表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

第一章:再会は始まりの鐘3


「俺を、殺しに……?」


 正面から宣戦布告されたリグリットは、少しだけ動揺したように瞳が揺らいだが、それもひとつ瞬きするうちに収まった。

 そしてまた視線が交錯する。国軍総統という人の上に立つ者の余裕。強者としての自負。それらが満ち溢れた強い眼差しを、マリネアは必死に受け止めた。

 目をそらしてはいけない。ここまで来て、逃げるわけにはいかない。

 本当は誰にも明かさないつもりだった。もとより、本来ならリグリットに最も明かしてはならなかった。

 けれど、こうして戻ってきた途端にリグリットに捕まって、嘘や誤魔化しなどしたくなかった。

 それほどまでに自分が本気だということを、わかってほしかった。


「そうよ。私は貴方に復讐するために、この国に戻ってきたのよ」


 復讐の理由はお互い口にせずともわかっている。あの時の別離がしこりとなって、もう二度と元の関係には戻れない。

 幼い頃の、まるで本物の兄妹のように親しかった二人は、もう幻にすぎない。

 突然の再会に動揺していたマリネアだったが、こうして落ち着いてくると激しい復讐の念が心の中から揺り戻ってきた。いざ相手を目の前にして、さらにその激しさを増していくようだ。


「……私は、貴方を絶対に許さないわ、リグリット」


 言葉にして、自分自身に刻みこむ。少女らしさなど欠片もないような冷えきった声で、マリネアは言い切った。見据えるリグリットは、やはり大した変化もなくマリネアを見下ろしている。

 ただ、マリネアの腕を掴む手に力がこもった。


「……好きにしろ」

「え?」

「何をするのも、お前の自由だ。復讐する権利もある」

「なっ!」

「だが、……俺がそう簡単に死ぬと思うなよ」


 そう言ったリグリットの瞳にぞくりとした。彼が口にした「死」という言葉は、本物の死のおぞましさや残酷さを纏っているように、マリネアの耳に不吉に響いた。


「―――それでも、諦めないわ」


 今はそのためだけに生きているのだから。

 そう、今のマリネアには、復讐以外に生きる目的などない。

 リグリットに「好きにしろ」と言われたのは予想外だったが、これで逃げも隠れもしないで済む。

 これからだ、とマリネアは思った。


「―――で、お前、こっちに来てどうやって生活する気だ」

「……うっ」

「あてはあるのか。まぁ、ユグノーチス家の令嬢では、どこの貴族からも門前払いが関の山だろうが」

「ぐっ!」


 それはマリネアもわかっている。もうこの国に存在しない貴族の娘など、誰にとっても厄介者でしかない。


「それは―――これから考えるわ」


 感情に突き動かされ、計画性がないところは直したほうがいいと言ってくれたのは、他ならぬかつてのリグリットだったかもしれない。

 この大事に至っても、マリネアはマリネアのまま、無鉄砲で無計画だった。


「これからどこへ行くつもりだったんだ」

「……とりあえずユグノーチスの屋敷へ。何か残っているかもれないし、あそこは私の家だからと思って……」

「もう六年も前に焼け落ちた屋敷だぞ。今更残っているわけないだろう。今や更地だ」


 歯切れの悪い言葉で返事をしながら、マリネアは屋敷を焼き落としたのは貴方じゃないの、と内心毒づいた。

 しかしリグリットのまっとうな指摘を聞いてマリネアは小さく項垂れた。リグリットの声に呆れが混じっているような気がしてさらに気が沈む。


「じゃあ……」

「来い」


 なんとか他の案をひねり出そうとしたマリネアの声を制して、リグリットはマリネアを閉じ込めていた自分の身体を引いた。


「え?」


 片方の手でマリネアの腕を掴み、もう片方の手で軽々とマリネアのトランクを持つと、それ以上は何も言わず来た道を戻り始めた。


「ちょっと、リグリット!」


 迷いなく歩く足取りは表通りまでの道をわかっているからか。わけがわからず抵抗しようと試みるが、トランクは取られているし彼の手を振りほどけるはずもない。


「リグリット、どこに―――」


 リグリットの早足に引き摺られるようにして歩くと、すぐに表通りに戻ってしまった。逃げている時間は長く感じたが、実際は大して進んでいなかったようだ。マリネアとリグリットが路地裏に駆け込むのを見ていた野次馬たちはもういなくなっており、そこはリグリットが乗っていたステインチュール家の家紋入りの馬車が停まっているだけの、普通の街並みに戻っていた。

 礼儀正しく主人の帰りに馬車の扉を開けた御者にリグリットは黙って頷くと、マリネアのトランクを中に入れて自分も乗り込み、そして振り返ってマリネアに手を差し出した。


「え?」

「乗れ」

「ちょっと、どういう―――、だって私は」

「いいから乗れ」


 マリネアの反駁を聞かず、リグリットはマリネアの手を強引に握り馬車に引き上げた。二人が中に入ったのを見て、外から扉が閉まった。


「リグリット!」

「出してくれ」


 非難の声を無視してリグリットが御者に声をかけると、馬車はゆっくりと動き出した。仕方なくリグリットから出来るだけ距離をとって座ったマリネアは、馬車が先ほどとは反対の、来た道を戻っていることに気づいた。


「どういうつもりなの、リグリット」


 険悪な空気が車内に立ちこめる。問いただそうとしても、もう彼は何も答えてくれなかった。そっぽを向くように窓の外を眺めているだけだ。


(……私は、貴方を殺すって言ったのよ)


 そのマリネアを不敵に挑発したかと思えば、住居の心配をし、挙句自分の馬車に乗せるなど。

 リグリットの思考は到底理解できない。マリネアはリグリットの横顔を見つめながら思わずため息をついた。


(……もういいわ。本人にも伝えたし、あとは復讐の機会を待つだけ。それ以外は……なるようになるわ)


 今がその絶好の機会ではないかという心のかすかな声に蓋をして、マリネアはことを成り行きに任せようと身体を深く座席に埋めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