第57話 ゼノン=バーグラ
ゼノン=イドリーシー。
彼は、有数の大都市、その市長の息子として生まれた。
大きな屋敷の中で誕生し、そして大きな屋敷の中だけで成長する。
齢10歳。
それまで彼は一度も外に出たことがなかった。
体が弱い、というわけではない。
むしろそれは人並み以上に多くの才能を持っていた。
だからこそ幽閉されていたのだ。
ダリウス=イドリーシーこそ、この都市の最高権力者。そして、一番次の皇帝に近い人物、だった。
砂漠王朝ダリルフォン。
この巨大な砂漠全体を指す国の王朝の正式名称は、安直に特徴からとった砂漠王朝ではなく〈グレイバー朝〉である。
しかし、それは現在ほとんど呼ばれておらず砂漠王朝という呼ばれ方が浸透し、国民自身もそれを使用している。
なぜそんな呼ばれ方をしているのか。
それは歴史上、この国で頻繁に易姓革命が起き、現皇帝の血筋が途絶え、別の家が皇帝に君臨することが何度もあったことから、砂漠にある王朝として、簡易的に砂漠王朝として説明されるのだ。
そんな国の中でダリウスは巨万の富と大都市のリーダーという名声、それにここのリーダーとなるまでに振り翳した力。全てを持っている。
だが此度の皇帝は、そのダリウスすらも上回る武力、くわえて【異能】と呼ばれる稀で強力な力すらももっており歴代の皇帝家と比べて非常に息が長く、全盛期の強さを誇っている。
革命にはまだ早い。
だから次の世代に託そうとした。
ダリウスは、外に蔓延る自分や子供を狙うゴロツキ集団──マフィアから身を隠そうとその子が成長して大人になるまで、広い屋敷の中で教育も運動もさせて、でも外の世界を見させず、目の届く範囲で保護していた。
絶対に死なせないために。
健やかに育ってもらうために。
それは確かな愛だった。
けれど、それは、一方通行。
紛れもなく、親のエゴだ。
ゼノンはお世話係兼教育係の侍女数名、警備の騎士数名だけとの窮屈な世界に飽きていた。好きなものを与えてくれる生活。
だけれど本の中には、いつだって彼が見たことのない世界が広がっている。
無邪気に遊ぶ小さな人、笑う行商人。それらを高地の自室の窓から眺め輪郭を指でなぞる。
羨ましい。
僕も、外に出たい。
自由になりたい。
そう思うのも無理はない。
けれど仕事に忙殺されていて年に数回しか会話できないダリウスは、彼に「外の世界は怖いから出てはいけないんだ。」「お前は特別なんだ。」「望むものならなんでも与えてあげよう。」と縛りつける。
「妻がマフィアに殺されたんだ。」
そんな話を何度も何度も何度も聞かされてしまっては、幼いゼノンは外の世界を怖いものだと、外に踏み出す勇気は生まれない。
こんな狭い世界は嫌だよ。
僕は、あそこで笑う、普通の子供のようになりたい。
でも、体が動かない。
怖くて、すくんで。
だからお願い。
誰か、誰かここから連れ去って。
「──よお。ガキ。俺に誘拐されろ。」
やけに騒がしい夜だった。
侍女の泣き叫ぶ声が聞こえた。
騎士の雄叫びが聞こえた。
窓を壊して自室に侵入したのは、大男。
褐色の肌に、短い金色の髪。
そう声をかけたのは、まだマフィアのボスとなる前の義賊、コフィン=バーグラだった。
「──僕を……っ、僕を連れていって!」
翌朝、大都市にはパニックが巻き起こる。
新聞は飛び交い、犯人の顔と名前が公開される手配書は、かつて貼ってあった場所に、懸賞金だけ増額して重なっている。
そのお尋ね者である張本人は、自分の正体など微塵も気にせず、秘密基地へと子供を脇に抱え逃げ込んでいた。
秘密基地とは、たまたま砂漠を闊歩する中で足を踏み外し、見つけた地下の城のこと。
その場所の歴史も詳細も何もわからない。
だが彼はそこに住み着いて、悪に染まり切った、法では裁けない金持ちの権力者たちから奪った財宝の置き場所としていた。
財宝たちは私的に利用するのではなく、もっと多くの額が貯まったら貧しいスラム街の人たちに配る。
コフィンはたった一人、義賊として十年間活動していた。
庶民の間では彼は英雄扱いされていた。
金の持つものが正義であるこの国で、彼こそ、本当の意味での革命を起こしてくれるかもしれないと、大きな期待を託されていた。
「ってなわけで、何の罪もない一般人を脅すマフィアを黙認するお前の親を反省させるために、お前を攫ったんだ。わかるか?」
地下の城の奥。
コフィンはゼノンを縄に縛るでもなく、椅子にただ座らせてなぜここにいるのかを説明していた。
言葉の割に、彼の口調はいつもどこか柔らかいものだった。
「うん。そうだったんだ。ありがとう。」
ゼノンは物語の中でしか悪を知らなかった。
だから目の前の人間が悪であるとは思えなかった。
