第7話 始まりの炎
目が覚めると、そこは真っ暗闇の世界だった。
光がないから暗いのではない。
そこは元から何も存在しなかったかのように空虚な空間で、実在している自身の両手だけが鮮明に見えていて、不思議な体験だ。
地面はある。足も見える。
そして、あれだけ感じていた空腹感や脱力感がいまはもう消えている。
俺は仮想世界に来ることができたのか?
この場所の正体を確かめようと、歩き出した瞬間、目の前に炎の塊が出現する。
「……っ!?」
そう炎の塊。それは浮いていた。
明らかにこれは現実世界ではあり得ない。
「……ようこそ。はじめまして。トラベラーさん。」
聞こえてくる声の発生源は、まさか、その火の玉なのか。
触ってみようとしたが、熱を持っているのかすらもわからず、とりあえず口のようなものがあるはずだと、その不思議な火の玉を観察することにした。
「ふふっ、なにがなんだかわからないって顔をしていますね。」
女の人の声。電子音を組み合わせたような違和感はなく、実際に誰かが声を吹き込んでいるようだった。
「……君は一体?」
姿は人間ではないにしても、その声は生きていてこう尋ねずにはいられなかった。
「──私はこの世界を旅する『トラベラー』を案内し、共に歩む存在。改めて、ようこそ。第二の世界へ」
第二の世界。
俺はその言葉でようやく、悠那がいたあの世界に来ることができたのだと理解した。
なるほど、トラベラー。
それがこのゲームを遊ぶプレイヤーの名称なのか。
「……いろいろと話したいことはありますが、それはまたいずれ訪れる次の機会で。まずは早速、あなたがもう一つの世界で生きるための分身であるアバターを作成しましょうか。」
火の玉がそういうと、暗闇の景色にひとつ、青い囲みをした板状のホログラムのようなものが浮かび上がる。
「はじめに、あなたではない、第二の世界のあなた自身の名前、種族、外見を決めてもらいます。」
なるほど、第二の現実を謳うのだから、現実とは違う新たな自分も必要か。
この段階で時間をかけてはいられないため、早速、新たな自身の名前を入力しようとすると、ふとあることが頭によぎった。
悠那はこの世界ではどんな名前だったのだろうか。
そういえばそんなことも知らなかったなと少し悲しくなる。けど悠那のことだ、案外『ユナ』とかそのままの名前だったりするかもしれないな。
「……。なにか、お悩みですか?」
顔はないが、心配そうにしながらその火の玉が尋ねてくる。
「……いや、なんでもないです。俺の名前は『ユウキ』にします」
そう言って俺は自分の名前の入力を終えた。考えてもいいものは思い浮かばないし、なによりも親が俺につけてくれた名前だ。どの世界にいってもこれだけは大切にしていきたい。
「……そうですか。とてもいい名前ですね」
おそらくこの火の玉は人間が操作したものではなく、それはプログラムされたテンプレートのセリフなのだろう。けれど、俺はそう言われてどこか嬉しくなった。
「それでは名前の次は、種族とそれに伴う外見を決めていただきますね。」
種族。この世界は魔法や魔物などが存在するファンタジーモチーフなものだとユナから聞いたことがある。少なくともユナの話だと【精霊】や【エルフ】なんかがいるようだった。
いったい人間以外にどんな種族があるのだろうか。
「種族というのは、大きく分けて三つの分類に分けられます。一つは【人間】、そして【亜人】と【魔族】です」
火の玉はそれぞれについて大雑把にこう説明してくれた。
【人間】はその名の通り人間。
【亜人】は、エルフやドワーフ、獣人など、人間に近い外見を持ち身体的な特徴を有している種族の総称のこと。
【魔族】はスライムやゴブリンなどの魔物的なものから、虫や魚、獣そのものなどの現実でいう動物的なものまで含まれているらしい。
人ではないものまで操作できるのかと、このゲームの「第二の世界」という肩書きに負けることのない自由さに驚かされる。
