第45話 誘拐
45 誘拐
カラスのような黒い鳥が、路地裏から飛び出すように羽ばたいた。
その瞬間、トラと仮面の男は同時に動き出す。
両者の速度はまさに“現実離れ”していて、テレビで見たボクサーの試合よりも、その一瞬を目で追うことは、現実と全く同じ五感を持つ俺がそれを認識することは、不可能に近かった。
しかしそれでも、お互いの命を狙う戦いは、たったの一手で終わるものではない。
すんでのところでナイフを避け、ハイキックを片腕で受け止めいなす、攻防重なる、殺陣の応酬。
映画や劇でみるようなその迫力は、すべて余さず、この目が焼き付けている。
『ユウキ。ステータスが足りないお前は戦いのスピードにはついていけない。だが恥じるな。戦闘に向かない人間でも、戦闘での役割はあるのだ。まずは私たちの“役割”をこなすぞ。』
カルナの声で、魅入られていた現場から意識を戻して、その現場の中でどう動くか、自らの脳で考え出す。
いま腕の中でもう抵抗も諦めているチンピラを一つ見て、俺はこの場から離れることを決意した。
あの仮面の男は口ぶり的にあまり仲間のことには興味がなさそうだった。
これを害したとしても受け入れていそうな、むしろ、口封じのために逆に殺してしまいそうな、そんか冷淡さがあの仮面からは感じられる。
まだなにか情報を持っていそうだから生かす、という利己的で効率的な考えもあるが、たとえ悪人とはいえ、この世界で俺以外が死ぬ姿をもう見たくはない。
ならば、やはり俺のこの場の役割は、人質を連れて逃げて、俺を庇うように動くトラの力を存分に発揮させてやるようにすること。
『あぁ異論はない。さぁ、走れ』
まだトラと仮面の激しい応戦は繰り広げられている。
注意がそっちに向いているうちにどこか遠くのところまで。
カルナの同意を聞いて安心し、背中を向けて俺は走り出した。
「ちょ、まって!おれ攫われてますゼノンさ……むぐっ!」
ちょっと静かにしてて、と呼吸のために開けていた口元の植物を閉めて、多少強引に黙らせた。
アンの異能の力を借りれば非力な俺でも、身軽な格好に近い速度で走ることができる。
どこへ行くのかも決めないままただ我武者羅に路地へ逃げ込む選択をしながら、俺は念の為にステータスを表示させた。
視界にすぐ飛び込む桁外れのHPの値は、一度首を貫かれたとはいえ、まだ余裕のある残量だ。
体力は心配なし。
そうだ、アイテムボックスに入れてある、道中の砂漠で採取した新しい“武器”。あの中にもしかしたらこの戦闘の中に使えるものがあるかもしれない。
そう思って足元の注意を疎かにしたのは、ほんの一瞬のことだった。
逃げる選択をして、それを実行に移した数秒後。
背後でずっと聞こえていた、肉体と肉体がぶつかる音、地面と靴が擦れる音、それらは既に止んでいた。
「……なッ!お前逃げ……、いや、ユッキー!あかんそいつそっちいった!」
トラの大声が聞こえた。
俺は半ばその声に反射するようにほぼ無意識で振り向いた。
確かに、その仮面は、トラの言う通り俺の方へ一直線に走ってきている。
「……ッ!〈成長〉!」
自らより数倍速い速度で近づくそれを、妨害するように適当に植物をばら撒いて時間稼ぎを図る。
だがそれも虚しく、次々と伐採、あるいは華麗に跳躍で避けられてあっという間に距離は縮まっていく。
なんだ、トラとの勝負は諦めたのか?
簡単にやれそうな俺の命が狙い?
