャーズを見るなら、すぐに帰らないといけないのだ。
そんな俺の事情を分かってくれるでもなく、俺は冷たい牢屋に閉じ込められた。
荷物は取り上げられてしまい、頑丈な鉄の牢は俺の力ではどうする事もできなかった。
そこに一人の男が俺の様子を見に来た。
上等な衣服。吊り上がった細い目、ニヤニヤしたその顔は、俺が嫌いなあの男だった。
「てめーヴェゼル?!国に帰ったんじゃなかったのかよ?何しに来た?!」
「いやー、ハーノルド村から来たという男があまりに怪しかったものでね。帰る途中にここの領兵に報告したんだよ。そしたらやっぱりボロがでたねえ。不法入国とは恐れ入った。これは重罪だな」
「てめーの仕業かよ!おまえそんな人に嫌われることばっかしてると、将来痛い目に会うぞ?」
「いやー、牢屋の中からいくら騒いでも哀れにしか見えないねえ。これで例え釈放されても、君のステータスには過去の犯罪歴が残ってしまうねえ。だとすると今後生きていくのに不便そうだ。フフフフフ。私は気分良く国に帰る事ができそうだよ。それではさらばだ」
そう言ってヴェゼルは去っていった。最後の最後までムカつく男だった。
そう、この異世界で生きていく上で、犯罪歴があると関所などでステータス開示を要求された時にそれがすぐに分かってしまい、通行拒否や監視、あるいは再逮捕などいろいろ大変な目に会うのだろう。だが俺はこの世界の住人ではない。元の日本に帰ったら関係ないんだ。
「早く日本へ帰ろう……」
だが荷物を取り上げられた今、俺にこの牢から脱出できる特殊な能力はない。デイリーガチャも100円玉がなければ回せないし、財布もリュックと一緒に取り上げられたままだ。
どうすればいいのだろうと悩んでいたところに、突然の来客あった。
牢屋の目の前に小さな黒猫が現れたのだ。
「カイさん……」
囁く声で俺を呼んだその猫は、クロエだった。
「クロエ!助けに来てくれたのか?」
「はい……。あの後すぐにファラン先生は、国王陛下にカイさんを助けてもらうように王都に戻ったんですが、私はカイ心配で様子を見に来てしまいました。大丈夫ですか?」
「ありがとうクロエ。それじゃこっそり俺の荷物の様子を見に行ってもらえないか?それでできたら、リュックの中に入っている栄養剤だけ持ってきてほしい。これくらいの茶色い瓶だ」
日本から持ってきた物は特殊な効果を持つこの異世界で、栄養剤を鑑定した結果、力が10倍になる薬だという事が分かっていたのだ。
その後、クロエが持ってきてくれた栄養剤を飲んだ俺は、牢の鉄格子を曲げて、そこから脱出した。
見張りに見つからないよう、窓の鉄格子を破壊し、窓から脱出したのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その後クロエに案内してもらい、龍神山のクロエと出会った場所へと向かった。
ここに来た時には気付かなかったのだが、山道沿いに時空のゆがみというような空間を見つけた。
どうやらぼんやり歩いていた時に、気付かないうちにそこを通り、この世界へと来てしまったようだ。
初めてクロエと出会った時、俺は突然何もない空間から現れ、クロエはビックリしてこちらを見つめてしまったらしい。最初会った時のリアクションはそれだったのか……。
俺はクロエに別れを告げると、その時空のゆがみへと進む。するとそこは元居た日本の龍神山で、俺は無事にジャパングレイテストロックフェスティバル会場へと戻ってくることができた。
最終日の今日、何やらストーンクリーチャーズが行方不明で、出演キャンセルになるかもしれないというニュースが飛び込んで来たが、実際に公演時間となった時、何事もなかったかのように彼らはステージの上に立っていた。
ケヴィンの「みんな色んな事があるだろう。でも辛い時も悲しい時も、俺たちにはロックが寄り添っていてくれた。みんなにも俺たちの音楽がそうであっていてくれたら嬉しい。俺たちは思う。お前たちに足りないものがあるとしたら、それはロックンロールだ!」そんなMCから最後の曲”Not Enough Rock'n Roll”が演奏された。
俺も大好きなこの曲だったが、これを同じくらい気に入ってくれたエリス王女にも、生でこれを聞かせたかったなあ。
「カイさん!」
俺が会場の後ろの方で、たくさんの観客が観覧するステージを眺めていると、突然横から声を掛けられた。
