第50話 作戦開始
「──ッ、わっ!」
どのくらいの深さの穴を落ちてきたのだろうか。
10秒を超えるほどの浮遊時間。
俺ならともかく並の人間は即死してもおかしくない高度だ。
だがステータスを呼び出してHPを確認しても、直前と比べて一切変化はしていなかったし、地面に落ちた瞬間でも尻餅をついた程度で驚きはしたが大した痛みは訪れなかった。
不思議に思いながらも立ち上がって、周りの空間を見た。
どうやら、当たりのようだ。
蟻地獄の落ちた先は巨大な地下空間。
壁が薄く見える程度に松明が置かれ、空から落ちてくる少量の砂が積み重なって山を形成し、地面のクッションになっている。
そしてこの空間の最たる特徴といえば、眼前に無視できないほど巨大に位置する一つの建物──城だろう。
遺跡と呼んでもおかしくないほど、地下に城が眠るという非常に神秘的な光景。
まさに絶景、観光地にでもお勧めしたいぐらいだが、この場所がもはや十中八九マフィアのアジトだということを知れば、その先がラスボスが勇者を待ち構える砦のように、威圧感のあるものに見えてくる。
とりあえず近づいてみようと歩き始めると、城壁のそばに、俺より先に飛び込みじっと窓から城を眺めるトラがいた。
「トラさん、ここ、すごいね」
「お!ユウキか!よかったついてきてくれて。……ここがバーグラのアジト、少なくとも仮面がいる場所で間違いなさそうや。あの城の屋上の部屋、あいつの気配がする。」
すぐに振り向いて笑顔で返事をされ、ちょいちょいと彼が手をこまねき、あそこだと城のてっぺんを指刺した。
「それじゃああそこにいかないと。……でも、他の班、主力の正面突破の班がいないとなかなかむずかしそうだね。」
まだNPCの彼らはあの落とし穴に飛び込む勇気がないのか、この場所で俺はトラ以外の人影を見ていない。
それでも俺とトラの2人で城を攻め込んでやろうか、と意気込んだその瞬間だった。背後で明るく、不敵な笑みを浮かべるだれかが俺たちに声をかけた。
振り向く。
それは外套を被った少女、アメリアだった。
「おいおい置いてくなよ。説得に時間使っちまったんだ。……ほら、アタシのこと信じてよかっただろ?」
彼女の最後の言葉、それは俺たちに向けられたものではなかった。
彼女は後ろの砂山を振り向いて、そう言っていた。
そうして次に俺の目に映るのは、ズラッと並ぶ、武装をした見知った集団。
ダリウスといったか、市長を中心に強そうな人たちがこの地へ降り立ってアメリアの後ろに立っている。
なるほど、俺が飛び込んだあと三番手。
それをアメリアが引き受け、何を話したか詳しくは考察できないが彼女がここへ飛び降りるように彼らを導いたのだろう。
リスクを厭わない彼女なら飛び込んでくれると思っていたが、まさか全戦力を率いてくれるなんて。本当にありがたいことだ。
「よし。んじゃ、後の指揮は任せたぜ。ダリウス市長さん?」
彼女はその男に目配せをして全視線を市長の元へ移し俺とトラの方へ駆け寄ってくる。
「うむ。──諸君ッ!果敢なトラベラーたちが我々の身では見つけられなかったバーグラファミリーの棲家を暴いた!各自、思うものがあり、いまこの戦いに参加し恐怖を乗り越えたのだろう!ならばあとはやり残すことは一つ!目の前の憎きバーグラを全て破壊し尽くすのだッ!」
隠密なんて考えもしない声量、それは逃げられるなら逃げてみろという挑発か。
市長の演説に触発された戦士たちは、轟く雄叫びをあげて進軍、城壁を蹴り飛ばして攻め始めた。
「敵襲!」というような声と警報音が鳴り響く。
大量の構成員が彼らを迎えうつ。
人がいるということはここは間違いなくバーグラの本拠地。
