第46話 変身
「いくで。───〈変身〉。」
彼はその眼鏡を地面に投げ捨てながら、そのスキル名を宣言する。
言葉と同時に彼の体が白く発光し始め、彼の輪郭を示すシルエットしか見ることができない。
人そのものだったそのシルエットは、徐々にその形を変えて、人ではありえない姿を成す。
二足歩行から四足歩行になるような、身長が二倍になるような、そんな変化ではなかった。
だがしかし、それは大きな変化。
変身が完全に終わったように、発光は消えて、彼の生まれ変わった全身が路地裏に現れた。
色がつき、これならはっきりとその“変化”がわかる。
目を疑うほど綺麗なモノ。
人によってはそれを進化と捉えてもおかしくないような、そんな浪漫がそれにはある。
彼の背中には、大きな黒い翼が生えていた。
「……!?トラさん、それ……」
「……【人間】じゃなかったのか。その羽、【鳥翼人】か?」
どうやら俺だけでなく仮面も少し混乱しているようだ。
トラはもったいぶりながら両方に返事をする。
「【鳥羽人】なんてもんやあらへんで。ワイは日本古来の最強妖怪、【天狗】様や!」
その漆黒の羽が飾りではないことを証明するように、彼の背中の筋肉を用いているのか、ひとつ大きく地面に向かって風を送る。
たったの一振りで横に立っていた俺が思わずのけぞって後退してしまうほどの風圧。
砂埃に目を瞑ってしまった俺が次にそれを開けて真っ先に飛び込んできたのは、重力に従って落ちる鳥 黒の羽根。
落ちてきた先を確かめるように上を向いた。
件の風の発生源、その膨大なエネルギーを一身に受けたトラは、間違いなく空を飛んでいる。
「す、すごい……。」
『ほう!【人間】ではなく飛行能力持ちの種族だったとは!面白い。』
子供のように、ただ呆けて感情を口に出す俺とは裏腹に、仮面の男は既にそれをどう対処するのかを考え始めていた。
「……ナイフじゃ不利かな。」
彼がそうボソッと小さく呟いたのが偶然俺の耳に入り、その手元を見れば俺を貫いたナイフではなく、なにやら綺麗に赤く光る石を構えていた。
トラにその注意の言葉をかけようとするよりも早く、彼はそれを全て“視えて”いるように、俺の認識を超える速度で動き出していた。
「逃げも殺しもさせへんよ。」
空中に浮かんでいたトラは、その状態からもう一度羽を動かして、いままでの倍を優に超える圧倒的なスピードと、もはや衝突と言ってもいいほどの威力をもって蹴りに行く。
直撃、とまではいかなかったが、反応が一歩遅れて少しだけかすってしまった左腕を仮面は痛そうに抑えている。
全く目にも追えない一瞬だったが、俺の目でも、その速度が先ほどより格段と進化していることがわかる。
状況は、トラが有利だ。
「……っ。〈火弾〉。」
体勢を崩しながらも仮面がそう唱えると、ナイフの代わりに構えた赤色の宝石から、熱量を持つ赤色の球が射出される。
名前とその様子から察するに、あれが火の攻撃魔法のようなものか?あの石が魔法の媒体になっているようにも見える。
「街中で火器は厳禁──やろがいッ!」
驚きのその攻撃方法に、トラは初見ではないのか、頭を狙った火球を首を逸らして避け、続け様に反撃の蹴りを放つ。
今度は仮面も反応が追いつきナイフでガード。
もう一度火の魔法を唱えて、空を飛んでいても届く遠距離攻撃で牽制。
拳と剣、それがどんな強さのものであったとしても、現実世界で見ることはできるのだからそれほどその光景を不思議なものだとは思っていなかった。
しかし、翼が生えて飛行しながら戦う者と地面から魔法を飛ばして戦う者、その状況は絶対に現実世界では作り出せない、これぞVRと言うべき空想の産物。
その高次元の戦いに混ざる隙間がないことを、心の隙間で魅了されながら、ただ手だけを握りしめていた。
『余計な援護は動きにくくさせるだけだな。』
「そうだよね。……ちょっと離れておくよ。」
『あぁ。流れ弾もだが、転送させる能力には注意しろ。自分の身は自分で守れ。』
