↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

ギャグシリーズ

漬物石にされてしまった没落貴族令嬢は、奇跡の逆転で家を再興する

作者: 黄帯
掲載日:2026/09/08


「それでは、行って参りますわ」


 私は旅用の服装で家族に言った。


「ナタリー。すまぬ」

「どうか気を付けてね。ナタリー」

「ナタリー姉様、いってらっしゃーい」


 父様と母様、幼い弟に手を振ると、私は屋敷を後にした。


 我が家は何代か前は栄えていたそうだけど、今ではすっかり没落貴族。

 家族四人が食べていくのがやっとという有り様。

 十八歳になった私は、家計を助けるために街に出稼ぎにいくことになった。


 あまり悲観してはいない。

 むしろ街に出るのは楽しみだったりする。

 将来は何か商売をやってみたいと思っているし、街では色々と学べることは多いと思う。


 街道に出ると、ウキウキしながら街に向かって歩いた。


「お嬢さん」


 後ろからやってきた荷馬車に乗った人が、声を掛けてきた。

 四十歳くらいで、スーツ姿の紳士風の男性だ。


「どちらに行かれるんだね?」

「ちょっと街まで」

「私もだよ。良かったら乗って行くかね?」

「あら嬉しい。お言葉に甘えさせて頂きますわ」


 私は荷馬車に乗せてもらい、紳士風の男性の隣に座った。


「私はレイモンド。お嬢さんは?」

「ナタリーと申します」

「ひょっとして、高貴な身分のお方かな?」

「落ちぶれてはいますが、まあ一応」


 没落貴族で家計を支えるために街に働き口を探しに行くことを、レイモンドに話した。


「ふむふむ。それは感心だね。実はね、住み込みで働いているメイドが、もうすぐ辞めてしまうのだよ。ナタリーさん。良かったら代わりに働いてみるかね?」

「是非に!」


 住み込みで働けるなら、随分と助かる。


「ところで、レイモンドさんは何のお仕事をなさっていますの?」

「あれだよ」


 レイモンドが前を向いたまま、幌(ほろ)の奥側を指さした。

 荷馬車の奥には、壷や箱などが色々と積まれている。


「行商のお仕事ですか?」

「いや。危険物の運搬や処分の仕事をしている」

「危険物?」

「例えばマンドラゴラ。大量に積んであるよ」

「まあ」


 マンドラゴラは調合すれば薬になるが、処理前は毒性がある。


「他にも石化パウダーなんてのも運んでいるからね」

「石化パウダー!? あの、かけると石になってしまうという粉ですか?」

「それだよ」


 なんとも物騒なものを運んでいる。


「うかつに触らんでくれよ。石化を解除する薬品の類は、まだ開発されていないからね。石になってしまったら、それっきりだ」

「……はい」


 恐ろしい話だ。

 だが危険と隣り合わせの仕事は収入も多いだろう。

 そういう商売を近くで見て学べるのは貴重な体験かもしれない。


 やがて街に、そしてレイモンドの屋敷に着いた。

 私の生家よりずっと大きい。


「立派なお屋敷ですわね」

「なあに。ほとんどの部屋は倉庫として使っているだけさ。さてと。荷物を下ろすとしようか」

「お手伝いさせて下さい」

「頼めるかな。でもさっきも言ったが、危険な代物が多い。くれぐれも慎重にね」


 レイモンドと一緒に、一通りの荷物を玄関先へと下ろした。


「ご苦労。私は馬車を停めて厩(うまや)に馬を入れてくる。ナタリーさんは、先に屋敷に入っていてくれ。メイドのスザンヌが中にいるはずだ」

「分かりました」


 レイモンドが荷馬車に乗って庭の裏手に消えると、私は屋敷に足を踏み入れた。


「ごめんくださーい」


 返事はない。

 いくつもの扉がある廊下を進んだ。


 ふと、空いている入口の奥に台所が見えた。

 メイドがいそうな場所だと思い、中に入った。


 人の姿はない。

 台所を見渡すと、高い位置の棚に置かれた小瓶(こびん)などが目に入った。

 近づいて見上げてみた。どうやら調味料のようだ。


 ドンッ!


