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Another World 〜【勇者】が愛した仮想世界〜  作者: 明日乃灯
第二章 砂漠王朝編

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第55話 名前を伝える

 床の崩壊。

 トラは背中に生える両の羽で浮き、瓦礫だらけの大きな空間を鳥瞰して何かを探していた。

 ひとつは囚われた子供。

 そしてひとつはここで倒さなければならない標的。


 「おいッ!こんなんで死んでへんよなァ!」


 死んでた方が嬉しいけどな、とボソッと言うトラの返答には言葉ではなく魔法が用いられた。

 浮遊する彼の背後から、高速で火の玉が飛来してくる。

 よく燃え移りそうなその羽毛にあたる寸前で、察知し、回避。


 射出された方向へ、トラは素早く振り向いて、ターゲットを見定める。仮面は瓦礫の落ちてこない箇所を見極めて無傷で突破したようであった。

 

 「生きとって良かったわ。死人は子供の隠し場所を喋らんからな。」


 目下にいるゼノンにわざわざ聞こえるように大きく話す。虎視眈々と狙う瞳は逸らさないまま。


 「何があっても口は割らないし──ここで死ぬのはお前だけだ!」


 語気を荒げるのと同時に超速でゼノンは動き出し、同時に無数の火の玉を空中で止まり続けるトラに対して闇雲に射出した。


 避けられない、空を埋め尽くす広範囲攻撃。

 しかし速度は遅く、狙いはあまりにも大雑把、直撃してもHPの1割も削れないだろう。

 即座にその視界を覆い尽くす攻撃が、見た目だけのただの煙幕代わりの陽動だと彼は気づいた。

 

 何をされる?どこから狙う?


 飛び続ける自分を近接戦で挑むことはほぼ不可能。

 不利な状況でオレと関わるのを避けたか、この隙に撤退、もしくは子供の保護に行くかもしれない。


 そこまで考えた、火の玉が自分にあたる瞬間。


 彼にとっての“不可能”が訪れる。


 「──フッ!」「──なっ!?」


 背後から一本のナイフが彼の心臓目掛けて投げられる。

 それは正確な軌道。

 必ず当てることを目的に、わざわざ投げナイフを距離三メートルまで近づいて放った甲斐あり、いち早く気づいたトラでさえも、完全に回避しきれず右翼を擦り切創を作り出す。

 数本の羽が、地面に落ちる。


 ゼノンは、壁を走ってトラの位置まで近付いたのだ。


 「あぶな……ッ、!随分とアクロバティックな人間だこと!」


 翼を切り落とされていたら、浮力を維持できず、地に足つけた戦いになるところであったが、羽に傷がついた程度でまだ動ける状態。

 壁を走って登り、飛び込んできたゼノンだったが、ナイフを投げてそのまま重力に負けて地面に落ちはじめる。

 トラはその隙を見落とさず、蹴りを腹部に打ち込んだ。

 

 さすがの仮面というべきか、隙を晒すと分かった上での決死の行動であり、直撃だけは避けるように事前にガードの選択をしており致命傷は逃れられた。


 ここまでほんの数秒にも満たないやり取り。

 両者、簡単にはやれない相手だと、渋々と立派な敵だと認めている。

 

 トラは空中に、ゼノンは地上に。

 試合状況は初手に戻る。

 

 その対面。

 【情報屋】を名乗る彼は、突然声をかけ、宣言した。


 「……オレの名前は、トラ。けどこれはこの世界の仮初の名前や。」


 何を思ったか、彼はトラベラー故の、最大の個人情報を暴露する。


 「──本当の名前は、鷹見虎太郎。ほら、次はあんたが名乗る番やで。」


 それはトラが彼を認めた果ての行動か。

 正々堂々、相手にも敬意を、騎士道精神のようなスタンス。

 本当の名前を明かす行為はトラが勝手にやったことで、わざわざ応えずともよく、仮面は闇側の存在。明かすメリットは皆無だった。


 だがしかし、彼にも譲れない何かがあるのだった。


 「──俺は、ゼノン。ゼノン=バーグラ。……首領コフィン=バーグラの息子だ。」


 トラはここで初めて、彼とボスとの関係を知る。トラ自身もまさか返答が来るとは思わず、さらに結構な情報で、驚いて固まるが、通りでその強さに納得のいく部分も見つかったようだ。


 「……へえ。それじゃあ改めて。──オレとやろうや!」


 飛び続けるための“休憩”は、会話を交わす中で済んだ。

 トラは息を入れて、地面へ急降下。狙いはもちろんゼノン。今度は誘導も何も考えずただ対象だけを蹴るために動く。

 当たったらそれがどのくらいの威力なのかは、もう十分ゼノンも知っている。

 ギリギリ避けられる速さなことも。

 攻撃するために、近づかなければいけないことも。


 トラの蹴りが、頬を掠る。

 HPの消耗はほぼゼロに等しい。

 

