第39話 砂漠王朝
乾いた風が吹いていた。
海の上とは全く異なり、カラッとした日差しに、砂色の建造物が照らされる。
街ゆく人は短い袖を、あるいはかなり薄い服を着て、その暑さから免れようとしている。
そこは、温暖な島国とは違い、全く別の世界のようだった。
「砂漠王朝へようこそ!」
それを言ったのは、船から降りた先にいる、この船の街の案内役だと思われる朗らかな笑みをした小太りのおじさんだった。
『ほう!久しぶりだなこの場所は!土地の不毛っぷりといえば何も変わっていない!』
脳内の彼女が言った言葉は決して褒め言葉ではないものだが、それでもある思い出が残っているそうで語尾が上がっていた。
「本当にあの島と違うね。……これが『超大陸』、か。」
俺は正真正銘新しい大陸に辿り着いたのだ。
『超大陸』とは自然豊かな場所だとカルナは言った。現時点での視点から見たこの土地の特徴は“自然豊か”とは程遠い、自然の脅威──太陽そのものの力が異常なほど強いようで、小さな街の奥には広大な砂漠が、端から端まで目一杯広がっている。
ここは“砂漠王朝”。
島で見たパンフレットによれば、砂漠に点々と置かれる数多のオアシスを、一つの強大な帝王が支配する体制の国であるそうだ。
超大陸の東からの入り口を占める、この広大な砂漠はすべてその王国の管轄内であり、土地柄上、資源に恵まれてはいないものの、世界有数の領地を持つ大国であると言える。
そうにもかかわらず、今俺から見える景色は、上陸したこの小さな港の町一つだけであり、その外には俺が視認できる限界まで砂色の風景で埋め尽くされているだけだった。
ここに大きな街を建てられない理由があるのだろうか、町の色も相まって少し寂しく殺風景のようにも感じてしまう。
だがしかし、それは自然の雄大さを語るには十分なものだった。それにこの場所が広くても狭くても、なんにせよ、俺たちの目的地は砂漠の先にあるのだ。
波止場で乗客を迎える、そのおじさんに軽く会釈をして、超大陸への一歩を踏み締める。
◇
『あの島と比べてもだが、寂しいところだのう』
「乗客は多かったけど、港なのに全然店を出しているひとたちがいないね。」
『ここは人間が住むには厳しい条件が揃ってるかならなぁ。この先にあるという大都市に、人口が集中しているに違いない。』
俺たちは街の中に入ったあと、同じ船に乗っていた人たちの波から外れて、何かしらのさらなる情報を得るために探索することにした。
比較的人通りの多いバザールのようなところの一本道に出たのだが、最初の島で見た自由市場を見た後は品揃えが悪い気がしてしまう。
閑散とした限界集落とまではさすがに行かないが、盛り上がってるとは言えず、あまり多くの情報は得られなさそうだった。
「〜〜………」
「大丈夫?スズ。」
『暑いのではないか?我もこれほどとは想定してなかった。通気性の良い新しい服にしてよかったな。わずかだが風が和らげてくれる。」
「ほんとにね。じゃあちょっと座って水でも買ってこようか。」
幽霊なのに存外暑さとか感じるんだなとは思うが、もう立派な小動物のようで無理はさせたくないという庇護欲が湧いてしまう。
俺の体もたぶん水含め一切の食事なしで生きていけると思うが、渇きも飢えも感じるし辛いものは辛い、きっとスズもそういうものだろう。
バザールを軽く一周して、商店に氷と共に格安で売られている水をひとつ買い、簡単なベンチに座る。
目の前の光景は、一面が薄い茶色で染まっていた。
まずは地面。
これはすべて砂岩であり、土草の一つも見当たらない。舗装されていないところはほぼただの砂だ。
次に建造物。
装飾するための色は使われておらず、素材のままといったような感じの真っ白い岩を用いられて作られている。
この街並みは、そうだな、幼い頃テレビで見たモロッコの映像のようだ。
それよりもだいぶ簡素で綺麗だ、整っているとは思えないが、それでもそこに生活を感じることができて、俺は好きな景色だ。
普段と全く違う景色で異国情緒が溢れ出している。
「むー、やはり乗り物が必要なようだな。」
俺が水を一口飲んでいる間、そう話したのは、いつのまにか具現化して姿を作ったカルナだった。
それは突拍子もない話題ではない。俺たちはさっきこの街の住人に話を聞いてからここに座ったのだ。カルナの言葉はその話の続きだ。
「そうだねぇ。パンフレット通り、この先にオアシスと、大きな街があるらしいけど、みんな歩きは危険だっていってたね。」
「だがもう車は行ってしまったし、次のもだいぶ時間がかかる。」
「散策も大体終わっちゃったしなぁ」
「……まぁ、そろそろ乗り物で移動するのも飽きてきたところだ。ここは人間として昔ながらに徒歩で砂漠を渡ろうではないか!」
