第48話 襲撃前
「諸君、集まってくれて感謝する!これより憎きバーグラファミリーを壊滅させるための作戦会議を行う!」
多数の人の声でザワザワとしていた広場が、即席の壇上に登った白髪の険しい顔をした老人のその一言で一瞬で静かになる。
「私は、ダリウス=イドリーシー。知らない者はいないだろうが、この都市の長である!」
そうして彼はマフィア討伐のための作戦内容を語り始めた。
『ふぅん。トラや腕利きの兵士ではなく、ただの市長が指揮をするのか。』
たしかにね、と頭の中で茶々を入れるカルナに俺は脳内で返事をした。
ただの市長なはずなのに妙に不気味なオーラと迫力を持つ男の作戦を右から左へと聞き流しながらログアウトしてからの話をしよう。
あの気絶するほどの睡魔に負ける前にやっとの思いで設定した目覚まし時計によって、俺は20分前、この世界でいえば1時間前に目を覚ますことができた。
本音を言えばまだ寝足りなかったが、アナザーワールドのことを考えれば今すぐ起きるのに足る理由であり、朝ごはんとして買い溜めた菓子パンをひとかじり、水を一度に大量に飲んで、そのままログインをした。
現実と仮想現実との狭間で再びイザナミと出会えたが、どうやら俺が急いでいることを知っているらしく、「行ってらっしゃい」の一言とともに扉を通った。
光の道を通った後目を開けば、そこはログアウト前に到着した冒険者ギルドの建物の前だった。
いかんせん道のど真ん中で出現したため、通行人に非常に驚かれたが、トラベラーです、と一言伝えればあぁと納得されそのまま通り過ぎていってしまった。
トラベラーという存在はもう当たり前になってしまったのかと思っていると、カルナとスズが目を覚まして俺の体から滲み出してきた。
「まだもう少し寝たい」というカルナと「〜〜」と恐らくカルナと同じことを言っているスズに笑い、二人との会話を楽しみながら、これから作戦の伝達を始めると噂の広場で今この時間まで待っていた、というわけだ。
『お、トラはあそこにいるぞ』
カルナの声で回想から帰って前を向けば、壇上に立つ市長のその後ろの方で出番を待つ四人の強そうな男の人の中に、気怠げに欠伸をするトラの姿があった。
あんなところにいたんだ。
『作戦の立案者とか、か?……あっ気付いた。……ふふっ、おいユウキ、私たちを見つけて手を振り出したぞ!返してやれ!』
……ごめん、ちょっと恥ずかしい。
それでも遠慮がちに俺は手を振りかえしたところ、トラはそれに気づいて笑いながら手を振るのをやめた。
「──以上が、電撃作戦の概要と成功報酬についてだ。細かい動きについては役割が異なる班ごとに分け、班長に一任する。傭兵は前衛のライデン班、冒険者は裏口からの潜入のミーナ班、義勇民は後方支援であるカミュ班、トラベラーは遊撃を担うトラ班、兵士と親衛隊は主力の我が班である!諸君、班長の元へ移動を開始しろ!」
市長の言葉にはどこか覇気があり、演説を聞く前は笑いながら話していた冒険者たちは仕事のモードに入ったのか、真面目な顔をして一斉に動き出した。
元軍人かなにかであるのか、かなり場慣れしていそうなわかりやすい明瞭な指示に感心して、トラベラーである俺はトラの元へと歩き始める。
『にしても遊撃班か。ほぼ自由行動。トラベラーで固めることに理由はあるのか。』
……あんまり強さを信用されてないとか?会議前に〈鑑定〉されて、レベル1なことに鼻で笑われたけどトラベラーって伝えたら採用されたし。
『ふん、トラベラーは死んでも復活することはもう全員わかっている。捨て駒のつもりかもな』
人道的ではないが、雇う側としては死んでも何もコストがかからない点を考えれば確かに合理的だ。いてもいなくても損失がないのなら、レベル1でも採用する理由はある。
そう考えていると、トラの前には俺と彼を含めて計六人のトラベラーが集まっていた。
「いやー集まってくれてありがとなー、みんな!オレが指揮するっぽいけど、遊撃やし、今回がたぶん初のクエストの人も多いよな。やからまあ気楽にやろか!まずは自己紹介から始めよ!」
笑顔を絶やさず明るい口調で話し始めるトラに、どこか緊張感のあったトラベラーたちの雰囲気も和らぎ始めるのを感じた。
「オレはトラ!つってもみんなオレが声かけた知り合いだから知っとると思うんやけどな!【職業】は情報屋……って自称しとるけど、今んとこ格闘家系統中級職【蹴撃士】や!レベルは48、使用武器は肉体!……うん、こんな感じでみんな頼むで!」
トラがそう話すと拍手が起きて次の自己紹介のパスが誰かに投げ込まれた。
だが俺は彼の説明に疑問が残る。【蹴撃士】って職業を初めて聞いたことよりも、彼の正体は【天狗】、つまり人間じゃない種族は【職業】ってもたないんじゃなかったか?
