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第一章:再会は始まりの鐘2


ひと月も空いてしまい申し訳ありません;;

これから頑張る……!



 ローヒールとはいえ履き慣れない靴がカンカンと石畳の上を叩く。響く音がマリネアの居所を知らしめ続けているのはわかっているのだが、速度を緩めるわけにはいかない。

 初めて入った裏路地はどこまで行っても細く狭い。両側に高い建物がそそり立ち、太陽の光ははるか上空だけを照らしていた。

 昼間だというのに薄暗く、どこか不穏な空気が漂っていた。人の姿は見えないのに、どこからか見られているような嫌な感覚。旅を意識してマリネアの服は簡素なものだったが、不用意にこんな所へ飛び込んだのは軽率だったかもしれない。


「マリ!!!」


 名前を、呼ばれてつい立ち止りそうになった足を叱咤して、マリネアはもう脇目もふらず走り続けた。後ろから別の足音が徐々に近づいてきているのはわかっていた。


(どうして、追いかけて来るの―――)


 小柄なマリネアには大きすぎるトランクを抱えて必死に走りながら、マリネアはパニックに陥りそうな自分をなんとか落ち着かせようとしていた。

 馬車の上と下で視線が交錯したのはほんの一瞬。マリネアは確かな意思を持ってリグリットを見ていたが、彼はそうではないだろう。六年ぶりに会った、それも、生きているのか死んでいるのかもわからない少女を一瞬で見分け、こうして追ってくるなんて。

 追いつかれてはいけないと思うと同時に、立ち止って正面から顔を見たいという誘惑にもかられた。


(でも今捕まったら、私はきっと目的を果たす機会を逸してしまう)


 マリネアは速度が落ちつつあることを感じていたがそれでも走り続けた。もともと体力はないほうだし、近年はずっと室内で過ごしてきた。しかも相手は鍛え抜かれた国軍の騎士だ。

 足音はどんどん近づいてくる。もう背後まで迫っていることもわかっている。それでも足を止めることはできなくて、マリネアは目の前に見えた曲がり角をきゅっと曲がった。


「―――っ」


 途端に後ろから伸びてきた大きな手に腕をつかまれトランクを取り落とした。そのまま身体を後ろに引かれる。

 背中に強い衝撃を受けて思わず目をつぶった。両の二の腕をぐっとつかまれ、その力の強さに恐る恐る目を開けると、―――……そこに、夢にまで見た、あの顔があった。

 すっと鼻筋の通った精悍な顔。意志の強さを窺わせる強い光を宿した漆黒の瞳と、同じ色の髪。最早少年らしさのかけらもなくなった顔は、知っている顔なのにまるで別人のようにマリネアを見下ろしていた。


「マリ……」


 呼吸ひとつ乱していないリグリットは、小さく息を吐くようにマリネアの名前を呼んだ。幼い頃呼び合った愛称。

 壁に背中を押しつけてマリネアを囲うように立つリグリットの姿に、マリネアはもう逃げられないことを悟った。歯を食いしばり、もがいたところでびくともしない。力の差は歴然だった。

 ゆっくりと息を整え、意を決して、負けないようにぐっとリグリットの顔を見上げた。


「リグリット」


 その硬い声に懐かしさや甘さのような響きはなかった。それでも、リグリットの端整な顔は表情のないまま眉ひとつ動かさなかった。


貴方はまだ私を追ってきてくれるのかもしれないけれど、私は違う。私はこの六年間で変わったの。六年前の幼く弱い少女ではないの。


そういう思いを込めて、マリネアはきっ、とリグリットを睨みつけた。

 リグリットのほうも、その秀美な顔の眉間にしわを寄せ、マリネアを見下ろしていた。もともと表情豊かとは言えない彼の感情を読み取ることは、今のマリネアには難しい。

 沈黙だけが立ちこめる中、マリネアには自分の動悸の激しさがやけに耳についた。緊張している―――。当たり前だ。ずっと忘れられなかった。けれど、こんなに早く会うことになるとは思いもよらなかった人。でも、誰よりも―――会いたかった人。


「生きていたのか」


 先ほどマリネアの愛称を呼んだ低い声。六年前はまだ成長期だったのか、よく聴くと記憶の中の声よりももっと低く、身体に染みわたるような声だとマリネアは思った。


「ええ、お陰さまで」


 精一杯の皮肉を込めて、マリネアは答えた。


「今まで何処にいた」

「エソニア公国よ。あの夜、偶々商人に拾われたの」

「そうか」


 淡白な声にマリネアは奥歯を噛みしめた。この国を追われてから今日までの六年間を、「そうか」の一言で片付けられるなんて。マリネアが一人でどれだけ苦しい思いをして、寂しい思いをしてきたか―――何も知らないくせに。

 ふつふつと湧き起こる怒りのこもった目できつく睨みつけても、リグリットはたじろぎもしなかった。観察するようにマリネアを眺めた後、またあの冷たい漆黒の瞳と視線が交錯する。


「なぜ戻ってきた」

「……」


 この当然の疑問を、マリネアは少しだけ恐れていた。言うべきか、言わざるべきか。


 「俺はあの時言ったはずだぞ、もう二度と、この国には戻ってくるなと」


 随分と高い位置から見下ろされ、マリネアは小さく震えが走った。そのくらい凄みのある声だった。一生涯忘れられないあの時の恐怖が蘇える。

 抑揚のない声がリグリットの静かな怒りを雄弁に語っていた。リグリットは怒っているのだ。戻ってきたマリネアに。自分の言葉に従わなかった彼女に。


(でもそんなの、リグリットの勝手じゃない。私は従わない。もう私は、自分のためだけに生きるんだから)


 マリネアはスカートの布地をぎゅっと握りしめ、唇を噛みしめた。それからぐっと首を上げて、リグリットに正面から対峙した。

 私は、もう逃げない。


「貴方を、殺しに来たの」


 それがマリネアの目的だった。


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