探偵はダンボール箱で推理する2/2
「そうだそうだ!爺さんこの犬に見覚えはないか?」
脳味噌からようやく引っ張り出された要件を提示した。
「んん?このわん公…。どっかで見たな~。どこで見たのかの~」
喉まででかかっとるんじゃがな~と頭を傾げる。
「老師!思い出してください。どこで見たのですか!」
老師って結局は靴大好きのホームレス爺さんだろうが。
「…煙草」
「は?」
「…煙草があれば…。思い出す気がする」
「…このじじい…この後に及んで」
「わかりました老師。煙草ですね」
暁よ。尊敬するのはいいが、パシリと化してるぞ。
「中学生が煙草なんて買えるわけないだろう。」
「父さんの愛用している煙草がしまってある場所を知っている。
それに、この情報はデカイからな」
すぐに戻ってくる。と暁は自宅へ駆け出した。
しかし、暁の言う通りこの情報はデカイ。煙草一箱ほどで手に入るのであれば
これほどうまい話はないだろう。しかし、もし元飼い主の所。となると
少し厄介だな。まあその辺りは飼い主同士の問題だ。私らが口出す問題では
ないだろう。
「大変じゃあああああ!!大将殿おおおおお!!」
いきなりの叫び声に私と真田(大将?)は度肝を抜かれた。
叫んで来たのはくたびれたジャンバーとボロボロのニット帽をかぶった男だった。
おそらく真田のホームレス仲間だろう。
「大将殿!!大変じゃあああああ!!また例のガキどもが来て。
松島殿が!!松島殿が!!」
「何ッ!?また来おったかあ!!」
「なんだ。一体どうしたんだ!?」
事態を飲み込めない私を置いて真田達は公園の西口(私らが入って来たのは東口)
へ駆け出した。
「なんなんだまったく…」
次から次へとまるでトラブルのバーゲンセールだな…。
「おらあ!!ゴミがいつまでものさばってるんじゃあねえぜぇ!!」
そこには金属バット、メリケンサック、鉄パイプを持った高校生ぐらいの
男四人組がホームレスの男を痛めつけていた。
「あらららら?もうおしまい??運動不足乙ぅ~」
金属と肉がぶつかる鈍い音が響く。
「ぎゃあっ!」
短い悲鳴を上げるがホームレスの男は動かない。
「寝ぼけてんじゃねえぞ!!起きろやッ!!」
リーダーらしき男がとどめ一撃のためにバットを振り上げる。
「やめんかぁ!!この馬鹿者共!!」
真田が高校生達に向かって罵倒を浴びせると四人組は動きを止め、こちらを
睨んだ。
「あん?なんだ爺さん。まだ生きてたのか。この間はよくもやってくれたなぁ。
イケメンが台無しだ」
「彼女にもダセェ~って言われちまったもんな!!カカカ!」
「うっせ!とにかく今日はお前ら全員、全治五ヶ月分は
ボコらせてもらうかんなぁ」
「…はっ!…こっちも毎回毎回やられっぱなしじゃあ大将の名折れじゃあ。
お前さん達こそ、今度はかすり傷じゃあ済まさんぞッ!!」
真田も負け時と凄んだが、額に汗が伝っていた。当たり前だ。
あっちは四人組で武器持ち。こっちは丸腰。状況は芳しくないだろうに。
「あらららら?そちらの美少女、爺さん達のお友達?めっちゃ可愛いんですけど!
車椅子にメガネとか新手の萌えですかー!!クゥ~!!」
なんだか、非常にめんどくさい事になった気がする。
「でもどっかで見たことある気がするんですけどねぇ。このお嬢さん」
妙な口調の丸眼鏡の男が近づいてくる。他の男達も面白そうに私達に近寄って来る
「待て!この子は関係ない!!」
真田が焦りの声で私と丸眼鏡との間に入ろうとしたが
すかさず脛に金属バットが打たれた。
「ジジイは後だ。おい河井、ジジイ抑えてろ。」
リーダーの男がメリケンサックを持った大男に命令した。大男は
頷くと真田の肩を掴み、腕を思い切り締め上げる。
「アダダダッ!!お前達卑怯じゃぞ!!男らしく一体一で勝負せんか!!」
「…喋ると肩を外すぞ爺さん」
大男はドスの効いた声で真田を脅した。
いや、奴の体格からして脅しじゃないだろう。
そうしているうちに丸眼鏡が私の目の前までやって来て車椅子の私に目線を
合わせるため腰を落とした。
「あ!?そうだ思い出した。失踪事件かなんかで警察に協力して名探偵って呼ばれてた
車椅子探偵じゃない!?名前難しかったから思い出せないけど。
うは!マジか、キタコレー!!」
げぇ~まずい。ますます事態が面倒な方向へと流れている気がするな。
どうする。逃げるか?いや駄目だ、今車椅子のバッテリーは半分以下だから
振り切れる程速度は上げれない。それにここで爺さん達が
やられればせっかくの情報もパァだ。
しかし、このままだと…。
「ねね!『ゴミ掃除』終わったらお茶しません?これで俺も有名人の
お仲間入りかなー!うひょ~俺の人生いつの間にイージーモードに切り替わっ!!!!??」
突然、丸眼鏡の表情が固まり。次の瞬間
「アッッッッテゥゥゥゥゥゥゥゥイィ!!!??」
