第41話 浪速の情報屋
長い時間が経ったような、けれど変わり映えしない風景からそれほど実際の経過時間は少なかった砂漠の道のりを超えて、俺たちは次の街の城門の前に立っていた。
見上げるほど大きな壁がその中を囲むようにぐるりと聳え立っている。
「ようやく着いたね」
『〜〜♪』
俺の言葉に答えたのはスズであり、その音は俺にしか聞こえない。
まだ街の外にいるのだが、辺りを見渡せば、生き物に車を引かせた商人のような人や、あるいは暑そうな甲冑を着込んだ戦いに向かうような身なりの人たちもいる。
城門の中をちらりと見れば、そこには多数の人と輝きがあって、ガヤガヤとした喧騒も耳に届いている。
謎の失踪を遂げた客車を見つけて、もしかしたら街には誰もいないのではないかと、一抹の不安を抱えていたが、そんなことは起こってはいなかった。しかし、その賑やかさの反面、あの事件がどうにも心に残り、最初の島で味わったような得体の知れない“闇”を感じてしまうのも確かだった。
『だいぶ厳重な検査をしているようだな』
「そうだね。とりあえず、列に並んでみようか。」
船という手段を使って入国、入島してきたのとは違って、歩いてやってきた分、街の中に入るのに門番の審査を受けるという手段が必要になったため、俺たちはそのための列に並ぶ。
街の治安を守るためにきっと門番も頑張っているのだろう。
この並びの待ちは飛ばすことのできないものだと思いながら、カルナとスズの会話を聞き、小声でそれに返答したりしながら時間を潰す。
小声なのは、側から見れば俺が虚空に話しかけているように見えてしまうからだ。
……おそらく並んでる最中の数人にその行為がバレて気の狂ったおかしな人間だと思われていることだろう。
そうしていたら存外早く時間が過ぎ、俺たちの入国待ちの番がやってくる。
城門の中に入ると、その更に行手を阻むように建てられる柵の手前にとてもガタイの良い人間が待ち構えていた。
いや、彼は人間なのだろうか。
思わず見上げてしまうような身長に加え、その人物は全身を白い甲冑で包んでいる。
その胸には紋章があり、足を揃えてビシッと効果音がつくほど荘厳な立ち居振る舞いをしていた。
兜の奥に光る赤い瞳が、俺を穿っているようだった。
「……こんにちは。ようこそ。オアシス都市へ。本日はどのようなご用件でこの街に?」
バリトンボイスの渋い声。威圧されているかのように感じ、敵意を持たれるようなことでもしたのかと不安になってしまう。
『こやつは門番だぞ。この対応が当たり前だろう?ドシっと構えて、ユウキは何の心配もしなくてよい。』
確かに、そういうものか。
それにしても目的……、どう答えるべきか。
『深く聞かれたりはせん。適当に観光とでも言っておけ』
やはり不安な時でも頼れる誰かがいるというのは心強いな。
息を吸って、なんでもないように返答する。
「こんにちは。……観光でここへやってきました。」
「そうでしたか。ぜひ楽しんでください。」
彼は無愛想にそう答えたが、やはり怒っていたようなわけではなく、それが通常モードのようだ。
はい、と答えると、彼は頷いて次の言葉を話す。
「お手数ですが、街へ入る前に防犯のため、〈鑑定〉させていただきます。」
なるほど、そのための門番か。
〈鑑定〉を使えば身分証などを見せなくても、たしかに気軽に検閲ができるな。魔法とは俺が思うより便利で人間の世界に生かされているのかもしれない。
「ふむ。ユウキさん……。……おや、レベル一……?あぁ、トラベラーの方ですか。……ええ。確認させていただきました。入っても大丈夫ですよ。」
彼は、俺からはその内容を見ることができないウィンドウを空に映し出して、俺の個人情報を見ていた。
名前とレベルの他に何が書かれていたのか気になったが、許可を得たのならばそれで良い。
あまりのレベルの低さに一瞬不思議に思われたが、なぜかトラベラーということがわかったようであっさりと通れそうだ。
あの島の地下ではトラベラーという単語は、アルスたち獣人にとって伝説のようなものだったが、どうやらこの辺りの人たちは違うらしい。この街の中には俺と同じように現実からやってきたプレイヤーが多くいるのでもするのだろうか。
「ありがとうございます!……忙しいところすみません。あの、砂漠の道中に無人の車が倒れていたのですが……、何かご存知ですか?」
