第35話 これからの旅路
突然だが、この世界には二つの大陸がある。
超大陸オデッセイ。魔大陸イリウス。
それらが世界を東と西に二分させているのであり、大陸毎に違った特徴を持っている。
超大陸オデッセイは、壮大な大地という自然に恵まれた、資源豊富な大陸。
魔大陸イリウスは、“魔力”という不思議な概念によって繁栄した、御伽噺のような大陸。
だがどの大陸も、そのほとんどを支配している、ある意味、頂点捕食者とも言えるのは【人間】である。
人は大陸毎に、あるいはその大陸の中で複雑に分割され、入り乱れた“国家”を作っている。
我々がいるこの島は、その国家のうちのひとつである。だがしかし、その大陸のどちらでもない、それらをつなぐ中間に位置しているのだ。
そんな話をはじめてカルナから聞いた時、深くは理解できなかったが、俺は心が湧き立つような好奇心を感じていた。
魔力というのもいまいち何か分かっていないし、自然というのも漠然としすぎて分からない。
それでもそんな未知で溢れている、現実離れた世界に魅力されていたのだ。
『忘れ物はないか?食べ物は持ったか?』
「ほら、ちゃんとあるよ。というか一緒に買ったでしょ。」
『それはそうだが……、ユナは言わないと忘れていたからな。つい癖だ。』
「ユナ…………」
俺たちはいま、この島を出て新たな大陸を目指すために、もう一度港に降り立っていた。
旅の目的地である〈妖精の森〉は、超大陸にある、巨大山脈の付近に位置している。
そこはこの島から一番近い超大陸の港から、一つの国を超えるほどの距離の内陸部にあるのだとか。
街で買った、大体の世界の形がわかるメルカトル図法を用いた地図によると、その距離およそ一千キロ。
あんまりピンとはこないが、東京から大阪まで五百キロと考えると、徒歩で行くというのなら、それは果てしないほど遠く長い旅になるだろうということは予想がつく。
俺たちは昼ごはんを満足に食べた後、その旅に不自由がないように、カルナのアドバイスのもとで、残ったお金を用いていろいろな道具を買った。
そして今の俺の服装はというと、初期装備からずっとそのままだった、ボロいただの白布を買い替えて、動きやすい綺麗なコットンの布を着るようになった。
あんまり見た目は変わらず、折角のファンタジーなのに武器や防具を身につけたりはしないのか、と思うかもしれないが、俺の異能や制約を考えればこの服装がベストなのだ。
HPはほぼ無限。そりゃあ剥き出しの体で怪我したら多少は痛いが、重いものを背負って機動力をなくしてしまう方がデメリットになってしまうからである。
それに、なんといっても安い。武器も防具も必要がない俺の体は他の人に比べたらどれほどお得で燃費のいいことだろう。
「にしてもアイテムボックスって便利だねぇ。現実世界にも欲しいよ」
そうぼやいた俺の全身は、さっき買ったばかりの服と腰に結んだ小さな箱しか身につけていない。
結構な量購入したものたちは見当たらないし、それらをしまい込むバッグやら何やらで持ち運んでいる様子すらもないのだ。
なのに俺はその道具たちをどこでも取り出すことができる。
それを可能にしているのが、そう、腰に巻きつけた小さな箱[アイテムボックス]という代物であり、ファンタジー特有の異空間収納の役割を担っているのだ。
『でも入れすぎには気をつけろよ?それは十キロまでだからな』
そんな便利なアイテムボックスと言っても限度はあり、アイテムの種類や数ではなく、総重量によって一度に持ち運べる数を制限しているのだ。
ちなみにこの十キロサイズのアイテムボックス、この世界ではマストと言っていいほどの役割を担っているためか、かなりお安い値段で買うことができた。
焼き魚数本文の価格。許容可能な操縦容量が増えれば増えるほど、指数関数的にお値段が増加していくらしいが、今の俺にとってはこれだけでも十分にありがたいものだった。