国と違法組織との闘いの火蓋が切り落とされた。
「ユウキ、トラ、二人は今まで会ったトラベラーよりやっぱり面白くて……そして何かが変わっている。」
それが貶しなんかではないのが、彼女の心底楽しそうな笑みを溢す話し方から存分に伝わり、俺とトラは思わず顔を見合わせて敵地の中だというのに笑ってしまった。
「それはアメリアもね。」
「それはメリメリもやな。」
初めて聞くトラのあだ名にそれで良いのかとツッコんだりしているうちに、後方支援の義勇班以外の全ての人は城の中に突入していった。
いつの間にかトラベラー班も全員集まっている。そこには一刻も早く城に入りたいはずのヨンガンさんも待っていた。
「よし!それじゃあ作戦開始や!正面から張ってくれてる主力を陽動として各所で自由に暴れ回る!人命救助から敵の拘束、撃破!」
これが最後のトラの指示だ。
「──ほな、いくで!」
最初の一歩は全員で踏み出した。
◇
「なぁ、一つ聞いても良いか。ヨンガンの子供はいつ攫われたんだ?」
遺跡のような巨大な城の中、かすかな灯で照らされる廊下を全速力で走りながら、アメリアはヨンガンさんにそんな質問をした。
トラたちと共に城に突入したあと、俺たちの班は早速二手に分かれて城の右側、左側をそれぞれ探索することにしたのだ。
7人班ということもあり、そこでの分け方は四対三、つまり俺、アメリア、ヨンガンさんの三人グループとトラ率いるその他で行動することになった。
一刻も早く子供を助けにいきたい、そんな彼の想いを汲み取って俺たちは体を休めずずっと走りながら廊下に無数に並ぶ扉を蹴破っては人を探すということをしていた。
「……忘れもしません。一週間と三日前です。息子は、ハヌルは私の目の前で攫われました。不気味な仮面をつけるものが街の路地に現れ、ふと目を離したその瞬間、手を繋いでいたハヌルごと忽然と姿を消したのです。」
ハヌルというのは子供の名前か。
10日も行方不明となった彼のただ一つの宝。
俺は一つ最悪なシナリオが頭をよぎった。
誘拐されておしまいではない、もう死んでいる可能性だって。生贄として殺されたアンの事例がこの胸の鼓動を加速させる。
これは攫われた人を探すクエストなんかではない。失われた宝を取り戻す命と誇りを賭けた闘いなのだ。
「それなら早く見つけださないとな。……おっと、また分かれ道だ。広すぎんだよこのアジト。どうする?二手に分かれるか?」
片っ端から部屋を確認しているが、いまだ、構成員の寝室もしくは何も置かれていない部屋しか見つかっていない。誘拐事件、DDについてなど、めぼしい手掛かりはゼロだ。
彼女の提案に俺は少し考える。二手にわかれた方が効率的な一面はある。だが果たしてそれがただしいか。ヨンガンさんは強い、が、もしそれよりも強い誰か、あの仮面やここのボスと戦って死んでしまったら。
……いつのまにか保守的な考えになってしまった自分に嫌気がさす。
「いや三人で行動しよう。アメリア、どっちの道にハヌルくんがいるか、直感で進んで。俺はそれを信じる。」
急に神頼み、無責任な言動をしていると自分でもわかっている。しかし、彼女の想いを知る俺からすれば選択に外れはないと思ったのだ。これも根拠なんてないのだけれど。
彼女は俺の言葉に短く笑って返事をする。
「ハッ!……いいぜ、私の勘はこっちだと告げている。どうする、乗るか?」
俺とヨンガンさんは互いの目を見つめた。
彼も同じようにアメリアの凄みを感じ取ったのかもしれない。
考える時間はない1秒後、彼女に対して首を縦に振り、また全速力で走り始めたのだった。
これから二つの視点に分かれて進みます。
なるべくわかりやすくかくよーーーー