もしあれがただの故意的に放置されているものだったらと、後ろの並び具合を見て遠慮がちに門番にそのことを伝えた。
すると、目の前の彼は、兜越しにでもわかるほど、その鋭い瞳は更に強く、酷く怒りを帯びているように変化する。まるで、殺気。
彼の周りの雰囲気が、一瞬で、変わる気がした。
「……また、ですか。……いえ、報告感謝します。すぐに衛兵を向かわせようと思います。」
そんな歯切れの悪い彼の言葉と、異様な空気に引っかかってしまった俺は、首を出さなくても良いのだろうに、つい口を出してしまった。
「また、というのは……?」
「……そう、ですね。最近、“人攫い”の事件が多発しているんです。街の外の車を襲ったり、……遊びに出かけた女子供を襲ったり。……だからこうして、私たち門番は、街の警備を厳しく行っているんです。」
彼はその事実が耐え難いものなのだと、どんな人間でもはっきりわかるほど、重々しく苦しそうにそう吐いた。
……なるほど人攫い。それはこの世界でも立派な犯罪だということがわかって、少し安心する俺がいた。
だが同時に、その実態はこれっぽっちも安心できるものではない。第二の世界でも、獣人と人間の差別の他に、明確な悪意が存在しているなによりの証拠であるから。
「……そうでしたか。あれはやっぱり、事件だったんですね。……警備お疲れ様です。」
響きだけでも胸糞悪い犯罪だ。
だがきっとその解決は俺の手に余るものであり、第一、長い時間なぞかけてはいられない。
それでもそれを肯定することはできないとし、最低限の気持ちとして薄っぺらい労いの言葉を、渦中で頑張っているその門番に述べたのだった。
「……!ありがとうございます。こんな話をしてすみません。………私は、この街にいるあなたたち旅人と市民を、命に代えてでもお守りすると誓います。それでは、いってらっしゃい。」
彼の重く深い言葉と共に、差し出される左手によって俺たちは街の中へと招待される。
もう一度、がんばってください、と礼を返し、俺たちは振り返らず、先へ進む。
少し進んで、背後から次の客の対応をし始める、バリトンボイスの声が聞こえて、俺はカルナに話しかける。
「……この世界にも、やっぱり優しい【人間】はいるんだね。」
『あぁ全てが悪人なわけがないさ。……だがその一方で、盗賊、か。……どこの時代でも、人間の負の面というのは変わらないものだな』
そんな会話をしながら暗い巨大な門を歩く。
光はすぐに入ってきた。
太陽に照らされた地面を踏んで、顔を上げれば、そこはもう砂漠ではなかった。
壁の外から届いていた、ガヤガヤとした民衆のノイズが間近に迫る。
カラフルで派手な民衆の衣装とは対照に、落ち着いた眩しいまでの建物の色。
そこは巨大な街だった。
以前に見た島国とは違う方向の活気。
ギラギラと光る壮観たる街、その光はネオンや火そのものではなく、純粋な太陽の日差し。
白い肌を持っている人間は少なく、暑さ対策のためか男女問わず露出が多いように感じられる。
道の端では、人だかりが発生していて、その中心にはまた一段と派手な格好をした踊り子のような人たちが見せ物をおこなっていた。
まるで中世のアラブのような街並みだ。
船で渡っただけでこんなにも文化が変わるのか、ここ数日で何度目かの衝撃を、好奇心と共に受け止める。
『さぁ観光……、といきたいが!まだ砂漠は広い。ユナに会うために早く出発をしたほうがいいな』
「そうだね。ここは全てが終わった後、詳しく散策してみようか。それじゃあ……、次の国まで運んでくれるような便を探してみる?」
『あぁ、さすがにもう一度砂漠を歩くのは時間がかかる。早く着きたいとなればそれなりのお金がかかるだろうな。……よし!まずは使えそうな植物を売ってお金を稼ぐことからだ!』
「うん、わかった。じゃあ売れるところを探して……、そのあとで、お腹すいたし食べ物屋さんにでも行こうか」
『……!やった!行こう!食べよう!』
『〜〜!』
あの砂漠の道のりで取った植物も金になるかもしれないが、島で採取した、メイン武器兼薬草としても使える植物は、ここらで生息していないだろうから儲けが良いかもしれない。
食べ物という言葉を聞いて、無邪気に喜ぶカルナとスズの声に、可愛いものだと微笑んで、俺は、太陽に照らされる砂色の騒がしい街の真ん中へ歩み始めた。
◇