 ゼノンが浮いている敵にダメージを与える手段は、魔法が込められた宝石を使った簡単な〈火魔法〉と、一度使ったとっておきの投げナイフしかない。

 職業で形成した俊敏特化構成で壁を登り、密室空間の中では近接もやりようはあるが、それが隙を晒すことは先ほど身をもって体験した。


 空中からずっと弓矢や魔法で攻撃されていれば負けが濃厚と覚悟していたが、対峙する相手には蹴り含めた近接攻撃しか手札がないことを把握していた。

 

 殺すために、必ず近付いてくる。

 近づかず、ずっと様子見をしていたとしても──いずれ僕が勝つ。


 ゼノンの思惑通り、彼は飛び込んできた。

 神経を張り巡らせたゼノンにとって、間一髪で避け、その隙にナイフで切り付けることはそう難しくはない。

 

 だが、その素早く振り切ったナイフはトラではなく、宙を切っていた。


 「……、早く降りてこい。それは無駄だ。」


 トラのとった行動は、古来から存在する、いわばヒットアンドアウェイとよばれる戦略だった。

 初撃だけを命中させるためだけに動き、当たった、当たってないに関わらず、攻撃モーションを起こしたそのすぐ後に、相手の攻撃が当たらない範囲まで逃げ出す。

 もしそれがうまくいくのならば、自分のHPは減らず、相手のHPだけがじわじわと減っていく、そのような戦略。

 

 強く思われるその戦略。

 しかしゼノンは、それは無駄、と言った。

 概ね正しいことである。

 もうトラの最高速度に慣れ、その攻撃を避けることに成功した。今後同じスピードで来たとしても、最小限の動きでかわすことができる。

 ヒットアンドアウェイの悪い点をあげるとすれば、機動力がなければ成功確率が低いことと、逃げるのに余分な体力を使ってしまうこと。

 逃げを考えなければ、すべてを攻撃に振り分けて、もっと早く戦いに終わらすことができる。


 彼の戦略は完璧に勝てる可能性はあるのかもしれないが、時間が大幅にかかる戦い方だ。


 ゼノンはその行動に注意はした。

 だが心の中で、バレないように、ほくそ笑んでいた。


 時間稼ぎが助かるのはこちらだ、と。


 対して、トラも何も考えていないわけではなく、彼の作戦があった上で時間稼ぎの択を選んでいる


 見合って、突撃して、お互いに回避して。

 

 長く、だが一瞬の間の命のやり取りが行われる。



     ◇



 「……、……っ。」


 ヨンガンは息一つ切らさず、長い長い崩れた道をとてつもない速度で走り続けていた。

 それを可能にするのは、常人よりもはるかに高いレベルだから。加えて【龍人】という、東の国特有の稀有で強力な種族であるから。


 彼は、この街で人の前では一度も外したことないその兜を外していた。

 門番だからといって甲冑をつけろという義務はない。しかし彼はずっと自分の意思でそれを被り続けていた。

 理由は、その顔があまりにも目立ちすぎるから、である。鋭く尖った獣人のような口元。青い鱗の肌。ギザギザのツノ。金の瞳。それは紛れもなく【龍人】固有の特徴。

 

 この世界では【龍人】をモチーフにした童話や神話が多くある。その起源は詳しくはわからないが、その物語の中では【龍人】は高貴かつ味方側の存在。

 幼い頃から誰もが知っているヒーローのような種族。不用意に顔を晒せば、自分を超えて、愛する妻や息子にも被害が及ぶかもしれないとずっと隠していたのだ。


 しかし、そうして家族を守るはずだったのに、息子ハヌルと街に降りてバザールで彼の喜ぶものを買おうとした一週間前。

 仮面をつけた正体不明の男に、宝物は目の前で奪われた。


 呆然として、救い出すためにすぐには動けなかった。

 それが悪かったのか、瞬く間に仮面は目の前から消えてなくなり、ハヌルを見つけ出す手がかりは無くなってしまった。


 彼はすぐに助け出すために行動した。

 だが彼を妨げるのは、彼がこの街で生きるために必要な『職』だった。

 もともと彼の生まれ育ちはここから遠く離れた、大陸すらも異なる【龍人】の集落。

 そこで運命的な出会いをした人間の女性と出会い、互いに惹かれあい、砂漠の国で暮らすと決めたのだ。

 一人で生きる強さはあるが、家族で人並みの暮らしを送るには強さだけでは安定しない。

 

 繋がりがあった市長に門番という仕事を紹介してもらい、彼は十年もの間、街を守り続けていた。

 職を放り投げて息子を救い出すために旅をする選択はあった。しかし、今は『バーグラ=ファミリー』と名乗る新興マフィア集団が覇権を握り、かつて類を見ないほど犯罪行為が活発になっている。

 門番の中で随一の戦闘力を誇るヨンガンがやめてしまえば、おそらく、街の入り口を守るものがいなくなり、妻含めた愛する街の民は蹂躙されてしまうと考えて、彼は苦渋の決断の末、他の誰かにハヌルを助け出してもらうことを祈ることにした。


