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Another World 〜【勇者】が愛した仮想世界〜  作者: 明日乃灯
第二章 砂漠王朝編

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第44話 仮面の男

 「ッ!あぶなっ……!」


 予想外のエンカウントが起こってからまだ数秒も経っていない。

 一発目の大男の打撃をかわした俺は、続けて左拳の二発目ストレートも間一髪で避けることに成功する。

 本当に何が起きてこうなってるんだ、治安が悪すぎる世界に憂いながらも、体は生きるために動き続けている。


 みるからに強そうな風貌の見た目の男と、レベル一のこの俺。

 死ぬことはないが、殴られたらかなり痛いんだろうなと覚悟していたが、右に左に、その男のパンチを綺麗に避けることができていることに、我ながらどこか驚愕している。


 『ふっ、ユウキはそれよりも速い攻撃を“死”を覚悟して何回も受けてきただろう?』


 ……あぁ、そうだねカルナ。こんな奴ら、アルスに比べれば全然怖くもない。


 「……!くそっ、当たらねぇ腹立つぜ!おいお前らも一緒に──」


 大男は痺れを切らしたように苛立ちの言葉をぶつけ、背後に控えている彼の仲間に助けの要請をしようと振り返ろうとする。

 その瞬間、何かが真横から飛んできて、彼の巨体にも関わらず勢いよく壁へと吹き飛ばされた。


 「ダチ傷つけたらタダじゃおかんでチンピラども!」


 その攻撃の正体は、俺としてはさらに驚かざるを得ないものだった。

 口調通り、共にマフィア壊滅を誓ったトラによる攻撃、だがしかし、それは両足を揃えた足の裏をピンと張る、笑ってしまうほどに綺麗なドロップキック。


 情報屋と明らかに戦闘の向いていない職業のはずなのに、ここまで武闘派だったとは。

 思わずポカンとして見つめるその時間、次に言葉を発したのは後ろで控えていた彼の仲間のうちの一人だった。


 「な、お前!ハンを……!おいブチョ!舐めるのはなしだ、本気で行くぞ!」


 彼らもまさかの想定外に驚いたのか、ニヤニヤとしたその表情を引き締めて、腰に携えた、西洋の直剣とは少し違う刀身が曲がった刀を取り出して構える。

 俺を守るように前に立つトラはそれに少しも臆さず、それどころか俺の方を振り向いて声をかける。


 「すまん逃がせそうにあらへんわ。……少し時間貸してくれ。すぐ終わらせたる。」


 男前のセリフと共に、俺の視界に敵が映らないようにトラが間に入って庇っている。

 どうして彼がそうそこまで、と思ったが、俺は彼に話したことを思い出す。

 レベルが一のままで、他者に攻撃ができないことを明かしたのだ。

 ……それは戦闘においては致命的な弱点であり、足手まとい、庇護すべき対象と考えてしまうことは難くなかった。


 しかし、俺は彼に守ってもらってばかりでいいわけがない。


 「俺も、戦うよ。トラさん。」

 「……!……はっ!一緒にマフィア潰すんやもんな!ほな、背中任せたで!」


 彼の言葉にあぁと声をあげると同時に、目の前の敵二人組が一斉に剣を振りかぶって襲いかかってくる。

 ダメージこそ通らないが、俺の立派な“武器”を手に握りしめて〈成長〉と言葉を叫ぶ。

 

 狙うは人の胴体で動きの拘束を目的とする。

 突如理解不能の攻撃を喰らったかと驚く彼らだったが、それが一巻きでは十分な力を発揮できないと気づくと、すぐに剣で巻き付くツタを切って自由を得る。


 だがしかし、俺ももう慣れたものだ。

 おそらく通用しないだろうと予想して、事前に地面にもう一つの種から植物を這わせており、よく足元を見なければひっかけてしまうように張り巡らせることに成功する。

 案の定、ツタをほどいて自由になり、短絡的に俺たちの元へまっすぐ走り出してくる彼らは思い通り見事に転がされていく。

 