魚になった自分を想像して面白そうだと思う気持ちもあるが、自分がなりたい種族、なるべき種族はすでに決まっていた。
「トラベラーが現在選ぶことのできる種族は【人間】含めて100を超えます。これらの種族の違いなども細かく説明することができますが……。その様子だともうすでに決まっているようですね」
すべての種族に目を通してみてもいいが、俺は今そんなことをするよりも、早くユナがいた世界に行きたい。
「はい。【人間】を選びます。」
悠那が【人間】であるということは知っていた。
彼女の周りにはいろんな種類の種族がいて、私が【人間】であるからこそ、【勇者】になれたんだ、といつか聞かせてくれたことを覚えている。
だから、悠那のことを知るためには【人間】を選ぶ方が都合がいいだろう。
「わかりました。それでは、次に外見を作っていただきます」
ホログラムはまた次の画面に行き、そして自身がこのゲームを開いた時の、現実世界の今の姿がその中に映し出され、そしてそのホログラムは自身の身長と同じ程度に拡大される。
ホログラムに映る等身大のその人物は、ひどく痩せこけていて、髪が目元を覆い隠している、みっともない姿だった。
……何日あのまま、倒れてたんだっけ。
自分の現状を鏡よりも鮮明に見ることができて、俺は、この世界から戻ったらちゃんとしないとな、そう思い直した。
外見の変化の調節は直感的にできるようになっていて、自分が想像したように変化できる。
とりあえず悠那がいたころの、最低限清潔な自分の姿に戻したが、それから先どうしようかもわからず操作は止まったまま。
……見た目は人間としてなんとかなればどうだっていいし、あまり時間もかけたくない。
「あの、外見、おまかせってできますか?」
きっとキャラクリエイトに何時間もかけた人もいるのだろうが、現実の身元などが特定されなければなんだっていい、そう思い切って火の玉に頼んでみることにした。
「……、……おまかせですか!?……私に任せてください。良いのを作りましょう。」
酷な申し出をしたかな、と思ったが、火の玉がはじめて感情を出して驚いていたように見えて、どこか面白かった。
十秒も経たないうちに、火の玉は操作を完了し、ホログラムに映る新しい自分を見せてくれた。
目の前の人間は、身長は今の自分と全く同じぐらいで、体重もきっとそれぐらい。顔も対して変化はないように見えるが、自分と大きく変わるところがあるとすれば、腰まで伸びた長い髪で、それが白色をしているということであるだろう。
さらにその髪はゴムで結われていて、ポニーテールみたいになっている。
俺はその姿に、確かに驚いていた。
長髪の自分に対してではなく、かつて髪を短く切り揃えていた悠那が、病院生活の末、伸ばさざるを得なかった、その緩いゴムで一つに結んだその髪型とあまりに似ていたから。
顔立ちがよく似ていると、父と母はよく俺たちに言っていた。
ここでも兄妹だったことを再認識できてどこか嬉しかったんだ。
「どうでしょうか?あなたに似合うと思った姿にしたのですが……。」
そう火の玉がおずおずと聞いてくるその姿が可愛らしく、そして面白くて、つい吹き出してしまった。
「うん、これしかないと思うよ。ありがとう………ありがとうございます。」
どこかその声が幼いように感じられて、無意識のうちに悠那にやってしまうような砕けた言葉遣いになってしまったことに気づき、慌てて訂正する。例え火の玉であっても、礼儀を忘れないことが我が家の家訓だった。
「ふふっ、敬語は大丈夫ですよ。これからもきっと話すことはあるのでしょうから。……気に入っていただけたようでなによりです。その容姿に決定いたしますか?」
敬語は不要か。きっとこの火の玉はチュートリアルのためだけの存在ではないのだろう。これからも関わることを考えてその言葉に甘えておこう。
「じゃあ、敬語は外すね。うん、この容姿に決定するよ。素敵なものをありがとう」
