裏話・第14話
屋台の立ち並ぶ通りを抜けると、そこは港でした。
夜の黒い海が月明かりを反射して、キラキラと光っています。
「ここらへんで花火を見るんですか?」
「もっといいものを用意しております」
今度はわたくしがこずえさんの手を引く番でした。
わたくしが指定した場所に、ちゃんとそのクルーザーはありました。
こずえさんはそれを見て驚きのあまり呆然としておりました。
「クルーザーに乗って花火を見れば人混みを回避できるでしょう?」
このために準備してきたものです。このクルーザーも操縦士も、父に頼んで借りてきたものでした。
「花火が始まる前に船を出してしまいましょう。乗って」
こずえさんが海に落ちないよう、慎重にクルーザーに乗せました。
クルーザーの中のソファに二人で座ると、見計らったように船が出港しました。クルーザーは沖を目指して、速度を上げました。
花火がよく見えるポイントにたどり着き、船は少し揺れて、止まりました。
「そろそろ時間ですね」
腕時計を見て時間を確認していると、ちょうど花火大会が始まったようでした。
ヒュー……ドーン。パラパラパラ。
その音を繰り返し、花火が夜空に咲いては散ってゆきます。
「きれい……」
独り言のようにそうつぶやくこずえさんの横顔を、わたくしはじっと眺めておりました。
花火の色とりどりの光ですらも、こずえさんの前ではわたくしにとってはこずえさんを彩るための添え物にしか過ぎませんでした。
ふと、こずえさんがわたくしのほうを見ました。
「あ、あの、花火始まってますよ……」
こずえさんはわたくしがじっと見つめていることに少し戸惑っているようでした。
「花火なんかより、こずえさんを見ているほうがずっといいです」
こずえさんのほうが、花火なんかよりもずっときれいで。
「何のために花火大会誘ったんです……?」
こずえさんの疑問はもっともです。
わたくしは浴衣の袖に隠し持っていた小さな箱を取り出しました。
こずえさんに向けてそっと開くと、銀色に光る指輪は、ちゃんとそこにありました。
「こずえさん。わたくしと、婚約していただけませんか?」
とうとうわたくしはプロポーズしました。
こずえさんは額に手の甲を当てて、今にも気絶しそうでした。
「え、と、あの、……ふつつかものですが、よろしくおねがいします……」
彼女は顔を真っ赤に染めていました。
わたくしはプロポーズが成功したことに、ほぅと息をつきました。
こずえさんの左手をそっと持ち上げて、薬指に指輪を通して。
「絶対、ずっと、幸せにしますから……どうか、わたくしのそばを離れないでください」
わたくしは祈りを込めて、指輪にそっと口づけました。
こずえさんの顔を見上げると、じわりと涙がにじんでいました。
それを舌で舐め取って、そのまま、まぶたに、額に、頬に、唇に、自らの唇を寄せました。
気づけば、わたくしはこずえさんをソファに横たえて、その上に覆いかぶさっていました。
「は……っ、こずえさん、こずえさん……」
口づけをしながら、何度もこずえさんの名前を呼ぶわたくしは、まるで助けを求める子供のようでした。
「スバルさん、私はちゃんと、ここにいますよ」
目を細めるこずえさんは、わたくしの頬を撫でました。わたくしは泣くのをこらえて顔を歪ませました。
こずえさんの顔に、窓から入る花火の光が色を付けました。花火を見るために照明を消した部屋の中に、花火の鮮やかな光がわたくしたちを照らすように差し込んでは消えて。
――その夜のことは、今も忘れられません。