 『うむ!いい使い方だ!』

 「おぉ!やっぱすごい便利やなそれ!……ほな!転んだ奴から順にボコボコにしていくかぁ!」

 

 意気揚々と腕をぐるぐると振り回しながらトラはゆっくりと倒れる彼らに近づいていく。

 その後ろ姿は頼りになるものであり、俺の攻撃できないという厄介な性質も、仲間とチームを組んで役割を分担すれば、案外どうにかなるのかもしれないと思うような安心感を覚えた。


 「さぁ、まずはお前からやな」

 

 一番手前の方で転んでいた、チンピラ二人組のうちの背が短い方に、見下ろすようにトラは言葉を放った。

 飄々とした口ぶりからくる威圧感は凄まじく、それを受けたその人物は、転んだ態勢から顔だけを起こして、手で静止の合図をする。


 「ま、まってくれ!すまん!俺たちが悪かった!そんなつもりじゃあ、なかったんだ!」


 そうやって出てくる言葉は、呆れてしまうほど荒唐無稽な命乞いだった。

 俺がそれに感想を抱くよりも早く、トラは不満を口に漏らす。


 「はぁ?殺す気で襲ってきて、いざとなって謝れば無傷で許される世界なんか?ここは。」

 「た、たのむ!金なら少しならやるし、さっきの発言も聞かなかったことにする!」

 「少し、ねぇ。……はぁ、拍子抜けや。敵わないと思ったらすぐ降参とか、悪の風上にもおけんわ。」


 彼の説教には俺も完全に同意だ。

 トラが強すぎたのか、あれだけ怖く思えた偶然鉢合わせたそのマフィアの一派がとても小さなもののように思えてしまう。

 彼らのその態度が無様にも思えるのと同時に、やはり少し奇妙な印象を受ける。

 まだトラの実力も正確に測れていないのに、出鼻から剣で襲ってきたやつがすぐに降参?

 いや、そんなわけがない、と訝しみながら倒れたそれらの表情をじっと見ていた。


 「なあユッキー?こいつらどう──」

 

 トラが奴らの裁量を俺に委ねようとして、振り返ったその瞬間だった。


 表情を見ていた俺は彼らがニヤリと笑ったことに気がついた。

 そして、トラに一番近かった背の低い方は逃げられないように彼の足を掴み、残った高い方は勢いよく立ち上がって無防備なトラに剣で飛び掛かりはじめている。

 案の定、奴らの思惑は、降伏などではなく油断したの瞬間を狙う騙し討ちだ。


 「──っ、トラさんッ!」

 

 不思議な力を持っているこの世界なら、植物を伸ばすだとか他にできる行動があったのだろうが、俺はそのピンチに注意の声を荒げることしかできなかった。

 だが、またも俺はその次の光景に驚かされる。


 「──知っとんねんボケがぁ!」


 掴まれた足を強引に抜け出すように、彼はその場で大きなジャンプをした。路地を形成する建物を飛び越せるほどの。


 何が起こったのだと反応するのよりも先に、トラは頂点を通り自由落下をしながら、足を大きく突き上げた踵落としと呼ばれる綺麗なフォームの足技で、不意打ちをかましたそのひとりを地面にめり込むように蹴り込んだ。


 剣で襲い掛かろうとしていたその対象が急に消えて、辺りを見渡していた残された一人は、降ってきたその足と惨状に、思わず剣を捨てて後退りしている。


 「アホか、そんな可愛げもないおっさんの犯罪者顔に騙される奴が誰がおんねん。」


 それはまぁそうなのだが、俺はまだその驚異的な脚力を持つトラに驚いていて言葉が出なかった。

 