俺がそう言うと、自分の体が青く光り、体が少し軽くなった気がした。
視界に映る髪の毛が白く変わったことに気づき、後頭部を触ると髪が腰あたりまで長く伸びていて、この体が先程見たホログラムに映るアバターと全く同じ姿になっていることを実感させられる。
「似合ってますよ。さて、容姿を決めた次は種族が【人間】なので【職業】を選択していただきます」
笑いながらそう褒めてもらったが、その話に少し気になる部分があった。
「【人間】なので、ってことは他の種族は【職業】はないの?」
「はい。【職業】を持つのは人間だけなのです。【職業】というのは、各職業に設定されている【職業レベル】を上げることで、あの世界で生きていくためのステータスという基礎能力の上昇や、職業ごとに適した【スキル】というものを簡単に取得することができます」
【職業】という存在は悠那から聞いていた。それについての詳しい話を聞いてみる。
「【職業】には【初級職】から【中級職】、【上級職】、そして世界で一人しかなることができない【星級職】という4つの階級に分けられています。最初は【初級職】からスタートし、【職業レベル】をあげてステータスを上昇させ、そしてさらに上の【職業】へと転職していくことで強くなっていきます。また同時に2つの職業を取ることができます。」
なるほど。幼い頃にやったことのあるRPGの設定にどこか似ている。一人しかなれない職業があるとは、これもまたかなり自由度が高いと言うか、競争性が強まりそうだ。
「あれ、【職業】って【人間】だけがなれるんだよね?他の種族を選んだ場合ってどうやって強くなるの?」
「いい質問ですね。他の種族には【種族レベル】というものが存在し、【職業】のように自分のなりたいものに転職することはできませんが、ある条件を満たすと【進化】することができます。それに、ステータスの上昇や一般的なスキルは、レベルの上昇だけでなく、普段の生活からでも得ることができますよ」
はあ、種族を選ぶのにもそんな根本的な違いはあるのだなと、このゲームの奥深さに関心する。【人間】を選んだことに後悔はないが進化したりするのは少し面白そうだな。
「説明ありがとう。……ざっと見通しただけでも【職業】の数が種族よりも多そうだ」
百を超える種族でも驚いたのに、さらに選択肢が増えるとは。いまぱっと目に入ったのに【賭博師】や【詐欺師】があったが、これは果たして職業と呼んでいいのだろうか……。
「本来ならじっくり考えるべきですが……、なにやら急いでいる様子。よければまた、私がお決めしましょうか?」
ちょうどなんでもいいかな、と考え始めた頃、そんなありがたい提案をしてくれた。
「うん、お願いしていいかな。……あ、ひとつ要望があるのならいろんなところを旅できるような能力があるものにしてほしいな」
きっと悠那の手がかりを探すため、世界中のいろんなところを歩き回るかもしれない。凶暴な魔物がいるというし、一人で生きていけるものがいい。
「了解しました。それなら、戦闘系かつ隠密系の【職業】が良いでしょうか。……こちらの【冒険者】はいかがですか?」
そうして見せてくれたホログラムの画面に、【冒険者】と書かれた【職業】の文章と、グラフが書かれていた。
そのグラフは六角形で、それぞれの頂点に、HP、MP、STR、DEF、DEX、AGIとなっていて、STRとDEXが少しだけ飛び出ていて他は凹凸が少ない、なんとも言えない平均的な概形をしており、文章の方には「一人でなんでもできるオールラウンダー型」と記載されている。
「そのグラフはステータスの上昇しやすさを表していて、その【職業】のだいたいの方向性を確認することができます。【冒険者】は平均的なステータスをしていますが、その名の通り、旅をする中できっと役に立つものだと思いますよ」