 突然、壁の向こうから物音がした。


「えっ? 何!? あっ!」


 今の衝撃で、棚の上にある小瓶がぐらぐらと揺れて、なんと落下してきた。


「きゃっ!」


 パリン!


 頭にぶつかって、小瓶が割れた。

 それほど痛くはなかったが、中に入っていた粉を頭からまともに浴びてしまったようだ。


「もう、何なのよ。あれ!?」


 体の異変に気付いた。

 何かがおかしい。

 両手を目の前にかざした瞬間、驚愕した。


「……そんな!」


 腕の方から、手がだんだんと灰色の石に覆われていく。

 いや、体の全てが石に変わって行く。

 まさか、さっき頭から浴びたのは、石化パウダー!?


 そう思ったとき、もう体を動かせなくなっていた。

 体が完全に石へと変わってしまったようだ。


「ふー。やれやれ」


 動けずにいると、台所にふっくらとした初老のメイドが入ってきた。

 きっと彼女がスザンヌだろう。


(スザンヌさん! 助けて!)


 必死で叫ぼうとしたが、口も体も全く動ない。


「年は取りたくないわねえ。台所の外で、ちょっとよろけて壁にぶつかってしまったわ」


 さっきの衝撃の正体は、それか。


「あら?」


 スザンヌが目の前にやってきて、私のことをしげしげと眺め始めた。


「この石像、何かしら?」


 私のことを石像だと思っている。

 やはり石化してしまったようだ。


「ん? 割れた小瓶が床に落ちてる? これ、この前、旦那様の荷物の中にあった胡椒(こしょう)の小瓶よね」


(それ胡椒じゃなくて、石化パウダー!)


 心の中で突っ込みを入れる。

 おそらくレイモンドは、以前も小瓶に入れた石化パウダーを屋敷に運んできたのだろう。


「私が棚の上に置いておいたのに落ちちゃったのね。もったいないわねえ」


(あんなところにあったの、あなたのせいなの!?)


 私は全力で抗議したかったが、やはりしゃべることはできなかった。


「それにしてもこの石像の女の子、さえないわねえ。ぷくく」


(……おい。人を石にしておいて、言うことはそれ!?)


「旦那様が置いたのかしら? こんなところに置かれても困るわよ。片付けちゃいましょ」


 スザンヌは石になっている私を軽々と担ぎ上げた。

 台所を出て廊下をすたすたと歩いてく。


「どこに置こうかしら。そうだわ。アレに使いましょ」


 そう言うとスザンヌは、廊下の隅の一室に入った。

 色々な物であふれ返った物置のような部屋だ。

 その部屋の奥にある大甕(おおがめ)の隣に、私は置かれた。


「旦那様、大根も仕入れてきたみたいだし、ちょっと拝借」


 スザンヌはそう言って部屋を出て行くと、不気味な形状の植物を入れたカゴを抱えて戻ってきた。


(それ、マンドラゴラじゃない)


「よいしょっと」


 スザンヌがマンドラゴラを大甕に入れた。

 それから数回、部屋を出ては戻ってきてマンドラゴラを大甕に入れることを繰り返した。


 さらに持ってきた大袋の中身を、大甕にドバドバと入れたようだ。


「大根は塩漬けが一番よね」


(いや。大根じゃなくてマンドラゴラだって)


 このメイドさん、大丈夫かなと色々心配になる。

 いや、人の心配をしている場合じゃないけど。


「さてと。蓋(ふた)をして、この石像を上に乗せてと」


 大甕を塞いだ木の蓋の上に、私は乗せられた。


「ふふ。思った通り、この石像、いい漬物石になるわね」


(……つ、漬物石。石化させられただけじゃなくて、まさか漬物石にされちゃうなんて!)