『あえて隠したのだろうな。今の説明には【異能】についてもないし、彼は嫉妬を防ぐためにそれを攻略なんちゃらにも書かなかったのだろう?希少な種族を伝えるのは伏せたと考えるのが妥当だ。それに、出来る限り必要ではない情報は、隠したほうが後の生活に役立つさ。』
あぁそういうことか。普段は羽を隠しているあたり、あの姿は俺だけに見せてくれたのだろう。それなら俺も自己紹介の時に【異能】のことは伏せておくか。
「僕はアッシュです。えっと、狩人系統の初級職【射者】でレベルは21です。武器は弓です。よ、よろしくお願いします……!」
そう話すおどおどとした、背が低い茶髪の少年。
「じゃあ次は私ね!名前はアカリ!剣士系統の中級職【大剣士】よ!レベルは32で武器はこれ!よろしくね!」
次は元気良く、自身の身長はあるぐらいの大剣を振り回す、軽装備で、橙色の髪を持つ女性。
「僕はデンシ・レンジです。種族は中級種の【グルメエルフ】でレベルは35です。武器は斧です、よろしくおねがいします。」
衝撃の名前と種族名の保持者は、小さい斧を武器とし、耳が長く、クリーム色の髪で優しそうな男性。
「あたしはアメリア。職業は……これ何系統っつーんだ。初級の【占い師】と【賭博師】やってる。武器は……これでいいや。はい、水晶玉。レベルは6ずつで計12。おもろそうだから参加しただけで、あんまり戦闘に期待はしないでほしいって先に言っとくぜー。」
全員系統の違う中で、一際系統の違う職業と性格で、水晶玉を取り出してそれをノリで武器にしようとする彼女は、黒いフード付きのローブを目元まで被る少女だった。
そうか、職業は一度に2個まで選べるんだっけか。……だが、よりにもよってその2つかい、と思わざるを得ない。
とりあえず自分の番の自己紹介も済ませるか。
「俺はシラヌイユウキです。職業はただの【冒険者】。レベルは1で……、この世界に来たばっかりです。武器も持ってませんが、頑張ってマフィアを壊滅させます。よろしくおねがいします。」
ツッコミどころ満載だと自分でも思うその自己紹介に大きく笑ってくれるのは、意外にも3人いた。
一人は脳内でケタケタと笑うカルナ。
もう一人は俺がうまく説明できない現状まで知るトラ。
そして最後の一人は黒いローブの女の子だった。
「──はっはっは!あたしが一番弱いと思ってたのに、武器も持たずに壊滅だなんて!……しかも冗談じゃないのも面白い。……あぁ、楽しくなりそうな出会いだ。これからよろしく、ユウキくん?」
何がそんなに彼女にウケたかわからないが、彼女は俺に近づいて握手を求めてきた。
押しが強い人間はこれで何人目か。求められるがままに握手を返す。
近づいたことでローブのフードの奥底が見えた。
揺れる短く切られたブロンドの髪。
そして透き通った青碧の瞳が俺を興味深そうにじっと見つめていた。
「よし!全員自己紹介が済んだな!各々これをきっかけに仲良くなってもほしいから世間話でもなんでも大歓迎や。……んじゃあ早速、作戦の説明を……」
そうやってトラが本格的な内容を話そうとした時、俺たちのグループの中に、ひとつ巨大な影が近づいて声を放った。
「……すみません。トラベラーではありませんが、私も遊撃班に参加させてもらいたいです。」
あまりにも低く渋いバリトンボイスに驚いて、振り返ってみれば、それは巨大な白い甲冑が立っていた。
兜の奥には、赤く光る、鋭い瞳。
その威圧感には見覚えがある。
『おお!門番じゃないか!』
そう、この街に入る時に俺を鑑定した門番。一度見たらなかなか忘れはしない。でも一体どうしてこの作戦に?そしてわざわざ遊撃班を?