各ステータスのこのローマ字表記についても質問してみると、それぞれ、HPは生存限界を示す体力、MPは魔法やスキルを使うための魔力、STRは殴る蹴るの威力を決める攻撃力、DEFは攻撃を耐えるための防御力、DEXは技量や精密性に関わる器用さ、AGIは思考速度などを含めた全ての行動の速さ、を示しているらしい。
いかにもRPGといった独特な概念で、細かいところに疑問が湧くが、このあたりはゲームをやっていくうちに慣れていくだろう。それに、この【冒険者】というものは平均的なものでゲームに慣れるにはちょうど良さそうだ。
「うん、【冒険者】でお願いします。……それで次は何をするのかな?」
「承りました。……と、次はあなたが最初に生まれ落ちる国を決めていただきます。トラベラーが最初に選べる、所謂、大国は八つあります。それぞれ説明しても構いませんが……、旅をしたいのなら私におすすめの場所があります。」
事前情報も全くのゼロのため、こうしてナビ役が『旅すること』という目的に観点をおいて提案してくれるのはかなり助かる。
「本当?教えてもらってもいいかな。」
「それでは、『ネルデラント群島国』をおすすめします。この大国はいくつもの島で構成されていて、それぞれの島に変わった特色が見られます。その海に囲まれた立地から、古くから造船技術に優れており、色々な国の中継地点としても栄えているため世界をめぐるならばうってつけの国でしょう」
八つの大国、その中に群島国と来たか。文化やそれに至る経緯も存在していてかなり設定が詰め込まれているようで面白そうだ。
悠那は勇者として世界を旅していたというのだから、彼女の痕跡を探す道のりとして良い始まりの地だと思う。
「それじゃあそこにするよ。他にもなにかある?」
「了解です。そしてこれでチュートリアルは終了です。これから、あの扉を通っていただくと、あなたが住む現実とは異なる『第二の世界』での旅が始まります」
後ろを振り返ると、いつの間にか、この暗い空間に一つの大きな扉が開かれていて、そこから白い光が差し込まれる。
ようやく、悠那がずっと語ってくれたあの世界に行けるのか。
どこか少し、怖いけれど、きっと大丈夫。
悠那が残したものを見つけるために俺は旅をし続ける。
「案内ありがとう、火の玉さん。そうだ、君に名前はないの?」
ゲームの案内人、とされて火の玉と呼んでいたけれど、受けごたえや声は人間と全く同じで、感情のない物のようには扱うことができなかった。
だから、案内に対するその感謝を伝えられるように名前でお礼したかった。
「……、私の名前は、まだありません。ですが、きっとあなたに名前を呼ばれる時が来るでしょう。」
そう不思議な言葉を伝えるその火の玉は、顔も目もないが、きっと俺の目をじっと見つめている。
「最後にひとつ、案内人としての、ではなく、私自身からの質問として、聞きたいことがあります。」
俺もその火の玉を見つめ返す。
「──あなたは『第二の世界』に何を求めますか?」
彼女の芯を食ったような質問。
聞く人が聞けば迷ってしまうほど、それは自覚し得ない心の奥底の欲望を尋ねている。
だが俺は何も熟考することはない。
ただ願うままにこう言った。
「──最愛の人が、心から愛せた世界を求めるよ。」
金や自由なんて、俺一人だけのそんなものは求めない。
悠那がこの三年間で歩んだ人生と、俺に語ってくれたあの幸せで愉快な世界は実在する真実のものであって、いつかまた悠那に会えた時、「素敵な世界だね」って笑い合いながら言えるような、そんな世界を俺は求める。
「……そうですか。私は、あなたの旅を応援し続けます。……さぁ、進みなさい!トラベラーよ!」
俺の体が、その扉に向かって歩き始める。
「『第二の人生』はあなたの選択によって進み続ける!あなたの【願い】は誰にも縛られない自由なものとなるでしょう!……良き旅を。ユウキ。」
扉をくぐり、黒から白へ、世界の色が変化した。
いわゆる説明回ですが、まあ飛ばしても大丈夫です。必要なところはおいおいいっぱい出てきます。




