探偵はダンボール箱で推理する2/1
「まったく、昨日はとんだ一日だった!」
賑わう教室の片隅で色とりどりのおかずでこしらえた弁当をもしゃもしゃ
食べながら暁に言った。
「自業自得じゃね……?」
暁は昨日のおでんでこしらえた弁当をもしゃもしゃ食べた。
「…お前の弁当は茶色いな」
「冷凍食品は嫌いなんだ。中が凍ってる時もあるし」
眉を潜ませながら煮卵を頬張った。
「言っておくが、これは冷凍食品じゃないぞ」
「一般家庭は毎朝本格的に料理なんかしないんだ。姉貴と父さんの分も
作るとなるとなおさらな」
そういえば、暁の家庭は父親と姉の三人家族だったな。
暁の父親はラーメン屋で、近所の人間の80%が「ラーメンの概念を侮辱している」
と答え、20%が「ラーメンだと思わなければ食えなくはない」とある意味評判の
店を開いている。以前遊びに行った時に、ラーメンを出してもらったことがあるが
……あれは本当にラーメンだったのだろうか?いや、そもそもラーメンって
なんだっけと思わせる造形(?)をしていた。暁自身は
「新手のスイーツだと思えば苦じゃない」
と苦行中のブッダの如く悟りきった表情でラーメンをすすっていた。
その横では暁の姉と思われる人物が
「このクソ親父!!全国のラーメン作っている人間に死んで詫びろッ!!」
「ちくしょう!!夏に向けて研究しつくした
「トロピカルラーメンバナナシャーベットスペシャル☆キラウエア盛り」をよくもぶち撒けてくれたな!!
このクソガキッ!! あと、お父さんと呼びなさい!!」
と、台風でも発生する勢いの乱闘を目の当たりにしたのだった。
おそらく晩御飯とかは姉とこいつで切り盛りしているんだろうな。
乾いた笑いを浮かべると。暁は大丈夫か?という表情でこちらを見ていた。
「……なんでもない」
同情せざるを得ない。
「平常院さん、食事中にごめんなさい。ちょっといいかな?」
すこしまごついた声が二人の間に割り込んできた。ショートカットに眼鏡を
かけた女生徒が立っていた。
「龍野さんじゃない。私に用事かな?」
龍野さんは私のクラスの学級員を勤めている生徒だ。しっかり者だが
どこか期待に圧迫感を感じている様にも思える。
学級員を決める際もクラスや先生の推薦で決まったもので
本人が進んでなったものではない。が、学校の役員なんて皆そんなものだろう。
「お願いしたいことがあるの」
ほお。いつものき弱な彼女にしては真剣な顔つきだ。
余程の事だと見て取れる。
「まあここではなんだ、屋上に行こう。用件はそこで」
私は、暁について来いとアイコンタクトを送った。暁は小さく
うなずいて立ち上がった。
「私の家に仔犬がいたんです。三日前に路上で拾いました。
雨に打たれて…凍えてました」
深妙な雰囲気で龍野さんは話し始めた。よく見れば、小刻みに震えている。
しかし、「いた」とは。
「まるで今はいないみたいな言い方だな」
暁は私が疑問に思ったことをすかさず口に出した。
「実は、昨日家に帰ったらリードが切られていて。帰って来ないんです」
「切られていた?」
私は会話に妙な気を感じていた。
「それも謎なんだけど。今はあの子が心配なんです。まだ体が回復しきって
ないのに。もしもの事があったらって思うと…」
「でだ。引き受けたはいいが、情報が少なすぎる。犬の写真片手に聴き込みするか
あるいは~……。目撃者でもいればな…」
暁との龍野家を後にした、手に入れた物は犬の写真と千切れたリード。
捨てられていた場所を記したメモを見ながら途方にくれていた。
「犬種はラブラトールレトリバー。生後三ヶ月。左耳に痣アリ。
発見時には青い首輪がつけられていた。
情報をまとめるとこうだ。三日前に路上に捨てられていた仔犬を龍野が保護。
「シロップ」と呼んでる仔犬は昨晩、回復もままならないまま失踪。
リードは外されていた、ではなく切られていた。これに関しての情報は
今の所なし。龍野は元の主人の所に帰ったのではないかと推測している」
「シロップの安否が最優先なんだろうが、この町を隅から探すとなると
骨の折れる作業だ。まずは元飼い主を当たるとするか。暁、シロップが捨てられてた場所へ行くぞ。」
「琴。一つ気になることがあるんだが…。」
暁は千切られたリードに目を落としながら呟いた。それは私も今回の件で
一番気になっている点でもあった。
「元の飼い主ならリードは普通に外されているはず、では誰が?だろう。」
「しかも切断面がきれいすぎる。紐のリードを包丁や果物ナイフじゃあ時間もかかるし、
こんな電ノコのような切り口にはならないだろう。」
「気になる事ではあるが、今回はシロップを見つけるのが先だ。行くぞ。」
シロップが捨てられていたであろう場所までやってきた。
学校の裏山の麓近くにある丸山公園の入り口付近をメモは示していた。
「公園なら目撃者がいるかもな。」
公園名が書かれたプレートが貼られているブロックの裏側には20×30センチほどの
湿ったダンボール箱が捨てられていた。シロップが入れられていた箱だろうか?