「ここは……。……多分、売り場も料理店もないね。」
俺はあれだけうるさかった人の騒ぎも、その人々そのものも、さらには太陽の光そのものも届かない、薄暗い路地裏に迷い込んでいた。
迷い込むと言いはしたが、それは自らの不注意性故に招いたものではない。
『いやきっとあるはずだ。良い店というのはこういう路地裏の隠れた場所にある。ユナはいつもそうしていたぞ!』
「なんて冒険心なんだ……」
カルナのコントローラーとなって彼女が導くままに俺は街を歩かされた。するとすぐに人通りから外れたところに案内され、絶対にそんなところにはない場所に辿り着いてしまった。
人伝に聞くユナの破天荒ぶりは、微笑ましくも呆れてしまうような面白さもある。
『ほらほら歩くぞ!きっと素晴らしいものが見つかるぞ!』
『〜〜♪』
脳内の会議の多数決では二対一で俺が敗北だ。
「……スズも気乗りなのね。わかったわかった。進むよ、良いのが見つかると───」
嫌々と、だが本心ではそれほど不満でもなく歩き始めようとしたその瞬間、痛々しい打撃音が、その路地裏に響く。
そして何かがモノに激しくぶつかるような音と、誰かの汚く罵るような大声が聞こえた。
人攫い、その犯罪と、この騒ぎが関係のあるもの
のように思えてしまって嫌な予感が止まらなかった。
「ッ、?これは……」
『ほう、これも良い巡り合わせかもな。急げ!音の方に行くぞ!』
カルナの声に押されて、狭く入り組んだ路地を、音の鳴る方、街の更に奥へと走っていった。
四度目の曲がり角を覗いたその時、二回目の鈍い異音が響く。そして、そこにはその音の正体である、暴力の現場があった。
「オウッ、ラッ!……お前も運がないなぁ。ただ目撃しちゃっただけなのになぁ。でも俺たち“ファミリー”の秘密見ちまったんだから仕方ないよなぁ?」
そう汚く煽るように言葉を放っていたのは、大柄の男。
暴力の現場には、立って力を振るう、黒服の男二人と、地面に倒れて、頬にひどいあざを作られる、金髪の眼鏡の男がいた。
これは、詳しい事情なんて知らなくてもわかる。
これが良くないことだとわかる。
無抵抗なものを嬲り殺しにする、明確なリンチだ。
倒れている男は、もう力尽きてしまったのか、散々殴られても叫び声ひとつ上げず、ただ黙って暴力の餌食になっている。
俺は、その光景に、一瞬の間、躊躇した。
これはどこまでも続く人間の悪意。大男二人、俺に止められることができるのか。本当の発端の悪は殴られている方の男の可能性は?
刹那の時間、多くの言い訳が頭によぎる。
しかし、この世界に初めてやってきた時、殴られていたアンのために動いたという時点から、選択はもはや決まっていた。
「そろそろ飽きてきたな。殺すか。」
優位な一人が懐から、銃のようなフォルムの武器を取り出す。
いや、あのトリガーと射出口、構え方は、間違いなく何かをその口から高速で発射する、銃そのものだ。
ここは剣と魔法のファンタジー世界であるはずなのに、その得物はあまりにも現実世界を想起させる。
引き金を一度引かれてしまったらもう間に合わない。助けられない。
間に割り込んで穏便に解決した前回とは違い、今回はおそらく不可能。彼らは聞く耳を持たず最悪の事態となるだろう。
だが、俺にはあの時なかった、力がある。
奴がトリガーに指をかけたその瞬間、俺はアイテムボックスから種を取り出して、言葉を叫ぶ。
「──〈成長〉ッ!」
事情は何も知らない、間違っていることかもしれない。
でも人が死ぬその瞬間を見過ごすわけにはいかない。
奴よりも先に俺が放った植物は、狙い通りに対象へと一直線に伸び、絡みつき、そして花を開く。
その当事者三人しかいないと想定されていた空間に、異常な事態の困惑が生まれ、一人が拳銃を落とした。
「なにッ!?なんだ、これは……!おいっ!誰がそこにいる!?」
そこで初めてその三人が俺の存在に気づく。
地面に倒れた眼鏡の男は信じられないような顔をしているように見えた。
君は逃げろ、俺に任せて。と少しのアイコンタクトをして、俺は奴の言葉に応える。
「彼を離せ!俺が命じて彼にやらせたことだ!やるなら俺にしろ!」
話の筋が通ってるかわからないが、適当に嘘をでっち上げて、少しでもヘイトがこちらに向かうようにする。
やるなら俺にしろ、というのは本心。俺はトラベラーであるし、そして、何が起きても死ぬことはないという自信があるからだ。