「……余計なお菓子を入れたのは誰だっけ?」
『…………我だけではないぞ。我が食べるということはすなわちユウキも食べるということだ!よって誰が悪いとかそういうのはない!みんなで美味しく食べよう!』
「はいはい。美味しく食べようね。」
島を見下ろしながらカルナの過去を聞いた時から、数時間が経った。
ずっと一緒にまわったおかげで、俺たちの仲はより一層深まったような気がした。
次に俺たちが乗る船に向かって、そうやって雑談しながら歩き続けた。
すると、頭の上に乗っかっていたスズが悲しそうに鳴いた。
「〜〜……」
「ごめんね、スズも一緒に食べれたらよかったんだけど……」
『体を通り抜けてしまうからな。……仕方ない、今度ユウキの体に入り込む方法を教えてやろう。人に憑依できるレイスの能力なら我と似たようなことが可能なはずだ』
「〜〜!?〜〜♪」
この光景にも俺はもう慣れていた。
側から見たら独り言をぶつぶついってるやばいやつだが、俺の周りには、聞くだけで心があったかくなるような愉快な仲間が二人もいるのだ。
そして歩き続ければ当然、目的地に辿り着く。
港の一番奥、一際大きな船が海の上に留まっている。
そこへ乗り込むための、臨時の船へとつながる大きな橋が架けられている。
橋の前には、警備を担当しているかのような、兵士と同じ服装をした人が立っていた。
その人の前に連なるように列は並んでおり、彼はそこに並んでいた人間が皆持っている小さな紙を確認して、その先にある船への進行を許可しているように見えた。
あれは、言うまでもなく、船に乗るための切符を確認するセキリュティだ。
『にしても偉いのだな。こんなの〈霊体化〉すればすぐに乗れるのに』
「法があるのかはわからないけど、お金を払わないで勝手に船に乗るのはいけないことだと思うからね。さっきやっちゃったから、今回こそちゃんと払おうかなって」
『……うむ。“やってはいけないこと”というのを自分で定めてそれを守ることができるのは善いことだ!我も見習おう』
そう何故かカルナに褒められながら、アイテムボックスから一枚の紙切れを取り出して、その警備員に見せた。
彼はそれを確認すると、頷き、人当たりの良い笑顔と共にその先へと送り出してくれた。
橋を渡れば、そこはもう海の上だ。
派手な装飾こそないが、大きな鉄の塊は、不安定な海を走ることができる安心感を与えてくれた。
『ここも広くて良いとこだな!夕日が気持ちいい。』
「〜〜……!」
乗り込んですぐ、甲板の先端に向かい、もう暮れかけている日差しを浴びにいった。
……もうこの世界に来て、一日が経過しそうだ。
「どれくらいで大陸に着くんだっけ?」
『七時間程度だな。夜に出発して早朝に辿り着く予定らしい』
少し長く感じるが、仕方のないことだろう。この島に向かった軍の船は驚くほどのスピードだったが、これはただの客船だ。無事に辿り着いてくれるだけでも満足だと言える。
『もう少し時間があれば、もっとお金を稼げてより早い船に乗れたんだがなぁ』
「いやこれで充分だよ。旅費を稼ぐのは着いてから行おう。時間が長い分たくさん休憩できるし、お話できるよ」
『それもそうだな!設備に不満もないし探検のしがいもある!』
「……探検はまた後で、ね。」
この船のグレードは一番低くて安いものを選んだのだが、それでも高く、初期所持金では到底手の届くものではなかった。
それでもこの船に正規の乗客として認められたり、旅の道具をたくさん買うことができたのはちゃんと理由がある。
俺たちは“植物”を売ってお金を得たのだ。
あの島で有り余るほど手に入れた[カナツリ草]という植物の種。
あれには薬草のような効能があるらしく、買取をしてくれる店の元へ運べば、少なくないお金と交換してくれる。
