惚れ薬を買った令嬢は、使う前に気づきました
深い森の中、木々の間にぽつんと一軒の家があった。それは『魔女の店』だった。
中では、令嬢と魔女がカウンター越しに向かい合って座っていた。
「では、お嬢さん。お名前とご用をどうぞ」
「テスタ・プルーヴァです。あの……」
テスタはうつむいて言葉を切り、また顔を上げた。
「……あの、惚れ薬が欲しいんですけど……」
「ホー。で、お相手はどなたですじゃ?」
魔女の表情は、いつものことといった感じだ。
「フィルトル・オレックス様ですわ。私の婚約者です」
「婚約者? 婚約者なら、惚れ薬なぞいらないのではないですかな?」
魔女が片方の眉を上げた。
「いいえ、私は、彼に本当に愛されているか、試したいのです。もし、惚れ薬を飲んで彼の態度が変われば、もともと愛していなかったということですよね?」
「まあ。それでは、愛されていないとおっしゃるので?」
しゃべりながら、魔女はカウンターの隅から水晶玉を取りだした。ぶつぶつと何かをつぶやいてのぞき込むと、にやりと笑った。
「いえ、愛されてるとは思います。でも、本心を知りたいのです」
「本心? 愛を確かめたいというのですじゃな?」
「はい」
「そうですか。それじゃあ、惚れ薬は金貨1000枚ですじゃ」
「せ、1000枚! お高いんですわね!」
あまりの金額に、テスタはテーブルに両手をついて腰を浮かせた。
「そりゃあ、もう。みなさん欲しがりますんでね。麻薬と一緒ですじゃ」
「でも、さすがにその金額は、私にはちょっと……」
「でしょうな。じゃあ、銀貨2枚のもありますじゃよ」
魔女はカウンターの下をまさぐると、小瓶を取りだし、ことりと置いた。
「銀貨2枚? さっきのに比べて安すぎませんか?」
「さっきのはいちばん高いやつですじゃからな。こっちならリーズナブルですじゃろ」
魔女は小瓶を前に突き出した。
「で、でも、それで効くんですか?」
「もちろん効きますとも。魔女のプライドにかけて、効かない薬を売ったりはしませんじゃ。まあとりあえず、これで試してみてはいかがですじゃな?」
「……わかりました。じゃあ、それを買いますわ」
魔女の言うことを信じ、テスタは薬を購入した。
◇ ◇ ◇
──オレックス邸
立派な門を通り、玄関のドアの前に立つと、執事のウィルソンがテスタを出迎える。
「ああ、これは、テスタ様」
「ウィルソンさん、フィル様はいらして? お茶でもご一緒しましょうと思いましたので」
テスタは薬の小瓶を握りしめた。ウィルソンが屋敷の中に迎え入れる。
「それより、テスタ様、いったいどちらへ行っていらしたのですか!?」
ウィルソンは慌てているようだ。
「まだ2時間しか経っていませんわ、ウィルソンさん。どうかしましたか?」
「若さまが、フィルトル様が、テスタ様をずっとお探ししていたんですよ」
「まあ、どうして?」
「それが……テスタ様がいなくては、居ても立っても居られないと、大慌てでございましたので……」
ホールの階上からせき払いの音が聞こえる。
「うおっほん……これ、ウィルソン。余計なことを言わないように」
フィルトルが階段を降りてきた。
「やあ、テス、お帰り。ウィルソンはね、大げさに言っているんだよ」
フィルトルは2人の前で、腰に手を当てて胸を張る。
テスタとウィルソンは、まじまじとフィルトルを見つめた。
「あの……フィル様」
「あの……若さま」
「なんだい? 2人とも」
2人の視線が、フィルトルの下半身に集中する。
『ズボンの後ろ前を逆にして履いておられますよ』
テスタとウィルソンが見事にハモった。
「うっ……! わ、私としたことが……も、もちろん気付いていたさ」
フィルトルはあわててズボンを押さえた。
「こ、これは、決して動揺していたわけではないんだよ……テス」
「さっき、若さまは着替えておられましたから、テスタ様の声がして、慌ててズボンを履いたのでしょう」
「ち、違うってば!」
「さっきまで、若さまは、慌てふためいてテスタ様を探しておられたのですよ」
「そうだったのですか? ウィルソンさん」
「はい。『テスが居なければ、私は生きてゆけない』、と」
「だからウィルソン、余計なことを言うなってば! 私はそんなことは言ってない」
「じゃあフィル様。私、また出かけてきてもよろしゅうございますか?」
「え!? ……う、うむ。もちろんさ。私は、婚約者だからって、君を束縛する気はないからね」
「わかりましたわ」
「で、でもね、テス」
「はい?」
「出来たらでいいんだけど、なるべく早く戻ってほしいなーって思ってさ……」
「ふふふ……はい、すぐに戻りますわ」
「ところでテス。さっきお茶がどうのって言わなかった?」
フィルトルの質問に、テスタはいたずらっぽく笑った。
「……いえ、なんでもありませんわ」
「若さま、最初から聞いておられたのですか?」
ウィルソンが、フィルトルの顔を覗き込むように尋ねた。
「ち、違うって。たまたま聞こえたんだよ」
フィルトルとウィルソンのやり取りに、テスタは微笑んで、手にしていた小瓶をしまった。
◇ ◇ ◇
──魔女の店
「……というわけで、この薬は使いませんでしたわ」
テスタは魔女に小瓶を見せた。
「それじゃあ、返品ですか?」
「いいえ。報告とお礼を言いに来たのです」
「そうですかじゃ。じゃあ婚約者どのの愛は確かだったということですじゃな?」
「はい。試すまでもありませんでしたわ」
「それは結構なことですじゃ」
魔女は、カウンターに置いた水晶玉を眺めている。
「……でも、もし、この薬を飲ませていたら、どうなったんですか?」
「どうもなりませんよ。それ、ただの水じゃから」
「え! なんですって。あなた、『効かない薬は売らない』っておっしゃったでしょう?」
「そうですじゃよ? あなたの婚約者の愛が確かなのは、この水晶玉でわかっておりましたからのう」
「な、なら、そう言ってくださればよかったのに」
「でも、あなたは、それでは納得しないじゃろう?」
はっとなって、テスタは一瞬黙り込んだ。
「……はい、たぶん」
「わしの薬はちゃーんと効きましたじゃろ。……あなたに」
「……はい」
「それで銀貨2枚なら、安いもんじゃろう」
魔女の言葉に、テスタは無言でうなずいた。
「さ、早くお帰りなされ。婚約者どのが待っておりますじゃよ」
(おわり)
お読みいただきありがとうございました。