丸眼鏡は殺虫剤をかけられた蝿の様に地面に倒れジタバタを足掻く。
よく見るとうなじに火のついた煙草がねじ込まれている。
「探偵も楽じゃないな。琴」
「…あ」
突然の出来事に言葉を失った私をチラリと見る。
どこも怪我をしていない私を確認し、一瞬安堵の表情を浮かべたが
瞬く間に氷の形相に戻り、高校生達の方に向きを変える。
「なッ…なんだてめぇ!!」
「死にたいかガキが!!」
恐怖からか犬の様に吠える男達に対して暁は眉一つ動かさない。
あ、まずい。これは「スイッチ」入ったかもしれん。
「この!!」
金属バットを構えたリーダーの男が向かってくる。
「やめろ!!」
真田の声も虚しく、バットは振り下ろされた。
「!?」
リーダーの男はその瞬間何があったのかわからないという表情で固まっていた。
振り下ろされたバットは「く」の字に曲がり、更にバットのグリップを握っている男の手を暁は踏みつけていた。
「柔い玩具だ。」
そう吐き捨てるように言うと暁は男の手をバットごと思い切り踏みつけた。
「ぎゃああああああ!!?指があああ…ッ」
高い悲鳴で、男はバットをからんと落とした。
「次はどうしてほしい?ええ?どうしてほしい?言ってみろ。
脚か?腕か?なんなら鼻と歯でもいいぞ。」
曲がったバットを拾い、男に標準を合わせる。
表情は変えずに淡々と恐ろしい事を並べる目には狂暴な感情が蠢いていた。
「折られるより潰される方がいいなら私はそれでも構わないが」
高校生含め、ホームレスの爺さん達も完全に固まっていた。
取り分けバットで頭をこずかれている男は口から泡を吹き失神寸前だ。
「暁!もういい!!十分だろう」
私は少し強めの口調で暁に言った。暁はビクッと体を震わし、ハッとした表情で
こちらを見た。危ない、また我を忘れていたらしい。こいつは一旦「スイッチ」が
入ると見境がなくなってしまうから誰かが止めないといけない。現にこれまで二回学校から停学を受けている。
もっとも私と出会う前の話だが。
「…暁ってあの暁?ですので?」
根性焼きを受けた丸眼鏡が怯えながら尋ねた。
「お…おい知り合いか?尾田下?」
真田を掴んでいた大男が聞いてきた。もうを掴んでおく力も入らないのか
真田はもう拘束されていなかった。
「あああ…この辺で暁って言えば、うちの高校の「裏番」の暁ではなかろうか…。
この前も柔道部七人相手にKO勝ち。「表番」の右京さんも一目置いてるって噂
だし。ヤバいっすよ…こここ殺されるううううううッ!!」
丸眼鏡が転けそうな走り方でその場から逃げ出すと残りの二人も慌てて
公園から逃げ去ってしまった。
「あッお前ら待て!」
指を折られた男も半ベソで逃げようとする。
「待て」
暁が曲がったバットを男のフードに引っ掛け呼び止めた。男はハッ…ハッ…!と
短いリズムで息をしている。どうやら恐怖のあまり過呼吸になっているようだった
「次来たら…一人減ることになる」
からんからんとバットが地面に落ちる音で男は間抜けな悲鳴をあげて
逃げて行った。
「琴…逃がした後に聞くのもなんだが。あいつらに何かされたか?」
スイッチが完全に切れていない状態なのか、声にまだ怒りが篭っている。
私は思わず目をそらしてしまった。
「いや、話しかけられただけだ。私はなんともない」
この状態の暁は私でも少し怯む。縞馬を前にしたライオンのようなものだからな。
「いやあああ!!よかったああ!!年寄りに心配かけるんじゃないわい!!
生きた心地がせんかったわ!!」
真田が泣き笑いながら暁の頭をぐりぐり撫で回した。よほど気にかけてくれたのであろう。
「老師。私らよりあの人の方が重傷です。運びましょう。」
そうだ、松島という爺さんが先に奴らに殴られていたんだった。
私らは松島をダンボールでできた家まで運び、応急処置を施した。
幸い骨は折れておらず、打撲後だけが痛々しかったが命に別状はなさそうだ。
「ありがとうお前さん達。大の大人が情けない姿を見せちまったな。」
「奴らはもう来ないでしょう。安心して体を治してください。」
元に戻った暁は少し笑って爺さん達に言った。やれやれ、暁が来なかったら
今頃どうなっていたことやら…。後で私からも礼を言わんとな。
「さっきの戦い。見ておったぞ。」
そこへ白髪で草を咥えた男と仔犬がやってきた。
「ああ!!」
叫んだのは私と真田だった。
「思い出した!!古玉の爺さんが餌やっとった犬!」
「なんだお前さんら。こいつの飼い主だったのか。
昨日公園をうろついておってな、腹を空かしていたからちくわをやったら
なついてしまって困っておったんだよ。」
「ワン!」
仔犬は古玉の手をベロベロ舐め回している。ラブラトールに、痣。
青い首輪。間違いなく「シロップ」だ。
「こんなところで見つかるとは……」
なんだか拍子抜けてしまう。
つづく