 「ま、惨めに金だけ渡して逃げる悪党より、卑怯な手ぇ使う悪党の方が気持ちはいいけどな。……許しはせんけど」


 首をポキポキと鳴らして、残った人間を追い詰めるようにゆっくりと近づいて圧をかけている。


 「う、嘘嘘!冗談でっせアニキ!俺らはなーんもやってないっすよ!ほらハンとカカリが……あの薄汚ねぇバカどもが勝手にやっただけで、関係ないんすよ!」


 また命乞いか、ダウンした二人を見捨てるように、媚び諂いながら剣を捨てる姿は、それはもう見るに耐えないものだった。


 「同じ手を二度許すと思うかアホ。せめてやるならネタ変えんかい」

 「僕、彼らに脅迫されてて!」

 「おっテイスト変えてきたな、許さんけど」


 そうやって、トラが関西弁のせいか、思いの外チンピラのノリが良かったせいか、場はさらに気の抜けたものになっていってしまう。

 だがしかし、俺は今度はしっかり植物の種を手に握って、いつその男が牙を剥いてきてもいいように構えを解かなかった。


 「ん、〈看破〉もいま終わったか……、あんたらの名前は……ハンチョ=ウ、カカリチョ=ウ、ブチョ=ウ……なんやこれふざけとんのか!」

 「生まれ持った名前にふざけるって!?」

 いやこれはふざけてるだろ。

 「兄弟かなんか知らんけど、身内集まってやることが暴力て……。もうええわ。お前らこの街のマフィアの一員なんやろ?情報吐けば見逃したる。」


 立場が逆転したトラは彼らに攻撃する気が失せたように、見返りの条件を求めて、まっすぐ彼らを睨む。

 

 『なるほど【情報屋】ってそういう。』

 ……そんな毎回脅迫して生計立ててるわけじゃないと思うよ。


 「わ、わかりましたアニキ」

 「おいアニキって呼ぶな」

 「……ちなみにマフィアの一員じゃないですよって嘘は……?」

 「通用するわけがないやろ」

 結構元気だなこの人。

 

 未だ壁に激突して伸びたままのデカい男と、床にめり込んで動かない背の短い男を、ちらりとみて、一つため息をつき、観念して喋り始める。


 「……たしかに俺たちは『バーグラファミリー』の一員っす。でも入ったのはつい一ヶ月前ぐらいのことで下っ端の下っ端ってかんじで情報もなんも吐けることないんすよ……。」

 「……嘘はついてないな。初級職のレベル二十なら妥当か。んで、じゃあなんでここおったんや」

 「この辺一帯の路地裏は『バーグラファミリー』のテリトリー……集会場所で、偉い人にこのあたりを見張っておけって命令されてたんすよ」

 「ほーん、その偉い人は誰や」


 圧をかけるのを忘れずに、流れるように次々と情報を落とさせるトラが、少し恐ろしく見えてしまう。

 『あれは慣れてる口だな』

 ……情報屋ってパワー系だったんだ。


 「さすがにその人は言え………」


 彼は「ない」と言葉を紡ごうとしていたのだろうと予測できたが、突然、その口を閉ざしたことを不思議に思い、彼の顔をじっと見つめる。

 そして、彼もまた、俺の顔をじっと見つめていた。


 「……?」

 まさかこの状況で俺と目が合うとは予測しておらず、一体何で、と動揺してしまう。

 彼のその顔は、驚きの中に少し喜びが混じっているような、そんな不思議な表情だった。


 「おいなんや、言えないなんて言わせないで。埋まってるお前の仲間もう一回蹴るぞ」

 「そ、そんなご無体な……!……教えます教えます!まず俺たちは『バーグラファミリー』の幹部の管理下の一組で……」


 なんだ、さっきまであれだけ渋っていたのに、と、やけにまた一段と饒舌に喋り出す彼を見て少し不思議に思うが、トラと一緒にその内容をしっかりと聞いて情報を集めようとする。


 「そうそれで、俺たちの上司の名前は───」


 ただの尋問の聞き取り。

 いつの間にか『俺たちは彼らに対して有利な状況である』と思い込んで、ふっ、と警戒心を緩めたその瞬間だった。

 

 誰かの言葉と共に、俺の視界の下に、刃の先端が映る。



 「───良い陽動。お前たちが犯人か。」



 声の内容を理解するよりも先に、俺は、自分の状況について理解することを進めた、進めざるを得なかった。


 視界の下に刃の先端。それは横からでも、正面から誰かに突き出されているわけでもない。


 それは、俺の喉を突き刺すように、飛び出していた。


 「ぅッ……!?あぁア゛……ッ……!