「歩きは危険ってさっきいったんだけど。」
この港は本国への単なる中継地点らしく、街の奥には格安の移動手段が用意されていた。
それは集団で乗れる、ラクダのような生き物に引っ張って動く車だ。
サンドキャメル、というらしく、乾いた気候に強く、乗るもよし、力もあるから引っ張るもよしのこの地域で人気の動物であるそうだ。
ということだが、船に乗っていた人たちはみんなそれを目指して早く歩いていたことは後になって分かり、それから外れて探索するということをした俺たちは乗り遅れてしまったのだ。
まぁそれでもその選択に後悔はなく、カルナの馬鹿げた提案にも、絶対に嫌というわけでもなく、といえかむしろ俺も何かに乗って移動ばかりは疲れたのでたまには歩いてみたかったのだ。
「じゃあ歩いて渡ってみようか」
「〜〜!?」
「お、ユウキも案外乗り気じゃないか」
「まぁ死なないし。」
「我が言うのもなんだが、だいぶユナに似ているな……」
そんな光栄ある褒め言葉をもらったところで、ベンチから立ち上がることにする。
危険だとは言うが、ラクダの車で一時間もかからない程度の距離だし、半日で渡れるだろう、そう思い、歩くための水やらなんやらを追加で買い出しに行くことに決めた。
と、そこで、道の横に大きく立てかけられた看板が目に入る。
「……『砂漠の道を安心安全サンドキャメル便!事故なし』だってさ。」
「ほう良いことだな。」
「下に『※徒歩は危険です。自己責任で』って書いてあるね」
「なんだ、やっぱり待つか?」
「……いや、変わらず行くよ」
俺がそれをみて声に出して読んだのは別にそれが不安に思って言ったものではなく、その看板の量が異常で、暑さ以外の何かを警告しているように感じられたからだ。
まあそういうのはただの勘違いだろう。
待つことよりも早く動くことにしたかった俺は、再び街の中を歩き始める。
◇
暑いのは苦手なのか、乗り気の俺たちに比べて残念そうに鳴くスズをみて、カルナが対処法を教えていた。
「スズ心配するな。ユウキの体に入ればなかなか快適だ。いつか教えると言ったな、ふふふ、我が今、この技を授けてやろう!」
「〜〜!〜〜♪」
彼女たちも彼女たちでずいぶん仲が良さそうなことでなによりだ。
それを横目に見て微笑ましく思いながら、俺は、広大な未知の景色が広がる、途方もない砂漠への道の始まりを示す、港の反対側のこの街の出口、その上の寂れた門を見つめていた。
まだ、旅ははじまったばかりだ。
[アイテムボックス]から地図を取り出して見れば、この大きな砂漠と《妖精の森》と呼ばれる大森林の間には、これまた大きな山々、《ランゴルチュア山脈》が跨っている。
その山々を通り抜けることができれば、存外すぐにつくかもしれないが、それはおそらく不可能だろう。
カルナや街の人たちの情報によれば、その山脈は、大国の軍隊でも突破できない、歴史に名を残すほどの相当な腕利きしか踏破することのできない、未開の地。
より安全性と確実性を求めるならば、一度砂漠を突っ切って、別の国に入り、そこから《妖精の森》を目指す、という大変な遠回りの道のりなのだ。
だからこそ、砂漠ごときでそう時間を取ってはいられない。
俺は心のどこかで自分を急かしながら、その門へと歩き始めた。
◇
『……お!ユウキ、後ろを見てみろ!歩いてきた跡だ』
俺たちはすでに、砂漠の上にいた。
覚悟を決めて街を飛び出してから十分程度、そこそこに高低差の激しい、丘の頂上に辿り着いたところで、カルナからそう言われた。
指示通り振り返れば、砂に刻まれた自らの靴の跡が細々と遠くまで続いている。
その先には海があり、海の手前には先ほど訪れたあの街が、小さく写っていた。
砂煙のせいで、朧げにしか見えないが、そこは確かに人がいるのだろう。
ゲームだとよく、データ削減のために描写距離の限界を設定し、そこを越えればプレイヤーはその先を感知できず、そしてプレイヤーが誰もそれが見えないとなれば、その場所は必要のないものとして消失する。
しかしこのゲームはおそらく、どこまでもその当たり前とは違うのだろう。
たとえ俺の視界でその姿が見えなくなっても、いや、このゲームを遊ぶ全てのトラベラーが一斉にログアウトしたとしても、きっとこの世界は何も消えることはなく、時間が流れ続ける。
どこまでも続く、地平線を一瞥して、どうともいえない感情を抱きながら、俺は再び前を向いて歩き出した。
「本当に、すごいところだね、ここは。」
俺はその目の前に広がる、サボテンのようなものしかない、全く人の手が入っていない、自然そのものの砂漠を見てそう言った。
俺を照りつける太陽が、うっとおしくも、美しくも感じる。
『全くだ。超大陸には人間が制御できないような異常気象が多い。だからこそ、こうやって人間は別の道で自然と共存の道を歩む進化をしているのだな。』
