犬の冥途
車に轢かれたのははっきり覚えていた。自分の周りがおびただしい血の海になったのが見えて、うわー血だらけだ。ああ~こりゃ死ぬわと思った。暢気なのではない。諦観とでも言うものなのだろう。
そして目の前が真っ暗になって、ふと気がつくと寒々しい草原に私は立っていた。それまでの経緯から、自分は死んで、冥途とやらにいるのだろうと思った。
さて、何をすればいいのだろうと思っていると、遠くから何かがやってくるのが見えた。
犬であった。五匹の犬が、こちらに走って向かってくる。
私は噛まれると思った。五匹の犬に襲い掛かられては、たまったものではない。死んでしまう……ああ、私は既に死んでいるのだった。そうなると、犬たちに噛み引き裂かれたら私は一体どうなるのだろう。
そうこうしていると、ついに犬たちが私を取り囲んだ。
「どうして人間がここにいる?」
なんと一匹の犬が口をきいた。
「どうしてって言われても、車に轢かれて、死んだらここにいたんだよ」
知らない人には基本的に敬語で話す私だが、犬に敬語で話すというのもおかしいので敬語はやめた。
「ここは犬の冥途だぞ。人間のくるところじゃない。閻魔様に言って、人間の冥途に移してもらおう」
そういうわけで、私は無事、人間の冥途にいくことができた。いわば私は、犬の冥途を垣間見た貴重な亡者なわけだ。
そして君自身は気づいていないようだが、その亡者の話を聞いている君は、今、冥途にいるのだ。
即興小説トレーニングというサイトで出された「犬の冥界」というお題で、即興で十五分で書いたものを若干手直ししたものになります。