アンの異能を使い、俺のHPを媒体とすれば、本来数ヶ月数年とかかるものを一瞬で成長させることができ、その金策をほぼ永遠に続けることが可能なのだ。
HPも放っておいたら復活するし、亡霊との戦いで一度尽きたHPももう五千を超えた。
……まさか、こんなに上手くいくとはね。
アンに感謝することを忘れず、ゆらゆらと流れる海をじっと見つめていた。
水面に映る夕陽は、どこか寂しさを感じさせた。
一日が終わる。
楽しかった時間が終わる。
あまりに不思議な時間を過ごしたせいで、俺が次に目を覚ましたら全部なくなっていて、これら全てはただの妄想なのかもしれない。そんな感覚が俺を襲う。
でも、これは旅の終わりじゃない。
ここから、旅が始まるのだ。
◇
しばらくそんな感じで、まったりと甲板の上でカルナとスズと会話をしていると、大きな汽笛の音と共に地面が揺れだす。
『お、そろそろ出発だ。もう暗いなぁ』
「そうだねぇ。あの船ほど速くはないけど、それでも風が気持ちいいな」
「〜〜……♪」
乗り込んでから出航するまで三十分程度が経過した。
点検や乗客員の確認でもあるのだろう、太陽は完全に沈んで、空には太陽の光を反射する、月が綺麗に現れていた。
もう動き出してしまった船の上から、俺は向かってくる風に従って、振り返った。
その先には、月よりもずっとずっと、眩しくて、笑顔になってしまうような、輝きが溢れていた。
「──っ。……すごい。綺麗だ」
黒のキャンパスに黄色と白がさんざめくように散らされている。
俺はそれを見て、無意識のうちに声が漏れ出ていた。
視界に広がる全てが芸術と言えるほど、綺麗で、美しく、そしてそこには命を持つ確かな営みがあった。
『……あぁ、すごいな。いい景色だ。やはりこの島が観光を売りにしているのは間違いではないみたいだ』
俺たちが見ていたのは、離れた海から見える、この島だった。
坂道の街であり、山の斜面まで人が住むほど栄えているこの島は、夜になると当然、まだ眠らない世界を照らすため光を使う。
電気があるかわからないが、俺が今見えているこの光は、確実に人間が生み出したものだ。
現実で、山や高台から都市を一望した時、その光に人は心奪われ、三大夜景だとか百万ドルの景色だとか、そんな言葉で形容しようとする。
この光景はそれらと大差がない、むしろそれらよりも大層な芸術のように見えるのだ。
カルナがいうように、これをみるためだけにここにくる理由がある。横を見れば、俺と同じような乗客たちが客室から甲板に出てきた人が多くいた。
「あそこに登ったな。あっちにもいった。あっ!ほら、見てみろ買い物した店があるぞ!」
カルナはその彼女の体でも見たくなったのか、急に体から飛び出して、柵に寄りかかる俺の隣に立って、指を指してそういった。
「あの辺りは……行ってないな。大きな光る建物がある。面白そうだなぁ。」
「……今度、絶対にもう一度行こう。また、この景色を一緒に見よう。」
俺はその夜景に、輝いてるものをもうひとついれて、宣言した。
それはカルナの横顔だ。
口を開けて、大きくなったその瞳に美しい島が反射する。
俺一人では、きっと“綺麗だ”と思うだけで終わってしまうような、そんな一瞬の思い出が、カルナと一緒にいれば永遠の決意に変わる。
この熱に浮かされて、口に出してしまったら恥ずかしくて死んでしまうようなクサい言葉も、一緒になって思い浮かんでしまった。
「……そうだな、また来よう。ユナも一緒に、だ」
「〜〜!」
遠ざかっていく光を見つめていた。
やがて、それは小さく、完全に見えなくなり、この船が何もない海の上をただ真っ直ぐに突き進んでいることしかわからなくなった。
甲板の上にその景色を見るために集まっていた人たちも、バラバラと場所を離れ、自室に戻ろうとしている。
それが少し淋しくとも、もう僅かな光しか残らないこの夜は、寝静まることを勧めている。
