悪役令嬢の献身
全てが目の前に示された時、私は堕ちる事が辿るべき道だと理解した。
生まれた時から家族に甘やかされて育ち、自分は特別なんだ、自分の思い通りにならないことなんて無いのだとそう思い過ごしてきた。
侯爵家の令嬢として生まれ、整った貌や自他共に認める文武両道の才に恵まれ、将来は王妃となり国母となる誰もが羨む人生を送る、それか覆る事などない。
そう思っていたのに、思い出してしまったのだ。
私は、所謂前世という場所で愛読していた恋愛小説の登場人物に転生してしまったのだと。
その小説で語られていたのは、庶民である純真で心優しい少女が王太子と心惹かれあい、様々な障害を乗り越えながら結ばれる所謂シンデレラストーリーで、何とも有りがちでありふれた、けれど女性が一度は夢見、憧れるようなストーリーだった。
そして、私はその物語で王太子の婚約者だった侯爵家の令嬢であり、王太子を思うあまり暴走し、少女と王太子の仲を引き裂こうと形振り構わず躍起になる悪役令嬢だった。
貴族としての矜持や自分自身の保身のためにそのようなことはしない、その為にこれから回避の為に動き出す。
本来ならば、私だってそう考えただろう。
しかし私は、物語通りの行動をとることに決めた。
そして私は下準備を整え、物語の舞台となる王立魔法学園へと入学したのだ。
私がしなければいけないことはそれほど難しいことでは無い。
それまで将来共に国を支える事になる者同士として友好関係を築いていた王太子である婚約者を始め、後に国の運営に携わるであろう王侯貴族の子息令嬢達と有事の際に巻き込む事の無いよう、少しずつ距離をとること。
少女と王太子が接触する機会を、貴族の子息令嬢に少女の才能や人柄を認める機会を作ること。
王太子の婚約者である自分の評判を下げ、王太子妃には相応しくないことを周囲に印象付けること。
最終的に王太子の婚約者の立場を廃し、王太子と少女が結ばれ、国の繁栄と国民の幸せが末永く続くこと。
目標を定めた私は、まず侯爵家の悪事の証拠を集め始めた。
物語通り、父は領民に多額の納税を迫り私腹を肥やすのみで悪政を敷き、領民からは忌み嫌われ他の貴族から距離を置かれていた。
粛清されることが無かったのは只々、侯爵家の血縁者が他の追随を許さぬほどの魔力量を誇っていたからに過ぎず、他の王侯貴族と婚姻を結び、次世代にその莫大な魔力保持者を残す為に存在しなくてはいけないと考えられていたのだ。
しかし、その考えは覆ることになる。
なぜなら、ヒロインとなる少女は庶民であるにも拘らず侯爵家令嬢と並ぶ魔力量を保持しており、国の庇護を受けることになるのだから。
他に代用ができるものならば、劣悪さが目に余るものなど切ってしまうに限るのだ。
私が証拠を集めるまでもなく、他の王侯貴族がやってのけるだろうことではあるが、警戒される外部の者と全く警戒される事の無い内部にいる私では所要時間と得られる情報という点で大きな差があるのだから、決して無駄では無い。
これらの証拠は、私ではなく侯爵家の善良な家令の手によって少しずつ王宮へと届けられる。
次にヒロインとなる少女に接触し、最初は友好関係を築き王太子や王侯貴族と関係を作る。
彼女は庶民でありながら王立魔法学園に入学を果たした噂の絶えない生徒であり、興味を持って声をかけたとして何の不思議もない人物であったし、自分の庶民としての立場を弁えていた為に王太子や王侯貴族と諍いが起こることもなく、自然と隣に在るようになった。
後は物語通り少女と王太子は少しずつ心惹かれあい、それと同時に少しずつ距離をとっていた私の存在は友人から障害へと姿を変えていく。
最後に私は、少女と王太子の仲に気付き怒りに任せて形振り構わず二人の仲を引き裂くために躍起になっているように装う。
本当は、最初から二人の仲が親密になるだろうことを知っており、むしろそれを助長したのは私自身であり、形振り構っていないように見せているだけで、逆に私と少女が接触している所を目撃されるように計算し、同情ではなく人の批判を買うように貴族の矜持の欠片もないような事を口にし、悪名高い侯爵家の令嬢らしく権力を振りかざして周りを黙らせた。