「あんたは……はじめましてやな。全然参加してもええよ!でも、なんで全員トラベラーのここにいきたいか理由、教えてくれんか?」
それはトラ以外のトラベラーも同じことを思っている至極真っ当な疑問。
彼は頷いて理由を語り始める。
「はい。私はこの作戦の市民としての志願者、つまり義勇民です。」
「義勇民は、確か後方支援の班やったな。」
「そうです。私は後ろにいるよりも、遊撃兵となって自由に動きたいのです。」
「……なんで自由に動きたいん?」
甲冑の彼は、さらに声を低くして答える。
「……私の息子は一週間前、バーグラファミリーに連れ去られました。……助け出すなら今しかありません。他の誰かを待つなんてもう限界だ。私が全てを荒らして必ず息子を助けます。」
それは、想像以上に重たい理由だった。
そうか、誘拐事件に気をつけろと彼は検問の時に言った。俺の馬車の中の人間が消されたことを報告した時の異常なまでの殺気はこれが原因か。
仕事として門番の業務がある中で、いますぐにでも息子を探し出したかっただろう。
それがようやく本拠地がわかり、壊滅行動が始まるのだ。後ろでサポートするよりも自由に動き回りたいという思いは納得だ。
「……わかった。みんな聞いたか!この班に一人追加や!自己紹介、たのむで。」
トラの答えにトラベラーみんなは納得しているようだ。彼は甲冑の背中を押す。
「……お心遣い、感謝する。私はシェ・ヨンガン。この街の門番をしていた。……種族は【蜥蜴人】、レベルは82だ。武器は使わない。拳ひとつ。」
82……!?とおそらく全員が思ったであろう、驚きの小さな声があがったが、レベル1のまま動かない俺からすればそれがどれほどすごいのかあまりわからなかった。
『人間と同じように初級種はレベル30、中級種はレベル50までが限界だ。つまりこいつは【蜥蜴人】の上級種確定だな。人間は【職業】を同時に二つに持てるから100を超えることはそう珍しくないが、亜人であればそこそこの強者だ。」
解説ありがとうカルナ。
いっそ俺の中の一番の強者、アルスのレベルを知って基準にしておきたかったが、あの強さのトラよりもレベルが高いということでもう十分だ。
それにしても甲冑+拳、か。なかなか見ない組み合わせだが強そうだしかっこいいな。
「ほんじゃ!改めて作戦内容を伝えるでー!えー作戦!行けそうだったら戦う!無理そうだったら逃げる!仲間で固まって行動してもいいし、先に行きたかったら自由行動でもオッケー!よし!以上やー!」
それはもはや作戦と呼べるレベルの内容ではない。
……が、寄せ集めの遊撃班に何を求めると言うのか、トラならこんな指示を出してもおかしくないと覚悟はしていた。
ヨンガンさんのレベルにきっと全員ついていけないし、俺もトラも他の人に隠した異能を持っている。みんなに役割を持たせてガチガチにスクラムを組んで戦う作戦よりもこのほうが色々ありがたい。
各々トラの言葉にいろんな反応を見せながら、俺は彼ら全員を俯瞰して眺めていた。
ヨンガンさん以外、みんな現実世界に実在する、プレイヤーなんだ。
トラとも話して思ったが、改めて、人間とNPCの区別なんてつかない。
そのことに感動と、得体の知れない少しの恐怖を覚えていた。
「なあなあユウキくん。」
ぼーっとしていた俺に声をかけたのはローブの女の子、アメリアだった。
「この世界に来てなんか飯、たべたか?」
これから起こす作戦内容とはかけ離れ、いかにも平和な雑談の切り口に少し驚く。
「うん、食べたよ。焼き鳥みたいものと魚を串にさしたものと……、あと肉料理。」
ログインして早々食べたものと、カルナの過去を聞く前に食べたもの、そしてトラに奢ってもらった料理たちを思い出しながら俺は自然と話していた。
しかし、その正直さは迂闊だった。
アメリアは、ローブの奥でニヤッと笑う。
「ふーん。『この世界に来たばっかり』だってのに、随分と大食いなんだな。」
………やってしまった。
普通のトラベラーならきっと、食べ歩きをする前にゲームらしく魔物を倒したりするはずだ。そもそもこんな水がない砂漠で魚なんているか。
爆笑するカルナを、うるさい、と頭の片隅に押し付けて、不用意な嘘なんてつかない方が身のためだと反省する。
「ま、仮想世界故にどんだけ食べても向こうで腹が膨れないからいっぱい食べちゃうってのはあたしもよーくわかる。だから納得はいく───が、それはそれとして」
彼女には俺がいままで対峙したことのないような、圧を感じて、思わず一歩後ずさってしまった。
「なーんか、秘密、隠してるだろ」
その言葉に心臓は掴まれたように、体と共に大きく跳ねた。
「……いや、何も隠してないよ。……どうしてそう思ったの?アメリアさん。」
この返答には流石に無理があるか。平静を装うことは成功したか。
彼女は腰を曲げて俺の瞳を下から覗き込みながら、意地悪げに言う。
「んーん?いや、ただのかーん♪予測より直感で生きるほうが占い師かつ賭博師っぽいでしょ?……ね、時間まで君のこと、教えてよ。」
独特な雰囲気を持つ少女。
それがカルナの面白そうセンサーに触れたのか、トラの時と同じように、『こいつと話しておけ!』と脳内でうるさく騒ぐため、時間が許すまで彼女と対話することにした。
◇
「それでは、これより進軍を行う!目標は憎きバーグラファミリーの根絶!必ず勝利するぞ!」
市長の言葉に作戦に参加する人だけでなく、その演説を聞いていた市民でさえも雄叫びをあげる。
いったいどれほどの恨みがあったのか。
市民とマフィアの間に確執があったことは間違いない。
……だがしかし、なぜこの街は今まで彼らを放置していたんだ、とほんの少しの疑問を覚えながら、俺はその景色を見ていた。
一回しか出してないNPCの名前とかまーーーじで全部忘れても問題ありません!!!!!
トラベラー(プレイヤー)と、重要そうな人だけなんとなくわかれば読めます!!!!




