第53話 届かぬ願い
ほのかに灯る薄暗い部屋。
そこは地下城の最上階。
王座に誰かが座っている。
それはこの城が作られた時の城主の一族ではない。
盗人の頂点。
砂漠王朝随一の犯罪組合のトップ──【盗賊王】コフィン=バーグラであった。
「……父さん。ようやく最後のDDを手に入れたよ。」
椅子にただ座り、虚空を眺めていた彼にひとつ声がかかる。
それに反応して顔を上げた。
映ったのは見知った顔、長い間を共に過ごしてきた愛すべき存在だった。
だがコフィンは彼に「愛」なんて向けずに言葉を返した。
「そうか、ゼノン。よくやった。【龍人】にはもう打ったか。」
ぶっきらぼうで荒々しさを感じる声は、彼をゼノンと呼んだ。
それは今この時だけ、象徴である仮面を被っていない。年相応の幼い顔で父と呼ぶ人物を見つめている。
名前を呼ばれたことに少し嬉しさを感じながら、冷静に返事をする。
「うん。液体が全身をめぐるまで、あと三時間ってところかな。……それが終わったら全部抜き取って商人の元に行って、そして……」
ゼノンはだんだんと話す声が小さくなっていく。
それはなぜだろうか。
「ようやく俺の夢が叶う。」
彼とは違いコフィンはその続きを力強く言い切った。ゼノンはその言葉を直に聞いて、何か言いたいことがありそうに、それを封じ込めて舌を噛む音がする。
不器用な笑顔。
「……そうだね。父さんが世界を変えてくれる。」
彼はボスの道を肯定する。それは愛しているから。
だが反対にコフィンはもう彼の顔を見ていない。
もう、愛はないのか。
「DDさえあれば全てが手に入る。【盗賊王】は全てを奪うから【盗賊王】。……ハハハ、もうすぐ、もうすぐだ。」
低い声で彼は狂ったように笑っていた。
ゼノンは少し躊躇したが、それでも今言わなければと勇気を出して声に出す。
「父さん!父さんの夢が叶ったらまた必ず───ッ!?」
何かを言いかけたその時だった。
地下城の外から大きな声が聞こえる。
雄叫び、看守の警告、鐘の音。
ここはたまたま見つけ占拠したバーグラの秘密のアジト。今まで見つかったことはない。
だからこそそれは異常の事態だった。
そしてさらに、夢を掴むためのキーが眠る、マフィア結成以来、今が一番攻められたくない状況。
「早く潰しに行け。恐らくあの街の雑魚どもだ。全員殺しても構わん。俺は地下の扉で完成を待つ。」
苛立ちを隠しきれないその声で、何かを言いかけていたゼノンを無視してそう命令する。
彼は口を引っ込めてその指示に従うため、今すぐにでも下に降りて先に戦う部下たちに加勢しに行こうとした。
あぁそうだ、とコフィンは彼を呼び止めた。
走り出したはずなのに彼の静止をよっぽど聞きたかったのか、ゼノンはすぐに立ち止まって続きを待った。
まさか身の危険を案じてくれるのだろうか。
そうして彼は父らしさをずっと待っていた。
「【龍人】だけは絶対に逃すな。俺の元にに連れてこい。あいつが、俺の全てなんだ。」
放たれた言葉は、求めていたものではなかった。
彼は、自分を全てだ、と言って欲しかった。
でも口には出さなかった。出せるわけがなかった。
少しの硬直ののち、彼は短く息を吸って振り返って笑って言う。
「……うん、わかった。それじゃあ、いってきます!」
◇
「ッし!壊れた!よーし大丈夫やからなーお前たち!トラさんが助けたる!」
さらにあかりが限られた、ランタンの光のみの空間。子供達を気遣ってか、いつもより一段と明るい声でトラは走り回っていた。
その後ろにはピッタリと10歳程度の子供たちが列をなしてついてきている。
彼は最初に子供達を助け出してから、「ほかにも同じ子たちがたくさんいる!」と直に報告を受け、広大に続く地下空間を片っ端から周り、子供を見つけ鉄格子をへし折り続けていた。
その中で彼はここが怖い場所ではないように、とびっきりの持ち前の明るさで子供達を導く、良き大人となっていた。
絶望で心を塞いでいた子供も、彼の外での話を聞けば笑顔になれるほどの光だった。
出口を探しているその時、助け出したうちの1人の女の子が彼に言った。
「あ、あの!あの扉の先にひとりいます……!私たちとはちょっと違うけど、でもとっても、優しい子で、でも、あの子だけずっと、一人であの部屋で……」
その子は焦るように、とにかく頭に出た言葉をそのまま喋ってトラに助けを求めている。
トラはその子の頭を優しく撫でて気持ちを落ち着かせ、そして覚悟を決める。