 その時だった

 バーグラ=ファミリーのアジトがわかり、そこを崩すための戦力を募集する情報を入手した。


 ──ハヌルともう一度会うには、今しかない。


 ようやく掴んだ一筋の光、もう二度と離さないために彼は自由に行動できるトラベラー班に自ら志願した。

 そこで出会ったユウキ、トラ、アメリアの助けがあり、そして、ついに、ハヌルがいるかもしれない情報を見つけた。


 そのためなら全力で走ることなぞ、苦ではない。


 「……!誰か、いるんですか!?」


 彼は立ち止まる。

 一つの扉の向こう、【龍人】固有の人間より遥かに鋭い五感のうち、聴覚が、子供の声を捉えたのだ。

 聞き馴染みのある息子の声ではない。しかしそれでも助けない理由はなかった。


 彼は思い切って扉を開けた。

 中から鍵をかけているようだったが、彼の腕力にかかれば壊して開けることは容易だった。


 その広い空間には、一人ではない、多くの子供がいた。地面に一つ置かれたランタンが彼らの足元を薄く照らしている。

 子供たちの奥には、牢屋。

 鉄格子は壊れて中には誰もいない。


 「だ、だれ」「怖い」と思わず子供達は口々に声を出した。

 私は、とヨンガンは自らを名乗る前に彼らの恐怖の理由に納得する。

 

 この暗さなら青い鱗は見えにくいし、おそらくこの金色の鋭く光る瞳だけがはっきりと映っているのだろう。彼らは誘拐された子供。地上でも顔が怖いと怯えられる自分であるのに、こんな地下で出くわしてしまったら敵だと思ってしまうのも無理はないだろう。


 彼のその予想はほぼ当たっていた。

 子供達は扉を開ける存在──金髪で陽気なヒーローを待っていたのだから、閉めた扉を力技で壊されて入ってきたものを恐ろしいと感じたのだ。


 泣き出してしまうまだ幼い子供もいるなか、ヨンガンはどう声をかけたらいいかわからず、あたふたと困ってしまう。

 

 その状況を収めたのは、一人の女の子だった。


 「ねえ、おじさん、ハヌルくんのお父さんなの?」


 一言が沈黙を作り出す。

 子供達は彼の顔をじっくりと見て、何かに気づく。

 彼はその返事には迷わず、まっすぐと答えられる。


 「はい。私はハヌルの父、ヨンガンと言います。みなさんを助けに来ました。」


 父だと口に出したことで、最初に告げなければいけなかった言葉も言えた。

 安堵の声が漏れる子供達をゆっくりと落ち着かせ、そしてハヌルの名前を出した女の子にその居場所を聞き出した。


 私の息子はこの道の奥にいる。

 彼女が教えてくれたそこは、確かに崩壊の聞こえた音の方向と同じ位置にあった。

 

 子供達はまた、トラの話も彼に教えた。

 突然現れた仮面と戦いはじめ、自分らを後ろの部屋に逃してくれたとのこと。何かが崩れるような大きな音が聞こえたが、ここは被害に遭っておらず、扉を開けるなという約束があったからトラが無事なことを信じて待っているということ。


 ヨンガンはそれをなんと的確な指示かと、トラベラーという存在の評価を再認識した。

 ユウキたちを見て、【龍人】なんて古代の栄光でヒーローと呼ばれる紛い物で、彼らこそ本物の救世主だと思ったのだ。


 しかし、まだ彼らも未熟だ。

 自分の方が強いという自負は、十年間、愛する者を背負って護り、生きてきた過去によって形成されている。


 子供達を率いて地下から脱出するという選択より、彼はトラの助太刀に向かい、ハヌルを確実に救い出すという選択を、葛藤の末、選び抜く。


 トラが渡したランタンの灯に集まって、不安を抱き合う子供達を惜しみながらも「すぐに迎えに行く」と別れの挨拶を済ませて、彼は再び、走る。


 まだ幼い。置いて行かれて泣きそうな気持ちの子もいるだろう。

 しかし、彼らはハヌルという存在を知っていた。

 自分たちとは違う。青い肌で綺麗な瞳を持つ子。

 その子はこの中の誰よりも、大人から暴力を受けていた。それなのに体の心配よりも、囚われた自分たちの心の心配をずっとしていた。

 同じ年齢なのに、なんて優しい子なんだろう。


 彼らは全員が、ハヌルを見ていたからこそ、彼の父が彼を救い出すことを、願っていた。


 「──ぜったいっ!たすけてあげてね!」


 別れの直前、女の子はそういった。


 ヨンガンはその言葉を背に、さらに速く強く、足で地面を踏み締めて進む。

 

 

定型分:感想、高評価等励みになるので、お願いします!!!

本当に、お願いします。


毎日、19:00更新。ストック尽きるまで。

───


名前を伝える、いいタイトルではないか。

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