「もう帰ろうか」と俺たちも部屋に戻ろうと提案したその瞬間、視界の真ん中にホログラムのウィンドウが現れ、動きが阻害される。
〔警告:空腹を感知。ログアウトを推奨。〕
そんな淡白な文章が、簡単に消せないように大きく存在を誇示している。
ゲームの世界で一日が経過しそうだということは、現実でログインしてから八時間がすぎるということか。
それほど多く食事を済ませてからやってきたわけではないし、現実世界の俺が腹を空かせているのはおかしくはないことか。
それにしても不思議な体験だな。今の俺の体は買い食いをして満腹感でいっぱいなのに、生きていくためにさらに食べる必要があるとは。
「ん?どうした?ユウキ」
「……申し訳ないけど、少しの間、元の世界に戻らなければいけなそうだ。」
俺が苦々しくそういうと、カルナは悲しそうにする……のではなく、なんだそんなことか、とふっと笑って言った。
「……そんなに気にせんでいい。ユウキにももう一つの人生があることは知っている。……我は大丈夫だ。だから安心して行ってこい」
何百年も独りだった彼女をまた置いて行ってしまうことを、彼女以上に不安に思ってしまった俺は、背中を叩かれ、前へと押される。
彼女のその優しい笑顔を見れば、心配することはなにもないのだと、そう力強く言われているような気がした。
「……わかった。ありがとう、いってくるよ。」
「うむ。……でも、早く戻ってこい。話し相手が必要だ」
「ふふっ、すぐに戻ってくるよ」
俺はそこですぐに現実へと醒めるための言葉を告げるのではなく、先に自室に戻ってから行うことにした。
涼しい風を感じられる甲板から、船内へ繋ぐ扉を開いて、その先の廊下を歩きながら、最後の会話をする。
「そういえばログアウトしている間、カルナやスズはどうなるのかな?」
「わからんが、前に言っただろう。なんとかなるって」
「そんな大雑把な……。……まあ、考えすぎか。カルナの言う通りなんとかなるよね」
「なんとかなる!その心大事だぞ」
そうやって歩いていると、予約をしていた番号が刻まれている扉の前に辿り着く。
ここが、俺たちの客室だ。
その扉を開けて中に入れば、小綺麗な空間が広がっていた。
大きさは、日本的な数え方をすれば八畳分程度か。
床の上にベッドと机が置かれているのみ。
これと言った特徴はないが、七時間のクルーズではこれで充分だ。それよりベッドの上の毛布が整って綺麗であることが嬉しい。
中に足を踏み入れてみれば、その奥に設置される正方形の窓から、月に照らされる夜の海が見えてくる。
「ほう!部屋の中からもなかなか良い眺めだな」
「本当にね。値段もちょうど良かったし、だいぶ良い船だ」
部屋に無事に辿り着くことはできたが、荷物もないし、もちろん遊び道具もない。
入ってすぐにすることがなくなり、ひとしきり景色を見た後、ベッドに座った。
その横に具現化したままのカルナと、霊体のスズが続いて座り始める。
このまま寝入ってしまうより、もう少しだけ話をしたいと思ってしまった。
そんなことを続けていたらきっといつまでも元の世界に帰れない。
自分の心を分かっている俺は、ずっとここにいたいという欲に抗って、彼女たちに言葉を告げる。
「……それじゃあ本当に行ってくるね。」
「あぁ!行ってこい!」「〜〜!」
その返事を聞いてから、俺は念じてウィンドウを空に浮かべさせる。
書かれる言葉は求めているものであり、そこにあるYES/NOボタンを押して、声に出した。
「──ログアウト。」
俺の意識は、眠りにつくその瞬間のように、抵抗もできず、自らの手から離れていった。
定型分:感想、高評価等励みになるので、お願いします!!!
本当に、お願いします。
毎日、19:00更新。ストック尽きるまで。
───
世界観、広げていくぜ。