なぜなら義賊は物語では主人公のポジションで、そして悪役はお父さんのことなのだと知っていたから。
それに、自分のことを縛る父のことを、心のどこかで悪だと思っていたから。
望みを叶えてくれた目の前の人物は、英雄だ。
「……お前、やけに聞き分けいいな。それにありがとうって、自分の父が……、……まぁいいか。おいお前、どうされたい?帰りたいか?」
コフィンは人を殺したことはあるが、それは数えられる範囲で、しかも悪人限定だ。ただの貴族の息子を殺しなんてしない。本気で帰りたそうにすれば、それとなく家の前に置いておくぐらいはしたはずだ。
「………いや。帰りたくない。僕は、自由に、なりたい。外の世界を見てみたい……っ!」
コフィンはその幼い子供の決意の瞬間を、自分自身の過去と重ねた。
彼はただ笑って、その小さな頭を撫でる。
「……いいぜ。気に入った!お前は俺が育ててやる。どこまでも自由に。金にも権力にも、何にも縛られない世界を作ろう。なぁお前、名前は?」
語るのはこれから先、結成される初期のバーグラファミリーの最終目標。“自由”。
「名前はゼノン。性は…………ない。存在しない。」
人生初の反抗期というやつか。ずっと、歯向かっていかなかった親。いまここで、彼は自由な存在になる。だからいままでの自分から殻を脱ぐために。
彼はイドリーシーを捨てた。
「……っ。そうか、そうかッ!よし、ゼノン!お前はこれからゼノン=バーグラと名乗れ!俺がお前の父となってやる!」
◇
それから三年もの歳月が過ぎた。
子供にしてみれば、それは大きな時間の流れ。
彼らの生活は大きく変わる。
まず、義賊をソロで活動することに限界を感じ、コフィンが今まで救ってきたものたちからスカウトして、悪い奴らから無罪の人を守るための便宜上マフィアと呼ばれるものを設立した。
本当に多くの仲間ができた。
コフィンの教育によって自由に才能が開花したゼノンは、マフィアの幹部として最年少ながらも彼らを引っ張っていった。屋敷では上品な言葉遣いを強制されたが、ここではコフィンを真似して少し荒くしゃべった方がウケが良かった。
そう穏やかな、いや少し刺激的な毎日は、彼を一人前の人間らしく立派に成長させていた。
マフィアが、コフィンが大きく変わってしまったのは、そんな日常の中だった。
コフィンは皇帝直属の領地を影で支配する大手の敵対マフィアに囚われたのだ。
恨みなんていくらでもある。
世界の自由を目指す者を嫌うのは、自由を強制する側。
皇帝や貴族の上側のもの、そして、力なきものから搾り取るマフィア含めたならず者たち。
消えてしまったボス。
残されたものたちは黙ってみているわけにはいかない。
彼らは戦った。争った。
そして何かを手に入れ、失った。
まずゼノンは【異能】を手に入れた。
【掬う神の手】。
ギリシア神話において、ゼウスに誘拐された側である人物の名前を冠すその異能は、触れた人物をあらかじめ設定しておいたポイントへワープさせるという能力を持つ。
彼は「父さんを奪い返したい」と強く願ったことで異能が発現し、見事この異能で、囚われた敵地アジトから救出に成功した。
そして、帰ってきたコフィンは【星級職】を手に入れていた。
【盗賊王】。
盗賊系統最上級職。それは世界で一人しか同じ職業に就けない【星級職】の座であり、ある特殊条件を満たしたものが、世界が用意する〈試練〉に合格して得られる力である。
確実に、コフィンは攫われる前よりも強くなっていた。
なぜそれを得たのか、本人すらも分からない。
そう、この戦いで失われたものは、コフィンの記憶、夢。
囚われている間の記憶は存在せず、自ら救い出してマフィアへと勧誘した仲間の名前も、義賊として活動していた日々も。
そして、“自由”を望んだ過去も。
すべて消え去ってしまっていた。
代わりに口に出した新たな夢は“世界征服”。
マフィアのボスとして、彼は高いカリスマ性を活かしてバーグラファミリーはより大きな存在へと増長していく。
より、凶暴へ。残虐へ。
かつて自分が持っていた正義すらもなくして。
嫌っていたマフィアと同じようなことをし始めた。
誰も、彼を止められなかった。なぜなら彼らは全てコフィンただ一人によって救われてきたから。彼と共に歩めば、いつかは虐げられてきた過去の自分達を肯定してあげられる“自由”が手に入れるのだと思っていたのだから。
「お父さん、お父さん。」
また今日も、ゼノンは人を攫った。
砂漠を生き物に引かせて走る車を狙う。
街中で直接仕掛けるよりも、人の目が少ない街の外の方が簡単であるし、過酷な砂漠の中なら人が消えても疑問に思われにくい。
人を攫うのは、お父さんのためだ。
強く成るため、夢を叶えるため。
………本当に?