 かつて石化させられた者の中に、漬物石にされた者がいただろうか。

 いや、いない【反語】


(ダメダメ。思考回路がおかしくなりかけているわ)


 自我をしっかり保たなくては。そう自分に言い聞かせる。


「おーい。スザンヌ。玄関に置いてあったマンドラゴラ、どこかに動かしたかね?」


 遠くからレイモンドの声が聞えた。


「え? 今漬物にしたの、大根じゃなかったの?」


 スザンヌが驚いたような顔をしている。

 いや、普通気付くでしょ。


「勝手に漬物にしたなんてバレたらまずいわよね。どうしたものかしら」


 スザンヌは腕を組んで考え込んでいたが、何かをひらめいたようだった。


「そうだわ! どうせ近々辞めるつもりだったのだし、旦那様にばれないうちにさっさとトンズラしちゃえばいいのよ」


(……こら、スザンヌ! 大根やマンドラゴラの漬物は作れても、報告(ホウ)・連絡(レン)・相談(ソウ)は出来ないの!?)


 だが私の憤りなど知る由もなく、スザンヌは鼻歌交じりに出口へと歩いて行く。


「故郷が私を待っているー。ルンルン♪」


 パタン


 扉が閉じられた瞬間、部屋は暗闇に包まれた。

 その瞬間、絶望が込み上げてきた。


 石化した状態から元に戻る方法は、無い。

 泣きそうになった。

 だが石化した体では、涙を流すことさえ叶わない。


(……家族を助けることも、会うことさえも、もうできない)


 心が張り裂けそうになる。

 でも私の意識は、段々と薄れて行った。


(……)


(…………)


(……………………)


 どれくらい経ったのだろう。

 何かが違うことに気付いた。

 意識がある。

 そして、体に感覚がある。


(……どうなってるの!?)


 私は水の中にいた。

 しかも、虹色に輝く不思議な水の中に。

 苦しい。

 呼吸ができない。

 上には、空気がある!?


 私は立ち上がった。

 すると、頭が水上に出た。


「……はあっ! ……はあっ!」


 呼吸が出来るようになった。

 少し落ち着いてから、自分の置かれている状況について考え始めた。


 私は大甕の中にいて、虹色に輝く不思議な水に胸のあたりまで浸かっている。

 そして水が放つ不思議な光によって、暗い部屋が照らされている。

 どうやら物置のような部屋にいるらしい。


 そうだ。思い出した。

 台所で石化パウダーを頭から浴びて石になった後、私はこの部屋に運ばれて漬物石にされてしまった。


 だけど石化は解けている。石化を解除する方法は無いはずなのに。

 どういうことだろう。

 分からない。


 考えていると、不意にドアが開けられて光が差し込んできた。


「おや? 君は確か、ナタリーさん?」


 ドアの向こうから、レイモンドが不思議そうに私を見ていた。


◇


 それから私はお風呂を使わせてもらい、用意してもらった服に着替えた。

 今は客間のテーブルにレイモンドと対面で座り、出してもらった紅茶を頂きながら、私に起こった出来事を話している。


「……なるほどな」


 一通り話すと、レイモンドがうなずいた。


「ナタリーさんは気が変わって帰ってしまったのかと思っていたが、そういうことだったんだね」

「……はい」

「石の体で一ヶ月もの間、よく頑張った」

「一ヶ月も」


 そんなに長い間、石になってしまったのか。


「一ヶ月前のあの日、ナタリーさんだけでなく、スザンヌもいなくなってしまった。急いで故郷に帰らないといけない事情が出来たと書かれた置手紙を残してね」

「……本当にレイモンドさんに何も言わないまま、いなくなっちゃったんですね」

「ああ。全くあの人は」


 レイモンドがため息をつく。


「荷物には勝手に触らないでくれと前から言ってあったのに、よりにもよって石化パウダーを台所に置いていたとは。もしかしたらマンドラゴラを持ち去ったのかもしれないとは思っていたが、勝手に漬物にしていたのか」