わかった。と足を下げて退避するのと同時に、アイテムボックスから使えそうな植物の種がないか探す。
そして顔を上げれば、目の前の戦闘は、既に数度の格闘を交え、またお互いの間合いを探る膠着状態が戻っていた。
ただ前回と違うのは、トラが浮いたことで、それに高低差も加わったことか。
あたりをよく見渡せば周囲の壁は焼け焦げ、地面は強い衝撃で凹んだ破壊痕で沢山だ。
「……そろそろ答えろ。本当に何者だ。どうして“本物”が分かった?」
仮面の下から息を漏らす音が聞こえる。
まだ余裕そうに笑いながら羽を動かすトラの顔も、少なくない汗が出始めているのが分かった。
両者、一撃で仕留める決め手にかけ、戦いは泥沼化していたのだ。
和解でも提案するのか、黙々と攻撃を捌き続けていた仮面の男が言葉を喋る。
だがしかし、その問い方には違和感が残る。
「……?……【情報屋】には全てが筒抜けやからな。コソコソやっても無意味やで。」
トラは、この彼の不思議な問いを疑問に思いながらも、どこか泳がすように口から出まかせの適当を放っているのが、俺にだけなんとなく伝わる。
仮面の男は“本物”と言った。それはいったい。
「情報屋……聞いたことがないな。……どこの組かは知らないがこれ以上の争いはお互いに無益だ。」
組。どうやら仮面は何かを勘違いしているようだが、俺たちは口をつぐんで相手が落とす情報を拾ってそれに合わせようとする。
「どうやろな。お前さんが有益なもん渡しよったら、手を引くのもやぶさかではないで。ま、こっちからは譲歩なんて一切せんけどな」
トラも切羽詰まる状況のはずだが、彼は焦らない。自分をあえて大きく見せることで交渉相手に有利に立とうとする。これは俺ならばできない、彼だけの戦略だ。
「……わかった。情報と交換だ。『DD』にはもう我々ファミリーは関与しない。そして2日後、この国から撤退する。」
知らない用語と、衝撃の発言。
動揺は決して顔に出さないように、トラの顔を見つめた。彼は流石の演技で対応する。
「……ほーう。それはほんまかいな。」
「あぁ。もう目的は済んだ。……どうせお前らはカネが全てなのだろう?ファミリーが牛耳っていた店でもなんでも奪い返せばいい。」
「まあな、カネさえあればなんでもええ。……で、その済んだ目的はなんや。」
「……もうすでに十分情報は渡した。帰らせてもらおうか。」
どうやらトラはここが限界だ、と本能で感じ取ったらしく翼の羽ばたきを抑えて息を吐いた。
「……はいはい、わかったわ。もういってええで。カネ儲けのためならここが引き時や。どっか行くって話ほんまやな。ほんなら引き継いでうちがここら一帯牛耳ったる。」
「勝手にしろ。」
仮面の男はかなり序盤の方でトラによって倒された下っ端の二人に触れて、何か言葉をつぶやくと同時に消し飛ばし、早々に建物の屋上へと飛び立って姿を消した。
トラはその羽を使えば追うことはできそうだが、その選択は行わなかった。
「………ふぅーー」「………ほっ」
仮面がいなくなって三秒後、やけにしんどい緊張感から解放され二人同時に安堵の息をつく。
道間違えから始まったトラブルがまさかこんなことになるなんて。
「いやぁ大変だったなぁユッキー。」
トラは、【天狗】の象徴であり〈変身〉と言葉と共に背中から黒い羽をどこかにしまうように畳んで、普通の人間に戻りながら俺の肩を叩く。
「大変だった、ね。………ねぇ色々聞いてもいい?」
「もちろん。オレもユウキの血液のこととかもあるし……、情報屋にも初見のことばっかりや。もうちょい一緒に話し合ってくれん?」
血液……、あぁ、俺に痛覚が存在することからの説明か。
まずはいろいろな状況整理からだな、これは長くなる。トラの言葉に頷いて、今度こそ路地裏から脱出しようと話しながらゆっくりと歩きだした。
ちなみに【鳥羽人】は“ハーピー”と読みます。この単語はもうこの小説に出ることはないので忘れても構いませんけど。
【天狗】はそのまま“てんぐ”で!




