表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2


 人はなんのために産まれてくるのか。答えは決まってる。ぺろぺろするためだ。理由なんてない。ぺろぺろしたいがためにぺろぺろする、ぺろぺろするとぺろぺろしたくなる、ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ、ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ、そんなマッチポンプで無限ループな衝動に任せて俺は今日も女の子をぺろぺろするのだ、ぺろぺろ。

 ここはみんなが平和に暮らす町、凹阪府池田市。凹阪大学の下町なので下宿生がたくさん住んでいる。俺もこの春からそんな有象無象たちの一人になったのだが、女子大生をぺろぺろし放題な環境でしばらく生活を続けた男子学生がどうなったかは想像の通りである。

 時間は午後十時二十分、石橋商店街で俺は一人の女の子に狙いをつけた。身長百五十センチほどの黒髪薄化粧な小動物系だ。TSUTAYA、百均、酒屋と欲望のままにふらふらする彼女をそつなくストーキングし、人通りが少ない路地に入るのを見届けた。

 ところで俺には時間を十秒だけ巻き戻せるという特殊能力が生まれつき備わっていた。当初はその制限のでかさから何だよ十秒って短すぎるだろぜんぜん役に立たねーよふざけんなよ糞がと思っていたが今となってはそのときの自分を殴りつけたい。今となってはわかる。ひとえにぺろぺろするためだったのだ。この能力がなかったら俺は今頃監獄の中に入っていることはおろか、再犯に再犯を重ねて死刑になっていたかもしれない。

 おぼつかない足取りで歩く彼女との距離を詰める。そして草食動物に食らいつくチーターのイメージで一気に近寄り、ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ(一)ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ(ニ)ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ(三)ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ(四)ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ(五)ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ(六)ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ(七)ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ(八)ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ(九)――。

「ひ、ひゃぁああああああっ!」

 俺は華麗なターンを決めて彼女に背を向ける。

 狩猟の後は祈りの時間。神様ありがとう。手と手を重ねて額の前に持って行き、強く念じる。それだけで世界は十秒死ぬ。グロウイングアップ・バーニング・スピリット発動。これは能力名だ。

「何するんですか!」

 今日もいいぺろぺろだった。八十回弱くらいぺろぺろできた。前回は六十五ぺろぺろだったから、またひとつ成長したことになる。百回の壁を超えられる日も近いだろう。

「ひ、人を……ぺろぺろするだなんて……。そんな……ぺろぺろされたほうの気持ちも考えてくださいよ!」

 ってあれ……?

 どうして俺は彼女と向かい合い、説教を受けているんだ? 俺の能力は誰にも迷惑がかからない平和な代物のはずだ。こんな状況はありえない。俺はパニックに陥っていた。

 能力が発動していない……だと……。

「謝ってください!」

「ごめんなさい」

「謝ってもすむもんじゃないんですよ!」

「じゃあどうしろと」

「どうしろもこうしろもないですよ!」

「そうですか」

「私と結婚してください」

「はい~?」


 そんなわけで俺は彼女と籍を入れることとなった。困惑の「はい~?」を肯定の返事と勘違いした彼女に引っ張られ、そのまま一夜を共にし既成事実を作られ次の日市役所までしょっぴかれてしまった。後から聞いた話によると彼女は三十二歳で年齢=彼氏いない歴の処女であり、次々と結婚していく友人を思い返しては羨ま嫉妬な気持ちでハンカチを噛む夜をすごしていたという。もう男であればなんだっていい、むしろ女でもいい、と決意して、決意したはいいがどういった行動をすればいいかわからず、とりあえず飲みあかそうとしていたときの出来事だったとか。そんな彼女にとって自分をぺろぺろしてくれた俺は最適の相手だったということだ。

 

 俺は最強のペロリストを目指していた。十秒間のぺろぺろ回数をあげることだけを考えて生きていた。それだけが俺の生きる理由であり、それが俺のすべてだった。だが本当にそうだったのだろうか? 俺はこの糞に糞を塗るような日々に辟易し、思考停止していただけではなかったのか。難しいことや不安になるようなことを考えないように、逃避手段としてぺろぺろしていたのではないか。俺は結婚して、初めてそのことに気づいた。それではぺろぺろも浮かばれない。ぺろぺろがかわいそうだ。ぺろぺろに対する冒涜を犯していたことを知った俺は大学を辞め、彼女の実家である居酒屋を継ぐために修行を始めた。調理師免許はもう取ったから、あとはお父さんに認めてもらうだけなのだが彼は頑固ものなのでこれがなかなかうまくいかないのだ。

 

 人はなんのために産まれてくるのか。これにはなかなか答えは出せないように思う。だけど、人はなんのためにぺろぺろするのか、ならどうだろう。最近、新聞を読んでいると何の考えも美学もなしにぺろぺろする事件が多発しているように思う。この被害者は酷だ。せっかくぺろぺろされるというのに、それが愉快犯だと知ったらたまったもんじゃないだろう。だからぺろぺろされる側のためにも、今一度考えてほしい。俺たちがぺろぺろする今日は、誰かが昨日ぺろぺろしたかった明日なんだ。俺たちがぺろぺろすることで何ができるのか。何を変えられるのか。地球上の人口は現在七十億人。ぺろぺろする相手には困らない。だが、ありとあらゆる場所で無限回行われているように思えるぺろぺろでも、元を正せばある場所での一回のぺろぺろに過ぎない。このぺろぺろをないがしろにせず、固有の意味づけをし、ぺろぺろし抜くことが大切なのではないだろうか。そうすることで何かが生まれるのではないだろうか。


 俺は今日も彼女をぺろぺろをする。寝室で、台所で、トイレで、新婚旅行先のパリの凱旋門で、路上で、温泉で、店先でガソリンスタンドで友人の杉下の家でぺろぺろしあった。ぺろぺろするうちに、俺は確固たる理由を手に入れた。それは何かって? 疑問を持ったならそこがぺろぺろのスタートラインだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