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Another World 〜【勇者】が愛した仮想世界〜  作者: 明日乃灯
第二章 砂漠王朝編

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第52話 欲望の薬

 『……?〜〜!?〜〜!』


 アメリア、ヨンガンと共に片っ端から部屋を開け、そこになにもないと確認しては次の部屋を探しているその作業の時だった。

 ある部屋──書斎のような場所から、何も目ぼしいものはないといつものように立ち去ろうとした時、俺の体からスズが飛び出して訴えるように鳴き出したのだ。


 「……?どうしたのスズ……」


 行動を共にする二人は先に進んでいたため、霊体姿で常人には見えないスズに返事をしてもおかしいと感じるものはいなかった。


 『我も、何か感じた。もう一度この部屋を調べるぞ。』

 

 もとよりスズが何かを伝えようとしていたため手掛かりを探し直すつもりだったが、カルナの一押しがあればそれは確信に変わった。


 「アメリア、ヨンガンさん!さっきの部屋に何か隠されているかもしれない!手伝いに来て!」


 すぐさま全ての本を確認できるように、助けを呼び、書斎を隅々まで探し始める。

 言語は日本語ではないように見られたが、そこはゲーム的なパワーのおかげか、俺でも本を読むことができた。

 だがその中に手掛かりはなく、普通の本屋で売っていそうな料理のレシピのような内容の本であるだけだった。

 

 三人でパラパラとめくる中、突然、アメリアが「よし!」といって本を畳み、ある方向に歩き始める。


 「この本らはただの娯楽のためのもんだな。マフィアだっつーのに不自然なぐらいの量の。なんか隠してるってのはなんとなくわかる。でもよ〜……おいおい普通書斎の中の隠し事っていったら……」


 彼女は、隙間なく詰められた棚から、本をドバッと転がすように強引に抜き始めた。


 そして、軽くなった棚を横から蹴っ飛ばす。

 

 ──大きく横にスライド。

 かつて棚があった場所には信じ難い大きな穴。


 「棚の後ろに隠し通路ってのが相場だ、ろ………。」


 彼女がそう棚を蹴飛ばす前から言っていた通り、廊下から見ても存在しない間取りの部屋が奥に存在している。


 「って一発目からあたりかよ!……まぁよし!」

 

 彼女は流石にその推測が当たっていると思っていなかったのか、自分の勘を少々怖く感じながら、気を取り直して、どことなく自慢げに俺たち二人にピースを放った。


 「ありがとう、お手柄だよアメリア。」

 「ええ。想像もつきませんでした。私一人なら見逃していたでしょう。」


 彼女に礼をして、俺たち三人は決意を固める。いいや巣穴に飛び込んだ時点でもう決意は固まっていた。

 俺が先陣を切って隠し通路へと走っていく。


     ◇


 存外、それは長く、深い階段だった。

 止まることなど知らない勢いで、最下層を見に落ちるような速度で下る。

 地下城のさらに隠された地下。

 マフィアの下っ端では知りもしないほど巧妙に、なんの痕跡もなく隠されたここには何が眠るのか。

 

 恐怖と好奇心の期待感を握りしめていた。

 ついに階段は終わり、ある部屋に到着する。


 そこは広く、棚が壁一面に並ぶ部屋。

 いや、それは隠し部屋が見つかった書斎と全く変わらないレイアウトの部屋であった。


 困惑する俺とアメリアを置いて、ヨンガンは何気なく、一番近くの机においてあった、一冊の本のような日記を手に取った。

 横にはそれが書きかけなのを思わせるようにペンが乱雑に置かれている。

 

 彼は表紙を見て、首を傾げた。


 「……?なんでしょうかこれは。『DDについての実験記録』……?」


 渋い声でそう確かに発言したそのワードに、俺とカルナだけが反応する。


 『ほう。……ユウキ。』


 読みたい、と言葉に出さずとも伝わるのに加え、思考パターンもほぼ同じだった俺たちは、ずっと気になっていたその取引物の正体について詳しく知るためにヨンガンから日記を譲り受けすぐにページを開く。


     ◇


 「…………、……。」


 ペラペラ、ペラと数ページ。逸る気持ちで紙を捲る。日記は机に広げ全員が見える形で読み進めていた。


 三人が読んだ文章も、抱えた胸が詰まるような憎しみも、全て同じであった。


 「おい、まじかよ、これ。」

 

 日記の内容を軽く説明する。

 