「特に変わったところはなさそうだな~。」
ふと、辺りを見回してみると暁がいなくなっていた。あいつ、どこへ行ったんだ?
「琴」
見ると公園内の茂みに潜っていた暁が顔をひょっこり出した。
「お前なにやってるんだ?遊んでないで真面目に探せ」
「……出られないんだ。足引っ張られて…」
何を言ってるんだか、ワニがいる訳でもあるまいし。
「…マジで」
「も~仕方ないな」
どうせなら思いっきり引っ張って足にくっついている奴も引きずり出してやろうと
暁の手を取る。私の表情で察したのか、暁の手にも力がこもる。
「そらぁっ!!」
「フガァッ!?」
暁と共に茂みから出てきたのは、ボロボロの衣服を身につけた老人だった。
どうやら足ではなく靴を掴んでいたようだ。
「馬鹿もんがぁ~!!年寄りをいたわらんかはばぁ!!?」
暁がすかさず老人の腹に蹴りをいれた。
「あーびっくりした…。茂みの近くに歩いてたらいきなり足掴まれたから」
「いったいなんなんだこの爺さん」
謎の老人は腹を抑えて痛そうに呻いている。ホームレスだろうか?
「あだだ……近頃の若いもんはすぐ手を出す。もうちょっと話し合いで
解決しようとせんもんかの。わしゃあちょっと靴好きで横になっとったら
いい感じのシューズが目に入ったもんで、気がついたら手が出とっただけなんじゃよ。
いや、盗るつもりはなかったんじゃ!」
どうやら靴が目当てだったらしい。この町には変な老人しかいないのだろうか?
とっとと退散した方いいかもしれないな。
「聞いてくれるか?!!わしのこれまでの人生を!!短縮するから!」
ほら来たよ身の上話!!否応なしに老人は語り始めた。
「わしの家は靴屋じゃった。父ちゃんも爺さんも靴が好きでな。
しかし、戦争で店と家族を一度に失った。九歳じゃった。
わしは親戚に引き取られて、しばらくは靴磨きで暮らしとった。
靴磨き仲間もたくさんおったんじゃぞ。
じゃが…時が経つつれ一人減り、また一人減り。
気づいたら、またわしは一人じゃった。
でもわしは靴磨きとしての誇りを捨てたくなかった。いや、捨てられんかった。
わしは昼も夜も懸命に働いた。
随分経ったある日、一人の若い娘さんが靴磨きをお願いしたい。と
わしの所へ来た。白いワンピースの似合う、そらうっつくしい娘さんじゃった!
毎日昼過ぎに靴磨きの為にわしの所へ足を運んでくださる彼女にわしは
明日も来てくださるだろうか?と、思いながら眠ったもんじゃ。
…楽しかった。本当に…。
じゃが、ある日を境に娘さんはいなくなってしまった」
「え…なんで……?」
思わず声が出てしまった。
「フランスへ行くと言っておった…。父親は大会社の社長で彼女はその令嬢。
わしは思わず笑っちまった。勿論心の中でな。身分違いもいいとこだと思ってな。
明日、日本を発つ前にもう一度会いたいと言って。彼女は去った。
わしはなけなしの金で買った花束を持って、彼女を待った。
町の雑踏から、あの白い姿を必死に探した。ずっと……ずっと ……。
……結局、その日彼女はめっからなかった。
それからは…あまりよく覚えておらん。気づくと客は全く来なくなり
そのうち道具も揃えられんようなってな。
こんな男の出来上がりじゃわい。ああ、でも。
白い靴を見ると、今でも思い出すのう。あの白い面影を。」
真面目に聞く気もなかったはずなのに。この頬を伝うものはなんだろう?
横を見ると無表情だが、暁から大粒の涙がボロボロこぼれていた。
「お前さん、その靴は自分で買ったのか?」
「…父さんに買ってもらった」
白いスポーツシューズの踵の部分は擦り切れてボロボロだ。余程長く履いているの
だろう。
「大切にせえよ。靴は相棒じゃ。いつの時代もな」
老人と暁はぐっと熱い握手を交わした。
「爺さん、いえ老師。お名前をお聞かせ願いたい」
「わしは真田隆司。お主は」
「真田老師…暁絃と申します」
二人は完全に別世界に行ってしまっている。
「えーと、何しに来たんだっけ?」
当初の目的を覚えている熱心な読者様はこの中にいらっしゃるだろうか?
つづく