その際に少女が庇うであろう場面で一般生徒を巻き込むような攻撃魔法を仕掛け、私の性格が危惧される物である事と少女の優れた才と心の美しさの誇示も忘れない。
以前友好関係を築いていた王太子や王侯貴族からの忠告にも耳を傾けず、果ては父に私の国母の地位を脅かす庶民がいるのだと告げ口をすることによって、侯爵家を動かした。
その後、私のすることは何もない。
父がとても口には出来ないような人道から外れた行動によって少女を陥れようとしているのを見かねた家令が王宮へと密告し、父のそれまでの悪行と共に計画は日の目を浴びることとなり、国の庇護下にある少女への蛮行は国に対する反逆ともとられ、侯爵家は全てを奪われ、父は断頭台に上がることとなった。
そして私は世間では死んだことにされた後、少女に何かがあった時に代わりに莫大な魔力保持者の子供を残すためだけに牢屋につながれた。
その後何事もなく少女は国母となり、次期王太子の誕生と共に私の命は散ることとなる。
全ては私の知る物語通りに物事は進む。
しかしその物語は一つだけ覆ることになり、私は次期王太子の誕生まで生きることは無い。
それは、私が物語通りの行動をとることを決意した理由にある。
王立魔法学園入学前、不調が気になった私は侯爵家の専属医師に診断を受け、不治の病と残り少ない余命を告げられたのだ。
王太子は私を共に国を支える者としてしか見ていなかったが、物語通り王太子を愛していた私は、王太子と共に未来を歩む事が出来ない事に絶望し、私では無い他の女性が王太子の隣に立つことに心が引き裂かれるような痛みを感じた。
しかし、侯爵家の令嬢であると共に国母と為るべき人材としての教育を受けてきていた私は、悲しみに暮れてばかりではいられない事に気付いた。
そして、国の膿となる我が侯爵家を粛清し、国の為に、何より愛した王太子の為に、誰からも認められる心優しい少女を王太子妃に。
それだけを目指して行動を起こした。
残された時間の短い私の気持ちなど取るに足らないものなのだと、国の為に為すべき行動をとることこそが最良なのだと何度も自分に言い聞かせながら。
さて、最後の計画を実行しよう。
このまま何もせずにいても私は亡くなるけれど、遺体が残れば病の事が判明してしまうかもしれない。
全てが上手くいっているのに、それが病に侵された侯爵令嬢の計画だったなんて事を考える人間が居ては困る。
侯爵家専属の医師には大金を握らせたし、あの医師は侯爵家同様に悪名高い輩なので、自分の利益にならない事をする筈がないし、悪事の証拠集めや王宮への密告、体調の優れない私の支えとなってくれていた協力者である私の専属家令は、私の意思を尊重してくれると誓ってくれた。
遺体さえ無くなれば、誰も私の計画に気付く者なんていない。
だから、私は遺体を残さず自害する。
もともと牢屋に繋がれる事なんてわかっていたのだから、魔力制限の手枷をつけられていようとも、前以て準備をしていた私にしてみれば造作もない。
魔力制限の丸薬を服用し続けていたため、魔力量に応じてつけられた筈の手枷は本来の魔力量に対して格段に少ない。
丸薬の効能が消え、本来の魔力量を取り戻しさえすれば手枷など何の支障にもなりはしない。
実行日は王太子と少女の婚約発表の日。
王太子と少女の婚約に国中が歓喜し式典が盛り上がるその日に、ただ一度の我儘を私は私自身に許した。
この日を心から祝福出来ない私の為にその日を過ごさなくて良い、と。
そして、私は警備の交代で私から目を離す一瞬の隙に手枷を破壊し、自身に火を付けた。
私の魔力量は他の追随を許しはしない。
だから、私の纏う炎を消すことのできる者はいない。
これで、全てが終わる。
私は愛するあの人に最愛の妃と、悪名高い侯爵家のいない平和な国の足掛かりを渡せただろうか。
少しでもあの人の助けになれたなら、それだけで私は幸せだ。
本当は、許されるなら一度だけでも伝えたかった
私はあなたの事を心から愛していた
あなたと並び立つ事を切望していた
愛されなくても隣に居たかった
それが叶わないとわかった時
ただあなたの幸せを祈った
どうか幸せになってください
私が恋した笑顔で
誰よりも
幸せ
に
主人公の名前も考えていない突発作です。
感想、批評いただけると嬉しいです。
誰か掘り下げて書いてくれないかな…。