 誰かの語り、おそらくこのマフィアで頭脳派の研究職が実際に経験したありのままを記録することを目的としてまとめられた本。

 表紙につけられたタイトル通り、DDについての独自の研究。

 

 DD、正称デザイアドラッグ。

 言葉のようにそれは欲望を叶える薬物。

 断じて合法ではあらず、許されてはいけず、道徳が存在する世界ならば規制されなければおかしいほどの邪悪な──違法ドラッグ。

 

 形は緑色の液体。

 それを注射器で体の脈に直接流し込めば効果を発揮する。

 

 効果の内容は、『種族を変化させる』薬。

 人間を、亜人に。亜人を、化け物に変える薬。

 その液体は濃縮させたある特定の種族のDNA。

 打ち込まれ成功した被験者は、自身が元々持つ種族に加え、さらにひとつの薬の素となったものの種族を手に入れられる。

 

 人間は【職業】のレベルをあげ、亜人は【種族】のレベルをあげて強くなる。

 そんな世界の常識を覆す、ドーピング。


 端的に言えば、ヒトを強化するためだけにつくられたもの。


 まずこのような内容が序盤の概要と筆者の研究動機で書かれていた。


 「こんなんまだこの世界に来て一週間程度のアタシの前に出て来ていいのか……?」


 ここまでの内容であれば、強くなれるだけの薬という設定は現実でも実際にあり、こうして全員が胸糞に感じて怒りを覚えるわけがない。

 

 そう。安価に、そして手軽に人を強くする魔法はこの世界ですらも存在しない。

 カルナはある時いった。

 強すぎる異能には代償がなければならない、と。

 それは異能だけではない、〈スキル〉にも[道具]にも、世界が均衡を保つために必要なルール。


 世界のシステムに刃向かったその薬は、その作り方に、道徳性を捨て去り、反吐が出るほどの邪悪性が滲み出ている。

 たった一人の、永生の強化。

 

 緑色の液体を作るために必要な素材。


 ──百人の子供の大量の血液、そして種族素の子供1人の命。

 

 『……ふざけるなよ。』


 俺だけに聞こえる声で、カルナは呟いた。彼女の持つ想いを共有できる俺は、人が一般にイメージする【魔王】とはかけ離れた、正真正銘、優しさ故のその発言だと言うことが理解できる。


 未来ある大勢の命を奪い、“恵み”を献上する。

 そんなものがこの国で売買されていたのかと、あの島での地下の惨状を見た時と似たような感情がずっと心で渦巻いている。

 

 忘れることのできない苦痛の記憶に苛まれ、ページを捲る手が止まってしまった俺を心配そうに横目で見たアメリアが、日記を握る手を取り返して代わりに読み進めてくれた。


    ◇


「 DDはある時突然、ボスが持ってきた。

 白い服をした商人から譲り受けたそうだ。

 目的は単なる金儲けか?

 私はどこか怪しいと思ったが、ゼノンが連れてきた別の組の人間に、貰った完成品を注射したところ、変形、そして成功。それはボスの興味を強く惹いた。


 ボスはどこでか、また商人と接触して今度はサンプルではないDDの正式な取引を行った。

 次の薬は完成されたものではない。

 最初の取引は緑色の液体が入った注射器と、複数の瓶。


 DDの開発には時間がかかり、多大なコストが必要。私たちがそのコストを賄い、必要な材料を瓶の中に詰めて寄越すことで向こうの独自の製法でDDが作られる。

 以下に必要な材料。

 瓶には異なる子供百人の血液。(重たい制約を課すことによって破格の効力を可能にしている?)