「だいじょうぶ。だいじょうぶや。オレが今からその子も助け出すから。……よし、みんな!今からこの先行くで!でもその前に約束!もし危ない兄ちゃんたちが目の前に現れて、オレが『逃げろ』っていったら、すぐに後ろに走ってここに来て扉を閉めること!何があってもオレが助けに行くから、どんなこと言われても開けんなよ!約束、破らんようにな。」
助けた子供の供述から、この空間に日に二度、食事を与えるためにやってくる人間がいることは知っている。そして、そいつらは歯向かってきた子供達、時には歯向かわなくても気に入らなかった子供をムチで叩くことも知っている。
誘拐された子供がこのアジトにいる理由が何もわからないトラにとっては、意味のわからない外道の行為であり、到底許せるわけがなかったが、憤りを見せるよりも希望を見せた方がいいと考えすぐにその表情を隠して振る舞っていた。
トラの言葉に「はーい」と元気の良い返事がまとめて聞こえてきたことをきっかけに、彼は誰かが特別扱いとして別室で閉じ込められる部屋の先の扉を開いた。
その先はなんともう一つの大広間。
四人で突き進んでいたような狭い廊下と訳が違う、圧倒されるほど広い奥へと続く道。
一見しただけでかなり古く、老化したものであることがわかる一方、建物の装飾は地上よりもやけに豪華なように感じられた。
不気味な空間。
もしかしたらこの先に出口もあるのではないか。
助け出されていない子はいないか、牢屋が並ぶ刑務所の部屋をもう一度確認し、全員が自分についてきていることを把握してからゆっくりと歩き出した。
どこまで続くのか、3分たったあたりでも道の果ては見えない、その時だった。
人の気配がする。
三人の話し声。
それは明らかに子供の声ではない、大人だ。
トラは後ろを振り返って静かにするように合図をする。
子供は素直に従って、スリルの中、音の主たちが近づくのを待っていた。
「やばいやばいぞ!上はもう戦場だ!」
「俺たちは楽な仕事で良かったぜ。子供たちが逃げないように子守りしてればいいんだろ?」
「命を救ってくれたゼノンさんの頼みとあれば断るわけもない!まぁ時間稼ぎだって言葉がちょっと気になるけど……」
それはどこかで聞き覚えのあるような声。
見えたシルエットは綺麗に大中小の三人組。
そう、地上で仮面とやり合う前に出会った部長班長係長の役職三人組だ。
「………はぁ。」
トラはそいつらをみるまでどんな手強い奴らが相手になるか、柄にもなく緊張していたが、彼らだと分かった瞬間に安堵のように息を吐く。
そしてあっさりと彼らの前に姿を現す。
「──!おい、お前だれだ…………って、あ、あ、あの時の……!」
「へぇ、あの時の?」
「アニキじゃないですか!」
恐怖に怯えながら誤魔化すように返答したのは、ユウキが植物で捕まえて仮面に誘拐された、最後まで気を失わなかった一人だった。
今はこいつらに構っている暇はない、とトラは考えて、普段なら軽口を叩き合う時間があったはずだがもうトラは行動し始めている。
「おう!舎弟どもは眠っとけ!」
「待ッ、待って───ブギャッ!」
聞こえてきた会話の中に、必ず敵意があることは確認できたため、トラは問答無用で彼らに羽を使って飛びかかり、思い切り蹴り、一瞬で気を失わせる。
人間の姿だと少し手間がかかっていたが、彼の天狗としての力を使えばそれらの制圧は一手で終わる。
ぱっぱっと服についた汚れを払うトラをみて、後ろで見ていた子供たちは大きく歓声を上げた。
「ヒ、ヒーローだ!」「すげぇ!かっけぇ!」
この三人も子供達をいじめていたのだろう。勧善懲悪。彼が本当に信用に足る人物だと、演劇や絵本の中の希望の象徴であるヒーローだと子供達はその出来事で確信したのだ。
「お、おう、ありがとな!こんくらいだったらトラさんに任せれば余裕や!……よし!先進むでー!」
慣れないヒーローの眼差しにトラは恥ずかしいのか、「オレは影から世の中を掌握する情報屋を目指してるんやけどな……」とボソッと呟いて、でも少し嬉しそうに前を歩き出した。
そこでひとつここにいる三人組の存在に疑問が残る。
彼らはゼノンの命令でここにきたと言った。
どうやらこの場所は大広間の戦いとは離れた地下で、そう簡単に見つけられない場所らしい。
なのに、トラはゼノンの【異能】でここに連れてこられたのだ。
なんのため?
トラなら鉄格子を壊せず囚われたままになると思っていたのか?