「はい。石化された状態で、確かに見聞きしました」


 スザンヌのことを思い出すと腹が立って仕方がない。


(私を漬物石にして逃げるなんて。もう)


 それにしても分からないことがある。


「……あの。確か、石化パウダーで石になってしまったら、石化を解除する方法は無いんですよね?」

「その通りだ」

「でも私は、石化が解けている?」

「そのことで、ちょっと見せたいものがある」


 レイモンドは席を立つと、部屋の隅からいくつかの物を持ってきてテーブルに置いていった。

 まず緑の木の葉を載せた皿。

 次に私がさっきまで浸かっていた、虹色の液体を入れた小瓶。

 そして最後は、胡椒のような色の粉の入った小瓶。石化パウダーだろう。逃げ出したくなる。


「気を付けて扱えば大丈夫だよ。さて。これを」


 レイモンドは石化パウダーを、皿に載せた木の葉にまぶした。

 すると木の葉は、緑色から灰色の石へと変わった。


「この状態で、この液体をかけると」


 石になった木の葉に、虹色の液体が掛けられた。

 すると──。


「あっ」


 木の葉が生気を帯びた緑色を取り戻していく。


「石化が、解けた?」

「そういうことだ。マンドラゴラを塩に漬けて一ヶ月置く。すると石化を解除する効用を持つ液体に変化するようだね。だから今日になって、石像だった君は大甕の蓋ごと沈んだ。そして虹色の液体に浸かったことで石化が解除されたんだろう」

「そんなことが」

「奇跡だね。もしこの奇跡が起こらなければ、君はずっと石のままだった」


 そう考えると、身震いしそうになる。


「大発明だよ。今までは不可能だった石化を解除する薬品を作れるようになったのだから。これで不幸にも石になってしまった人を救うことができる。それにお金にもなる」


 レイモンドが興奮気味に言った。

 だが私は少し複雑な心境だった。


「これは、スザンヌさんの発明ということになるのでしょうか?」

「その通りだが、彼女は私の仕事の危険物に勝手に手を付けて、君を石にしたまま逃亡した。栄誉も報酬も受けとる資格はない」

「ですよね」


 言われてみると当然だ。


「だから、これは君の発明だよ」

「えっ!?」


 私は驚いて、レイモンドを見つめた。


「あの──、レイモンドさんではなく?」


 レイモンドは力強くうなずいた。


「でしたら、もしかして──。私の家族に十分な暮らしをさせてあげることもできるでしょうか?」

「できるはずだよ。私も手伝おう」


 胸に熱いものが込み上げてくる。

 レイモンドさんはなんていい人なんだろう。


「……どうか、よろしくお願いします」


 私は涙を拭うと頭を下げた。


◇


 それから、私たちは石化解除薬の製造販売に乗り出した。

 薬は飛ぶように売れて、レイモンドさんも私も大金を手にした。


 そのおかげで、私の家は没落貴族から再興することができた。

 貧乏だった時期があるから贅沢することなく、家族全員が堅実に幸せに暮らしている。


 追記。


 風の噂によると、故郷に帰ってしまったスザンヌさんは、レイモンドさんの稼ぎぶりを耳にして辞めてしまったことを後悔しているとか。


 ちょっといい気味。

 漬物石にされちゃった借りは、それで返せたということにしようかしら。



最後まで読んで下さってありがとうございます。

石化→漬物石がやりたくて書いてみたお話でしたが、いかがだったでしょうか?


よろしければ下の☆☆☆☆☆で評価してくださると励みになります。

リアクション、ブクマ、感想なども頂けますと嬉しい限りです。

なにとぞよしなに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
主人公が幸せそうで何より。あと恋愛につながってないのもいいと思った。 でもメイドはいい年して倫理観0だしちゃんと罰は受けるべきだと思った。 下手したら殺人だし
2026/09/24 23:00 おブンブン
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。