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魔王討伐を目指す俺のチートは戦闘では使えない代物でした。

作者: 原雄一

 正月にせき立てられるように衝動的に書いたので、正直あまり面白くないと思います。

「喰らえッ!!」


 指先から放たれた青い雷が、【レグルーム】と呼ばれる巨大なナメクジのようなモンスターに直撃。金属が擦れるような不快な叫び声を上げて煙を上げるレグルーム。


「まだまだァ!!」


 続いて掌に炎を発生させ、球状にして放つ。動きの止まっていたレグルームはそれをもろに受け、再び金属音を上げて絶命した。


「よっし!」


 俺はぐっと拳を握る。が、


「お前何もしてないだろ」

「まったくだ」

「……ちっ」


 仲間たちにツッコまれて俺は小さく舌打ちをした。


 そう、レグルームを倒したのは俺の仲間のうちの2人、ディミトリス・フォミナの雷とエルヴィン・ヘーゲルの炎だ。俺は一切何もしていない。


「結局お前はここまで来ても何もしないよなぁ」

「しょうがないだろ、俺のチート使えないんだから」

「そのくせ生き残るよなぁ」

「……しょうがないだろ、死にたくないもん」


 右を向いても左を向いてもチート持ちのこの世界では、雷を出せる炎を出せるなんてのは当たり前だ。それなのに俺は、ゴミみたいなチートしか持っていないのだ。


 俺のチートは神から与えられた。一年ほど前に突然この世界に呼び出され、神にチートを与えられた。そして世界を救えだなんだとゴチャゴチャ言われて、すごい責任を負わされてしまった。そのくせ与えられたチートは、戦闘には使えないゴミだったという訳だ。


「いやいや、俺も分かるぜ、お前の気持ち」


 これはもう1人の仲間、クリフォード・オーウェルだ。


「俺もあんまり戦闘向きのチートじゃないからな」

「とか何とか言って、結構戦闘参加してんじゃねぇか」


 彼のチートは〔超速移動〕。確かに直接の攻撃力はないが、剣を使えるクリフォードはきちんと戦闘力になっている。


「さぁて、もうすぐだな」


 エルヴィンが言った。


 俺たちは今、モンスターたちを操り世界を手に入れんと目論む魔王、【ガロムヘイル=グラン】の居城にいる。魔王を止めて世界の危機を救え―――それが神に与えられた指令だ。それを果たせば、元の世界に帰還できるのではと俺は踏んでいる。