 痛い痛い痛い。喉が、喉が剣で貫通されている。

 死ぬほど辛い痛みは初めてじゃない。この痛みも確かに覚えがあった。

 しかしあれは覚悟して受けたものであり、不意の一撃で、絶命する痛みを受けて正気でいられるわけがない。

 

 正体不明の人物が、剣を俺の首から抜き取るのと同時に、やっと動けるようになった俺は首を抑えながら、痛みに耐えるようにゆっくりと足から崩れ落ちる。

 

 そして、俺は顔を上げて、俺を剣で突き刺したその人物の姿を目に焼き付ける。

 暗闇と見違えてしまうような漆黒のローブを羽織り、その顔には、ニタリと笑うような不気味な顔が描かれた白い仮面がついていた。


 「──ユッキー!?お前、血が……ッ!……なにしてくれとんじゃあぁテメェッ!」


 流石にこの状況はトラにとっても予想外。自分の背後で守るように立っていた俺が、彼らの仲間に後ろから一刺し。

 俺が声にならない声を出してから敵襲に気付き、かなりの致命傷を喰らったことで思わず口から真っ赤な血を吐き出した俺に驚いて、そして、その怒りを仮面の人物にぶつけるように強烈な回転蹴りを放つ。


 突然動いたその展開。

 トラの一切の容赦のない本気の攻撃は俺の目には捉えられないほどの速さだった。

 しかし、直前までトラの攻撃予測の軌道上にいた仮面の人物は、それよりも早く前へと移動して、攻撃を避けていた。


 「なッ……!お前さん、早いな。」


 仮面は攻撃を避けていたのだけではない。

 トラが攻撃をするために地面に体重を預けていた、軸となるもう一本の足を、一箇所、小さく刻んでいたのだ。

 確かに、トラの言うように、これは早い。そしてそんなレベルのものではない。


 仮面の人物の立ち姿を見れば、それの手には小さな武器が握られていた。

 短剣、と呼ばれるものに分類できるような柄が拳一つ分、刃は柄二つ分の必要最低限の殺傷道具。

 その剣先は俺の血で塗れていた。

 

 「……腱を狙ったのに、避けられた。……でもダメージは与えられたはず。なのに、血が出ない?お前何者?」


 今度ははっきりと聞こえたその声は、高音の域ではあるがどこか中性っぽさを感じられる、声変わりを迎えていない男の人のようなものだった。

 血なら俺が出している。しかし、推定少年の仮面の人物が言っているのは、かすり傷を負うも、液体もなにも出てこないアバターのトラのことであるのだろう。

 そうか今となって気づいた、普通のトラベラーは、痛覚もないし、血なんて通っていないのか。

 

 「自分から、名乗るのが筋っちゅーもんやろッ!」


 トラはその冷静さを失っているように、ナイフを持った仮面の人物に、返答を無視して、再び早く鋭い蹴りを放つ。


 またもその蹴りは空振りの結果となり、目標の仮面の人物はアクロバティックにバク転をすることでその攻撃をかわしていた。


 彼らの攻防を見ようと頭を上げるという“意思”を持つことによって、首元の尋常でなかった痛みが引いていき、そうしてここで、ようやく、俺の意識と理性がはっきりとしたものに戻ってくる。