進化。カルナがその言葉を指したのは、俺の腕に〈装備〉した、ブレスレット型のある魔道具だった。
この場所の気温は、五十度を超えている。
地球では考えられないほどの暑さだ。
異常気象とカルナが呼んだ通り、この暑さは砂漠付近だけらしい。
もちろん人間に適しているわけがないこの地域に、なぜ人がいて、街があるのかといえば、それを克服する力を人間が持っているからだ。
港の街で購入し、今俺が首につけているのがその魔道具。
魔法を用いることによって、〈耐暑〉というスキルと共に、装備した人の体感温度を下げる便利な代物だ。
今の俺はその魔道具の限界温度である、体感三十度まで軽減させて、それでも防ぐことのできない紫外線に貫かれている。
軽減とはいえ日本の夏程度はあり、まぁ暑いのだが、これなしで更なる酷暑を求めて砂漠を歩くことは正直想像もしたくない。
現実にもあったらいいな、と考えながらそうボヤく。
「どう?快適?スズ」
『〜〜!』
『よかったよかった。これでまた一層寂しくなくなるな、ユウキ!』
「…………まぁ、そうだね」
『おい一瞬騒がしいと思ったか!?』
スズは第二のカルナのように、俺の体の中に侵入し、俺の視界と感覚を共有することができるようになった。
どうやったのかは詳しくは分からないが、ユナの権能の〈玩具箱〉で、ちょいちょいっとスズのスキルである〈憑依〉というものをいじればなんとかできたらしい。
そういうものなんだなと受け入れて、俺は俺の体の中に、カルナとスズ、そして心臓にアンがいるという不思議な状況を面白くも思っていた。
……騒がしい、と少しだけ思ったのは事実で、心を読むことができるカルナに詰められてしまった。
『同じような景色ばっかりだなぁ。……ん、あっ、そうだ。もう異能の解析が解き終わった頃ではないか?……おい、なんだそれという顔をするな。ここらでもう一度ステータスを確認してみろ。なにか変わっているかもしれんぞ!」
「異能の解析……、あぁ、黒塗りだったやつか。……わかった。──《ステータス》」
歩みを止めずに、口に出してそれが空中に現れる。
現れたそれは、前回見たそれと、一部黒文字が外れていた。
♢
名前:ユウキ 種族:人間
職業:『冒険者』lv1
HP:26000/120 MP:30/30
STR:15
END:10
DEX:14
AGI:9
スキル
〈剣術〉 〈状況理解〉 〈鑑定〉
異能
【不倶退転】
・〈超過再生〉
・〈浅き夢見し、酔い覚めず〉
【████】
加護
【支配者】
・〈無垢な子供の玩具箱〉
♢
レベル一という、悲しい数字と変わらないステータスを読み飛ばせば、前回見たところから新しく読めるようになったものが二つあった。
『ほう!【不倶退転】のスキルの名前がわかるようになったのか!解説も……、HPの許容限界を超えての再生と、蘇生能力か。予測していたものと何ら変わりはないか」
黒文字がなくなって一気にステータスがスッキリしたが、俺が新しく使えるようになったものはなく、口に出して言ってみたら気持ちよさそうな名前がわかっただけだ。
なかなかかっこいい名前だとは思うが、捻った読み方をしてくるこのようなスキル名は、このゲームの運営が一つ一つ決めているのであろうか。
異能は一人一人異なるものを持つらしいし、その度にひとつひとつ考えていたら大変なんてものではない。
……もしかしたら、俺の中の人型のあのイザナミが、名前をつけているのかもしれないな。想像すると少し面白い。今度、聞いてみるか。
「……でも、アンの方の異能はまだわからないままだね。」
【不倶退転】の下に枠だけ置かれている、植物を自由自在に成長させることのできる能力の正体は未だ不明のままだ。
『一人の人間に二つの異能が芽生えることは我も初めてみたからな。イレギュラーである故、ステータス表記も困惑しているのだろう。』
困惑ってなんだよと思いながら、自らに心臓に手を当てて、アンの顔を思い出す。
アンから託された力。
結局、彼女を本当の意味で救うことができなかった俺自身の無力さを再び胸に刻み込んで、そして、その異能の名前もまたいつか知りたいと思う。
名前がなくても、能力は使える。
しかし、彼女が遺したものの名前を、彼女の願いの塊を、他の誰でもない俺が覚え続けるべきなのだ。
ステータスの画面を、俺の目を通じてスズとカルナと三人でみながら、何もない砂漠の道を歩く。
定型分:感想、高評価等励みになるので、お願いします!!!
本当に、お願いします。
毎日、19:00更新。ストック尽きるまで。
───
砂漠王朝。語呂の良さだけで決めましたが、なかなか好きです。どんな旅が待ち受けるのでしょう。