 そして俺は、どうしても今日中に帰りたい理由があるのだ。何とかして魔王を倒し、日付が変わる前に元の世界に戻りたい。


「あ、またレグルーム」

「ナメクジばっかりだな」


 魔王の城を守る番人が大量のナメクジとか、色々と大丈夫なんだろうか。


 ディミトリスが雷を放ち、エルヴィンが炎で追撃する。一瞬で抜剣し一瞬で姿を消したクリフォードがさらに追撃。真っ二つになったナメクジから、緑色の液体が流れ出す。


「うえぇ、くっせぇ」


 クリフォードが顔を顰める。


「そろそろ別の奴と戦いたいな」

「だからお前は何もしてないだろ」


 エルヴィンのツッコみに俺が舌を出すと同時に、低い唸り声が鼓膜を揺らした。


「……お前が変なこと言うから」


 俺たちの前に出現したのは、黒い体躯に紅い眼をした熊、【ブラッドベアー】だった。高い攻撃力と体力を持つ強敵。レグルームとは比べ物にならない。


「先手必勝!」


 ディミトリスの指先から電撃が迸る。それは見事にブラッドベアーを直撃したが、敵は微動だにしない。


「っち!」


 先程俺がしたのとは比較にならない鋭さで舌打ちをするディミトリス。その隣でエルヴィンが炎の球を作るが、ブラッドベアーも接近してくる。


「せいッ!!」


 一瞬で熊の前に出たクリフォードが斬撃を加える。ブラッドベアーは紅い血をにじませつつも怯まず反撃した。だがその時には既にクリフォードはそこにいない。

 ディミトリスの炎の球がダークベアーを襲った。黒い獣が炎に包まれる。


「オアアァァアァアァアァァァ!!」


 重い叫び声。魔王城を構成する石造りの柱が震動する。あまりの音圧に俺たちも動きを止めた。その時。

 凄まじいスピードでブラッドベアーが迫ってくる。俺たちは誰一人として反応することができない。奴の狙う先は、俺だ。


「ヤッ……ベ!」


 地面を蹴る。間一髪回避。さっきまで俺が立っていた地面が、ブラッドベアーの鋭利な爪で削られた。


「あぶねぇ!! ちょっ、助けて!!」


 攻撃能力をほぼ持たない俺には、コイツは手に負えない。見かねたディミトリスが雷で援護してくれる。


「さっすがディミちゃん!」

「いいから逃げろ!! ていうかその呼び方やめろって言ってるだろ!」


 言われずとも逃げている。炎に包まれて感電した熊など敵ではない筈なのだが、足を止める気にはなれない。


「オオオオォォォォォォォ……」


 膝を突いて崩れ落ちるブラッドベアー。それを見て、俺はやっと安堵の息を吐いた。


「あぁ怖かった……」


 ブラッドベアーが俺に突進してきたときは本気でビビった。死んだかと思った。俺は熊が苦手なんだ。熊に出会ったときは目を合わせたままゆっくり後退しろ、なんて言うけど、俺はあんなデカくて怖い奴と目を合わせられる自信がない。


 それから俺たちは再び進攻した。何体ものモンスターと交戦したが、その都度何とか倒すことができた。これはひとえにディミトリスとエルヴィン、そしてクリフォードのおかげである。俺は例の如く何もしていない。


 そして―――、


「……ようやくここまで来たか」


 俺たちの目の前には、紅い巨大な扉が立ちはだかっていた。魔王の間だろう。扉から既に禍々しいオーラが出ている。俺は密かに身震いした。


「……心の準備はいいか、お前ら?」


 エルヴィンが確認する。俺たちは無言で頷いた。


「よし……じゃあ、開くぜ」


 エルヴィンが扉に手を当てて力を込める。魔王の間を守る巨大な扉が、ズッ、と重々しい音を立ててゆっくりと開いた。


《……何者だ?》


 俺たちが部屋に足を踏み入れると同時に響いた、低く重い声。声の発信源を辿るとそこには、邪悪な表情を浮かべたいかにも【魔王】って感じの顔があった。


《ここを魔王の間と心得ての入室だろうな》


 声だけで身体が震える。それほどに迫力のある声。ほかの3人も同様のようで、冷や汗を浮かべて立ち尽くしている。


《……返答はなし、か》


 魔王が呟くように言う。


《では―――叩き潰してくれということで構わぬな》


 言って魔王は、その紅い瞳で俺たちを睨みつける。正直に言って足が竦んだ。だから俺はせめてもの抵抗に、紅い眼を正面から睨み返してやった。魔王がピクリと反応する。


《……ほう》


 魔王が感心したような声を出して俺を見た。


《貴様……なかなかカッコいいではないか》

「「「……は?」」」


 俺を除いた3人が、揃って声を上げる。俺はニヤリと笑った。


《気に入ったぞ。貴様、我が側室にならぬか》

「「「は?」」」


 またもや3人が素っ頓狂な声を上げた。魔王は構わず続ける。


《世界を手にせんとする我と共に在れば、貴様も世界の覇王となれる》


 魔王の計画の話が出たところで、俺は口を開いた。


「ふうん……まあそれも面白いと思うけどさ、俺としては世界が平和なほうが助かるんだよね。だから世界征服なんて危険なこと考える奴はちょっと……」

《何!? 待て、待ってくれ、分かった、貴様がそう言うなら……》

「俺がそう言うなら?」

《計画は中止する! だから頼む!》


 ―――かくして世界の平和は救われたのだった!


   *


「じゃ、悪いけど俺、行きたいところがあるから!」

《む、そうか。なるべく早く帰ってきてくれよ》

「オーケーオーケー」


 俺は魔王にサムズアップして見せ、


「さ、ほら行こうぜ」


 頭の上にクエスチョンマークをたくさん浮かべて首を傾げている3人に声をかけた。


「おい、どういうことだったんだよ?」


 魔王城を出てすぐに、クリフォードが疑問をぶつけてきた。


「ん?」

「だから、何で魔王は急にお前のことを気に入って、計画の中止まで即決したんだ?」

「ああ……そう言えば、お前らには俺のチートの詳細って言ってなかったっけ」


 そう。仲間たちには『戦闘には使えないチート』としか言っていなかったのだが、俺が神から与えられたゴミチート、それは〔目と目が合う瞬間好きだと気付かせる程度の能力〕だった。完全に俺の世界のとある歌を想起させる能力だが、こんなチートを与えられて魔王を止めろだなんてふざけてる。