違う、お父さんの夢は、こんなことじゃなかった。
世界征服なんかじゃない。欲しいのは自由なんだ。
なんの罪もない人を狙うなんて、そんなの悪役だ。
「お父さん……ッ、お父さんッ!!」
僕がお父さんを、助けなきゃ。
ゼノンは声に出し続ける。
その代名詞が示すのは、もう1人しかいない。
「お父さんは、僕の本当のお父さんは──」
◇
「コフィン=バーグラ、ひとりだけ、だ……。」
その呟きを聞いていたのは、トラのみだった。
ゼノンを縄で縛り、動けないようにそれを椅子として乗り付けている。
「うお、起きたか。……いや寝た?なんやこいつ。……にしてもイドリーシー、ねぇ。あぁいろいろ複雑そうやな。つくづくこの作り込みようを『ゲーム』って言葉で表すのは無理があると思うわ。」
酷く懐かしい、走馬灯のような夢を見たあと、一瞬だけ起きて呟き、そしてまた眠ってしまった。
トラがゼノンの真名を暴いたその後、完全に動きが止まった彼を制圧し気絶させ、手足を封じた。
人質のハヌルと、助けに来たヨンガンはすでにその場から退散しており、その他大勢の子供達を率いて地上への脱出を目指している。
ヨンガンがいれば大抵のことはなんとかなるだろうと、殿をつとめてトラはここで眠ったゼノンを監視していたのだ。また、彼の名前に対して少し気になったことがあり、それで残ったという理由も少なくはない。
「……こっちはなんとかなった。あとはここの親玉を倒すだけや。」
崩壊した大広間の中で、遠い壁、暗闇の向こうを座りながら見つめてぼやく。
「……ユウキ、任せたで。」
なんとなくだが、彼にはこのマフィアとの『ボス戦』の役目はユウキが担うだろうと予感したのだ。
「そうだ。チャットしとくか。」
フレンドのメッセージ機能という便利なものを用いて、トラはユウキに軽く状況報告を行おうとする、その時だった。
戦闘中は非表示にしていたメッセージの通知。
そこにアカリとアッシュ、レンジの赤いメッセージが届いていたことに気づく。
アカリとレンジのメールは途中で文章が途切れている。
アッシュのメールだけ全文が読めた。
[アッシュ:みなさんが、しにましt。盗賊王のマフィアのボスだす。心臓抜かれました。逃げてます、にげてください。地下に行っています。遠くに行くと言っていました、あれはまだぼくたちには勝てませ]
それは走りながら打ったであろう、あまりに焦りすぎている文章。
背筋が凍る。
地下、それは今この場所。
遠くに行くのなら出口はこちら側にないから、おそらく反対側にある。
まだ地上へ脱出できていない可能性のあるヨンガンさんや子供たちが危ない。
しかし、なんだか胸騒ぎがするのは、ヨンガンと共に行動していたあの二人のこと。
「ッ、はよ、伝えんと……!」
ユウキへ向けて、メッセージを送る。
定型分:感想、高評価等励みになるので、お願いします!!!
本当に、お願いします。
毎日、19:00更新。ストック尽きるまで。
───
いったいアッシュくんになにが……!?