 脳内のその声たちも聞こえなくなっていたのか、気づけばかなり大きな音量で心配の声を叫ばれていた。


 『ユウキッ!大丈夫か!』

 『〜〜!?〜〜!』


 ごめん、二人とも。油断した。

 『……まだ立てるか?』

 あぁ。あれが誰なのかは知らないけど、このままではやられてやれない。トラさんの足を引っ張るわけにはいかない。

 『無理するな。だが、返り討ちにしろ。』

 わかった。任せて。


 カルナの声に体を押されて、地面に倒れたままの俺はポケットに指をそっと突っ込んで、その中の種を握りしめる。

 仮面の人物は、トラと対峙するように背中を向けている。俺が“死んだ”とそいつはそう思っている。

 ならば、俺が彼らにやられたように不意打ちで返すのが義理ってものだ。


 「〈成長〉」とは声に出さなかった。しかし強く念じたそれは、俺の想いに応えて、一直線に背中を向いた彼にめがけてツルを伸ばす。


 「──っ!首を斬って死んでないなんて。……厄介な奴らだ。」


 完全なる無意識下からの攻撃であったはずなのに、捕まえるその寸前にそれに気づいて彼は大きく避けてそんな感想を呟いた。

 だろうとは予測していたさ、と恨めしく思いながら俺はもう完全に痛みがなくなったこの体を起き上がらせる。


 「ユッキー!あんたほんまに大丈夫なんか!?それになんでトラベラーなのに血が……、いや、それは後で、やな。今はこの仮面なんとかするのが先や。」


 仮面の人物に警戒しながらも、トラは起き上がった俺に真っ先に駆け寄り、心底心配そうな顔をして見つめる。

 大丈夫だよ、と表情と頷きで表現して、目前の脅威に注目させて、一緒に同じ方向を向く。

 今度は二人並んで、第二の戦闘が始まろうとしていた。


 「んで、こいつらのボスっつーことは、あんたがシャチョ=ウかいな」

 「……?……そんなふざけた名前の奴はいない。……お前らに教える価値はない。」

 

 この世界でも変な名前ではあるのかよ、とツッコミながら、俺は万全の攻撃体制に入る。

 向かいの敵もまた、返答を冷たく突き返して、短剣を胸の前に構える。


 「おうおう、そんな自分の名前の価値を小さく見積もるなって」

 トラはにやりと笑いながら、仮面の敵が想定していないだろう言葉の解釈をして、そして、流れるようにチンピラの一人の首ねっこを捕まえた。


 「こいつ一匹でお前ら『バーグラファミリー』の情報全部と等価交換や」


 衝撃の人質宣言が真横から発せられた。

 『……どっちが悪役だ?これ』

 ……まったく、彼が味方で本当に良かった。


 「……そう。じゃあそいつ一匹とお前たちの命でトントンだ。」

 

 どうやらマフィアに仲間という概念はなかったらしい。

 見捨てるのを覚悟で、目の前の彼は攻撃体制を解かなかった。


 「ちょちょちょ!?助けてくださいよ!ゼノンの兄貴!」

 裏切られたことにショックを受けながら、騒ぐチンピラは、先ほどの流れを全て無視したようにポロポロと情報を溢した。


 「ははは!裏切られた仕返しだってよ!……ようゼノン、くん?」

 「……まぁいい。どうせ死体は喋らない。」


 “ゼノン”という名前を持つ仮面の男は不敵に笑みを浮かべる。


 「ユッキー、こいつ逃げないように頼むで」

 「……わかった。任せて。」


 人質をトラから受け取って、彼の体を植物でぐるぐる巻きにし、俺はトラとゼノンの間合いから少しだけ離れるように後退した。


 「悪いけどこの場に死体は出ぇへんよ。吐き出すもんも吐けねぇからな。」


 首をポキポキと鳴らしながら、トラは応じるように言葉を放つ。

 

 そして経過時間およそ五秒、体感永遠の刹那。

 その路地裏には静寂が訪れる。

 トラはナイフを、ゼノンは足を、注視する。


 戦いの火蓋を切るのは、いったいどちらが先か。


 この場にいる誰もが呼吸の仕方を忘れる緊張感。

 唯一、何も知らない他者であった路地裏のカラスが音を立てて飛翔する。


 極限まで張り詰められたガラスの空間は、今、割れる。


 ──互いが互いの首を狙うその一瞬の攻防の第一歩は、両者同時に踏み込まれた。

定型分:感想、高評価等励みになるので、お願いします!!!

本当に、お願いします。


毎日、19:00更新。ストック尽きるまで。

───


売り言葉に買い言葉。

ユウキじゃ言えないことを言わせるのは楽しいです。

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