 しかしその『魔王を止めろ(・・・)』という部分が、結局はキーになった。もし『魔王を倒せ』と言われていたらどうしようもなかったが、止めるだけでいいのなら俺のチートでも十分、むしろ持ってこいの仕事だ。


 要するに、俺はこれまで誰とも目を合わせず、魔王とだけ目を合わせることによって『俺のことが好きだ』という錯覚に陥れた。俺のことが好きになった魔王は、無事俺の言うことを聞いてくれ、世界征服というふざけた野望を阻止することができた訳だ。


 そのことを3人に伝えると、彼らは呆れたような感心したような複雑な表情を作って、


「お前のチートは本気でゴミだったんだな」

「あーうん、そうか」

「……お前も大変だったんだな」


 と三者三様の反応を返した。


「いやまったく、ホントに大変だったんだぜ、誰とも目を合わせないってのはよ。熊に出会ったときは目を合わせたままゆっくり後退しろなんて言うけど、あんな奴と目ェ合わせて好かれてもしょうがないし」

「でも魔王ならオーケーなんだな」


 ディミトリスがえー正直引くわーみたいな顔をして言ってくる。


「いやそうじゃなくて。俺だって魔王と結婚なんて御免だけど、魔王の野望を止められれば―――」


 その時、俺の身体が不意に光り始めた。


「―――神様も認めてくれるかなーと思って」


 俺がニッと笑うと同時に、視界が一瞬暗転した。


   *


《……お疲れ様でした》


 光り輝く謎の空間で俺を出迎えた、美人な神様が言った。


「ほんっと疲れた」

《まさか私の与えたチートをあんな風に使うなんて思ってもいませんでした。私としては試練のつもりで与えたチートだったのですが》

「世界の平和を守れとかいう割に試練なんか与えてたのかよ。随分サディスティックな女神サマだなおい」


 俺が文句を垂れると女神はにっこりと笑った。


《ですが、あなたは無事に魔王を止めた。私の課した試練は無事クリアされたのです》

「じゃ、元の世界に帰らせてもらおうか」

《もちろんです。……この世界で関わった人々に、何か伝えておきたい事はありますか?》


 女神の言葉に、俺は少し悩んでから、


「んー、そうだなぁ……じゃ、伝えてもらおうか。エルヴィンには『頼りになったぜ、サンキュー』、クリフォードには『あんたはちゃんと戦力になってたよ』。んでディミちゃんには……『今までサンキューこれからも頑張れ(棒)』、ってな」


 そう答えた。


《分かりました》


 女神は再びにっこり微笑んで、言った。


《それでは、貴方を元の世界に転送します。貴方の世界の人々には、貴方がいなかった記憶は残っていないので安心して下さい。今までお疲れ様でした》


 その瞬間、俺の視界は暗転した。


   *


 気が付くと、そこは元の世界だった。


「俺ん家の……近所だな」


 今は夜なのか辺りは暗いが、見覚えのある景色だ。


「チートも、残ってないんだよな」


 試しに歩いていた可愛いお姉さんを呼び止め、目を合わせてみたが、何か変わったようには見えない。


「何ですか?」


 可愛いお姉さんが首を傾げて訊いてくる。


「あ、えっと……今日は何日でしたっけ」


 俺が確認すると、可愛いお姉さんは怪訝そうな顔をしながら、俺が予想していた通りの答を返してくれた。


「ありがとうございます」


 俺は可愛いお姉さんにお礼を言って別れると、我が家の方に向き直った。


「あー……一年ぶりだな」


 こっちの世界の人には全然久し振りじゃないのかもしれないが、一年近く別の世界でモンスターと戦っていた俺からしたら超久し振りだ。少し緊張する。


 アパートの階段を上がって、自分の家の前に立つ。いつからかポケットに入っていた鍵で家の扉を開けた。気分はさながら、魔王の間の扉を開ける勇者のよう。


「ただいまー」


 できるだけ平静を装って帰宅を告げる。台所からひょっこりと顔を出した母の顔は、一年ぶり。玄関にかかっているカレンダーをちらりと確認した。1月。


「……あけまして、おめでとう」


 俺は向こうにいた頃から言いたくて仕方がなかったその言葉を、口にした。

 みんな、あけおめ。

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