ワープ理論
「博士ーー、シュタイン博士ーーーー」
助手の卓也は、忙しく走り回るシュタイン博士を後ろから追いかけながら呼んだ。
「なんだね、助手の卓也君、今忙しいのだから、後にしてもらえないか?」
「えっとーー、このレポートの結果なのですが……」
「今忙しいから見ている暇など無い、後にしたまえ」
「はい………」
仕方なく、僕は研究室へととぼとぼと帰ることにした。
確かに今はとんでもない状況である事は理解している。
太陽の寿命がつき、何時赤色巨星へと膨張を始めるかわからないからだ。
火星にも木星のタイタンにも安定したコロニーが出来ている。
しかし、赤色巨星となって膨張し各所で破裂して発生するプラズマストームにとても耐えられない。
天王星のコロニーは遠いために無事だが、必要な金属資源が少ない。
全人類の僅か0.001%以下の人口しか救えないだろう。
それに救えたとしても、その未来は暗いものだ。
尊敬するシュタイン博士はこの危機を乗り越えるべく恒星間移民船の開発に尽力している。
そのためとても忙しい方だ。
現実的なプランの一つに、月を恒星間飛行船として改造し、光速の30%程度で星の海をわたる方法。
ただし、これもまた人類の0.1%しか救えない上、何世代に渡って月の中で生活する世代交替船という厳しい旅をしなければならない。
もう一つは光速を越えて移動するワープ理論だ。
しかし長い人類の歴史の中で数多くのワープ理論があったが、どれも現実の技術になしえなかった。
オカルトな理論から物理学理論より導き出されたしっかりとした理論も多い。
しかし、とてつもないエネルギーを必要としたり、何処にあるかも分からない次元の壁を突破したり、未だに見つからないタキオンを使用したりと、理論から導き出される可能性しか見つかっていない、とても嘆かわしい状況である。それでもわが研究チームはシュタイン博士を代表にワープ理論とその実現のための研究を行っている。
ドタドタドタと足音と共にシュタイン博士が帰ってきた。
「卓也君さっきのレポートはどこかね?」
「はいこれです博士」
……
「う〜〜〜〜〜むむ、やはりまだエネルギー不足か……」
「卓也君、この結果をY資料に当てはめてみて、可能な理論値の算出とエネルギー量を計算してくれ」
「はい、分かりました」
うわ〜〜、Y資料に当てはめるのか、とんでもないい事を頼まれてしまった。1週間は徹夜かな。
「卓也君、今からタイタンの会合に行ってくる、後はよろしく」
「はい!」
……
ドタドタドタと足音と共にシュタイン博士が帰ってきた。
「タイタンの連中は話にならん!、バリアを強化してプラズマストームに耐えると言っているが、望み薄だな」
「卓也君、レポートの結果は出たかね」
「いえ博士、まだ手を付けたばかりです」
「速くしたまえ、今から冥王星コロニーの改造と恒久化の議論に冥王星基地に行ってくる、あとはよろしく」
「はい!」
……
各研究員に割り当てられた研究結果の進捗状況の報告とY資料分析の会議を開く。
「みんな忙しいが、これも博士のため、人類のためだ!、がんばってくれ」
「では会議を解散する、よろしく」
研究室に戻ってみると、博士があわただしく問い詰める。
「先ほどのレポートをもう一回見せてくれないか」
「はい」
「う〜〜〜〜むむ、こうなってたか……、なるほど……」
「では、卓也君、地球連邦政府に行ってくる、後はよろしく」
「あの〜〜博士、一つお聞きしたいのですが、こんな短時間に各所の会議に行けるのは何故ですか?」
「今忙しいのだが!」
「すみません、ぜひ教えてください、お願いしますシュタイン博士」
「仕方ないな、あまりにも忙しいので、政府に依頼して私と寸分たがわぬアンドロイドを作ってもらい、各ポイントに配置してある、そしてこの装置だが」
と言いながらポケットから奇妙な装置を取り出す。
「これは、片手間に作った精神波伝送装置だ、私の精神波を各アンドロイドにつなげて私自身として動く装置なんだ」
「すばらしい!、博士ちょっとその装置を見せてください」
「ほれ、壊すんじゃないぞ」
「ふむ〜〜〜、博士これの設計図はありますか?」
「その棚にある、古い手帳に書いた走り書きだ」
……
「あ、卓也君!、装置のカバーを外すんじゃない! あ、ああ〜〜〜〜〜壊れるじゃないか」
……
「博士、これ物質も転送できるワープ装置じゃないですか!」
「へ?、どれどれ……ほお〜〜確かに、ふむふむ……」
……
「すばらしい、良くやった卓也君、これで人類は救われた」
「ところで博士、この手帳ずいぶん古いですが、何時設計されたのですか?」
「どうかの〜〜、わしの若いころ30年前だったかな、まあ、過去の話はいい、これで人類が救われたのじゃ、卓也君、がはははははははは…………」
シュタイン博士は天才だ、尊敬できる、尊敬できるんだが、できるんだが…、できるんだが…………
卓也の頭の中に、博士の笑い声と尊敬の言葉がこだまする。