それなら願ったり叶ったりだ。
痛いのなんていくらでも我慢してやる。
もう一度首を刺したその瞬間、俺が必ずその仮面を剥がしてみせる。
そう覚悟して、逃げる足を反転して、迎え打つように構えたその後。
一切減速せず、ナイフを構えながら突っ込んできたその男は、俺の命を狙いはしなかった。
「───る誘拐』。」
彼のなんらかのスキルの宣言とともに、驚愕の現象が発生する。
「──まさかッ!?」
「ゼノンさん!やっぱり助けに来てく」
仮面の狙いは、俺たちトラベラーの命ではなく、人質。
刹那、仮面の手が植物に絡まった人質の体に触れた。
そして、その空間から人が一人、消える。
「“人攫い”は僕の専売特許だ。」
人質の体を掴んでいた植物はいまや空を掴んでいた。
幻なぞではなく、確かに彼は言葉を喋っている最中にこの場から消えた。
その不思議な事実と、彼の言葉を理解しようとする次の瞬きの間。
後ろから猛ダッシュでカバーに来ていたトラが、仮面めがけて飛び蹴りしながら俺の前に到着した。
「おいおいタイマンでよそ見すんなや。……んで。あいつどこ消した。オレのことアニキって呼んだ弟分なんや」
「知る必要はない。」
「……ふーん。仮面をつけたマフィアと人を消す能力、ね。……なぁ。お前さんがこの頃巷賑やかしてる誘拐事件の犯人やろ。」
誘拐事件。
それはこの街に入る時、門番から聞いた出来事だ。いや、俺はその前に道中の砂漠で乗客全員が不審な失踪を遂げた現場をこの目で見ている。
その能力が『異能』であれなんらかの魔法であれ、人質を目の前で消した事実を味わえば、仮面の男が容疑者であると断定できてもおかしくはない。
まさか、いつか突き止めたいと思っていた張本人とこんな場で出会えるなんて。
「……知る必要はない。」
「あっそ。それよりお前さん、あいつ裏切ったんちゃうんけ。吐かれたくない情報でももっとったんか?」
「もともとあいつらは大した情報を持っていない。組織の末端は指示をこなすだけで“自分が今何をやっているか”は知らない。……だが、『バーグラファミリー』は一度組に入った家族を見捨てない。」
おおよそ犯罪者とは思えない人情がある言葉が仮面から出てきて、俺とトラは互いに呆気に取られる。
「チンピラ集団が『俺たち家族だ』なんて、えらいおもろい冗談いいよんなぁ。……はぁんなるほどね。一回見捨てるフリしたのはオレらが襲われた瞬間に人質殺すような度胸がないように見えたからやろ。で、思いの外オレが強くて瞬殺できず、人質持って逃げられそうになって慌てて取り返した、と。」
「……。」
「図星かい。……組合の地位が高そうなお前はそうかもしれんけど、あの三人衆、ほんもんの家族やろうにすーぐ仲間裏切りよったで。」
「あいつらは新人だ。この後指導する。」
「おう、四人とも檻の中で仲良く頼むわ。」
格闘だけでなくレスバトルもかなりの強者であるトラに挟める口もないが、彼も俺と同じように少しその横顔が焦っているように思えた。
もともと棚からぼたもち的な展開であったとはいえ、これから潰そうとしているマフィアの情報を握る構成員を人質にできていたのが、取り返されて有利状況は五分に。
さらには目の前の仮面は恐らくそれなりの強者であり、生きて勝利できるかわからない。
「なぁユッキー。」
トラは立ち会う仮面に聞こえないように、隣にいる俺にしか聞き取れない音量でそう名前を呼んだ。
「……なに?トラさん。」
「これ無傷は無理やわ。さっきも守れなかったしほんますまんけど……、まだ一緒に戦ってくれるか?」
考える必要もない。
「もちろん。俺の命は気にしなくて大丈夫。トラさんの力になりたい。」
その言葉にふっ、と一つ微笑んで「ありがとな」と彼は小さく呟いた。
声の主人の横顔をちらりと見てみれば、彼はもうすでに仮面の男の方を向いていた。
そして口角だけを不自然にあげニヤリと笑う。
「よっしゃ、そんならおもろいもんみせたるわ。」
いつの間にか保っていた仮面と我々のお互いの間合いから、トラは一歩ゆっくりと踏み出し始める。
仮面にも聞こえるように言ったことにより、ナイフを構えて警戒を強め、また俺もその言葉の意味を探ろうとする。
「隠すつもりはなかったんやけど……、お前さん相手は全力出さな勝てんな」
彼は深く息を吸った。
そして、おもむろに手を顔の前に持ってきて、彼が身につけている眼鏡に指をかける。
「いくで。───〈変身〉。」
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───
へ、変身!?!?!?