いや、その見積もりは仮面にしては甘すぎるし、子供を救出しないことを選ぶ悪人ではないことは市民の臨時軍と共にアジトにやってきた時点で知っているはずだろう。
彼だけワープさせたのはトラベラーを分断させるため?予想通りワープさせる箇所は決められた一箇所しかないため指定したワープ先である牢屋になったのか?
と、ここまで彼自身が考えた時、三人組の一人が言った「時間稼ぎ」という言葉が引っかかる。
この先にいると言われる別部屋の子に何か大きな手がかりがあり、それが何かしらの計画の本体で、そこに仮面が辿り着くまでの時間を稼ぐ役割が彼ら……?
ずっと思考しながら、彼は走っていた。
不意に、悪寒が、した。
「──〈意識外の致命傷〉」
「ッふっ!──『逃げろ』ッ!お前らァ!」
初めて出会ったあの時、ユウキを首元から刀で貫いて一撃死させたあのスキル。
まさに第六感。本能で敵襲に気付いたトラは一瞬で首を捻り、寸前で攻撃の回避。
守るべき対象の安全を確保を最優先として彼は“約束”を確認した。
子供達は何が起きているかわからない。しかし、ヒーローのあまりに必死な剣幕に従わないものはいなかった。
“約束”を、覚えている。
彼らはすぐに後ろに走り出した。
そしてその様子を見つめる仮面の視界を遮るように、トラは立ち、格闘フォームを一切緩めず挑発する。
邪魔なメガネはとっくに捨て去っていた。
「あいつらが時間稼ぎになると思ったか?」
「あぁ間に合ったさ。ここで俺がお前を殺せば全て上手くいく。」
二度目の死合いが今、始まる。
◇
ゼノンは焦っていた。
やり合った羽を持つ希少種族が他のマフィアではなく、市民側だったこと。おそらく彼の異能、もしくはスキルのせいでこの場所がバレたかもしれないということ。
そして龍人を必ず守り切らなければならないということ。
それはボスの命令。
ゼノンは争いが起こった時、真っ先に敵の戦力を探りに行った。
彼の【職業】は【幻影暗殺者】と【怪盗】の二つ。
どちらも上級職であり、しかも隠密を得意とするAGI、DEX型構成。
簡単に言えば斥候としての役割も、強者への不意の一撃で試合を終わらせることも可能な人間である。
大広間でのメインの戦いは、自分以外の幹部の全員が対応していたし、ある個人的な理由から参加したくなかった。そしてパッと戦場を見渡しただけで、自分がいなくてもなんとかなると判断した。
そんな彼が次に警戒したのは、続々と兵士からの報告が途絶える二階の長廊下であった。
そこはマフィアの構成員全てが生活をする、書斎含めた小部屋が並ぶ廊下で、更なる地下施設に繋がる道も隠される場所であった。
ボスがいた最上階へと向かう様子であったが、何かの間違いで地下に気づいたらまずい。
廊下で隠密し、進軍を続ける強者の訪れを待っていた。
そこで見たのはいつかの【天狗】だ。
彼はリーダーとして隊を率いて猛進していた。
情報屋といったか、何かと鋭い彼だけは、いまここで殺さなければ、龍人にもたどり着いてしまう。そんな予感がしたのだ。
彼はタイマンでなければ倒せない。
そう思考したゼノンは自らの異能で彼のみを誘拐。
あらかじめ決められた一つの印、アジトの地下牢にのみワープさせる異能であり、自分自身はワープ能力の対象外。
その場にいた他の班員を無視し、誘拐した先へ走り出した。
そして彼が【龍人】の子供と接触する前に補足した。
狙うは一撃死。
自分の姿を認識されていない状況、かつ、背後から首を当てなければ発動できない【幻影暗殺者】由来のスキル〈意識外の致命傷〉で即死させる。
そのスキルで命中すれば、攻撃力×10の破格のダメージを与える。
初撃のみ、再使用まで一日と重たいクールタイムありのまさに暗殺特化の能力だが、それは直感で回避され、その刃は彼に届かなかった。
理想の展開ではなかったが、ここは地上での戦いとは違う、密室での戦い。
翼があるものは当然戦い方も変わるわけであり、ゼノンからすれば密室こそ得意フィールド。
十分に勝算はある。
◇
壁に大きな破壊音が響いている。
それを引き起こすのはトラ、ただ一人。
ナイフを構えるものの、回避に専念したゼノンは当たれば致命傷に至るその蹴りをスレスレで避け、大技で隙を見せたところをナイフで傷をつけて地道にHPを削るという作戦か。
だが隙を見せ続けているトラではない。
当たればラッキー、避けられることを覚悟で、彼には彼なりの作戦があり壁を強打し続けている。
「この先に、何があるんや。」
お互い“何かを待っている”ように時間を稼ぎながら戦い、言葉を交わす。
「……子供だ。俺たちの夢。」
てっきり関係ない、と返ってくるとばかり考えていたトラにとってそれは驚きの返事だった。