 注射器に入る液体を素材元の種族に打ち込み、一日放置させ全身に巡るのを待つ。そして馴染んだ肉体から変色した血液を採取し、注射器に再び詰めたもの。

 それらを2回目の取引で譲渡。

 3回目で私たちが完成品を手に入れる。


 ボスは二つ目をすぐに体に打ち込まず、適当な団員に打って様子を見た。やはり驚くべきほどの強化。どうやら素材元の種族によって、大きく性能が変わるらしい。

 ボスは希少で強力な種族の子供を誘拐することをメンバー全員に命令した。


 そしてその後、私をリーダーとして研究チームが組まれた。目的はDDの製法を真似、独占すること。


 ボスの掲げる夢は盗賊団結成初期の頃と大きく変わっていたが、その新しい夢『世界征服』にボスの【星級職】とこの薬が合わされば、もうそれは夢ではなくなる。現実となる。

 ……私たちはボスに救われた存在なのだから、ボスの目指す夢が私たちの夢。

 それは疑いようもないこと。研究を続けよう。


  ……


 しばらく地上に出る機会はなく、知ることができなかったが、ゼノンによればついにDDがマフィア間で知れ渡ったらしい。

 多くの人が抗争の中で犠牲になったのだとか。


  ……


 まずい、実験が失敗した。

 私の〈分析眼〉ですらエラーを起こした。

 正しい手順を踏まなければ調合できない。

 やはり白服しかこの薬の正しいレシピを知らないのか。もしくは製法に【異能】が関与していたのか。

 変貌した被験者らは地下で閉じ込めておけと命じられた。

 すまない、私が功を急いだのがいけなかった。


 いったい、この薬で何人の命が亡くなるのだ。


  ……

 

 研究の糸口を掴み始めた。

 その時だった。

 待望の希少な種族をボスが見つけたらしい。


 無事に誘拐。

 生贄の子供の血液も足りている。

 次の白服との取引で、液体を貰い、注射、そして時間をおいて採取。

 あぁもう、ついに完成する。

 夢はもう少し。


  ……


 私はもう用済みなのか?

 ボスの望む未来に私たちはいなかった。

 ……それでもいいか。

 不完全で粗悪で非人道的な、コピー品は完成したのだ。

 命令一つでいくらでも動ける雑兵はこれで量産できる。


 最後はそれを私が自分に射つ。

 罪の意識、そうかもしれないな。人の道を踏み外した者は人のままいてはいけないんだ。


 私はもうすぐ自我をなくす。

 最後にこの紙に想いを綴っておしまいとしよつ。

 

 いつからかボスは変わってしまった。

 願うなら世界征服のその先で、最初に私に聞かせてくれたあの夢を、叶えて欲しい。それが、望み。 


 私は、あの時のボス。コフィン=バーグラに出会えて、仲間に入れてもらえて、幸せだった。 」

 

    ◇


 日記を読み終え、アメリアは音を立てて本を閉じる。

 なんとも言えない脱力感。

 研究者に同情しうるも、その研究の悪辣さに反吐が出る複雑な感情。ボス、このバーグラファミリーのトップはなんて無謀な夢を抱くのか。それとは違う“最初に聞かされた夢”とはなんなのか。

 それに、変貌した被験者とは。


 「これ、持ち帰っておこう。……あちゃ、アタシのアイテムボックスに空きがない。どっちか二人持てるか?」


 彼女がマフィアの悪事の大きな証拠になる、とその提案をし、応えようとする俺よりも早く隣で共に静かに呼んでいたヨンガンが手を上げる。


 「私が、持っておきます。」


 その一言だけ。

 だがしかし本を読んでから初めて口を開けた彼の言葉に込められた想いはただ流していいものではなかった。

 あまりの重たさに俺たちは頷くことしかできない。


 アメリアが彼に手渡そうとしたその時だった。


 俺たちが上から降ってきたのとは違う、もうひとつの扉から何かが入ってくる。

 ゆっくりと開く。

 ノックも声掛けもない。


 あるのは掠れるような、嘆きの言葉のみ。


 「……ッ、ァア…ガ……グォ……!」


 これは敵襲か。

 ゾンビのようなその声が耳に届いた瞬間に、三者は振り返り各々の武器を握って戦闘体制に入る。

 