びっくりして振り返ると、そこにいたのは何とクロエとエリス王女だった。
「エリス王女?!それにクロエ?!」
「えへ。来ちゃいました!これがフェスなんですね。すごい楽しいですね!」
エリス王女はおどけて笑った。
俺たちは一緒に最後のその曲を聞き終わると、最後にフェスの終幕を告げる花火が打ち上げられた。
そんな花火も初めて見るらしく、すごい魔法だと言って異世界からやってきた二人はとても喜んでみていた。
後から王女に事情を聞くと、ストーンクリーチャーズの四人も俺と同じように異世界に迷い込んでいたらしい。
俺が王女の治療で王都に行っている頃、バーガンディ侯爵に保護された四人は街で音楽を演奏し、それを聞いた者の『無気力病』を吹き飛ばしていたそうだ。
王女の治療が終わり俺が王都を出た時に、入れ違いでその情報が国王に伝わったのだそうだ。病が完治していたエリス王女が、その四人は俺と関係があると思いバーガンディ領へと俺たちを追いかけるようにやって来たのだそうだ。王女が着いた時には四人は異世界の旅に満足したと言って帰った後で、ついでに寄ったハーノルド村でクロエに会い、俺も帰った事を知る。そこで何を思ったかエリス王女はまだ病み上がりのくせに、登山できる服装へと着替え、クロエに案内してもらいここまでやって来たのだそうだ。
「なんて無茶をするんですか……」
俺は事情を聞いて呆れてしまう。内心王女にまた会えてちょっと嬉しかったのだが。
「カイさんに一言お礼を言いたくて。私はもう完全に病気が治って元気になりましたという事も伝えたくて。本当にありがとうございました。カイさんに聞かせてもらった音楽を聴いた後に、病気が完治したんです。ロックンロールは私たちの世界では、病気を治す力があったんですね」
「こっちの世界でも、元気が出る力がありますよ」
俺たちが楽しく話をしている間に、いつの間にか花火は終わり、終演のアナウンスが鳴り響く。
明日は月曜日。楽しかったフェスも終わり、みんな日常へと帰ってゆくように、会場から人々が出て行く。
「エリス様、再会できて嬉しいのですが、俺ももう帰らないといけません」
「そうですよね。でも、また一目会えただけでも良かったです」
そう言って、エリス王女は満面の笑みを浮かべる。
「カイさん……、また会えますか?」
切なそうな顔で王女に見つめられると、俺は何と言っていいか分からない気持になる。
「えっと……、その……、このフェスって毎年やってるんですよね。来年一緒に見に来ませんか?」
その返事に、王女の顔にとても嬉しそうな表情が浮かぶ。
「はい!ぜひ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺の不思議な体験はそこで終わった。
その後二人と別れ、俺は翌日からまたいつもと同じ日常へと戻った。
あの夏の三日間の体験は、夢だったかのような気もしている。
まもなく夏も終わり、夜風の涼しさが秋の訪れを知らせようとしていた。
仕事の帰り道、ふと立ち寄った書店で、ストーンクリーチャーズの四人が表紙の雑誌を見つけ思わず購入する。
今年のJGRフェスやワールドツアーについてのインタビュー記事が載っていた。
その中でケヴィンは、おそらく異世界に行った時のことであろうエピソードを語っていた。
――今年の夏は、俺たちが初めてバンドを組んだ時のような気持ちになる体験ができたんだ。初期衝動っていうのは忘れちゃダメだな。俺たちの夢は、まだ見ぬ土地でライブをやる事。それにはビジネスで成功するためにたくさんの障害があるが、今後もそれを乗り越え、たくさんの初めての国でライブを成功してゆきたいと思う。無気力はダメだ。何歳になっても夢を持っている事が大事なんだな。
その言葉の意味を全部分かっているのは世界で俺だけかもしれないなと思いながら読み進めた。
――出会いというのは必ず意味がある。というか、意味のあるものにしなくちゃいけないんだ。それまで接点の無かった二つの者が出会うのだから、新しい化学反応が起こる。それこそが無気力を吹き飛ばし、俺たちの胸の奥にワクワクを生み出す原動力となっているのさ。
俺はその雑誌を読みながら、今年の夏の思い出を噛みしめる。
そしてまた来年の夏。交わした約束を叶える事を目標に、これからまた一年過ごしていこうと思った。
END