「……へぇ。それはたいそう素敵なことで。その夢聞かせてもらっても?」
その夢が何であれ、この先の子供は被害者であり取り戻さなければいけないことは決まっていた。わずかな情報でも聞き逃しはしたくない。今ならば語ってくれるのではと聞くことにする。
「『世界征服』さ。……より世界を良くするための。」
悪党らしさ満点の答え。やはり本物は面白い、とトラは笑いながら話す。
「世界を征服してどうする?暴力じゃ世界はまとめられんで。」
ここより進んだ世界に住むトラベラーが放つ言葉。たとえ強大すぎる力を持っていたとしても寿命や反乱で滅びる。それを歴史が証明する。
「最初は暴力かもしれない。でもボスなら絶対に公平に世界を作り直せる。誰も飢えない。誰も虐げられない。そして誰も囚われない、“自由”な世界を。」
トラはその言葉を、本気の声色で目の当たりにすることで仮面に対する評価を変えた。
ただのクエストのための敵NPCではない、もとよりこの世界にNPCなんて存在しない、曲げられない信念を持って生きている存在なのだと。
あぁつくづく面白い世界や。第二の世界という題名ほど相応しいタイトルはないで。
彼の願いを笑うことはしなかった。
夢が叶う叶わないの現実的な話ではなく、それは本来正義側として唱えられていいものであるから。世界が手をとって実現していかなければならないものであるから。
ただ方法があまりにも倫理性を欠いていて、独善的なものであるから。
彼らは否定していかねばならない。
その信念を。
「オレはいまだに愛の力を信じてる。世界は話し合いで平和になるって。誰かを死なせなくても、全員が笑える結果になるって。」
トラは狭い空間の中、大きく飛び上がりある箇所目掛けて飛び込んだ。
それは仮面の居場所。
そして、仮面がそこに来るように誘導した何かがある場所へ。
「──譲れねぇもんが互いにあんなら、最後までやり合うしかないわな!」
仮面は渾身の蹴りを避けた。
避けた先、それは廊下を支える柱に命中する。
その柱がこの空間を支える役割を担っていることは構造的に一目で理解できる。
トラはがむしゃらのように見えたこれまでの攻撃と、最後の一撃を全て計算していた。
それはある作戦のため。
それを思いつくきっかけになったのは、レンジから教わった壁の老朽化という知識。
ドスン、と重たく響く音。
脆い柱は抉れた箇所からどんどん広がって、上へ上へと崩れていく。
柱が崩れ去れば当然、それで支えられていた全ても。
ついにこの地下の大広間は、崩れ去る。
「なッ、最初から道連れが目的──、いや、だめだ、【龍人】を──ッ!」
まさか救うべき子供がいるのに建物を崩壊する訳がないと無意識に思っていたのか。
予想外の展開に動揺を隠すが、彼の最優先目標を思い出す。それは奥に眠る、DDの第一段階を打ち込んであと少しで全身に巡る【龍人】の子供。
両者が秒で崩れ去る空間の中で、一瞬で思考をまとめ行動を始める。
トラは背中の羽を使って大きく羽ばたき、自分の運命を信じた。
彼が地下を崩壊させた訳と勝算は多くある。
トラは、一度手合わせただけの仮面の男だが、その脅威性を自分より強いものとして捉えており、万全の状態でなければ勝てないと判断していた。
また安全に勝つためには上空を飛べるアドバンテージを生かしたヒットアンドアウェイ戦法が最適だと考えるが、密室ではそれができない。
よって、あえて封じられた空間を壊し、蟻地獄から落ちてきたような広い地下空間が広がることを期待していた。
また最悪の場合、ただ瓦礫が落ちてくるだけで、この道全てが埋まって、両者生き埋めになってもこちら側からすればプラスであるという考えもしていた。こちらはトラベラー、死んでも復活できる。
唯一の懸念は守るべき子供達だが、逃げる約束はしたし、現に時間も稼げた。この場所が崩壊したとしても元いた牢屋には被害は及ばないだろう。
そして彼には、「全てがうまくいくはずだ」という自信があった。
まるでアメリアのような根拠のない勘。
その比喩は似ていて、正しい。
サンドキャメルに乗ってここに行くまでの道中、アメリアが全員分の今日の星座占いを、お遊びがてら行っていた。
今日の一番の強運の持ち主は蠍座。
あの場でトラだけが蠍座だった。
そう、それだけの理由。
しかし、彼女の確信は周りにも伝播する。
賭けに負ける心配はゼロだった。
そして逃げ惑う仮面を隙に、彼が一番信じるものへの布石はもう打ってある。
──最後の瓦礫が地面に落ちた。
ゼノンも何か訳アリっぽいですが、それでもトラは勝たなければなりません。だから、きっと、勝ちます。