 扉は完全に開かれ、そいつの正体は明らかとなった。

 それは人間ではない。

 それは亜人でもない。


 皮膚は白いところもあれば黒いところもある。

 人間のような髪もあれば、獣人のような分厚い体毛もある。

 目も鼻もある。だが耳は特殊。右耳は顔の横、左耳は頭頂部、尖っている。

 口の中はギザギザの歯。

 ヒトらしくなどないくせに、それは眩しいぐらいに純白な白衣を纏っている。


 全てがチグハグな存在。

 何かを取って継ぎ足したような、矛盾した存在。


 人はそれを、“キメラ”というのだろう。


 「──ッグァぁァ!」


 生を感じない両の眼で俺たちを捉えたその瞬間にそいつは襲いかかってくる。


 速い。

 警戒し、いつでも動ける準備をしていたはずなのに、俺が体に信号を送るよりも早く動き出し、思考だけが無駄に引き延ばされる境地の中でそう思っていた。


 これで幾度目かの致命傷か。

 それでも足掻いて生きてやる、と覚悟を決めた俺にその痛みが訪れることはなかった。


 「──ハッ!」


 いつのまにか俺より前に出て、攻撃を受け止め──いや流れるように攻撃を跳ね返していたのは、山のような鎧の巨体、ヨンガンであった。

 無意識のうち、どことなくその偉大な後ろ姿に緋色の熊、アルスを覚えていた。

 驚く俺に彼はさらに追い打ちをかける。


 「あなたに譲れない事情もあるのかもしれませんが……。私にも譲れないものがある。力づくでも取り返させていただきます。」


 口調こそ冷静であったが、白衣のキメラと一瞬で距離を詰め地面が凹むほどの威力で叩きつけるその攻撃には彼なりの感情が強く現れていた。


 キメラはもう動かない。

 あの来ている白衣、居場所、最後の記述から想像すれば、あれの元は日記の筆者である研究者だろう。

 自分自身にDDを打ち込んだのか。

 正気を失い飛び掛かる姿に思うものはあるが、ヨンガンが代弁してくれたように俺たちにも守るべきものがあるのだ。


 「……、ユウキさん、アメリアさん。私は隠しごとをしていました。共にあの日記を読み、私の息子を探すことに手伝ってくれている二人にならそれを明かさなければいけないと思うのです。」


 地下の書斎からキメラがやってきた扉を通って奥に進んでいる最中に、ヨンガンは神妙な声色でそう言った。

 突然どうしたのかと疑問に思う俺とアメリアに、彼は一つ呼吸をして立ち止まった。

 そしてずっと素顔を不明のままにしていた、鉄製の重たい兜を外す。

 

 ヘルメット越しでも彼の鋭い金の眼光だけは俺たちの目に見えていた。

 だが、いざそのベールを解いて彼のありのままと対面した時、その瞳は随分と柔らかい印象をしていることがわかった。


 甘い優しい、タレ目という意味ではない。目尻は吊り上がり、少しシワがあって老けている。

 しかしそこには慈愛が必ずあり、“父”の瞳だと強く感じさせたのだ。


 瞳の印象に大きくつられた俺だったが、それを差し置いてでも描写しなければならない、彼のその顔には大きな特徴がある。

 顔に肌色の皮膚はない。人間のように薄っぺらな面をしていない。

 彼は自己紹介の時、自らを【蜥蜴人】と名乗った。

 その通り爬虫類らしい、鋭く尖った口元。犬猫でよく聞くようなマズルという部位か。

 皮膚は青く、鱗のようなもので覆われている。

 

 そしてどうして兜に収まっていたんだ、という疑問が真っ先に思い浮かぶ、ギザギザと天に昇るように頭から生えたツノを彼は持っていた。

 医者を目指していた性分、現実の生物図鑑で見た記憶では爬虫類にツノを持っている生物はツノトカゲがいる。しかし、これはそんなレベルのツノではない。

 形容するならば、まさに──。


 「私は希少種族【龍人】です。……攫われた私の息子も、同じく。」


 名前からして伝説的な生き物。龍。

 そんな荘厳さを感じさせるツノだったのだ。


 『……やはりな。そんな匂いはしていた。五百年前からいまもまだ続いていたのか。』

 

 カルナはなんとなくその正体に勘付いていたようで、過去にその種族に出会ったことがあったのだろう。

 正直、彼がその姿をしていたことで俺たちトラベラーはあまり驚く要素はない。何も常識がないためその凄さもわからないから。

 だが、共にあの日記を読んだ後ではその印象が大きく変わる。

 

 「──DDの素は、ヨンガンの息子。」


 今、アメリアは彼女らしく快活な表情をしておらず、ボソッとそう呟いた。だがこの空間にはそれで十分で俺の心に大きく響く。

 彼の強さはさっきの戦いで思い知った。【龍人】は恐らく強力な種族。ボスとやらが追い求めていた理想の存在だろう。


 「あの本には、三つの取引があると書いてありました。最後の計画が私たちの血液であるのならば、ここから撤退はしていない以上、まだ完成していないでしょう。……だから、まだ間に合うかもしれません。」

 

 彼はそういって、俺たちに勢いよく頭を下げる。

 そうくるとは思わず、たじろいでしまった二人に言葉を続けた。


 「お願いします。ハヌルを一緒に見つけてください。」

 

 彼も、父として限界なのだろう。

 俺たちはなんのためにここにきているのだ。

 まず顔を上げるように手を差し伸べてこう返す。


 「当たり前です。絶対にハヌルさんを探しましょう。──そして、みんなで地上に帰りましょう。」


DD〈デザイアドラッグ〉。

語呂良くて気に入ってます。地獄みたいな設定ですけど。

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