第6話 起動
夜。家の玄関を開け、中に入ると、俺は死んだように倒れ込んだ。
力が入らなかった。
一年、一人で過ごしていた家はまだ希望で満ちていて明るかった。またもう一度一緒に過ごせる、って。
だが、帰ってきたこの家は、光の一筋も入らなくて、真っ暗闇で、ただ虚しい。
俺は、それが耐えられなくて、自分自身に何度も、何度も問い続ける。
「なんで悠那が死んだんだ」
俺でも良かったじゃないか。平和に暮らしてほしかった。母とずっと一緒にいてほしかった。俺だけをなぜこの世界に残したんだ。それじゃあ俺も連れて行ってくれよ。みんなのいない世界なんてつまらないよ。俺だけがのうのうと生きていけることなんてできない。治せるなら二人の病気を治したかった。父もそうだ。いつも忙しそうに世界を旅していた。俺ものその負担を肩代わりしたいとずっと考えていた。寂しいよ。辛い、苦しい、俺の生きている意味は。
そんなことを俺はずっと思って。
真っ暗闇の部屋で、生きている。
◇
目が覚める。
どこか苦しくて、立ってみようとする。
だけど、起き上がることができない。
あれから何日が過ぎた?何日食べてない?
「……………っ、っっ。」
声も出ない。
光も浴びていない。俺はきっと頰はこけ、体は細く、死にかけのような身体をしているだろう。
はは、いっそ死んでしまいたいぐらいだ。
あれからずっと考えた。俺の生きている意味。答えは出なかった。
答えを探しているうちに、俺の命は消えてしまいそうだった。
このまま俺は本当に。
そう思うたび、胸が苦しくて、立ち上がりたくて、でも立ち上がれない。前を向けない。
朦朧とする意識の中、今までの記憶が一つずつ、浮かび上がっていく。
母の手紙を思い出す。
「なりたいようになれ」、そんな風に書かれていた。
俺のなりたいものは、いまはなんだ。医者という夢は悠那が死んだことで、もう意味をなさない。医者なんてなにもできない、人の定められた不可避の運命の前では無力だと知った。
やり残したことはあるのか。
そう考えた時、同時に俺はそれがなかったらこの世界で生きる理由はもうないのだと気づいてしまった。
だが、俺は、走馬灯のように巡る俺の幸せな、幸せだった、そんな最低な人生の中で、ひとつ、やり残したことを、思い出した。
立ち上がる。苦しくても我慢して立ち上がる。
ふらつく足で向かったのは、玄関。
何日か前、電話に出た後置きっぱだったもの。
俺はその硬くて無機質な、何度も誰かの被ってる姿を見た、ヘルメットを手に取った。
『お兄ちゃん!このゲームは、第二の世界そのものなんだよ!』
もう二度と再生してはくれない幻の声が、かつて悠那が俺に語りかけてくれた声が、聞こえる。
悠那はあの仮想世界を愛していた。
倒れて一年、悠那にとっては三年間のあの世界での記憶は、きっとかけがえのないものだったのだろう。
『お兄ちゃんとも、あの世界に行きたいな。私の大好きな世界!あそこにもっともーっと大好きなお兄ちゃんと一緒にいることができたら、きっと世界で1番幸せだと思うから!』
悠那が好きだと言ったあの世界。
俺はそれを見てみたい。
見なければ、いけない。
現実にもう悠那はいない。
だが、仮想世界で悠那の遺したものはきっとある。
『お兄ちゃん!私勇者様なんて言われちゃった!』
そうだよな、悠那は勇者だもんな。
愛していたんだよな、あの世界を。
もっと、もっと知りたかった。病院で語った以上の悠那が過ごしたあの時間を、記憶を、そこで培った想いを。
悠那の遺したものを、全てこの目に収めたい。
俺は、悠那の唯一の家族なのだ。
俺が彼女の全てを覚えている限り、彼女は俺の中で生き続ける。
あぁほら、やっぱりあった。やり残したこと。
それは悠那がこの世界ではない場所で、生き、愛した場所を見ることだ。
それなら、俺は行くしかない。
悠那の想いを、心を、現実に残すために。
「───『Another World』、起動。」
ついにVRモノが始まる。