奴は少し呆然とした後、ニヤリと笑って、俺が動きを縛るために放った植物を、筋力で簡単に引き剥がす。
やはり一巻きでは強度が足りない。
しかし完全にこちらに意識が向いた。
俺はその光景を見ながら、植物を小出しに放ち、バックステップでその場から立ち去るフリをする。
自分を追いかけさせて、倒れた被害者の時間を稼ぐために。
「見られちゃあ、仕方ねぇなぁ!望み通りお前も殺してやる、ッよ!」
奴もまたアイテムボックスから何か、赤く光る弾丸を取り出して乱暴に言葉を吐く。
あの弾はなんだ。魔法の類か、炎の色か?どっちみち変わりはない。耐え続けるだけだ。
狭く薄暗い路地の中、互いに攻撃を放ち、いまにもどちらかが死ぬまで終わらない戦闘が始まろうとしたその瞬間。
誰かがそれを止めた。
その人物は、俺から見て奴らの背後にいた、被害者の男だった。
「──ええ奴もいるもんやなぁ。感謝するで。勇敢な兄ちゃん。」
響く関西弁の、軽快な声。
殴られて、ピンチだった人間とは思えない、余裕のある口ぶり。
俺が逃げる足を止めたように、銃を構える奴らもその後ろを振り返る。
彼は振り返った奴らの驚愕する顔を見て、興味をなくしたようにこう言った。
「あぁ、もう犯罪者のおたくらに用はないで。眠っててもらおか。」
眼鏡の奥底の瞳が奴らを一瞥し、その奥にいる俺を見つけて少し微笑んだその後、彼は自身の顔の前に両の指で何かのポーズを作り始める。
それは、二つの親指と人差し指を使って、手の中に“枠”を作り出していた。
「──〈笑って笑って〉。うんいい笑顔!……ほな、おやすーっみッ!」
彼はそんなふざけているかのような場違いの言葉を放つと、空間に異変が訪れる。
彼が作った枠内に収まったと思われる奴ら二人の、騒がしい声が、動きが、完全に止まったのだ。
何が起きたか、もう俺の頭では理解できない。
そこでもうひとつの俺の体の中の頭が呟く。
『あれは……、【異能】だ!』
彼は動かなくなった奴らの背後から、“おやすみ”というなんら暴力と縁がない言葉と共に後頭部を思いっきり殴打する。
奴らは血こそでなかったものの、意識を失ったように膝から崩れ落ちて、カルナが呟いたように異能によって動けなくなったのではなく、物理的にうんともすんとも言わなくなってしまった。
「こ、これは……」
被害者だと思っていた人が実力者で、強そうな相手を一撃で倒した。
予想もつかないその事態に、俺は情けなくも困惑の言葉が漏れ出てしまう。
彼は「よいしょっと」と言いながら、倒れた人間たちを路傍にごろんと寝転がす。
そうして、汚れた膝をぽんぽんと叩いた後、彼は俺の方へ、温かい笑みを向けながら近づいてくる。
得体の知れない謎がある不思議な人物だが、俺は逃げ出すことはせず、彼の言葉を待っていた。
「重ねてやけど……、ほんまにありがとうな!」
イントネーションも方言も間違いない、彼は陽気な関西弁を使いこなしていた。
微量にあった警戒心がその一言で、溶け出してなくなっていっていくのを感じている。
「やろうと思えば反抗できたのは事実なんやけど、いやー、証拠集めに夢中になってたら、たぶんあのままガチで死んでたわー!」
はっはっは、とまるで最初に出会った時のカルナのように、俺を置いてけぼりにして一人で笑うその姿に呆気に取られてしまった。
不思議な彼に疑問を問う。
「証拠……?あなたは、いったい──」
彼はその質問に答えるように、メガネを持ち上げ、ニヤッと笑い、そして、先ほど彼が見せたように、指で枠を作り始める。
彼が、彼自身の口で「パシャ」と擬音語を口にしたその瞬間、突然のフラッシュが俺を襲う。
「──!?」
何もないはずの場所から現れた強い光に目を細め、そしてそれに目が慣れたその時、前を向けば、彼は一枚の“写真”を差し出していた。
その写真は、薄暗い路地の中、白の長髪の男が間抜けな顔をして立っている、まさにこの世界の俺そのものがそこにはいた。
「──オレはしがない【情報屋】。トラっちゅーもんや。……以後よろしゅうな?」
こうして俺は、関西弁を自在に操る、浪速の情報屋と、初めて出会ったのだった。
定型分:感想、高評価等励みになるので、お願いします!!!
本当に、お願いします。
毎日、19:00更新。ストック尽きるまで。
───
いいキャラですよ、この子も。




