第4話 病院内の勇者
高校二年の夏が来た。
今年の猛暑日を更新するほどの厳しい気温の中、俺はいつものように病院に来ていた。
受付の人に軽く礼と挨拶をして、顔パスで病院の中を通り、ある部屋に一直線に向かう。
部屋の前に着いたら現在の時間を確認して、その針が6時を回っているのを見てからノックをする。
「はーい!」
そのいつもと変わらない声に、俺は心から安心して扉を開ける。
「おはよう悠那、今日も楽しかった?」
そう尋ねながら部屋に入り、病床に座っている悠那の近くにいく。
悠那は今起きたのか、「んー!」と体を伸ばして答えた。
「うん!今日はいろんな人と出会ったんだ!ほらほら座って座ってお兄ちゃん!いっぱいお話しちゃうよ!」
悠那の元気のいい姿を見て、はいはい、と答えながら病床の空いているスペースに座る。
悠那の両手には、ヘルメット型の機械が握られていた。
「うーん何から話そうかな〜!昨日……というか今日なんだけど久しぶりに王国に行ってみたんだよ!その国の西の方のせっまーい路地裏に美味しいご飯屋さんがあってさ〜!」
そんな語り口で始まる、悠那の物語は「王国」とか「行ってみた」とか、病院にいるとは思えないあまりにも幻想じみた言葉だった。
だがそれは悠那の妄想ではない。悠那は今日、いや時間が三倍に引き延ばされた三日間を、ここではない別の世界で体験していたのだ。
そこではきっと王国もあるし、美味しいと感じられる味覚だってあるのだろう。
悠那が幸せでよかった。
悠那が楽しそうに話すのを時々相槌や驚きの声を混ぜて聴きながら、俺は悠那を仮想世界へと誘う、小さなヘルメットを無意識に見つめてそう思った。
仮想世界、フルダイブ型VRは紛れもない本物だった。
俺は体験したことはない、だが、楽しそうに話す悠那を見て誰が本物ではないと思うことがあろうか。
悠那はほぼ毎日全ての時間で仮想世界に行っていて、現実世界に戻ってくるのはご飯の時間と、俺が毎日会いにくる午後六時からのみ。
俺が一日ぶりに悠那に会うのに対して、悠那は俺と三日ぶりに会う。だから悠那の話はすごく濃密で、悠那は俺と会うのがすごく久しぶりのように感じるんだとよく言っている。
共に生きる時間に二人でズレがあって、すこしそれが寂しく感じることもあるけれど、悠那の笑顔を見れるだけで、生きているだけで、この話を受けてよかった、そう強く思う。
「それでねー、、ってお兄ちゃん?」
少し物思いに耽りながら話を聞いていたせいで、ちゃんと聞いてる?って言わんばかりにむすっとした顔をして俺の顔を覗き込んでくる。
「あぁ聞いてるよ。今日も人を襲ってる魔物を倒したんでしょ。【勇者】さん?」
【勇者】。悠那は向こうの世界ではそう呼ばれてるらしい。どうやら至る所で人助けをしていたら、向こうの世界で『勇者』、そう呼ばれるようになったようだ。
本人は満更でもなさそうで、なにかと今日はこんな勇者らしいことをしたとか、感謝されたとか、そんな話をよくしてくれる。
悠那が勇者、ということがどこか面白くて、俺はつい笑ってしまう。
「あー!その言い方信じてないよね!?ほんとに勇者なんだってばー」
俺の肩をポンと叩いてそう異論を唱える。
「いや信じてるよ。悠那は困ってる人見ると見過ごせないもんな。お兄ちゃんはよーく知ってるよ」
そう言って悠那の長く伸びた髪を優しく撫でると、悠那は気持ちよさそうにして、ふふんと満足げな顔をする。
「いいこと言ってくれるねお兄ちゃん。もっと褒め撫でたまえー!」
そんな可愛らしい妹の願いを断れるわけもなく、撫でながら妹のいいところをたくさん言っていく。
こんな日がずっと続いたらいいのに。
悠那がいていつも笑顔で、病院に通う毎日のなかでそう思わない日はなかった。
悠那ともっと喋りあっていたい、触れ合っていたい。
そう思えば思うほど時間の流れは非情なほどに早くなり、お別れの時間はやってくる。
ピピピッ、ピピピッとヘルメット型の機械からタイマーがなり、それは午後七時を告げていた。
俺と悠那は顔を見合わせて、たぶんお互いに同じことを思っている。
悠那の仮想世界生活は、彼女の病気の進行を遅らせ、余命を引き伸ばすための手段だ。多くの時間を現実世界で過ごそうとすればするほど、悠那の命のタイムリミットは刻一刻と終了へと迫っていく。
俺はそれをわかっているからこそ、辛い気持ちもありながら、この部屋を出ようと荷物を持つ。
「……いっちゃうの?」
そんな顔をしないでくれ、悠那。
「……大丈夫。会えなくなるのは一瞬。また明日も必ず来るよ。悠那の三日分の面白い話、明日も聞かせて欲しいな」
そう言って俺は悠那を、そして自分の心も説得して、悠那とお別れのハグをし、病床から立ち上がる。
そこから部屋を出ようとして、扉に手をかけた時、悠那が俺に声をかけた。
「お兄ちゃん!…………えっと、気をつけて帰ってね。怪我なんてしたら許さないからね!」
とりあえず引き留めておきたかったのだろう。あとから付け加えられたような温かい言葉を聞いて笑みが溢れる。
「あぁ。怪我なんてしないよ。それじゃあ、また明日。バイバイ!悠那」
今すぐにでももう一度悠那を抱きしめたい気持ちを抑えて、未練を感じながらも振り返らないで部屋を出る。
明日もまた会えるのだ。
毎日そんなことを思って。
だが、いつまでそれは続くのか。
仮想世界は、ただ悠那の余命を引き延ばす手段。
見方を変えればそれは、ただ現実を逃避するためだけの夢。
──まだ、彼女の病を治療する方法は見つかっていない。
妹キャラ、大好きです。




